第141話
フランツの放った一言に、しばらく誰も反応出来なかった。
カイリにとっては、苦しい一撃だ。
けれど、それを放った彼の方がよほど苦痛に
「……。……実はな。出会った頃は、俺はお前を聖歌隊に入れようと思っていたのだ」
「え。……聖歌隊、ですか?」
初耳だ。
第十三位の宿舎に初めて招かれた時のことはよく覚えている。あの時フランツは、最初からカイリは第十三位に入るだろうと決めつけ、勝手に手続きをしていた。
それなのに、出会った頃は聖歌隊行きを願っていたのか。
ならば、何故心境が変わったのだろうか。カイリは視線だけで続きを求める。
「カーティスからの手紙は読んでいたからな。……お前は血を見るのが苦手で、狩りも出来ない。剣すらまともに扱えないし、攻撃という行為自体が本当に駄目なのだと。それならば、聖歌隊が一番だろうと思ったのだ」
「……一番」
「聖歌隊は
「……そうなんですか」
聖歌隊は、教会の上層に住んでいると前にケントが言っていた。一線を画す様な扱いを受けているとも。
聖歌隊も謎が多いなと感じていたが、フランツの説明を耳にして、最初に行き先を考えるなら妥当な場所かもしれないと納得もした。
「当然、カーティスからお前を託されたのだ。保護者にはなろうと思っていた。だがそれは、本当に後見人に近い立場のつもりだった。養子縁組をするつもりは毛頭なかった」
「……、そうなんですね」
「ああ」
「……」
はっきりと明言され、流石にショックを受ける。
もちろん、あの頃は信頼関係など互いに皆無だった。
ただ、フランツにとっては親友の息子だから。親友の頼みだったから。それだけだ。
けれど、それでも全てを失ったカイリを保護してくれたのだから感謝してもしきれない。
「……カーティスは、恐らくお前が騎士団に入ることを望んではいなかっただろう。手紙にも、カイリには普通の暮らしをして欲しかったと書かれていた」
「……、はい。それは、……俺にも言っていました」
「本当だったら、教会になど行って欲しくはない。本当に普通の、一般市民として。……教会の黒い陰謀になど巻き込まれず、平穏に過ごして欲しい。幸せになって欲しい。それだけがあいつの……お前の両親の願いだった」
「……っ」
先日の夢の中で抱き締められた時のことを思い出す。
父も母も、よく自分を抱き締めてくれていた。生まれた時から、ずっと。自分の幸せだけを願って、動いてくれていた。
手紙でも変わらない両親の心に、カイリの視界が揺らぐ様に
「だが、……そうだな。聖地に戻る二週間。正確には、お前がシュリアに突っかかった時から、……お前はそれだけで終われないのではないかと思ったのだ」
シュリアに突っかかったと言えば、ラインの一件だろう。
子供に師事するなんてと馬鹿にしたことに激怒し、喧嘩を売ったのだ。
ちらりとシュリアを見れば、彼女は何でも無い顔をして視線を逸らした。
彼女も今では、ラインのことをカイリの剣の師匠という言い方をしている。時間を経て、認めてくれたことが嬉しかった。
「ハリエットを助けるために飛び込んだ時も。お前が、人の命を奪う覚悟をした時も。だが、それ以上に」
一度言葉を切って、フランツの目が遠くなる。
どうしたのだろうとカイリが疑問に思う前で、フランツがふわりと口元を緩めた。
「……もう二度と、村の時の様な悲しい思いを誰にもさせない」
「――」
「そうお前が宣言した時に俺は、……お前の未来を見てみたいと思った」
語る口調が優しくなる。
あの頃を思い出していたのか。色々あって大変だったが、カイリとしても大事な想い出に
「だから勝手に養子縁組をした。近くで、お前が歩く道を見てみたいと思った。共に歩いてみたかった。お前の強さが眩しくて……欲した」
「……」
「だが同時に、――利用しようとも思った」
語気が一気に沈む。
その落差に驚いたが、フランツは構わず先へ進める。
「お前の聖歌の威力は本当に強い。育てば、誰も逆らえなくなるくらいの聖歌騎士になるかもしれない」
「……」
「それは今後、教皇と対峙する時にも必ず役に立つだろう。……逃してなるものか。どこにも渡すものか。俺の団のものだ。是が非でも欲しい強力な逸材だ、とな」
声がひどく真っ暗に沈んでいる。
語り口はそのままフランツの心情を如実に物語っていて、カイリは一瞬だが止めたくなった。
しかし、堪えて耳を傾ける。
彼が、暗い気持ちを切り取って見せてくれているのだ。カイリは、真正面から聞き届けたかった。
「第十三位の中で、お前の経歴はかなり綺麗だ。お前も知っている通り、第十三位は教会の中では誰からも疎まれている」
「……、はい」
「だが、傷が無い経歴のお前を盾に、上手くいけば人脈も広がるかもしれない。お前の株が上がれば、第十三位の株も上がるかもしれない。地位も上がっていくかもしれない。少しずつ第十三位が力をつけるのに、これほど役に立つ人材は無いと思った」
「……」
「その証拠に、お前は現第一位団長のケント殿と友人になり、元第一位団長のクリス殿にも気に入られた。
「……、フランツさん」
「第一位の試合でも勝利し、他者にお前の力を見せ付けた。あの時は、疎まれているはずの第十三位に向かって周りは歓声さえ上げていた。そうだ。俺の睨んだ通り、いや、思った以上の成果をお前は叩き出してくれている」
「……っ」
「本当に、……本当によくやってくれている。ああ、俺の目に狂いは無かった。全て思惑通りだ。なあ、そうだろう?」
だんだんと早口になっていくフランツに、カイリはぎゅっと口を引き結ぶ。
喜べば良い。
それなのに、フランツは言えば言うだけ苦しげに顔を
カイリを引き込んで正解だったと褒め称えながら、苦しそうに懺悔の様な声を吐き出す。
いっそ、カイリを騙しきれば良かったのに。
それが出来ないのは、彼が根っからの善人だからだ。父の親友なのだなと、切なくなった。
「……カイリ。俺は、……俺は、穢いんだ」
「……」
「そんな風に利用しておきながら、俺は……お前が傷付くのが、……嫌なんだ……」
ぽつりと零す言の葉は、涙の様だ。
顔を覆って語る声が、熱を持って弾ける。
「お前が試合で第一位に勝った時、本当に嬉しかった。第一位に勝てたことがじゃない。お前が、……お前が、己の力でエディやリオーネと一緒に勝とうとしたことが。その通りに勝ったことが嬉しかった」
「……フランツさん」
「大勢の前で、リオーネと合唱をした時も本当に感動した。大声で叫びたかった。カイリは……俺の息子は、こんなに綺麗で感動的な歌を歌うのだと。息子の晴れ舞台をカーティスにも見せてやりたかったと心から思った」
「……」
「だが、同時にカーティスが羨ましかった。何故、カイリは俺の本当の息子ではないのか、と。……、……何故、お前の息子なんだ……っ、と……」
「――」
「こんなに近くにいるのに、俺では本当の父親にはなれないのか、と。……、だが、……」
ぐしゃっと、握り潰す様にフランツの拳が握られる。
その拳がだんだんと深まっていくのが見えて、カイリの目が
「そうだ。父親になど、なれるわけがない。……俺には、全く覚悟が無かったのだから」
「……」
「ああ、そうだ。クリス殿やレインの言う通りだった。本当に父親になろうと思っていたのなら、俺は迷わずあの時動いていただろう」
「……え?」
あの時。
何の話だろうと呆然とする間にも、彼の目が憎々し気に細められていく。
「そうだ。……本当に俺が父親だったならっ。あの時、絶対にお前を助けていたはずだっ」
「……え」
「だが、俺はどうだ! 助けはしなかった! いや、助けようとすらしなかった!」
「え、……あ、の」
意味が分からない。一体彼は何を言い出したのだろう。
錯乱する様な物言いに、カイリは心配になって「フランツさん」と止めようとする。
だが、次の言葉に絶句した。
「俺は、……俺はっ! 俺は、……ミサの時っ! 父親になったというのに! 息子のお前が教皇に連れ去られそうになったというのに! 助けなかった!」
「――」
「俺は、団のことだけ考えた! 父親ではなかった! だから! ……お前を助けようとはしなかった……っ!」
「――……」
震える拳を固く固く握り締めるフランツに、カイリの胸が深く突かれる。
ミサの時と言えば、思い出したくないことばかりだ。教皇に呼び出され、一から自分の元で学べと言われ、カイリは本当に恐ろしかった。
あの時はケントが間一髪で助け出してくれたが、もう二度と味わいたくない恐怖でもある。
クリスは言っていた。助けた者はそれこそ、何かしらの罰を受けるだろうと。疎まれているフランツ達なら尚更、容赦はされなかっただろう。
そう思って納得していた。仕方がないと思っていた。助けに来てくれる可能性すら考えなかった。
それなのに、フランツはずっとあの時のことを引きずっていたのか。全く気付かなかった。胸が締め付けられて苦しくなる。
だが、それ以上に彼が悔しそうに歯噛みする姿に喜びさえ覚えた。
そして、同時に気付く。
カイリもまた、本当の意味で、彼と家族になることを深く考えていなかったのだ、と。
「……カーティスなら、きっとお前を助けに入っていた。それに気付いた瞬間、……父親としての格差を思い知らされた」
「……フランツさん」
「……。……あいつの手紙はな、本当にお前への愛しさで
声に穏やかな優しさが宿る。
父の手紙は50枚以上になると前に聞いた。
それだけの長い文を全て読んだのかと少しだけ同情したが、彼の声にはまるで苦労が垣間見えない。むしろ幸せが滲み出ている響きに泣きたくなった。
「お前と出会ってからは、あの手紙を思い出すたびに気持ちが分かる気がした。親馬鹿故の
「父さん、が」
「ああ、そうだ。……だから、カーティスを真似て親馬鹿になれば、俺はもっとカイリと近くなれるかもしれない。そう思って、あいつの言葉も使ってみた。あいつの気持ちを想像して、手紙にあった言葉を並べ立ててみた」
「……」
「でも、それは間違いだったな」
語る目が遠くなる。
一瞬カイリを否定されたのかと心臓が跳ねたが、違った。
フランツの目に、うっすら透明な膜が張る。彼の顔は笑いながら、泣きそうに揺れていた。
「近くなればなるほど、真似れば真似るほど、それがどんどん自分の気持ちになっていってしまった。あいつの言葉のはずが、いつの間にか……もう、俺の言葉に変わってしまっていた」
「――」
「カイリを利用したくて始めたことだったのにな。……結果的に、俺が呑まれたのだ」
目を閉じて、フランツは嘲る様に笑う。
自業自得だと疲れた様に溜息を吐き、首を振った。
「パリィが今回の事件に関わっていると知った時、もう駄目だと思ったのだ」
「……何が、ですか」
「……俺の妻は、俺を助けるために死んだ。近しくなり過ぎたから、死んだ。十一年前からずっと、そう思っていた。だから、……だから……っ」
次は、お前も失うかもしれない、と。
静かに
失うことを恐れてくれたのか。それだけカイリを近しい人だと思ってくれていた事実に視界が滲んでいく。
「……失うかもしれない。そんな風に考えてしまうのなら、もう駄目だ。だから、……お前と縁を切ることにした」
「……っ、どう、して」
「だってそうだろう。カーティスとの約束からくる義務だけではなく、利用したくて団に入れたのだ。それなのに、失うのを恐れてしまう様になったらもう無理だ。初めの頃の様に、ただ利用することなど出来はしない」
「……」
「だから、縁を切ろうと思ったのに、……ああ。レインやアナベルに殴られてな。説教された」
「な、殴る?」
「いやー。アナベル殿、最恐だぜ? フライパンを顔面とか、笑えたぜ」
くっくとレインが肩を震わせるのに合わせて、カイリは想像する。
アナベルがフライパンでフランツの顔面を叩きつける。容易にありえそうで、カイリは無心の笑みを保った。
「二人がな、教えてくれたのだ。本当の本当に大切なものは、失ってから絶対に後悔する、とな」
「……」
「その通りだった。……血塗れで倒れていたお前を見た時、目の前が真っ暗になった。……何も話せないまま、しかも傷付けたまま、こんな形で終わるかもしれないなんて。お前を永遠に失うかもしれないなんて、耐えられない……っ」
「……っ」
「あの時、ようやく深く思い知らされた。……俺にとって、お前は本当に大切な存在なのだ、と」
「――っ」
ぐっと、カイリは喉に力を入れる。目の奥の熱さも懸命にやり過ごした。
一度は、捨てられたと思ったのに。
彼は今、カイリを大切だと必死に伝えてくれる。
「カイリ。俺はもう、……お前を大切に思ってしまっている。いつだって、幸せに笑って欲しい。そう、願っている」
「……フランツ、さん」
「だが、……それでも俺は、これからもお前を利用しなければならない。目指す未来を考えるならば、それを止めることは出来ない」
苦し気に、だが正直に吐露してくれる。
カイリの聖歌が必要だというのは、今も事実なのだ。ならば、力になって欲しいと願うのは当然の帰結だろう。
「俺は、教皇を地に叩き落としたい。妻や仲間を奪ったこの世界が憎い。その世界の謎を解き明かし、まだまだ誰かの命を奪い続ける教会の今の体制をどうにかしたい。それにはカイリ、お前の力が必要だ」
感情に揺さぶられても、フランツは第十三位の団長だ。
そして、個人の強い感情と目標を捻じ曲げることも無い。
普通なら覆い隠すはずの暗い感情を、全て
とても強い人だ。カイリは、そんな彼が大きく映った。
「カイリ。そんな風にお前を利用しようとしているのに、……俺は、お前の傍にいたい。お前と家族になりたい。……お前と、離れたくない。お前の笑顔を守りたい」
「――」
「これからも第十三位にいてくれないだろうか。……俺の、息子として。傍にいてくれないだろうか」
「……っ」
「お前を大切だと言いながらも利用しようとする。こんな穢い俺の傍に、……まだ、いてくれるだろうか」
まるで、死刑を執行される罪人の様な顔だ。
フランツの表情を見上げながら、カイリは思い
彼は、どんな思いで打ち明けてきたのだろうか。経験したことのないカイリには想像が出来ない。
だが、カイリの答えに迷いなどない。
迷いがあったならば、彼の話を聞こうなどとは最初から思わなかった。
「……フランツさん」
声が通る様に、なるべく腹に力を入れる。少し痛みが走ったが、構わずに発し続けた。
「俺が、エリックさんに接触したって聞いた時。息を切らして、クリスさんの屋敷に駆け付けてくれましたよね」
「ん? あ、ああ」
それがどうしたのだ、と言いたげなフランツの顔に、カイリは思わず笑ってしまった。
だから、意地が少し悪くなってしまう。
「あれ、演技だったんですか?」
「……むっ⁉」
にっこり笑って問いかけると、憐れなほどフランツが動揺した。
その反応に、カイリは
「演技だったんですか?」
「ち、違う! あれは、本当にお前が心配で!」
「俺がパリィさんに大怪我を負わされて、目を覚ました時。良かったって、抱き締めてくれたのも演技ですか?」
「違う! あれは、本気で生きていて良かったと思ったのだ!」
「じゃあ、充分です」
「……何?」
フランツが、狐につままれる様な顔で何度も瞬いた。
まだ分からないのかと、カイリはじれったくなって懸命に右手を上げる。
途中で力尽きそうになって震える右手を、フランツが慌てて握ってくれた。
握ってくれた彼の手は汗ばんでいた。ひどく緊張していたのだと知って、カイリの心が満ちていく。
「キッカケなんて、
「……些細。だが、俺はお前を」
「俺だって、最初はフランツさん達しかいなかったから、貴方達に付いて行ったんです。もし、フランツさんが俺を利用しようとしたと言うのなら、俺だって生きるために貴方を利用しようとしたんです」
ただ、父が手紙を送って頼るくらい信頼していた親友だったから。
村のみんなを火葬する手伝いをしてくれたから。
何より、生きなければならなかったから。
だから、彼らに付いて行ってみようと思ったのだ。
それを利用していると言うのならば、カイリだってフランツと同じだ。信頼の中にも打算があった。
けれど。
「でも、フランツさんは、今、俺のことを大切に思ってくれています」
「……、それは」
「俺がこの前右手を怪我をした時も、真っ先に手当てをしてくれました。包帯で丁寧に巻いてくれて。心配してくれているんだって知って、……凄く嬉しかったんです」
みんな、普段はレインが怪我の手当てをすると口を揃えて言っていた。
つまり、あの時はレインに任せるのではなく、フランツが自ら手当てをしたいと思ってくれたということに他ならない。
あの時はすぐに実感は湧かなかったけれど、こうしてフランツと一度別れの危機に陥ったら、余計に心に沁みた。
「俺が死にかけて目覚めた時も、フランツさんは俺の無事を喜んでくれました。胸が苦しくなるくらい嬉しくて、……俺、すごく幸せだなって」
「……カイリ」
「フランツさんが、俺のことを大切に思ってくれている。それ以上に欲しいものなんてありません」
笑顔で言い切れば、フランツは呆けた様に口を半開きにした。
常日頃
「俺も、フランツさんが好きです」
「――」
「お茶目なのに頼もしくて、でも人としてひどく弱いところもあって。……弱くなるくらい、誰かを大切に思える優しいフランツさんが俺は好きだし、少しでも力になれたらなって思います」
「……っ」
「フランツさん。これからも、よろしくお願いします」
「……カイリ……っ」
「どうか俺を、フランツさんの本当の家族にして下さい」
父と仰げる日が来るかはまだ分からない。
だが、彼とならば家族になりたい。――いや、彼だから家族になりたい。
穢いと嘆き、カイリを案じ、思い、それでも利用するのだと強い意志を貫く彼。
誰よりも弱くて、けれどきっと誰よりも強くなりたいと願っている彼。
そんな彼とだからこそ、カイリは共に未来へ進んでみたいと
全てを込めて声に力を入れれば、フランツも読み取った様だ。くしゃりと顔を泣きそうに歪め、カイリの右手を両手で握り直す。
「ああ、……ああ」
「……フランツさん」
「それは、こちらの台詞だ。……カイリ。どうか、俺の本物の家族になってくれ」
「――、はいっ!」
堪えきれずに破顔すれば、フランツも笑顔になって覆いかぶさってくる。体を抱き上げないのは、傷に
フランツは、本当に優しい人だ。
だからこそ、彼とようやく家族になれたことが嬉しくて嬉しくて堪らない。
幸せな気持ちで抱かれていると、見守っていたレインが呆れた様に嘆息してくる。
だが、目も口も緩んでいるのを目にし、カイリも笑って見せた。
「はーあ。……お前、ほんっとお人好しだな」
「いいえ。俺、お人好しなんかじゃないですよ。自分に我がままになったんです」
「ほーう。夢のおかげか?」
「……、そうですね。そうかもしれません」
大切なことを教えてくれた。死んでからも教えてくれるなんて、本当に頭が上がらない。
自分の進みたい道を進む。無力を感じることも、挫折を味わうことも必要。
だが、己を低く見る必要はない。
ただ、諦めないこと。
必要なのはそれだけだと、父は諭してくれた。
だから。
「俺、自分の進みたい道を進みます」
「ほーう」
「だから、これからもう少し我がままになろうかなって」
「へえ。どんな風に?」
「え? えーと、……」
いきなり言われても思いつかない。
自分の進みたい今の道は、一体何だろうか。首を捻って、
「……、……えー。……こ。ココア?」
「は?」
「あー、そう! レインさんのココアが飲みたいです!」
「……くっ、ふっは! そうかよ。わーった。淹れてきてやる。我がままお坊ちゃま」
「あ、う。……ありがとうございます」
レインのココアは美味だ。
というより、
しかも。
「……そうか。俺に我がまま、を言うわけではないのだな」
「え?」
「せっかく家族になれたのに……悲しいが、仕方がないな」
「え! ……あ、いや、……フランツさんには、家族になれたのが我がままかなって」
「そうか……」
「え、……ええ?」
しょんぼりと肩を落とすフランツに、カイリは助けを求めてシュリア達を見上げる。
だが、彼らはにっこりと笑うだけだ。頑張って下さい、とリオーネは声も出さずに唇だけで応援してくる始末。黙って見守っていたパリィでさえ、こくりと生温く頷くだけだ。
――やっぱりこの騎士団、薄情者ばっかりだ!
早まったかもしれない。
何度目か分からない嘆きに
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