第339話


 フランツが淹れておいてくれた冷たい緑茶を何故か湯呑で飲みながら、シュリアは一息吐く。

 対面ではリオーネが、同じくフランツが朝昼晩と持つ様に作っていったカツを上品にお茶漬けにして食べていた。まさか、彼女までもが朝に続き昼までカツを食べるとは思わなかった。カイリが昼にそれを食べると言っていた影響だろうか。興味が湧いたのかもしれない。

 シュリアは、カツを二回も三回も食べるのはご免だ。そういうのは、食べることが大好きなカイリに任せるべきである。



「そういえば、シュリアちゃんと二人きりでお留守番って久しぶりですね」



 美味しそうな溜息を吐いて、リオーネがにこやかに話を振ってくる。

 確かに、最近は誰かが出かけていても誰かしらいることが多い。リオーネと二人きりになるということは、夜の部屋でくらいしかなかった。

 昔は、みんなばらばらに行動している上、ものぐさなシュリアとリオーネが宿舎に残ることがざらだったというのに、随分な変化だ。


「そうですわね。……あのヘタレが入ってきてから、少し崩れた気がしますわ」

「ふふ。カイリ様が出かける時はケント様と一緒に、というのも増えましたし。カイリ様が宿舎にいる時は、大体みんなでいますよね」

「はあ。……みんな過保護ですわ」

「そうですか? 皆さん、カイリ様とお話したいからだと思いますけど」


 それはそれでどうなのだろうか。


 彼と一体何の会話を楽しむと言うのか。フランツはただ彼を天使だ可愛いと親馬鹿を通り越して馬鹿みたいに褒め称えるだけだし、エディとはリオーネを巡って漫才を繰り出すだけだし、レインとは物騒な賭けをしているせいか水面下で駆け引きをしていることが多い。どれを取っても、普通の会話ではない。楽しくもない。騒がしいだけだ。

 しかし、リオーネは違ったのか、にっこりとそれこそ天使の様に微笑んだ。

 知っている。この天使の様な笑顔は、悪魔の笑みそのものである。退散一択だ。


「……わたくし、鍛練してきますわ」

「あら、シュリアちゃん。せっかく久しぶりに女子二人なんですから、女子トーク、というものをしませんか?」

「は? 女子と……何ですの?」

「最近流行りだそうですよ。女性だけで集まって、きゃっきゃうふふと華やかにお話をするんだそうです。私もシュリアちゃんとしてみたいですし、どうですか?」

「……寝る前はいつも、わたくしとリオーネの女性二人きりだと思いますが」

「でも、きゃっきゃうふふはしていないですよね?」

「……きゃっきゃうふふ、って何ですの……」


 想像が出来ないあたりが恐ろし過ぎる。きゃっきゃうふふ、という音自体がもうシュリアとはかけ離れている気がした。リオーネは似合いそうだが、同時に小悪魔な尻尾が見え隠れしそうだとげんなりする。

 だが、こうなるともう離してはくれないだろう。観念して、シュリアは座り直した。ついでに、残りの緑茶をゆっくりすする。


「はあ……それで? 何を話すんですの?」

「そうですね……。例えば、恋バナ、というのはどうでしょう?」

「こいば……? 何ですの、それは?」

「平たく言えば、恋愛話ですね」

「はあ? そんなの、パシリがリオーネにラブラブしている話しか無いじゃありませんの」

「あら。シュリアちゃんだってあるじゃありませんか。カイリ様とは最近どうですか? いちゃいちゃですよね?」


 ぶっふー。


 ちょうど緑茶を啜ろうとした時に、とんでもない話題をぶっこんでくれた。本気で湯呑の中で噴き出してしまう。口に含む直前だったため、気管に入らなかったことだけは心の底から感謝した。


「はあっ⁉ カ、いちゃ、I、CHA……い……はっ⁉ あ、あ、あ、あ……!」

「あら。その反応だと、何かありましたね?」

「はあっ⁉ あ、あ、……あああありえませんわ! って、何故! わたくしが! あのヘタレと! 恋愛話をしなければなりませんの⁉」

「あら。カイリ様と恋愛話をしているんじゃありませんよ? 私とシュリアちゃんがお話しているんです」

「どうでも! 良いですわ! わたくしは! 恋愛! していません! だいたい、いちゃいちゃって何ですの! パシリじゃありませんし!」

「あら。そうですか? シュリアちゃん、カイリ様に綺麗とか好きとか言われて、すっごく嬉しそうでしたよね? 甘すぎるくらいラブラブでしたよ?」

「はあっ⁉ きれ……! う、う、う、ううううううう嬉しくなんかありませんわ! き、きれいとか、すすすすすすすすすすきとか、い、い、言われたって! ああああああのヘタレが相手じゃ、ななななななな何も! 嬉しくもなんとも! ありませんわ!」

「……少しからかうつもりなだけでしたけど、すっごく動揺してくれましたね。私としてはとっても得をした気分です♪」


 両手を合わせて歌でも歌いそうなリオーネの笑顔に、シュリアは本気で殺意を覚える。これではまるで、シュリアが彼を好きだと言っているみたいではないか。断じて固辞する。


「だ、だいたい! 綺麗だと言ったのは、わたくしの食べ方ではありませんの! わたくしのことではありませんわ!」

「あら。綺麗だと言われたことは覚えているんですね?」

「っ⁉ そ、その後、猪を狩って来るくらいには豪快だと言われましたわ!」

「あらまあ。よく覚えていますね?」

「っ⁉ し、し、しかも、大雑把なのに食べ方は綺麗とか、馬鹿にしていますわ!」

「まあ。そんな細かいことまで覚えているんですか? 私は覚えていませんでしたよ? 愛ですね」

「っ⁉ そ、そ、そ、それに! 彼は、……」


 言いかけて、はたっと止まる。

 そして。



〝うん。やっぱり好きだな、ってことだよ〟



「――――――――っ‼」



 ぼんっ! っと、顔が真っ赤に破裂した。



 いつだったか、そう。ハーゲンが訪ねてきた後、二人でベッドに座って話していた時にカイリがいきなり告げてきたのだ。

 あの時は訳が分からなかったが、何を意味するにしてもシュリアが好きだと言っていた気がする。

 そこまで考えて、更にぼぼんっ! っと顔が爆発するのが分かった。意味が分からない。言われ慣れていないからだろうか。こんな「きれい」のたった三文字で顔が熱くなるなど気が知れない。


「あら? シュリアちゃん。やっぱり何か心当たりが?」

「――! い、いいいいいいいいいいいえ! そ、……そう! 好きは好きでも、……え、笑顔が! 笑顔だけが! 綺麗で好きとか言ったんですのよ!」

「まあ。確かに」

「だから、絶対! 色恋沙汰なんかこれっぽっちも! 入っていませんでしたわ!」

「まあ、それは同意しますね。カイリ様って、タラシですから。男女関係なく落としますし、シュリアちゃん、これからも大変ですね?」

「どうして! ですの!」


 否定をしているのに、どうしても恋愛の方に話が流れていく。リオーネの話術の巧みさが恨めしい。――自分が自らドツボにハマっているとは、絶対に認めない。


「はあ。シュリアちゃん、駄目ですよ? そんなにツンデレのテンプレっぽくツンデレが過ぎるから、カイリ様に『まっっったく』! 通じないんです。彼は、悪意にはとてつもなく敏感なのに、人の好意には超絶に鈍すぎて、遠回しとか迂遠うえんな言い回しとかはもちろん、これで気付かない? むしろ気付かない方がおかしいというくらい分かりやすすぎるアプローチをされても、本気で本当にぜんっぜん気付かなくてこの人何だろうおかしすぎる人として大丈夫でしょうか、というくらいおかしな人なんですから」

「……まあ、それは同意……、……って、で、ですから! わたくしは!」

「それに、ライバルには、そんなカイリ様にもすっごく好意が通じまくっている超強力にハードルを上げてくるケント様がいて、対抗馬にシュリアちゃんと同じくらいツンデレなレイン様が控え、大穴で最近めきめきと素直になって好意を伝えているエディさんがいるんですから。シュリアちゃん、うかうかしていると本当に取られますよ? 皆さんとゴールインですよ?」

「……。何故、男しかいないんですの」

「あら、シュリアちゃん。知らないんですか? 同性同士でも結婚出来るんですよ?」

「知っていますわよ! 男女タラシと言うのでしたら、一人か二人くらい女性も入れて下さいませ!」

「まあ。シュリアちゃん、自らライバルを増やしたいんですか? マゾですね♪」


 違う。


 何が悲しくて、シュリアが彼を好きという話にされた上に、ライバルを勝手に増やされなければならないのか。リオーネにこの手の話は禁句だったと、今、身に染みた。たっぷり教え込まれた。もういらない。


「リオーネ……その話は、もう」

「そうですね。女性のライバルなら、追いかけてきたダークホース、ジュディスちゃんでしょうか。多分、本気の本気になったら、本気の本気で挑んできますよ?」

「……。あの王女ですわね」


 確かに、現時点でもあの王女はかなり強烈にカイリに興味を持っている様に思える。それこそ本腰を入れようと思ったら、外堀をきっちり埋めて婚約という既成事実を作ってしまうかもしれない。

 その時、彼はどうするのだろうか。

 喜ぶのか、戸惑うのか、受け入れるのか、断るのか。

 それとも――。



 ――って、何でわたくしが彼の反応を考えなければならないんですのっ!



 そこまで考えて、シュリアはぶんぶんと頭と両手を振り回す。一緒に何となくもやもやっと胸に広がったものも一緒にぶっ飛ばした。

 そんなシュリアを、リオーネは実に楽しそうに眺めている。緑茶を飲む仕草は優雅で、高見から見物しているかの様な雰囲気だ。まったくもって腹が立つ。


「はあ。……そんなリオーネこそ、どうなんですの。パシリが毎日告白していますけれども」

「そうですね。対象外です」

「……。……流石にパシリが哀れに思えてきましたわ」

「そうですね。ですが、最近……とても自然な笑顔になったと思いますよ」


 ゆっくり苦味と旨味が混じった緑茶を味わいながら、リオーネが静かに目を伏せる。どこか遠くを見る様な笑みは、彼女の心がちらついているかの様だ。

 確かに、エディはここ最近でかなり変わったとシュリアも同意する。この団に入った頃はどこか線引きした明るさだったり、作り笑いの様な笑みだったが、最近はとても良い表情をする様になった。


「……ヘタレの影響ですわね。まったく。本当にタラシが過ぎますわ」

「そうですね。でも、……元々エディさんには、人を信じたいという気持ちが強く眠っていたと思います。だからこそ、最初の頃にカイリ様を疑っていた時、頑なでしたけど、それ以上にずっと傷付いた顔をしていたのだと思います」

「……ああ……」


 確か、カイリが仲間の悪口を言いふらしていると第一位が仕掛けてきた罠だったか。リオーネとエディは術中に嵌まっていたが、正直あまりにくだらなすぎてシュリアは相手にしていなかったのだ。

 あの最初から無礼で真っ直ぐで自分の意見と共にぶつかってきた彼が、そんな遠回しで面倒なことを仕掛けてくるはずがない。エディにもリオーネにも、何か不満があるなら直接物申したはずだ。初対面のシュリアに、真っ向から激突してきた様に。


「知っていますか? エディさんってば、カイリ様がシュリアちゃんと話して泣いた時、一緒に泣きそうな顔をしていたんですよ」

「……」

「その後、すぐに部屋に戻って行ったんです。……人を信じていなかった私でさえ、かなりきたので。エディさんには、ひどくこたえたでしょうね」


 きっと、泣いたのだろう。


 自分が、深く相手を傷付けていたことに。容易に想像が付いて、シュリアは溜息しか出ない。

 彼は、この団に来た時からずっとそうだった。人に散々傷付けられながら、自分が誰かを傷付けることを嫌っている節があった。ファルを殴った時だって、裏切られてショックを受けたというだけではなく、自分が彼に暴力を振るったということで己に失望したのだろう。



 彼は、親に裏切られ、歓楽街で人扱いされていなかったのに、それでも人に絶望しなかったのだ。



 本当に人に絶望し、信じていなかったのならば、フランツに憧れて騎士になろうとは思わない。例え助けられたとしても、それだけで相手を信じることは不可能だ。

 彼は元々最初から強かった。シュリアは、その点では尊敬している。


「今のエディさんが初めて告白してきたのなら、私も少しは考えたんですけどね」

「……違うから無理なんですの?」

「どうでしょう。これからに期待でしょうか」

「……。はあ。あなたも大概たいがい素直ではありませんわね」

「あら。今のところは対象外ですよ?」


 哀れ過ぎる。


 シュリアが哀れと思う時点で、相当だと思う。

 とはいえ、エディにも自業自得の部分はあるのでシュリアとしても放置するしかない。後は、二人の問題だろう。


「ですが、……珍しいですわね。あなたが、こういう恋愛の話を振るのは」

「ふふ。シュリアちゃんが、あまりにツンデレ過ぎて焦れったすぎて、ようやく成就した頃にはおばあちゃんになってしまうと思ったので。私としては、成就したその先のもだもだを見たいので、我慢できなかったんです♪」

「……。……あなた、おばあさんになるまでわたくし達を観察するつもりですの」

「はい。長い付き合いになると良いですね♪」


 にっこりと笑ってとんでもないことをのたまうリオーネに、シュリアの頬が引く付いて止まらない。彼女が誰を観察しようと構わないが、自分が対象になるのはご免被る。絶対疲れる。



「……シュリアちゃんは、本当のところ、カイリ様のことをどう思っていますか?」

「はあ?」

「カイリ様のこと。自分がどう思っているか。考えたことは本当にありませんか?」

「……どう思っているも何も、……」



 そんなこと、知る由もない。



 初対面ではどれだけ軟弱な人間かと呆れたりもしたが、その後すぐに認識が変わったのは覚えている。

 外見に似合わず無礼だし突っかかってくるし皮肉は飛ばすし礼儀はなっていないし敬わないし挑んでくるし噛み付いてくるしで、結構忙しなく印象が変わっていったのだ。

 意志が強いかと思えば変なところで引き、誰もが諦めそうな時には一人ででも立ち向かって手を伸ばす強さを見せる。

 彼を「こういう人間だ」とひとくくりで片付けるのは危険だ。方向性はずっと変わらず同じなのだろうが、細かいところでは未だに捉えきれていない。死ぬまで分からないかもしれない相手だ。


「……。はあ……。何故、わたくしがこんなに彼のことで頭を悩ませなければならないんですの……」

「あら。じゃあ、フランツ様やレイン様にしますか? フランツ様は、未亡人ならぬ男やもめとして、また違った大人の魅力がありますし。レイン様は、へらへらしながらも頼り甲斐があり、普段から掴みどころのない謎多き男性ということで、女性人気は爆発していますよ?」

「いや、無理ですわ。むしろ無理ですわ。一秒も考えたくありませんわ」

「まあ。即答するあたり、カイリ様なら考えたいんですね」

「ちっが……!」


 ――わないのだろうかっ。


 フランツやレインとのことは即行で切り捨てたのに、カイリのことになると少しは考える。

 つまり、リオーネの言う通り違わないのだろうか。彼とのことなら想像出来るということだろうか。シュリアはだんだん混乱して分からなくなってきた。

 いや、違う。単純に年が近いからだ。そうでなければ、あの生意気過ぎて人を敬わない彼についてここまで頭を悩ませることなどありはしない。

 そうだ。違う。

 だいたい、初対面から突っかかってきたり生意気だったりしてくるから、印象が強すぎたのだ。あれだけ強烈なインパクトを与えられたら、どうしたって気にせずにはいられないだろう。それだけだ。

 それに。



〝ねー……。どうして、いっちゃうの?〟



「――……」



 それに――。



「……わたくしは、親を殺し、弟の心を殺しました。……彼の様にまっさらな経歴の持ち主の傍に、本来わたくしがいること自体奇跡ですのよ」



 フュリーシアにいると、少し忘れそうになる。

 シュリアは大罪人なのだ。フュリーシアでは白い目で見られることが減ったが、故郷に帰って本人だと知られれば、瞬く間に人との間に大きな隔たりが生まれるだろう。昔と髪型も変わった上にかなり雰囲気も違うが、気付く人は気付くかもしれない。

 その時、共にいるカイリにもどんな仕打ちをされるのか。一緒に故郷に行くことはないだろうが、考えるだけで――苦しいと思うくらいには、彼を気に入っている。


「カイリ様にそれを言ったら、怒られそうですね」

「……。だから、言わない様にはしていますわ」

「思っていたら意味がありませんよ。……気持ちは分かりますし、同意しなくもないですが、それでカイリ様のことを考えない様にしているのでしたら、カイリ様に失礼ですからやめて下さいね?」

「……。……元より、そういう意味で彼を拒絶したりはしませんが……、……わたくしの故郷では、それは通じませんわね」


 犯罪者に対する世間の目は想像を絶する冷たさだ。犯罪者が相手なら何を言っても良いし、石を投げたり暴力を振るったって構わないと考える者の何と多いことか。それ自体が犯罪だと気付いている者が、果たしてどれだけいるだろう。

 シュリア自身は白い目を向けられるのは当然だと納得しているし、それが業だと受け入れてはいるが、カイリをはじめとする他の者にまで矛先を向けられるのを良しとは出来ない。そういう意味では、一生家族を持つのは無理ではないかと考えている。


 いつかは、ここにいる者達とも別れの時が来るのではないだろうか。


 そんな風に思うこと自体、最近まで無かった。それなのに、どんな心境の変化だろう。やはり、カイリは一筋縄ではいかない。


「それに、仮に一緒に故郷に行ったとして、自分に暴力を振るわれたりしたら、流石の彼も少しは考え直……、……、……………………」

「ふふっ。……カイリ様は、それでも構わず一緒にいてくれそうですね」

「はあ……むしろ、何だか盾になろうとする気がしますわ。弱いくせに」

「そうですね。第一位やファル様から、私達を守ろうとしてくれた時の様に」

「……、……ほんっとうに物好きですわ」

「でも、そういうカイリ様が好きなんですよね?」

「……。物好きなところは評価します」


 もし、万が一、故郷に一緒に行くことになった時、その残酷な現実を見て、カイリはどう思うだろうか。

 ファルの時の様に、また怒るのだろうか。盾になろうとするのだろうか。



〝だから、……そうやって今も、昔のことで悩んで、責めて、苦しんで、……最愛の弟さんのことをずっと想い続けているだろう『今の』シュリアのことを、俺は信じるよ〟



 あの夜。誤魔化さず、上辺だけではなく、考えて考えて答えを出してくれた誠実な彼は、遠い未来では果たしてシュリアと共にいるのだろうか。



 たった五ヶ月の付き合いでしかないのに、もう彼がいなかった日々を思い出すことが難しくなってきている。これは随分ずいぶんと毒されてきたものだ。

 それは、リオーネも同じなのだろう。

 先程、おばあさんになっても観察すると言っていたあたり、変わった。昔の彼女なら、そんなに長い付き合いになると考えもしなかっただろう。ましてや、それだけ長く付き合いをしたいと自分から言い出すことだってなかったはずだ。所詮は烏合の衆だと、分かっていたはずだから。

 だが、変化は訪れた。シュリアも、微かにだが未来を見る様になってしまった。


 ――そろそろ、ちゃんと将来のことを考えるべきなのかもしれない。


 恋愛云々はともかく、このまま第十三位の騎士として生き抜くのか。それとも別の道を行くのか。

 ともあれ、まずはこの世界の謎を解くのが先決だが、終わった後を想定することも必要になってくるかもしれない。

 そのためには。



〝今も、全員かどうかは分かりませんが、継承権を持つ者の身は危ないと私は考えています〟



 まず、ガルファンが漏らした情報が、本当かどうかも確かめなければならない。



 己の事情を、果たしてカイリに話すべきかどうか。

 シュリアが直接調べられれば良いが、罪人の身分では実家どころか故郷に戻ることも忌避されるはずだ。今度の任務も恐らく外されるだろう。

 しかし、彼は恐らく直近の呪詛事件のせいで、否応なく巻き込まれることになる。彼なら、話せば真摯に請け負ってくれるかもしれない。



 そんな風に、誰かに頼むかどうかと考えられる様になったあたり、やはり毒されている。



 カイリは、恐ろしい人間だ。長く動きがなかった第十三位に、これだけの神風を吹き込んでくれたのだから。



「まったく……。どうして、いない時にまで彼のことで悩まなければ……」

「――ただいまー! シュリア、リオーネ、お土産を買ってきたよ」

「――っ⁉」

「まあ、カイリ様。お帰りなさい。ご無事で何よりです♪」



 そんな風に物思いにふけっているところで、不意打ちの様にくだんの人間が帰ってきたことに、シュリアは湯呑を豪快に落としそうになり、リオーネに笑われるのだった。


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