第272話
どれだけの時が流れただろうか。
カイリにとっては、かなりゆったりとした、けれどとても長い時間に感じられた。落ち着いているのに、何となく落ち着かない。相反する気持ちがせめぎ合う不可解な時間だった。
「……ま。今のところ、一番の策ではあるだろうなー」
はあっと溜息を吐きながら、レインが奇妙な空気を切り裂く。
途端、ばんっとフランツがテーブルを叩いた。上に乗っていた湯呑が驚いた様に踊る。
「駄目だっ! 見返りに対して、代償がとてつもなく大き過ぎる。カイリ一人が背負うものではないっ」
「だったら、ちゃんと代替案言ってから反対しろよ。思い付いてねえから、駄々っ子みたいにしか見えないんだよ」
「それをこれから考えるのだ! ……きっとある。時間は確かに無いが、明日すぐという話ではない」
言いながら、フランツの表情は苦しそうだ。焦れば焦るだけ、思考が上手く回らないのだろう。カイリも経験があるからよく分かる。
「フランツさん。……俺、前に父さんに言われたことがあるんです」
「何をだっ」
「思い出や死者よりも、目の前に生きる者を優先しろって」
フランツが、少しだけ気圧された様に押し黙った。レインもぴくりと体を揺らし、視線を上げる。
思い出を支えにするのは良い。亡くなった大切な人を生きる糧にしたって構わない。
けれど、それに固執し過ぎるなと。そうなれば視野が狭くなって、傍にいる大切な誰かを
現に、カイリは昨夜、前世に囚われ過ぎてフュリーシアに乗っ取られた。全然父の言い付けを守れなかったと反省しきりだ。レインの忠告も無為にして、頭が下がる一方である。
でも、思い出したからこそ、カイリは選択していかなければならない。
「父さんは、それで失敗したって言っていました。……思い出にしがみ付き過ぎて、分かっていたはずの現実を見なかったって。……凄く、後悔していたみたいで」
あの時は何のことか分からなかったが、今なら想像が付く。育ての親、エイベルの話だ。
結果的に第一位の人間もたくさん死んだと聞いている。当時団長だった父としては、どれほどの無念と絶望に苛まれただろう。
「お前は間違うな。必要なら、今を生きる人達の命を選べ。……そう言っていた父さんだから、きっと今回の決断だって分かってくれます。……この任務は、フュリー村の人達だけでなくて、フュリーシアとファルエラの二国の民にとっても、命運を左右するかもしれないものだから」
もし失敗してしまったら、戦が
その時、どれだけの民の命が失われることになるだろうか。罪のない大勢の人達の命が奪われるなど、決して起こってはならない。
そうだ。父も、許してくれる。今を生きる命を選択しろと諭してくれた父なら。
〝ああ。今日もカイリは可愛いな! 流石は俺たちの子供! 母さん、どうだ。もう一年、カイリの年齢を十五歳で過ごさせるというのは〟
「――」
ぐっと、喉から出そうな何かを懸命に飲み込む。決して表情を揺らしてはならない。
後ろを向くな。前を見ろ。未来を見据えろ。
思い出すな。今は、まだ。
〝んー、やっぱりいいな! ……父さん、この歌が一番好きだな〟
まだ。
お願い――。
「……フランツさん」
気合を入れて声に力を入れる。
フランツは無言だ。こちらを見ようとせず、ひたすらに拳を握り締めてテーブルを睨み付けている。唇を噛み締めすぎて、血が出そうだ。
ああ、本当にカイリは恵まれている。
こんなにも思ってくれる父親が、傍にいてくれるのだから。
〝だから。……今は無理でも、どうか、……笑って、幸せに生きてくれ。それが、父さんたちの最後の願いだ〟
「――っ」
そう。
父親、が。
「フランツ、さん。……お願いです、こっちを向いて下さい」
「……」
「俺の覚悟なら、……出来ています。だから」
「――ダメっす」
カイリが駄目押しとして主張しようとしたら、エディが静かに割って入ってきた。あまりに
前を向くと、エディがひどくなだらかに視線を向けてきていた。気付けば横にいるリオーネも、同じ様に穏やかにマリンブルーの瞳を向けている。
穏やかで控えめだったのに、何故か二人が
「……、エディ?」
「新人。確かにあんたの言う通り、その書類を使ったらラフィスエム家から許可をもぎ取れるかもしれない、っていうのは分かりました。ボクは今、その法律初めて知ったっすけどね」
とても強力っすね。
苦笑気味に視線を伏せるエディの顔は、悲しそうに歪んでいる。リオーネも困った様に眉尻を下げ、ゆっくりと小さく首を振った。
「カイリ様。それでも、その道は駄目だと。私も思いますよ」
「っ、……リオーネまで……」
「だってそれは、本当の意味では誰も幸せになれない道ですから」
「え?」
リオーネの告げてきた意味を掴み損ねた。
一体何を言い出したのだろうか。誰も幸せになれないとは、話が大きくなった。
でも、少なくともこの任務が成功したら、フュリー村の人達は喜ぶ。ファルエラの間者についても目的を探れれば、国にとっても良い結果となるだろう。
それなのに、エディとリオーネは、この選択では幸せになれないという。
何故。
カイリが、心底疑問に思っていると。
「だって、新人」
「だって、カイリ様」
「「その話をしてから、一度も心から笑っていませんから」」
真っ直ぐに見つめてくる二つの眼差しに、胸を軽く叩かれた気がした。
心から笑っていない。何を言っているのだろう。
「そ、……」
――そんなの、当たり前だ。
誰が、大好きな父親と縁を切りたいと思う。
「――っ」
ぶわっと、黒い感情が噴き出す様に溢れた。握り締めていた右の拳を更に突き破る様に握り締める。
縁を切りたいなどと、一度だって思ったことはない。自分は父の息子だ。誰が何と言おうと、あのカーティスの息子だ。それを誰にも否定させはしない。
生まれた時から、あの大きくて頼もしい背中を見続けてきた。あの父の元に生まれてきて良かった。あの誇り高き父の息子であったことを誇りに思っている。今もそれは変わらない。絶対に変わることなんてない。
縁を切るなんて嫌だ。絶対嫌に決まっている。何で縁を切らなければならない。切りたくない。絶対嫌だ。
それなのに、他に手が無さそうだからって、こんな――。
「――……っ」
そこまで頭の中で反論して、カイリは愕然とする。
すぐに「当たり前だ」と言えてしまうその反射的な怒りこそ、心が揺らいでいる証拠だ。ポーカーフェイスも一気に崩れ去ったのが分かった。
カイリが呆然と頬に手を当てて表情を確認していると、エディもリオーネも顔を見合わせて笑っていた。何で笑うんだと、腹が立つ。
「新人。……それは、確かにフュリー村や他の大勢の人達が幸せに笑える道かもしれない。そう。……あんたをよく知らない人達が、幸せに笑える道です。世の中なんて、大体はそんなものの積み重ねだとボクは思います」
「……うん。だから」
「でも、やっぱりボクは嫌です」
きっぱりと言い切るエディの静かな言葉には、力があった。一瞬カイリは、気持ちだけ一歩後ずさってしまう。
「村の人や国の大半の人達が幸せに笑っている中で、……あんただけが笑っていないなんて、嫌っす。みんなが笑っているのに、誰より頑張ったはずの肝心のあんたが笑えないなんて。それは、……見ているボク達が
伏し目がちに語るエディの顔に、カイリは反論しようとした。
けれど、すぐにおどけた様にエディは人差し指を軽く立てる。
「それに新人、さっきからずっと泣いているんですもん。例え、許可をもらえるのが確実だと分かっても、ボク達が賛成するはずないですよね」
「え、……いや、泣いてないぞ!」
「そうですね。泣いているのは、心の中だけで。カイリ様、顔だけは必死にポーカーフェイスもどきになっていましたよ。今は、見る影もないですけど」
悪戯っぽく指摘するリオーネに、カイリは全然演技も出来ていないことに気付かされる。
こんな時こそ、ポーカーフェイスの技術が必要なのに。
――反論する時こそ、声が掠れてはいけないのに。
「で、も。……二人だって分かっているでしょ。時間が」
「ふんっ。……時間が無いから自分の幸せを犠牲にするなんて、とんだ傲慢ですわ」
はあっとこれ見よがしに溜息を盛大に吐き出し、シュリアが馬鹿にした様にカイリを見つめてくる。
アメジストの真っ直ぐな視線はひどく鋭く、カイリの奥底まで暴く様な力強さを放っていた。凛とした空気を
「ご、うまんって……。俺のどこが傲慢なんだ」
「自分さえ我慢すれば良い。自分だけが何とか出来る。その捻くれた根性こそ傲慢ではありませんの」
「だって、事実……!」
「大体、仮にそれで承諾をぶんどったとしても、相手があなたを放置してくれる保障などどこにもありませんわ。……金銭や権威に強く執着する人間というのは、とことんどこまでも執着する。……終わりなんてありませんのよ」
ふっと一段ほど低くなったシュリアの
その通りだ。金銭や権力にしがみ付く人間というのは、時に自分達が想像も付かないほどの行動に踏み切ってしまう。妄執に囚われ、底なしの貪欲さに呑まれてしまうのだ。
カイリも、思考の片隅を
例え法律がカイリの血縁断絶を保障してくれたとしても、到底ラフィスエム家の、特に骨肉の争いを繰り広げている息子二人は内心では安心しないだろうと。
カイリは、彼らと違って聖歌騎士だ。
聖歌騎士は教会騎士よりも、様々な場面で遥かに優遇されるとクリスにも教えてもらった。身分を明かすだけで、通常通せない場所にも入れ、閲覧出来ないものさえも閲覧出来る可能性が高くなる。それは、国家の重要な場所に踏み込む確率も高くなるということだ。上の覚えがめでたくなることすら見込める。
つまり、家にとっては聖歌騎士が家を継いでくれる方が、繁栄する公算が大きい。当主のネイサンが、いつかカイリを跡継ぎに指名するのではないか。権力に執心し過ぎている者ならば、そんな恐怖に駆られ続けるだろう。
全てが終わった時、ラフィスエム家について片が付いていなかったら、結局カイリは狙われ続ける。
それなのに、カイリが己の思い出や絆を犠牲にしてまで、この取引を持ち掛ける意味はあるのか。
いや、当然ある。解決すれば、村も国も救われる。大勢の人達の笑顔が壊されることはない。
そうだ。意味ならある。
ああ。
〝ははは、こんなに元気に
――だけど。
「それに。……あなた、さっきレミリア殿に言ったことを、もう忘れたんですの?」
「……え? レミリア?」
いきなり話を転換され、一瞬カイリの頭が混乱する。
彼女に、一体何を言ったというのか。
焦って鈍る思考を懸命に回していると、それすらも馬鹿にする様にシュリアが鮮烈に殴り付けてくる。
「誰かが心から笑ったり、楽しそうに笑っているのが好きだと。そう言いましたわよね?」
「え? ……、あ、ああ」
「でしたら、わたくし達もその中に入っていますの?」
「え? ああ、もちろん。……シュリアが笑ったところは、あんまり見たことないけど」
「……悪かったですわね! 元々こういう顔しか出来ないのですわ!」
「でも、前に見た笑顔はとても綺麗だったし、好きだよ」
「――っ」
可愛いとも思うが、それよりも綺麗で眩しいという印象が強かった。いつも背中を押してくれる柔らかな強さが、彼女のその微笑の中で輝いている様に映ったからだ。
故に、率直に吐露したら、何故かシュリアは右手で頭を抱えて突っ伏した。心なしか顔が赤い。「くっ」「この……っ」「何故、こう……っ」と呪詛の様に何かを吐いているが、大丈夫だろうか。レイン達が物凄くにまにましているので、大丈夫なのだろうと納得しておく。
そうして一分ほどテーブルの上で転がったら復活したらしく、彼女は既に不機嫌そうな真顔に戻っていた。少し残念だと思ったのは内緒である。
「……。だったら。何故、わたくし達もそうだと。あなたは気付きませんの?」
「え? ……えっと」
何が、と聞こうとしたら、シュリアに、ぎんっと眼光鋭く睨まれてしまった。思い切り視線で激怒され、カイリは分からないまま狼狽えたが。
「ですから! あなたが、わたくし達に笑っていて欲しいと。笑っている姿が好きだと。そう思う様に、……わたくし達もあなたに笑っていて欲しいと。幸せに笑って欲しいと願っていると、何故分かりませんの?」
「……、…………え?」
「あなたが心から笑っていなければ、……わたくし達も心からは笑えないのだと。何故、そんな簡単なことにも気付けないんですの」
「――――――――」
カイリが笑わなければ、シュリア達も笑えない。
そんな返しをされるとは考えもしなかった。がつん、と頭を岩で殴られた衝撃を味わう。
カイリは、誰かが笑っているのを見るのが好きだ。特に、大切な人達が幸せそうに笑っていたら、自分も幸せな気持ちになる。それには当然、フランツもシュリアもレインもエディもリオーネも含まれていた。
だけど。
それは、シュリア達も一緒だと。そう、言ってくれるのか。
カイリが幸せに笑っていれば、自分達も幸せに笑えると。そう、言ってくれるのか。
それほどまでに、カイリを思ってくれていると。そう、伝えてくれるのか。
そんなの。
こんな、タイミングで。
そんなことを言うのは。
――ずるいっ。
「――っ」
ぼろっと、熱いものが心の中で
声が出ない。喉が震える。唇が何かを紡ごうとして、全て吐息に霧散した。
何故、そんな不意打ちを仕掛けてくるのだろう。せっかく覚悟を決めたつもりだったのに。
父なら許してくれると。誰かを助けるためなら、きっと法律上関係なくなっても許してくれると。そう、言い聞かせてたのに。
「……言い、聞かせ、………………」
ああ。
――馬鹿だ。
言い聞かせるという行為の時点で、全然納得していなかったのだとまた思い知らされる。これだからカイリは甘いのだと、自分で自分に失望してしまった。
けれど。
みんなが、こんなにも大切に思ってくれている。
大切な任務よりも、自分を優先してくれる。騎士団としては失格のはずなのに、ひどく嬉しくて堪らなかった。
「……あなたは、馬鹿ですわ」
「……っ、なに、が」
声がみっともなくぶれる。もうこれでは泣いていると言ったエディやリオーネに反論出来ない。
「あなたは、頑固で真っ直ぐで向こう見ずで、……底抜けなまでに甘いんですのよ」
「……分かってるよっ。どうせ、甘いよっ」
「ですから、……父親のことはもちろん、当然、ですが。……例えどれだけ拒否されようと、顔を合わせたこともなかろうと、実の祖父と縁を切るなんてことは辛いと。あなたは、そう思ってしまう人間ですわ」
「――」
容易く
いない者とされている。カイリと会うなんてとんでもない。
そう言われていると何度も聞かされてきたのに、それでもカイリは実家と縁を切るのは辛いと考えてしまう。どんなマゾだと呆れそうになったが、確かにその通りだ。
フランツに、事あるごとにカイリはラフィスエム家の実の孫だというのにと、悔しそうに言われるたびに面白くなかった。フランツとは血の繋がりが無いから、本当の親子になれないのだと突き放された様な気がして、
それでも、その感情とは別に、父の親はどんな人だろうと。あれだけ残酷な噂しか耳にしなかったのに、想いが募っていったのは事実だ。
つくづく甘い。世の中は、世知辛いのだ。きっと、会えば希望も夢も粉々に砕かれ、踏み潰される。
だが。
「……何で、だろうな」
頭では分かっているのに。
「……どうして。話がしてみたいって、……思うんだろうな……」
大馬鹿者だ。甘すぎて、自分で自分を殴りたい。
そして、シュリアに言われて認めてしまう自分の愚かさを呪う。この話の流れでは、カイリの提案が無になりそうだ。
「大体、まだ四日ありますのよ。時間はありますわ」
「おー……シュリアが珍しくポジティブだなー」
「レイン。あなたも楽な方へ逃げずに、きりきり考えなさい。その無駄にちゃらちゃらした軽薄仮面は何のためにありますの。今こそその軽薄仮面の本領を発揮しなさい。そうでなければ、ただの変態軽薄仮面ですわ。女好きのただの変態ですわ」
「うおっ。……マジでやる気だな、お前」
レインの驚いて身を引くツッコミに、しかしシュリアは取り合わない。ふんっと鼻息を荒くし、面白くなさそうに腕を組んだ。
「大体、このヘタレは、心の底からへらへら笑っているから、本来の力を発揮出来るんですのよ。へらへらしながら手を差し伸べて、へらへらしながら無茶をして、それでもへらへらしている顔に、何故かみんなへらへら
「へ、へらへら……って、シュリア。もっと言い方……」
「つまり、心の底からへらへら笑えなくなったら、戦力ががた落ちですわ。役立たずですわ。ありえませんわ。わたくし達の足を一生引っ張られるなんてごめんです」
「う、ぐっ」
「それに」
ぎんっと眼光を放って睨み付けてくるシュリアに、カイリはびしっと反射的に背筋を伸ばす。
シュリアは一度、口を開きかけて閉じたが、決心したのか睨み殺す勢いで振り向いて。
「半分以上を笑えない人生にするなんて……前世と同じ
「――」
「何のために、後悔した記憶があるんですの。……一生馬鹿みたいに笑って生きるために、あなたもここで諦めるんじゃありませんわよ」
「――……」
鋭い口調だ。声の調子が厳しくて、小さな子供は泣いてしまうのではないだろうか。
それなのに。
さっきまで睨んできたはずの眼差しが、とても優しい。
笑っているわけではない。睨んでくるのを止めたわけでもない。
けれど、今、カイリを見つめる彼女のアメジストの瞳は驚くほどに温かな光を
ああ。だから、惹かれる。
彼女が持つこの高潔な匂いを漂わせる、凛とした輝きに。真っ直ぐに貫き続ける、その気高き強さに。
高らかに心を鼓舞させる、厳しくも温かな優しさに。
「お、れ……」
依然として、道が開けたわけではない。
だが、確かにぎりぎりまで諦めたくはない。
父の優しさも愛情も心の中に息衝いて、どんなことがあろうとも一生無くなりはしないけれど。
それでも、法律上のこととはいえ、父と親子でなくなるのは嫌だ。
それに、例え望まれなかったとしても、せっかく繋がっている縁だって切りたくはない。人生は短いけど、それでも時間はちゃんとある。いつか、任務ではなく、きちんと実家の人と話してみたい。父の話だって、してみたい。
ああ、欲張りだ。甘い夢だ。土曜日に粉々に打ち砕かれる希望ばかりだろう。
それでも。
カイリが本当に心の底から願うのは。
「……俺、……父さんとの縁、切りたくないです。……実家との縁も、出来るなら……切りたく、ないです」
使いたくない。断絶なんて書類、見たくもない。
「自分から言い出したのに、すみませんっ。……でもっ」
本当は。
〝よし! それでこそカイリだ! さすが、我が息子よー!〟
本当は、こんな形で親子でなくなるなんて、嫌だ。父の息子だと、これからも堂々と胸を張って宣言したい。
だから。
「他に手が無かったとしても、本当に、……本当にっ。使わなくても、……構いませんか?」
普通なら駄目だ。手があると分かっていて却下するなんて、下策でしかない。ケントの言う強行突破は、危険なだけではなく、多方面に盛大な迷惑をかける。
それなのに。
「……当然だ。……元々その法律は、虐待をされた子供などを救済するために作られた措置なのだ。用途が全く違う」
「ふんっ。そうでなくては、あなたではありませんわ」
「新人が家族のことを笑顔で語らない日が来るなんて、考えられませんからね!」
「これからも、息子馬鹿としてのお話、ちゃんと聞きたいですから♪」
フランツ達が口々に頷いて受け入れてくれる。
レインも、渋々といった風を装っていたが、最後には「しゃーねえなー」と笑って見せた。
「ま、お前の力の源は、大切な奴らだってのは充分分かってっからな。……それを切り離したら、お前じゃないだろうさ」
「レインさん……」
「責任は、団長達に取ってもらう。……その手段は無かったことにしとけ」
「……っ、……みんな。ありがとうございます」
深く頭を下げて、カイリは抱えきれないほどの感謝を伝える。
フランツ達がそれぞれホッとした様に頷き、ようやく空気が心と共に緩んでいく。
だから。
レインだけが、何かを思い出す様に遠くを見つめたことには、誰も気付けないままだった。
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