第91話


 カイリ達が帰った後、ケントは自室で窓から夜空を見上げていた。

 明かりも点けずに窓越しに映る夜景は、己のよどんだ心境に反してひどく清々しい。吹き抜ける様な濃紺色は涼やかで、浮かぶ三日月は笑う様に己自身を輝かせながら、ほのかな燐光を降り注いでいた。



 この穏やかな笑みは、カイリを連想させる。



 だからこそ、余計に心がざわついて落ち着かない。


「ケント。入るよ」


 軽いノックと共に、父のクリスが部屋に入ってきた。返事を待たなかったのは、ケントの心が手に取る様に分かっていたからかもしれない。

 柔らかな胡桃くるみ色の髪を流した相貌そうぼうは、穏やかなのに深い歴然とした覇気を感じさせる。ケントには未だに到達出来ない領域だ。


「父さん。どうしたの? ハリーとの話し合いは?」


 カイリ達が帰った後、父は屋敷で待機していたハリーと話をしていたはずだ。

 今夜は元々、父はハリーと打ち合わせをする予定だった。打ち合わせを終えた後、屋敷に招いたカイリと楽しく晩餐をする。その計画が狂って、ケントとしては憮然ぶぜんとしてしまう。

 だが。



 カイリが持ってきた事情は、彼女との打ち合わせにも無関係ではないはずだ。



 わざわざハリーが昼ではなく夜に訪ねてくる日は、服の業務だけではなく、父の『お使い』であることが多い。

 彼女と父は、トラリティ以外でも雇用関係が出来ている。あののんびりとした外見からは、大抵の者は想像もつかないだろう。


「終わったよ。彼女も、もう一回お使いに行ってくれるって」

「そっか。……それで、どうしたの?」

「ふふ、つれないなあ。息子とお月見がしたくてね。隣、お邪魔するよ」

「邪魔じゃないもん」


 少しだけふて腐れて、ケントは抗議する。ねた口調になってしまったのは、甘えてしまっているからだ。

 父は案の定、その甘えさえ嬉しそうに受け入れてくれる。よしよしと頭を撫でてくる仕草は、まるっきり子供扱いだ。既に二十歳で、今年は更に一歳重ねるのにと呆れてしまった。


「僕、もう子供じゃないよ」

「何を言うんだい? 父さんや母さんにとっては、いつまでもお前は子供だよ。子供でいなさい」


 命令するとは、また我がままだ。

 だが、それすらも父の優しさなのは理解している。父は本当にケントを甘やかすのが上手い。

 だから、寄りかかってしまう。前世の頃の自分では考えられない行動だ。


「うん、綺麗だね。満月も良いけど、今日みたいに流れる様に欠けた光も、風情があって俺は好きだな」

「……僕は、……」


 カイリみたいだから。好きだけど、苦しい。


 今のカイリは、何処どこかが欠けた状態だ。物柔らかな笑みを見せているのに、その奥では欠けた穴を隠す様に手で塞いでいる。

 子供っぽく膨れたり、彼らしい優しさを見せたり、前を向こうと笑って生きてはいるけれど。



〝そう。村一番の剣士。将来は教会騎士になるんだーって、張り切ってた〟



 何かキッカケがあると、崩れ落ちてしまいそうな。

 そんな危うさが潜んでいることを、今日、改めて認識した。

 だからこそ、ケントはその原因を少しでも取り除くために晩餐会に参加する。彼の思惑とは、恐らく別の方向へ動くことになるだろう。


「……ごめん、父さん」

「うん? 特に謝られる様なこと、されてないよ」

「でも」

「カイリ君を傷付けた奴は許さない」

「っ」

「そういうことだよね?」


 見透かして断言してくる。

 父は、本当にケントの性格をよく知り尽くしている。ケントの筋金入りの黒さへの理解も示してくれて、ありがたい限りだ。


「そうだよ。僕は、……カイリを傷付けた奴が許せない。カイリを傷付けても良いのは僕だけなのに」

「しかも、泣かせた。今も泣かせている」

「うん。――絶対に、許さない」


 父が目を伏せる様に口を閉ざす。口元は微かに笑みを象っていた。父も、大概たいがいあくどい。


「そうだね。カイリ君には出来ないだろうから。彼の震える決意を聞いて、改めて実感したよ」

「……父さんも、そう思うんだね」

「うん。……ねえ、ケント。カイリ君は、復讐を望む様な子なのかな」


 父が少しだけ考える素振りを見せる。

 だが、ケントの答えは決まっていた。



「無いね」



 きっぱりと断言すれば、クリスが笑みを深くした。驚いた様子も無い。初めから答えが分かっていた様な振る舞いに、ケントは淡々と続ける。


「カイリはね、優しすぎるんだ」


 彼は、「殺す」という単語に敏感で、その結果自体を何よりも恐れているけれど。

 きっと、そうではなくても。


「怒ったり悲しんだり、それこそ憎んだりはすると思うけど、相手が傷付くのを見て喜べる人間じゃない。むしろ、復讐が成功したとしても余計に苦しむだろうね」

「……憎んでも、復讐したいと片隅で思っていても、それが出来る人間じゃない。そういうことかな」

「そうだね。前世の頃から、誰かを傷付けたら自分が傷付く人間だった」


 ケントを拒絶するたび、より傷付いていたのはカイリの方だった。それは、ケント以外が相手でも同じだ。

 それを何より知っているからこそ、断言出来る。



「例え相手を殺したいと思っていたとしても……相手の気持ちを推し量って、どツボにはまる。そんな人間だよ」



 愚かだよね、とケントは溜息を吐く様に笑う。先程のカイリの泣く姿を思い返し、眉根が自然と寄るのが分かった。

 カイリは、泣いていた。



 亡くした人達を思って、泣いていた。



 カイリにとって、故郷は、両親は、友人は、とても大切な人達だったのだ。前世では考えられないくらい幸せな場所で育ってきたのだと伝わってきた。

 故郷にいた頃、カイリは幸せに笑っていたのだ。それが分かっただけでも、ケントは胸を撫で下ろすことが出来た。

 ケントも、前世とは比べ物にならないほどの幸せを手に入れたから。家族という大切な人達に囲まれて、本物の笑顔を手に入れたから。

 互いに幸せを手にしたのだと。本当に良かったと心から思える。


「……あーあ。カイリが両親や友人に囲まれて笑っているところ、見てみたかったな」

「おや。嫉妬するんじゃないのかい?」

「するよ。それは。突き飛ばしてやりたいくらいに」

「でも、見たい?」

「……。……、うん」


 神妙に頷いて、ケントは目を伏せる。

 カイリが他の人達と仲良く笑っているのを見ると、突き飛ばしてやりたくなる。

 カイリは自分のものだ。カイリの隣は自分だけのものだ。そう主張して奪い取ってやりたくなるのだ。

 しかし、カイリはそれを望みはしない。笑顔が陰るのも充分想像出来た。

 だから、しない。



 ケントは、カイリの笑顔が何より好きだったから。



「僕が、カイリに大好きな家族を紹介したみたいにさ。僕も、今度こそカイリから家族を紹介して欲しかったな」

「おや。前世でも家族とは顔見知りだったんじゃなかったかな?」



 父が不思議そうに小首を傾げる。その仕草がとても柔らかくて子供っぽいなと、ケントは苦笑してしまった。

 父は年齢的にはもう四十に届くはずなのに、いつまでも若々しい。我が父ながら不思議な存在であり、同時に。


 少し、意地が悪い。


 カイリと出会った後、父はケントに聞いてきた。「お前、カイリ君と『知り合い』だね?」と。

 全てを見透かした様な深い眼差しに抱きすくめられ、渋々しぶしぶ白状したのがもう懐かしい。


「知ってはいるよ。ただ、……本当に小学校に上がる前に、一回挨拶したっきりだったし。カイリの両親はほとんど家にいなかったから、全然会えなかったんだ」

「なるほど。カイリ君は、お前がいなかったら本当に孤独だったかもしれないね」

「……どうだろう」


 カイリはそれでも、両親のことを好きだったと思う。毎日食事は用意してくれているとか、誕生日にはケーキを必ずメッセージ付きで残してくれているとか零していたことがあった。

 冷え切った関係だと言っていたが、カイリは忘れられてはいないのだと感謝をしている節があった。カイリはつくづく『良い子』だったと思う。


「ふふ、でもそうか。そうだね。カーティス殿やティアナ殿と、家族ぐるみの付き合いは楽しかったかもしれないね」

「うん」

「お前がカイリ君に抱き付いて邪険にされているのを、カーティス殿達と一緒に笑って見守るのは……夢の様な時間かもしれないな」

「父さん、からかわないでよ」

「おや。からかってなどいないよ。お前は小さい頃から、ずっと誰かを探している様な感じがしたからね。……会えて良かったね」

「……、うん」


 父が頭を撫でながら感慨深げに告げてくる。

 その響きは、心の底からのものだと十二分に伝えてきた。本気で喜んでくれているのを知って、少し胸が苦しくなる。


「本当にね。カイリ君がそうだと分かって、ちょっとホッとしたよ。お前の執着があまりに強いから……悪い人間に騙されてきたんじゃないかなって、心配してたんだよ」

「何それ」

「だって、俺達家族以外に執着したことが無いお前が執着してるんだよ? どんな奴がお前の心にいるのかなって、家族とも話していたんだ」

「え」


 初耳だ。

 父は全く違和感がないが、母達までとは思わなかった。ケントに隠れて密談しているとは、悟れなかったのが少し悔しい。

 ケントの家族は、のほほんとしている様に見えて、全員一筋縄ではいかない。

 一筋縄ではいかないのは武術も同じで、チェスターやセシリアは騎士ではないが、そこら辺の教会騎士より強いし、母も笑顔で十数人は殴り飛ばせるくらいの腕の持ち主だ。実際、全員カイリより遥かに強い。


「だからね。お前がもし、盲目的に騙されてもてあそばれているんだとしたら、みんなでちょっと絞め殺して……ああ、うん。お前にばれない様に、二度と日の目を見れない様にしてやろうって話してたんだけどね」

「……ちょっと」

「でも、カイリ君だったから。エリス達なんか、涙を流して喜んでいたんだからね。まあ、俺もだけど」

「……うん、知ってる」


 カイリと会った日、家族はみんな彼を歓迎していた。父はカイリを試していたりもした様だし、つい先程もそうだったが、かなり気にかけている。

 カイリは、頑固で負けず嫌いで向こう見ずだったりもするが、基本的に真っ直ぐな人間だ。捻くれた輩ばかり見てきた父達にとっては、ひどく眩しく映ったに違いない。実際、ケントも彼が時折眩しい。


「……まあ、カイリ君も割と執着しているみたいだし。良いコンビなのかな」

「え? 何?」

「ううん。お前達は、少し似ているなって思ったんだよ」

「えー。似てないよ! カイリ、黒くないもん!」

「んー。そうだね。黒い部分があったとしても……真っ直ぐ過ぎていつの間にか白くなっていそうだね」


 にこにこと同意してくる父に、ケントは膨れるしかない。まるで、父の方がカイリのことを分かっている様な言い方が気に食わない。

 カイリとはケントの方が付き合いが長いのに、何故分かった様に語るのだろう。


「もう! 父さんでも、カイリは渡さないからね!」

「あはは。俺にはもうエリスがいるから大丈夫だよ」

「……そっかあ。じゃあ、良いや」

「ふふっ。……でも、そうか」


 父が目を伏せて、笑みを潜めた。再び三日月を見上げる横顔は、深淵を覗き見る様に息が詰まる。



「カイリ君が復讐をしてむしろ傷付くというのなら、……今回の任務は、彼にとってかなり辛いものになるね」



 父の言葉に、ケントも一瞬詰まった様に押し黙る。

 誰かが傷付くのを見たくない。死ぬのを見たくない。

 そう願うカイリにとって、今回のエリックとの対決は厳しいものとなるだろう。

 何故なら、ケントがエリックを逃がさないからだ。



 ケントはあのカイリの泣き顔を見た瞬間、既にエリックを殺すことを決めたからだ。



 カイリを泣かせる者は許さない。

 カイリを傷付ける者は逃がさない。

 カイリを憎む者は地獄を見せてやる。



 カイリの笑顔を奪う奴は、死をもって償わせる。



 そう。



 ――僕が、殺すんだ。誰の手でもない、この僕の手で。



 過激だ。自分でも嫌というほど理解しているが、これがケントの性格なのだから仕方がない。

 他の者の手でなど許さない。他ならぬ自分の手で、ケントは片を付けたかった。

 カイリには、今度こそ幸せに生きてもらわなければならない。――その隣で笑っていられたら良いと、ケントは儚く願っていた。


「父さん、ごめんね」

「謝る必要は無いよ。狂信者は、死ぬまで追いかけ続けてくる。カイリ君にも説明はしただろう? 命は奪うって」

「うん。……でも」

「それに、……そのエリックという人物は、カイリ君のせっかくの『柱』を奪ったみたいだから」



 万死に値するよね。



 にこにこと満面の笑みで死刑宣告をする。

 父も大概良い性格をしている。カイリに辛い任務になると言いながら、父も彼にとっての仇を逃がすつもりは毛頭ないと如実に物語っていた。

 父は、本当にカイリが気に入った様だ。冗談交じりでも彼を息子にしようかと提案してきたり、教皇に連れ去られそうになって助けようとしたり、不甲斐ない父親となったフランツを叱ったり。



 初対面の時、ケントがいない場所で本当にどんな会話を交わしたのだろうか。



 それだけは頑として教えてくれなかったから、もどかしい。内容は想像が付いても、会話の深さまでは推し量れない。


「はあ。カイリ君には、また新たに『柱』が必要になるわけだ」


 父が少し苦しそうに零す。

 確かに、今のカイリは不安定な状態だ。

 前世をそれなりに強く覚えている者には、必要な『柱』というものが存在する。

 だが、今の彼からは失われてしまった。



 今のところ問題は無いが、もしキッカケが起こってしまったら――。



「……やっぱり、エリックぶっ潰そう」

「まあ、それは確定事項だけどね。フランツ君達がまた新しい『柱』のキッカケになるかもしれないよ?」

「無理だよ。だって、カイリ見捨てようとしたもん。不甲斐なさ過ぎて腹立つ」



 父の助け船に、元々黒かった声が更に真っ黒に染まる。

 フランツがカイリの父親だなんて認めない。教皇に連れ去られそうになって、まごまごして助けることすら出来ない臆病者の、何が父親か。

 あの時、ケントが割って入らなかったら、カイリは教皇のものにされていた。教皇は咄嗟とっさに冗談だと済ませていたが、あれは本気だった。正直腸が煮えくり返る。

 父も、話題にした割にはフォローを全くしない。同じ心境なのはありありと分かった。


「フランツ君も発展途上だと祈ろうか」

「そんなの言い訳にならない。さっきも、父さんの方がよっぽど父親らしかった」

「……うん。シュリア君が、一番カイリ君寄りになっているかな」


 父の口から出た名前に、ケントは表情を落とす。

 忌々しくはあるが、あのシュリアという人物は確かにカイリに一番近い存在かもしれない。


 教皇の件の時に、ただ一人カイリを助けようとした人物。


 彼女に助けさせて第十三位を崩壊させても良かったが、そういう人物が一人でもいるのならば、様子を見ることにしたのだ。

 だが、よりによって彼女。嫌味や皮肉ばかりぶつけて、カイリと口喧嘩ばっかりしている彼女。時々彼女の言動でカイリが傷付いている様な気がする彼女。

 何となく許しがたい。


「……カイリに彼女が出来るのは一億歩……いや、十年くらい歩きまくるくらい譲って許すとして」

「十年で収まるんだ?」

「五十年にしたいけど。カイリがおじいちゃんになっちゃうし」

「なるほど?」

「……はあ。よりによってシュリア殿なんだ。……ううん。まだ候補くらい出てくるよね?」

「誰なら許すんだい?」

「えー。……僕を倒せるくらい強い人?」

「それ、俺くらいしかいないよね?」


 父が大笑いする。父もかなりケントを評価してくれている。決して過大評価でないあたりが、父らしい。

 今現在、この国でケントを倒せる人間は、確かに父くらいしかいない。もしかしたらレインが候補で出てくるかもしれないが、彼にも負けるつもりは無かった。というより、彼にだけは絶対に負けない。許さない。



「カイリは、優しくて良い奴なんだから。周りにいる奴らが不甲斐なさ過ぎると、本当に腹立たしいよ」

「まあまあ。……もう少し様子を見てあげなさい。どうしても駄目だと判断したら、容赦なく引き抜いてあげるから」

「本当?」

「うん、もちろん。お前のためにもね。カイリ君は、絶対に失うわけにはいかないし」

「――」



 不敵に笑う父の瞳が、鋭く煌めく刃の様だ。背後にある三日月の光は、まるで父を後押しする様に淡く光り輝いていて、心臓が小さく跳ねた。

 父は、ケントが転生時の記憶を持っていることを知っている。――父自身も、『同じ』だからこそ気付かれた。

 父がどんな『契約』で転生してきたのかは教えられていない。ケントも、教えてはいなかった。

 けれど、父には全て見透かされているのではないかと、何度も冷や冷やしている。現に、今も父の眼差しはケントの隠された秘密を暴く様に深々と潜ってきている気がした。



 ケントが転生時に結んだ契約を果たすことを、きっと父は許さない。



 ――家族に会う前なら、躊躇うことなんて無かったのに。



「……父さん」

「ケント。好きだよ」

「……っ、それは、僕だって」

「じゃあ、父さんの願いを叶えなきゃね。……多分、カイリ君も同じことを願うんじゃないかな」

「――っ」


 やはり、父は意地が悪い。ここでカイリの名を出すのは反則だ。

 ケント自身、カイリと言葉を交わすたび、彼の笑顔を見るたび、心にまとう鎧が剥がれ落ちそうになっているのを自覚している。


 彼と――みんなと会う前だったら、契約を果たすことを迷うことなく選べたのに。


 今になって、他の道を示そうとするなんて卑怯だ。

 ケントは、転生時の記憶がある。契約も覚えている。

 カイリのためにも、果たさなければならない。

 それなのに。


「ふふっ。まあ、こればっかりは、親子だからって手加減はしてあげないからね」

「……父さん」

「あんまり不甲斐ない結論を出し続けるなら、……父さんが、カイリ君を傍に置くからね?」

「……それは駄目。でも」

「カイリ君の聖歌の強さからして、契約は結んでいるはずだから。ねえ?」

「それは」


 多分、としか言いようがない。

 何故ならケントは、カイリより先に転生したからだ。



〝――ケント! ……ケントっ!!〟



 ――あの後。カイリがどんな道を選んだのか、ケントは知る由も無い。



 父が不敵に笑うたび、心臓に悪い。父には、カイリのことさえ全てお見通しなのではないかと気が気ではなくなるのだ。


「うーん。まずは、カイリ君を育成するところから始めないと」

「それは、僕の役目だよ!」

「何を言っているの。みんなでやった方が早いよね」

「……っ! カイリは! 僕の! 親友!」

「はいはい。父さんの友人でもあるけどね。何ならお父さんになっちゃおうかなあ」

「親友の方が格が上なの! もう! あんまり意地悪なこと言うと、……」

「嫌いになっちゃう?」

「――父さんは! 意地が悪い!」


 嫌いと言えないのが分かっているくせに。

 ケントが睨みつけると、父は少し弱った様に縮こまった。変なところで弱くなるのが、父の変な癖だ。

 お互いに、強くなったり、弱くなったり。そんなやり取りが出来ている今が、奇跡である。

 だから、と。ケントは生まれて初めて願いを抱く。



 生まれる前から決まっていた道とは、別の道を歩きたい、と。



 家族と笑って、カイリの隣を歩いて。

 そんな風に未来を共に行ければ、どんなに良いだろうか。


 ケントの願いを、笑っているのか、導いているのか。

 窓の外から降り注ぐ三日月の笑みは、優しくケントの髪を撫でた気がした。


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