第328話


 餞別、という言葉に、カイリの胸の底に痺れる様な熱が走る。


 このラリエットの鎖は、父が出ていく時にネイサンが渡したと言っていた。

 最初で最後の餞別。

 その言葉には、どこか特別な響きが宿っている様に思える。


「子供達に無関心だったわしは、特段子供達との思い出が無い。……遠くない未来に家を潰すということは、子供達を路頭に迷わせるかもしれないことと同義だ。ならば、その憎悪を受け取るべく、恨みやすくある様に。そう心がけて生きてきた」

「……」

「だが、カーティスは……本当に破天荒でな。というより、馬鹿でな。頭が春だった」


 何だか散々な言い様だ。

 ゼクトールがエイベルや父を称する時も、そんな物言いをしていた時があった様に思う。誰からも同じ評価というのは、ある意味誰に対しても裏表が無い証拠で微笑ましいし、誇りだ。


「わしがどれだけ無視しようと、どれだけ無感動に無関心にすげなく答えようと、馬鹿みたいに笑って突進してきた。……カイリ。お前がわしに、突進する様に抱き着いてきたのと同じことを、お前の父はしてきたぞ」

「……っ。……父さんも」

「そうだな。……あいつは、少し兄に似ていた。誰に対しても能天気に笑い、気さくで、困った者は見捨てない。周りを振り回すくせに、いざという時は率先して動いてみんなの心を動かしていく。……エイベルも似た様な気質だったし、あっちの方がよほど親子に見えただろう」


 ふっと笑うネイサンの口元は優しい。

 だが、細められた瞳はどこか淋し気だ。

 どれだけ無感動で在ろうとしても、どれほどに無関心で在ろうとしても、やはり二人は親子だったのだと胸が締め付けられる。


「だからだろうな。……ある日、あいつが部屋に遊びに来た時に、気まぐれに兄から教えてもらった鍵のことを教えてやった」

「……。……ラフィスエム家の部屋の鍵のことですよね?」

「そうだ。あれは、兄が開発したものだ。……本当の本当に秘密にしたいことをそこに隠し、鍵は大切な思いにする。他の者が強引にこじ開けようとした場合は、ばれないために全て潰す。……あの兄は、変なことを開発するのが好きだった」


 語る表情は無なのに、目元はとても優しい。

 ネイサンは目に感情が出やすいのかもしれない。新たな発見をして、カイリの胸が少しそわそわと落ち着かなくなった。目元が父に似ている、という理由もあるかもしれない。


「どうせ覚えられないだろうと思ったら、あいつは一発で覚えた。……勉強は嫌いなくせに、物覚えだけは良いと知った瞬間だ」

「父さんは、机にかじりつくタイプでは無かったですけど、俺もたくさんのことを教えてもらいました」

「ふん。……まあ、別に優秀であろうとなかろうと、どうでも良い」

「父さんらしく在れば良いですもんね」

「……好きに考えろ」


 はあっと疲れた様に溜息を吐くネイサンは、どこか呆れている様にも映る。

 隣にいるケントの方が更に呆れた様な目をしていたが、どこに呆れる要素があったのだろうか。少なくとも、ケントはカイリではなくネイサンに呆れているので気にしないことにした。


「……カーティスとの思い出は、その程度のものだ。後はあいつが抱き着いたり話しかけたりしてきたくらいで、本当に思い出らしいものはない。その内、食事や睡眠もエイベルの家で取ることが多くなっていったしな」

「……」

「それで良いと思った。エイベルとは特段仲が良かったわけではないが、あいつは裏表が無いという意味では信頼出来る奴ではあった。……わしの家が潰れたら、それこそあいつの家に転がり込んで、本当の親子になれば良いとも思っていた」



 だが、そうはならなかった。



 二十年前にエイベルは教皇になり、神の操り人形となって暴挙の限りを尽くした。

 そして、息子の様に大切に思っていたはずの父のことも、エイベルは切り捨て、殺そうとしたと聞いている。ゼクトールが駆け付けてくれなければ、カイリはこの世に生まれてはいなかっただろう。


「レナルドとフィリップは、まあ喜んだぞ。目の上のたんこぶだったカーティスが、一生剣を振るえぬ上に、ゼクトール卿からも婚約破棄を言い渡されたからな。ずたぼろのあいつに、まああれだけ醜く罵れたものだ。……無関心過ぎて教育しなかったわしが言えたことではないがな」

「……、……おじいさまは、どうしたんですか?」

「何も。あいつの人生はあいつのものだ。……婚約者であるティアナ殿が絶対にあいつと離れないという意思を示したのだから、あいつは大丈夫だろうと思っていた」

「……」

「だが、出て行くだろうとは予想していた。この聖都にいても、はっきり言って居場所が無い。あいつを慕う奴らは多かったが、教皇に狙われたのだ。確実にまた狙われる。逃げるしか道は無かっただろう。ティアナ殿という守るべき者もいるなら尚更な」


 ネイサンの推測は、どこまでも淡々と冷静だ。そこまで色々考えて静観していたというのならば、見事としか言いようがない。実際、その通りになったのだ。

 多くの者から見れば冷たい父親に映っただろう。カイリも何も知らなければ、憤慨していたかもしれない。

 ただ。



 淡々と語る声には熱が無いのに、どこか遠くから熱の様なものが空気を通して伝わってくるから。

 目元も涼しいはずなのに、どこか遠くを見ているから。



 ネイサンにはネイサンの思うところがあったのだと推し量れる。彼は感情表現は苦手の様だが、努めて平静であろうとしている風に見て取れた。


「出て行くその夜。皆が寝静まったのを見計らって、あいつはわしに挨拶に来た」

「……」

「傑作だったぞ。お前の様に馬鹿っぽい演技をしながら、いきなり部屋を訪ねて来たからな」

「……不愉快だと切り捨てたんですよね?」

「そうだ。……いつも通りにしていれば良いのに、馬鹿息子になったフリをしおって。まあ、似合わんかったな。頭は馬鹿だが、馬鹿の振る舞いは壊滅的なほど下手くそだった」


 散々な言い様である。

 しかし、不思議と不快ではない。それは、彼に父への愛情が備わっているのがもはや隠し切れていないからだ。


「わしに、永久血縁断絶の書類を渡してきた」

「――」

「最初で最後の親孝行だと言ってな」


 最初で最後の。

 それは、父の遠回しの別れの言葉に聞こえる。

 だが、それよりも何よりも。



「……愚かな息子だ」

「――……っ」



 たった一言だ。

 その一言だけだ。

 それなのに、抱えきれないほどの感情が破裂する様に滲み出ているのが分かった。

 父は、生まれて来る子供――カイリに色々背負わせるわけにはいかないと決意して、この書類を渡すことにしたとフランツから聞いた。

 だが、きっとそれだけではない。


 恐らく、実の父親にも迷惑をかけることになると思ったから、この書類で縁を断ち切ろうとしたのだ。


 教皇に狙われた身ならば、どこまでも追いかけてくるかもしれない。父をかばえば、ネイサンの立場も悪くなるし、最悪命を狙われる可能性がある。

 信じられない余波ではあるが、この聖地はそういう場所だ。教皇に攫われたカイリは、身をもって理解している。



 ――父さんは、家族全員を守りたかったんだ。



 ネイサンの一言を聞いて、ようやく父の全ての想いに辿り着けた気がした。ぐっと、零れそうになる熱を喉を鳴らして飲み込む。


「すぐに出て行くのが分かったからな。餞別に、その鎖を渡した」

「……。……どうして、ですか」

「その鎖は、家宝ではあるが……。そうだな。気の迷いではあるが、……お守りの役割を果たすかもしれないと思ったのだ」

「――」

「だから、投げて渡した。捨てたければ捨てろと言っておいた。たかが鎖だ。もはや、わし以外それが家宝だとは知らなかったし、あいつにも告げなかった。……まさか、律儀に子供に渡していたとはな」

「……っ、……これは、……このパイライトと一緒に、成人になった誕生日のプレゼントとしてもらったものです。……魔除けだと、言っていました」


 ぐっと、パイライトごとカイリは鎖を握り締める。

 触れた箇所がやけに熱い。燃える様に熱を伝えてくるパイライトも鎖も、どこかカイリの想いに応えてくれている様に感じた。

 ネイサンもじっと、カイリが首から提げているパイライトと鎖を見つめている。その視線に温度は無かったが、力強さがあった。



「……あいつが、果たしてそれに気付いていたかどうかは知らんが」

「え?」

「否。……分かっているとは思うが、肌身離さず持っておくことを勧める。どんな状況になろうと、例え誰かにお守りの様に手渡したくなろうと、お前が持て。それは、お前が持つことでしか力は発揮しない。他の者は万が一にも持てないだろうが、どちらにしろ他者の手の中ではただの石と鎖だ。むしろゴミになる」

「……、はい」



 表現は酷いが、それだけカイリの手にあることに意味があると強調されていることに他ならない。

 フランツ達にも実験してもらったが、このパイライトも鎖も、カイリ以外が触れると火傷では済まなくなるほどの熱を持つし、離れようとすると体にめり込む。

 石と鎖が家宝であり、持ち主を選ぶというのならば、カイリが持つことに何か意味があるのだろう。ゼクトールもパイライトが人を選ぶのは初めてだと言っていたし、ネイサンの物言いからしても手放すのは悪手だと理解出来た。


「……ネイサン殿。一つ確認したいのですが、この鎖はカイリの手にある限り、他の者では絶対に触れられないのでしょうか?」

「少なくとも、どんな武器や聖歌を使っても千切れることはないだろう。ファルエラの息のかかった者を排除してから調べたところ、熱が効かない相手には、別の手段が発揮されるそうだ」

「……。それは初耳ですね。相当の秘密が隠されていそうですが」

「……業腹ではあるが、ロードゼルブ家の家宝と同じだ。初代の国王や教皇が関わっている様だし、恐らくその二つは世界の謎に関わる鍵だろう」


 ネイサンが世界の謎に言及してくる。しかも、家宝が初代の国王や教皇まで関与しているかもしれない。カイリとしては、情報が多すぎてそろそろ頭がパンクしそうだ。

 しかし、ここで逃げるわけにもいかない。ネイサンは、先日ケントに連れられて行く前にも「世界の始まり」と口にしていた。クリスも多くを知っていそうだったが、彼もだろうかと気がはやる。



「あの、おじいさま。その『世界の始まり』についてですけど」

「自分で調べろ」



 にべもない。



 あまりにあっさりと却下されたので、カイリは憮然としてしまう。己の力で辿り着けと言うのはその通りだとも思うが、何となく匂わせるだけ匂わせて知らんぷりをされるのは悔しい。

 拗ねる表情になるのを止められないでいると、ネイサンが嘆息しながらこめかみを押さえた。


「……お前は、変なところで子供っぽくなるな」

「成人するまで祖父がいなかったので。甘えているんです」

「……。……狂信者、初代教皇と今のフュリーシアの初代国王、ファルエラの裏、初期の聖歌、……そして、エミルカとブルエリガ。それらを調べてみろ」

「え……」


 今度はあっさりとヒントを出された。

 どんな心変わりだろうとカイリが目を丸くする横で、ケントの目は先程よりも更に白くなった。馬鹿だな、と顔全体で物語っている。


「ネイサン殿。孫のこと大好き過ぎじゃありません? どれだけちょろいんですか」

たわけ。これくらいはヒントのまたヒントだ。第十三位は輪を閉じ過ぎたせいで、味方が少なすぎる。輪を広げた功績がほぼカイリというのは、情けなさ過ぎるぞ」

「それは否定しませんが。……まあ、彼らも変わろうとしている様ですから。適当に見守ってあげれば良いんじゃないですか。僕はまだ認めていませんけど」

「……。貴様も、カイリが大好き過ぎるな」

「褒め言葉ですね」


 ふふんっと得意気に笑うケントに、今度はネイサンが呆れ顔になった。何だこいつ、と言わんばかりの視線は、しかしケントを更に得意気にさせる。胸を張る様な内容ではないと思うのだが、大好きと言われて悪い気はしない。


「初期の聖歌は……俺も気になっていましたけど、ブルエリガもですか? エミルカは神話があると聞いたので、分かりますけど」

「それ以上は何も言わんぞ。わしはちょろくない」

「はあ……」

「いや、ちょろいでしょ。何かあるって言ってるんですから」

「小童は黙れ。わしも全てを知るわけではないが、今挙げた単語は、恐らくだが一本の線で繋がるはずだ。ファルエラの裏は、どうせファルエラに行った時に絶対接触する。上手く探れ。……ブルエリガについては、故郷の者がお前の近くにいる。協力する気になればするだろうから、順番に片付けて行けば良い。ブルエリガはエミルカとある意味関連が深いからな」

「は、はい。……分かりました」


 ブルエリガ出身の者が、カイリの近くにいるのか。

 全然心当たりは無いが、考えてみればカイリはシュリアやレイン、ギルバート達が元々どこの国にいたのかも知らない。話したくなれば話してくれるかもしれないから、カイリとしては待つしか出来ないだろう。

 しかし、随分と有益な情報をもらった気がする。確かに大雑把ではあるし、謎が解明されたわけではないが、方針は立てやすくなるだろう。帰ったらフランツ達にも報告しようと心に決めた。


「ありがとうございます。父さんのことも聞けたし、……ラフィスエム家の成り立ちも聞けました」

「……。カイリ。本当にわしの遺言はあの内容で構わないのか。……まあ、遺言というよりは、生前贈与になったが」

「はい。ありがとうございます。変更して下さって。……おじいさまこそ、良かったんですか? あの内容で」


 聞き返してみると、少しだけ苦々しい空気が目の前から漂ってきた。

 ネイサンが残していた遺言――もとい生前贈与の内容を、少しだけ変更してもらったのだ。クリスの話だと渋っていた様だが、カイリのたってのお願いということで嫌々ながらも引き受けてくれたらしい。感謝だ。


「……レナルドとフィリップを殺されたと聞いてもか」

「はい」


 ネイサンの忠告に、カイリは迷いなく答える。

 だが、直後に二人の末路を思い出し、カイリは沼に沈んでいく様に暗くなってしまった。



 父の兄である二人が、死んだ。



 これは、ガルファンを捕らえ、ぐっすり眠った後の遅い昼食後にケントから聞かされた。

 レミリアが二人を捕らえて牢に移送し、その後フュリー村やルーラ村に対処している間に、毒を飲んで死んだという。監視が目を離した隙のことだったそうだ。


 しかし、恐らく殺されたのだろう。


 それが、カイリを含めた事件に関わった者達全員の結論だった。

 ガルファンの妻を殺したくらいだ。カイリを暗殺しようとして失敗した者も自害したし、あの夜に捕らえたファルエラの影達もこぞって自害してしまった。ケントが「相当あくどいね」とぽつりと零した声が印象的だったのも覚えている。

 ガルファンやルーシーに関しても危ない、ということで、ガルファンは特殊な牢に入れて、許可した者以外は入れない様にしてある。

 ルーシーの方はというと、護衛付きでそのままの生活に戻っているが、ある書類を即行でファルエラに送ったそうだ。



 曰く、『永久王位継承権放棄』。



 カイリが切り札として出そうとした、永久血縁断絶の継承権放棄版である。

 証人には父親であるガルファンはもちろん、ケントやクリス、そしてゼクトール卿をはじめとする枢機卿全員がなったそうだ。

 そうそうたる顔ぶれにしたのには、意味がある。


 つまり、これを断ったり、ルーシーおよび証人がこの先一人でも欠けた場合、フュリーシアはファルエラが正式に宣戦布告を行ってきたと看做みなし、完膚なきまでに叩き潰すと言外に脅しをかけたのだ。


 不慮の事故や自殺などの理由も一切受け付けない。その意味するところを拾えないほど、相手は馬鹿ではないというのがクリスやゼクトールの見解である。

 真正面からぶつかることを決めた場合は、その兆しが必ずあるそうだ。それを今の今まで見せなかったということは、まだ相手も準備が整っていないか、別の目的があるということらしい。

 カイリにはその辺りの機微は全く読み取れないが、経験値の高い彼らが断言するのなら、信じる。ガルファンの処遇もあくまでフュリーシアが判断することとなった。

 ネイサンは、息子二人の死をただただ静かに受け入れたと聞いている。実際、今日会ってから、二人については醜いという評価以外聞いていない。


 それでも、思うところはあるだろう。


 無関心で在ろうとしながら、父に情けをかけた人だ。憎まれようと構えていたとはいえ、何とも思っていなかったということは決してないと思う。

 カイリは、ゼクトールやネイサンに会うまで、ずっと貴族である実家と関係を持ちたいとは考えてこなかった。

 けれど、彼らと出会って、触れ合って、だんだんと気持ちに変化が訪れた。

 彼らとの縁は、絶対に切りたくない。村を出た頃の自分に、馬鹿なことを言うなと小突いてやりたかった。

 だが、フランツの息子でいたい気持ちも大切にしたい。

 故に。



「俺、欲張りになることにしたんです。俺は、フランツさんの息子でいたい。でも、ずっと父の息子であり、貴方の孫でありたい。だから……他の家とは違う形であったとしても、この家の、おじいさまや父さんが生きていたという証を残したいと思います」

「……」

「それに、今のラフィスエム家の成り立ちを聞いて、ますます放置出来なくなりました。……俺は、必ず世界の謎を解き明かす。そして、……いつか、……みんなで何のしがらみもなく、笑って、垣根無く歌える世界が来て欲しい。村で、俺がいつもみんなで歌って、遊んでいた様に」



 日本では当たり前だった景色が、この世界では異質に取られる。



 変だと思いながらも、カイリは小さい頃はそれを特に変えようとは思わなかった。村以外の人達に歌を聞かせてはいけないという意味を、深く考えたりしなかったのだ。

 しかし、村が滅んで、外に出て、ルナリアで歌が好きだという子供達に出会って、フランツ達と一緒に歌って。



 聖歌と讃えられて崇め奉られるこの現状が、悲しくて苦しい。



 歌は、みんなのものだ。みんなで、笑って、いつでも歌えるのが歌の良いところのはずだ。

 教皇が神に望まぬことを強いられるのも、転生の謎も、歌える人とそうでない人がいる原因も、全て明らかにして、何とかしたい。

 そして、大切な人達と一緒に、明るい未来を生きていきたい。

 この願いを叶えるためには、どうしたって戦うことは避けられないのだ。ならば、一歩ずつでも強くなって、何を出来るか考えながら、大切な人達と共に進んでいく。


「いつか、おじいさまとも一緒に歌ってみたいです」

「……」

「ケントも。早く俺と一緒に歌ってくれよ」

「……カイリがもっと強くなったらね」

「ああ。……謎を解き明かすまでには、きっと」


 一朝一夕で強くはなれないが、のんびりもしていられない。

 ケントの声や表情には、少しだけ期待が含まれていた。以前は、諦めや淋しさの方が強く前に出ていたが、気持ちが変わってきているのかもしれない。

 ならば、尚更負けるわけにはいかない。カイリは、どんなに絶望的な状況になったとしても、前を向いて、しっかり自分の足で歩いて行く。


「……。……お前は、やはりカーティスよりも頑固だな」

「そうなんですね」

「……その辺りは、わしの妻の血も入ったか。ティアナ殿の血も混ざって、わし程度では対抗出来そうに無いな」

「はは。じゃあ、おじいさまの深い優しさも持てる様に頑張ります」

「……。……お前は変わっているな」

「そうですか? 周りの方が変わっていると思いますけど」


 第十三位に来てから、ケント達に出会ってから、カイリは変人ばかりの知り合いが増えていっていると思う。村が一番普通だった気がする。

 だが、そんな暮らしも悪くない。旅立ちは悲し過ぎたが、この聖地に来なければ、こんなに大切な人達に出会うことは無かった。


「また来ますね。今度は、もっと昔話がしたいです。お土産、何が良いですか?」

「……。……お前が作ったケーキが食べてみたい」

「え! ……、……と、途中までなら作れるので、フランツさん達に手伝ってもらいながら頑張ります」

「? 何故途中までだ?」

「……。……な、何故か最後には全部爆発するんです」

「――」


 羞恥を堪えて白状すると、ネイサンは目を大きく丸くするという今までで一番の反応を示し。



「……っ、くくっ。……そういうところは、お前の祖母に似たな」



 意外な真実という爆弾を落としてくれたのだった。


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