第273話


「さて。調査の許可を取る方法だ。……みんな、死ぬ気で出せ。吐いてでも出せ。死んでも出せ。それが我らが幸せを掴み取る唯一の道だ。カイリの笑顔をみんなで守ろうではないか」


 フランツが凄みながらテーブルの上で両手を組み、あごを乗せる。はっきり言って、後半がおかしい。何だか宗教の教祖様の様な怪しい理念を掲げられ、カイリは一文字に口を引き結んでしまった。


「……ったくよ。ほんと、お前らみんな良いこと言った気になって、肝心の打開策はこれからだもんなー。……最初の頃より行き当たりばったりになってんぞ、この団」

「大丈夫っす、兄さん! 行き当たりばったりにさせないために、今からみんなで考えるんですから!」

「そうですね。それに、レイン様も割と行き当たりばったりですよ? カイリ様が拉致された時に、カイリ様を見捨てなかったのが良い証拠ですね」

「……おい」

「大丈夫ですわ。そこのヘタレは、変な時に馬鹿力を発揮しますから。馬鹿みたいに真っ直ぐに、馬鹿みたいに突進して、馬鹿みたいに今回も打ち破りますわよ」

「……。なあ。俺、イノシシ扱いされてないか?」


 シュリアの開き直った様な、称賛に見せかけて全く称賛になっていない物言いに、カイリは口だけではなく、目まで棒線になってしまった。

 馬鹿にしかされていない気がするが、とはいえ、カイリも父と縁を切るのは嫌だ。何とか次善策を考えるしかない。


「あの……そういえば、ケント殿やクリストファー殿から口添えしてもらえたりってしないっすか? お二人って、かなり広範囲に権威があるんすよね? あ、……これって丸投げになるっすかね」


 エディが右手を軽く上げ、問いを投げかける。

 だが、恐らく無理だろう。丸投げもそうだが、先程ケントが、調査の許可を取るのはフランツ達に任せる様な姿勢を見せていた。特別助け舟を出さなかったということは、彼は今回あまり力にはなれないと言っていることに他ならない。

 そして、事実その通りだった。


「まあ、無理だろうな。ケント殿もクリス殿も、ラフィスエム家と同格の家柄だ。加えて言えば、クリス殿の家は侯爵家になってまだ『若い』。ラフィスエム家は現在は聖歌騎士が当主だけだし、実力もヴァリアーズ家に軍配が上がるとはいえ、歴史の積み重ねがある分、権威的にはあちらの方が上なのだ」

「え……っ。そうなんすか」


 潰れた様にうめき、エディが身を引く。心底意外だと言わんばかりの表情は、カイリも気持ちは分からなくもない。

 だが、貴族の世界は複雑だ。カイリも書物の知識しかないが、同格の家でさえ歴史の重みで差が出るという。聖歌騎士かそうでないかという要素でもまた変わってくるし、正直頭がこんがらがりそうだ。


「ケント殿は第一位の団長で、全ての騎士団や騎士を統括する立場にある。だから、とても強い権力は持っているし、騎士団以外にも大抵のことには融通は利くのだがな。ラフィスエム家は全員、既に騎士団からは退団しているし、それに」

「村のことってのは、つまり領地経営のことだろー? 他国に内政干渉すんのに近いものがあんだよ」

「な、内政干渉っすか?」

「そ。他国に政治で口出しってのは、結構神経質な問題だろ? それと同じだ。だから、調査を強引に求めるなら、よけいにそれなりの法的理由と証拠が必要ってな」


 レインがフランツの後を引き継いで、面倒な条件を教えてくれる。エディが益々ますます不可解そうにしているのは、「ケントなら全部ねじ伏せそうだ」と思っているからだろう。現に、エディは顔全体で声高に主張している。

 カイリも、実際ケントやクリスなら巧みな話術や策を巡らせて何とかしてしまうとは思う。


 だが、二人ならば確固たる証拠を押さえられるという自信を持って行動するはずだ。


 カイリ達みたいに行き当たりばったりな踏み込み方では、決してない。

 それに、あまりに彼らに頼り過ぎると依存になってしまうから、具体的な案を出すまでは避けたい。作戦が浮かんで協力を仰がなければならなくなったら、その時に話をするべきだ。


「あの。でしたら、ゼクトール卿に相談してみるのはどうですか? カイリ様のおじいさまではありますが、それを抜きにしても、枢機卿は教会、ひいては国全体を見渡す立場にあります。領主が領地で問題を起こしたら介入する権利もありますし、調査を指示するには有効なお立場ですよね?」


 リオーネの提案に、だがフランツはまたしても首を振った。


「確かにケント殿に調査依頼書を出してもらうよりは効果はあるが……、それで決定打となる証拠が出なかった場合が問題だ。国内だけの問題ならともかく、今回はファルエラも関与している」


 他国が絡むとなると、一気に複雑になる。

 いくらゼクトールが枢機卿で教会の上の方にいるとしても、他国に対してまでその権威全てが通じるわけではない。


「……おじいさんを、戦争の発端にされるかもしれないってことですよね。不当にファルエラに罪を着せたって」

「ああ、その通りだ。戦にさせるわけにはいかん。……ファルエラがフュリーシアに何かを仕掛けようとしているのは明白だからな。戦を狙っているかもしれないのならば、尚更慎重に行かねばならん」

「……そうですね。ゼクトール卿、一応あれでも国の顔の一つでしたね。彼が関与したと分かるとなるのと、私達個人騎士団が関与したというのとでは、また話が違ってきますから」


 リオーネが弱り切った様に引き下がった。

 しかし、表情に反して言葉の中身がかなり辛辣しんらつだ。第十三位はあの拉致事件以来、本当にゼクトールに対して厳しい。カイリとしては複雑な心地だ。


「ラフィスエム家と繋がっているのならば、確実に、そして村についてとファルエラについての証拠を押さえられるという条件が無いと、彼に頼るのは厳しいだろう」

「例え強引に調査したとしても、ケント殿の言う通りですわ。……調査をしながら、間者とラフィスエム家を同時に相手をし、かつ結界の正体を突き止めて解決するなんて、無謀も良いところですわね」

「そうですね。姿を消して調査するにしても、厳しいと思います。私やカイリ様が毎回重ねがけをしても、長く姿を消すのは結構大変ですから」

「だなー。それに、実際カイリは一度、結界の一部を破って酷いことになったんだ。秘密裏に全部は無理だろうなー」


 ぎしっと、背もたれに背中を預けながらレインが嘆息する。カイリとしても、あの結界への強引なぶつかり方は二度としたくない。

 それに、聖歌語で姿を消し続けるのは結構大変なのだ。ジュディスの護衛の時、フランツ達は長く消えていたが、あれもリオーネが何度も重ねがけをしているし、消耗もそれなりに激しかったと後で聞いた。長時間だと得策ではない。


「……何はともあれ、時間が無さ過ぎるな。金曜日前にこっそり宿舎を抜け出して行動するとしても、どれだけ情報を集められるか……」

「ほんとにな。時間が足りなさすぎるのがネックだなー。事前調査が出来ない調査って何なんだってーの」


 やれやれ、とレインが肩をすくめるのを眺め、カイリはやはり自分が考えた策が一番有効そうだと苦しくなる。

 だが、避けると決めた以上は別の手を考えたい。


 村の調査をするのは、元々は雨が降らない原因を突き止めるためだった。


 その村を、ファルエラの間者が見張っている。毎週土曜日に誰かが報告をもらいに様子を見に来るということまでは分かった。

 村を治めているのは、ラフィスエム家。

 だからと言って、間者が彼の家と繋がりを示す証拠を持っているとは限らない。むしろ、持っていない可能性の方が高いだろう。自白させたとしても、決定打となるかと言われると疑問だ。

 それに。



「……ラフィスエム家は、どうして日曜日にホテルで会食をするんでしょうか」



 ぽつりと漏らしたカイリの疑問に、フランツ達が一斉に目を向ける。

 全員で同時に強い視線を向けられるのは、やはり一種の暴力だ。居心地が悪くなったが、感じたままを口にする。


「村をほったらかしにして、その放置した村をファルエラの間者が見張っていて。その怪しい中で、クリスさんも含めて貴族を招待して会食パーティ……。一見すると、すっごく呑気のんきに見えますよね。もしくは、何か企んでいるとしか思えない。……ラフィスエム家って、そんなに頻繁に会食を開いているんですか?」

「……いや。引退してからは、特に音沙汰は無かったはずだ。小さな夜会なら開いていたかもしれんが……クリス殿を誘うとなると、地位や功績的にもかなり大規模なパーティになるのではないか? しかも、グレワンを使うとなるとかなりの品位も求められる」

「じゃあ、何か大きな目的があるんですよね。……ケント達と明日ホテルに行って調査をしたら、何かしらの足掛かりになる可能性が高い、……」


 何となくちぐはぐな気がする。彼らの目的が見えないから、よけいにぼんやりとした不安しか無いのだ。おまけに時間が無い、というのも拍車をかけている。

 明らかな異常現象を起こしている村を放置したままなのもおかしい。それをケントやゼクトール達に知られたら、絶対追及されるに決まっている。それなのに何故、放置したままにしていたのだろうか。

 バレないという自信があったのか。

 しかし、実際は村人達がしびれを切らして王族に助けを求め、露見した。間者もそれ自体は、特に慌てず見逃している。


 それとも、知られてもすぐには追及出来ないと分かっていたのか。


 現に、ケントもゼクトールも直接ラフィスエム家に聞き取りをしていない。そうする前にカイリと様子を見に行った結果、ファルエラが関与していると知ってしまったからだ。慎重に扱わざるを得ないと判断した。

 それこそが、狙いなのか。

 だが、どちらにせよ発覚すれば、疑いはかけられる。ラフィスエム家にとっては不利にしかならない。


「……あの」


 村と、ホテル。その二点の調査ばかりに目が行っていたが、一番肝心なところが残っている。

 カイリは意を決して、もう一つの場所を挙げることにした。


「……やっぱり、二つの書類を持ってラフィスエム家に突撃しませんか」

「……新人?」

「って、エディ! 顔! 顔が恐い! 違う! 本当に渡すんじゃなくて、その、……間違いなく悪い方法だし、見抜かれたらそれこそ訴えられるんですが。まず、本物を模倣して偽造書類を作るんです」

「偽造? 何のためにだ」


 フランツが不可解そうに首をひねる。レイン達も頭上に疑問符を浮かべて無言で問いかけてくるので、唸りながらもカイリは続けた。


「本物は使いたくないですけど、俺が考えた書類はやっぱり効果抜群だと思うんです。だから、偽造した二つの書類を、囮とか時間稼ぎのために使って、家の中を捜索出来ないかなって」

「……時間稼ぎだと? しかも、ラフィスエム家を家宅捜索するということか?」

「はい。俺とフランツさんで、家の人達の注意や目を引き付けるんです」


 暴論ではあるが、とにかく情報が欲しい。

 ならば、ラフィスエム家の中を調査することも必要なのではないか。

 用心に用心を重ねる人物ならば、本人が常に証拠を持ち歩いている可能性もあるが、それでも何かしらの痕跡が家の中から見つかるかもしれない。


「俺とフランツさんで、その書類を餌にしてのらりくらりと時間を引き延ばしながら交渉するんです。その間に、みんなでこっそり姿を消しながら家の中を探してみる、とか……どうでしょうか。時間的にも、姿を消すのにそこまで消耗しないくらいになるんじゃないかと」

「あー……なるほどなー。普通に入るのは難しそうだしな、あそこ。確かに二人と一緒に、同じ扉からこっそり入れたらこっちのもんだが。……でもよ。正面扉から入るとすると、気配消しながらだし、結構長く扉を開けてもらわなきゃならねえぞ?」

「歓楽街の時とは違って、相手の執事なり使用人が扉を開け閉めしますから、自分で扉を開ける長さを調整は出来ませんわ。あなた、どうするつもりですの?」

「え? それは、えーっと……。ほら、もう、こう、……俺が、バカ息子? ぼんぼん? とかいうやつみたいに、ふらっふらしながら、言葉とかも色々繋げて扉を開けたまま陣取る……とか?」


 適当に思い付いた例を挙げると、シュリアが物凄く冷たい目を返してきた。


「ふん。ポーカーフェイスもままならないあなたが、一体どうやるんですの?」

「え? えーと、……あー、……そう。ごほん!」


 軽く咳払いをし、声の調子を整える。

 これでも、前世の頃には物語も色々読んだ。その中に登場したいくつかのぼんぼんを思い出し、覚悟を決めて思い切り息を吸い込む。

 そして、堂々と胸を張った。



「……こ、……こんにちはー! 初めまして? ていうの? 俺、フランツさんの息子でーす! でもー、血が繋がっている父親は、カーティスって言うんですよねー。だからー、えー、……あなたたちの、家族らしいんですよねー、俺!」

「「「「「………………………………」」」」」



 全身全霊で声をいつもより高くし、馬鹿っぽい笑顔を全開にし、カイリは首を傾げて見上げてみた。上目遣いの仕方がいまいち分からなかったので天井を向いてしまったが、まあ大丈夫だろう。物語によく出て来る馬鹿息子を参考にしたのだ。間違いは無い。

 耳が痛いほどの静寂が流れる。

 数秒の沈黙。

 そして。



「……くっ! カイリ、何て可愛いんだ……っ!」



 ――フランツさん、目が腐っているっ!



 フランツが目頭を押さえて机に突っ伏したので、カイリは全力で心の中で叫んだ。正直、カイリ自身、自分で自分がうすら寒くなった。フランツの感性はおかしい。

 しかも。


「ぶっはっ! それ、バカぼんっていうより、ただのギャル男もどき……!」

「まあ。カイリ様。なかなか可愛らしいお馬鹿さんですよ?」

「はああっ⁉ ……しいいいいいんんじいいいいいいいいいいん! リオーネさんの可愛いを頂くなんてえええええええええ! 許さん! 今すぐやめろおおおおお!」

「やめるよ! 俺だって、自分で自分が分からないよ!」


 リオーネが頬に手を当てて称賛を飛ばすのを、エディが拳を振り回して血の涙を流す。レインは声もなく机に突っ伏して爆笑しているし、もうカオスだ。一人シュリアだけが、何とも言えない顔でしらじらーっとした視線をカイリに刺している。泣きたい。


「ああ……なるほどな。カイリ。そのぼんぼん、という演技。最高だったぞ」

「フランツさん。頭は大丈夫ですか? 目は腐っていませんか?」

「……あなた。同意はしますが、割と辛辣ですわよね」

「何を言う! カイリが、無邪気な子供の様に天井を向いて、一生懸命馬鹿っぽいフリの演技をしているのだぞっ! 声の高さも天使の様で、笑いかけてくれるその空気は、天にも昇る神々しさ! いつもと違うカイリの表情もたくさん見れるし、俺としてはカーティスに自慢してやりたいっ! どうだ、カーティス! 羨ましいだろう! お前の前では決してしない子供だらけの馬鹿ぼんぼん姿が見られるぞ! 愛らしく、可愛く、いつまでも眺めていたいカイリだぞ! 最高だ! ここが天国だ!」


 ――やはり、フランツさんの頭は壊れている様だ。


 両の拳を握って天井に向かって吠えるフランツに、カイリは悟りを開いた様な表情になってしまった。シュリアが益々何とも言えない、馬鹿にした様な顔すら出来ない雰囲気になったので、居た堪れなくて死にそうだ。いっそ悶死したい。


「い、や。……確かによ。それなら、唐突に色んな動きや会話しても怪しまれないとは思うが。……お前、それ、続くのか?」


 ようやく笑いのふちから復活したレインが、ひーひーと息も絶え絶えに確認してくる。

 未だにぶはっと噴き出す彼の顔は全力で殴りたかったが、取り敢えず話を続けることにした。


「……。疲れて、途中で素になるかもしれませんけど。頑張ります、よ?」

「うーん。でも、新人って結構もう有名人なんすよね? 新人の功績とかもありますし、割と真面目で通ってそうっすから……バレません?」

「あら。噂なんて当てにならないって、ひがみ根性満載の貴族なら思いますよ?」

「……リオーネもなかなか辛辣だよな」

「彼女はいつもこうですわよ」

「だが、まあ。……ケント殿みたいな人間が、果たしてこの可愛いぼんぼんと付き合うかを、信じてくれるかどうかだな。俺としては一生付き合っていきたいが」


 ――フランツさん、本当に頭は大丈夫かな。


 しきりに何度も満足げに頷くフランツに、カイリは遠い目になってしまう。彼の審美眼は世間とはかなりズレまくっている様だ。シュリア達の諦めた横顔が痛すぎる。


「あー。……ま、ケント殿が誰かと大親友になったってだけで大ニュースになってっからなー。どんな奴と? こんな奴と? って感じで、確信を得られないけど否定もできないって感じじゃね? 大丈夫だろ。直接見てない限りは」

「この聖都、広いっすからねー……。……じゃあ、……その偽物の書類を使って新人が馬鹿ぼんぼんを演じながら、その隙に潜入調査ってことで良いっすか? 何も出てこなかったら、新人がイタイだけで終わるっすけど」

「うっ。エディ、頼むから見つけてくれ……」

「では、カイリ様が痛いままで終わらない様に頑張らないといけませんね。でも、……カイリ様の書類。色々仕掛けなければなりませんね?」

「……。それもそうだが、……やはり俺達も動くか。金曜日までは待ってられんだろう」


 フランツが真剣な顔つきで扉の方を睨む。特に誰がいる、というわけではないだろうが、謹慎中の第十三位を監視している人間に殺意をぶつけている様に映った。


「でも、……どうやって動くんですか? 俺は、外に出ても平気ですけど」

「まあ、色々やりようはある。……バレた時に、謹慎時間が延長になるのが痛かっただけだからな。具体的には、隠密行動に長けてるレインとシュリアに動いてもらう。俺はどっしりと囮になろう。エディやリオーネにも色々囮としてこの宿舎で小細工してもらうぞ」

「はいっす!」

「素敵ですね。シュリアちゃん役なら任せて下さい」

「あー、面倒だけど……良いぜ。宿舎にいるだけってのも退屈してたとこだしなー」

「わたくしも。そろそろひと暴れしたいと思っていたところですわ」

「いや、暴れたら駄目だよ。シュリア、謹慎延長するつもり?」

「……ヘタレのくせに、ツッコミだけは一人前ですわね」


 ぱしっと拳を手の平に叩き付けるシュリアの眼力に、カイリは涼しい顔で受け流す。事実、暴れて見つかってしまったら、第十三位全体が謹慎延期になり、任務が遂行出来なくなる。それだけは絶対に避けたい。


「まあ、レミリア殿を連れてケント殿が来た時点で、恐らくこちらに情報を与える心づもりはあっただろう。そうでなければ、カイリをわざわざ明日の任務に誘うとは考えにくい」

「え……そうなんですか?」

「まあ、半々なところはあるだろうがな。カイリがいると潜入が楽なのも本当だ。しかし、……最悪、ケント殿とレミリア殿はばらばらに行動して、ホテルで密かに合流という手段もあるはずだ。ケント殿は家族ぐるみであのホテルの支配人とは懇意にしている。レミリア殿も第二位なだけあって、潜入調査はお手の物だからな」


 フランツに種明かしをされ、カイリは頭が下がる思いだ。

 ケントもレミリアも、カイリに気を遣わせない様に今回の任務を依頼してくれたのか。

 当然、隣国のファルエラが関与しているから、見過ごせない事態になっているという理由もあるだろう。もしかしたら、カイリという存在が何らかの狙いにだってなるかもしれない。

 だとしても、カイリ達がラフィスエム家について行き詰っているのはお見通しだったはずだ。もし、本当に打開するキッカケが眠っていると考慮してくれた上で誘ってくれたのだとしたら、つくづくケントには敵わない。

 彼は先を行ってばかりで、焦ってしまう。もちろん、昨夜で痛い思いをしたので、絶対に先走らない様にするが、本当に背中が遠い。


「ま、ケント殿のことだ。何かカイリをダシにしてる可能性もあるかもなー」

「それでも構いません。俺が何か役に立てるのなら嬉しいし、明日の調査をふいにするなんてありえないです」

「……お前、ほんっとうに良い性格してるよ」

「本当ですわ。……利用されても嬉しいと言えるのは、あなたくらいでしょうね」

「そうかな。……ケントだからかな」


 例え、何かの囮にされたとしても、カイリは怒りはしない。もし、ケントが本当に囮にしようと考えているのなら、絶対にカイリに怪我をさせたりはしないだろう。それくらいの覚悟が彼にもあるはずだ。

 方針は決まった。まだまだ行き当たりばったりで不安がぎるが、現時点ではもう他に策は思い付かないだろう。

 だが、更にフランツの話には続きがあった。



「一応だが、……ラフィスエム家にその書類を突っぱねられるという可能性も視野には入れておこう」

「え?」



 腕を組んで難しい顔をしながら、フランツが書類の効果が無かった時のことを持ち出した。

 正直、今のラフィスエム家が、血縁断絶の書類を断る光景が思いつかない。希望的観測だと一蹴したかった。

 けれど、フランツはカイリの心中を察して厳かに首を振る。


「カイリの言う様に、ごたごたしているラフィスエム家では喉から手が出るほど欲しいものだと、俺も思っている。だが、……もしかしたら当主あたりが拒否する可能性も少ないがあるとは考えているのだ」

「……どうしてですか?」

「カイリは聖歌騎士だからな。家にとっては、聖歌騎士が一人いるかいないかで大分待遇が変わるのだ。中枢にも食い込みやすい。クリス殿に色々特権を聞いたのなら分かっているだろう。通常の騎士では入れない場所に入れ、閲覧不可能なものも閲覧出来る。任務も当然聖歌があるだけで優遇されやすく、限度はあるが、出世コースに乗りやすい」

「……それは」

「ラフィスエム家の場合、カイリが跡を継げば、不和がそれこそ修復不可能になりそうだから考えてはいないだろうが……、一応気には留めておく方が良い」


 フランツに諭され、カイリも受け入れるしかない。クリスに教えられた特権は色々あって頭がくらくらしたが、確かに不和を補ってあまりあるほどの威力はある。

 どちらにせよ、カイリの役割は交渉を引き延ばすことだ。当主達とは会話を繋げることに集中しようと心に決める。


「よし。シュリアとレインは残ってくれ。カイリとエディ、リオーネはそろそろ休め。もう良い時間だしな」

「はいっす。新人! 風呂、入りましょうか」

「あ、うん。用意するね」

「あら。じゃあ、私も一緒に入りましょうか?」

「り、りりりりりりりりりりりりり! リオーネさん! と! お、おおおおおおおおおおおおおおおふ、おふおふおふ! おふ、ろ……!」

「……パシリのくせに良い度胸ですわ。わたくしの修行に付き合う気がありますのね?」

「い、いいいいいいいいいいいいえ! ななななななないっす!」

「リオーネも。正座のまま寝かせませんわよ」

「ふふ。そうですよね。シュリアちゃんが入りたいですよね? カイリ様がいますから」

「な! なななななななななななにを! 言っているんですの! 馬鹿ですの⁉」

「あー……平和だなー。カイリ、平和だなー」

「え? 俺が平和なんですか?」


 エディとリオーネだけではなく、シュリアまで漫才に突入し始めた光景を、カイリは呆然と眺める。レインの言葉も意味不明だし、謎だらけだ。

 けれど、こうして賑やかに騒いでいる日常は、とても愛しい。村を出てから掴んだ、カイリの幸せだ。

 だから、この日常を失くしたくない。

 この日常を守るためにも――。



〝 こ ろ し て や る 〟



「――――――――」



 ぎゅうっと、テーブルの下で拳を握り締める。どくどくと、脈が痛いほどに全身を駆け巡って苦しい。

 何故、このタイミングであの時の本の言葉を思い出すのだろう。あれはフュリーシアの仕業だと分かった。あれは、カイリの心を乱すものだ。予言でも何でもない。

 だから。



〝 み ん な こ ろ せ 〟


〝 お ま え が   こ ろ せ 〟


〝 さ あ こ ろ せ   さ あ う た え 〟



 あれは、脅しでも何でもない。

 カイリの大切な人達は、ここに在る。

 彼らは強い。いざとなれば、カイリだって盾になる。

 だから、大丈夫。



〝 お ま え が い る か ら 〟



 ――大丈夫……。



「新人? 行くっすよ?」

「っ。……ああ、……、風呂! 楽しみだな」

「っはは! 元気っすねえ。新人は本当に風呂が大好きっすね」

「もちろん! 風呂は一日の疲れを癒す大切な至福の時間だから」


 エディに話しかけられ、カイリは我に返って慌てて返事をする。ちゃんと取り繕えたらしく、エディは特に何も疑問も持たなかった様だ。

 ホッとして心ごと顔が緩むカイリは、しかし気付かなかった。


 全員が、カイリのささやかな異変を心配そうに見ていたことに。


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