第92話


「カイリ。聖書は持ったか?」

「はい」


 初任務当日。

 フランツの問いかけに、カイリは己の腰の左側を見下ろす。

 ベルトで巻き付けた聖書を、更に腰ベルトに吊るして身に着けた。ロングコートの裏側に隠すのは、教会騎士としては聖書を無闇に見せてはならないという決まりがあるからだ。

 聖歌も朝からリオーネときっちり何度も合わせた。流石は彼女というべきか、一回聞いただけで歌える様になるとは頭が下がる。


「ふっふー。新人、初任務っすね!」

「うん。聖書を持って任務って、……何だか落ち着かないな」

「ふふふ。カイリ様にとっては、何もかも初めてですもんね。でも、聖書を持っていないと追い出されるところもありますから。慣れて下さいね?」

「え。そうなの?」

「はい、騎士以外立ち入り禁止区域とかですね。一応、聖書は騎士の身分証明書になりますから。持ち主以外が許可なく触ると電撃が流れますし、これ以上ない証明書になるかと」


 そういえばそうだった。


 恐ろしい仕組みだなと、つくづく震える。第十三位同士は、雷が発生しない様に設定されているし、聖書を縛るベルトは特殊で、一応誰が触れてもこの状態では雷は起きない。

 だが、万が一の事故はいつだって起こり得る。


「あの……。もし、まかり間違ってベルトが外れたりしたら、どうなるんですか?」

「ああ。その時は、みんな感電だな。しばらく動けないだろう」


 簡単に言い切ったな。


 フランツのあまりにあっけらかんとした物言いに、カイリは呆れて口がぱっかり開いてしまった。シュリアが「いい加減すぎますわ」と白い目になっていたが、フランツは涼しい顔だ。


「まあ、死にはしない。痺れてみんなで間抜けに床で寝転がるだけだ。俺達同士は大丈夫だが」

「……それ、襲われたらまずいんじゃ」

「大丈夫だ。触れた奴も感電する。武器越しでも感電だ」


 全然大丈夫じゃない。


 カイリが真顔で心の中で突っ込むが、フランツはとても豪快に良い笑顔を放っている。シュリアが益々潰れた白い目になり、レインは「そうだなー。感電だなー」と同意するだけだ。ツッコミ役が誰もいない。

 だが、この空気も第十三位らしい。

 相変わらずだなあと微笑ましくなりながら、カイリは腰の聖書に手を触れた。


 ――村のみんなで作った、図鑑。


 ただの自己満足だ。それはカイリ自身一番よく分かっている。

 だが。



 ――彼らへの誓いを果たすために。



 笑って生きていく。生き抜く。

 それを忘れないためにも。彼らへの感謝をいつまでも刻んでいくためにも。

 カイリは、自己満足であっても、これを騎士としての証にしたかった。


「……俺、行くね」


 触れながら、ここにはもういない彼らにささやく。エリックとの顔合わせをどう思っているのか気になったが、甘えだということも分かっている。

 だから、行く。カイリはカイリの足で彼に会いに行くのだ。

 フランツやシュリアが一連の行動を目にしていたが、何も言わなかったのでカイリが気付くことはない。


「さて。全員、出立するぞ!」

「おうよ!」

「いっちょ、狂信者締め上げるっすよ! 任せて下さい!」

「あなたは、おとりの囮をすれば宜しいですわ」

「シュリア姉さん、それはないっすよ! リオーネさんにカッコ良いところを見せるためにも!」

「カイリ様。聖歌、楽しみですね♪」

「え」

「……しいいいいいいんんじいいいいいいいいいいん!! 貴様、何故、リオーネさんとおおおおおおおおっ!!」

「だから! 何も無いってば!」


 エディは、相変わらずリオーネに関することになると見境が無くなる。何故、いつもカイリだけが目の仇にされるのか。理不尽だと叫びたい。

 けれど、そんな風に触れ合う時間が、カイリにはこれ以上ないほど大切な時間だ。


 いつの間にか、緊張や感傷が消えていることに気付かないまま、カイリは仲間達と一緒にケントの屋敷へと向かった。











「……うわ。凄い、人……」


 屋敷に着いて、執事に案内されている間、屋敷の中は人で溢れ返っていた。

 煌びやかなドレスやコート、宝石装飾品を見せびらかす様に身に着けた者達に、騎士の黒い制服を着込んだ者など、様々だ。

 誰も彼もが知り合いらしく、優雅に談笑する者達ばかりである。扇子せんすを上品に口元に当てて笑う女性の仕草は、少しだけリオーネっぽいなとカイリには思えた。


「何、にやにやしていますの?」

「え? にやにやなんてしてないけど」

「女性を見る目がいやらしかったですわ」


 何でそうなる。


 ただ見つめていただけなのに誤解されるとは、腹に据えかねる。

 膨れて外向そっぽを向き、素っ気なく返してしまった。


「別に。あの人の笑い方、リオーネに似てるなって思っただけだよ」

「……。……ふーん。そうですの。つまり、リオーネみたいな女性が好みだと」

「何でそうなるんだよ。てか、ここにシュリアみたいな笑い方する人なんているのか?」

「はあ? いるでしょう。ほら、あそこの貴婦人とか!」

「……。……どう見ても、似ても似つかないだろ。君、口元に手を当ててお上品に笑うことあったっけ?」

「……ほんっとうに、あなたは! 年上の女性への扱いがなっていないですわ!」

「シュリアが、いつも通りで良いって前に言ったんだろ! 敬語は嫌だって」

「少しは敬えとはいつも言っていますわ!」


 ぐぬぬ、とカイリはシュリアと額を突き合わせて唸り合う。

 その様子に、ぶはっとレインが噴き出して、ぽんぽんとカイリの肩を軽く叩いてきた。


「お前ら、どこにいても相変わらずだな。ほら、みんな見てるぜ?」

「なっ……! ……く、あなたのせいでいい笑い者ですわ」

「どっちがだよ。シュリアが突っかかってくるからだろ」

「ああ言えばこう言う! 生意気ですわっ」

「シュリアに言われたくない」


 ぷいっと揃って外向を向く。

 そのタイミングが絶妙に合ってしまい、レインだけではなくエディやリオーネにまで笑われた。フランツはにこにこと見守る体で、何も口を挟んできてはくれない。薄情だ。


「でも、嬉しいです。カイリ様、私のことをあんなに上品だと思ってくれているんですね」

「……新人。リオーネさんにポイント稼ごうだなんて、そうはいきませんよ。殺す」

「エディ。顔が近い。恐い。てか、真偽はともかく、俺に突っかかってないで、エディも殺し文句を言えば良いんじゃない?」

「は! それだ! 新人、頭良いっす! ……り、りりりりりりりりリオーネ! さん! ボクはあなたのその薔薇の様に可憐な瞳と唇に恋をしたっす!」


 ぴしっと指を指して、エディが猛烈にリオーネにアタックを開始した。

 勢い余って彼女に抱き付きそうになった彼に、シュリアが拳骨を落とし、リオーネは品の良い清らかな笑みで見守っている。いつも思うのだが、リオーネは大概たいがい良い性格をしている。


「ったく。呑気のんきだよなあ、お前ら。狂信者がいるかもしれないってのに」

「まあ、良いだろう。緊張し過ぎも良くないしな。いつも通りが一番だ」

「へいへい」


 レインとフランツの会話を耳に流しながら、カイリはきょろっと目で追いかけてしまう。



 ――空色の髪は、どこかに紛れていないだろうか。



 杞憂であれば良い。

 だが、もしカイリを狙ってきたのだとしたら。


「……カイリ。クリス殿に挨拶するぞ」

「……、はい」


 ぽん、と背中を軽くフランツに叩かれ、カイリは気持ちを切り替える。

 今、カイリは一人ではない。頼もしい仲間と共に任務に挑むのだ。考えるのはそれだけで良い。

 しかし、護衛任務なのに時間を中途半端な時間に指定してきたのは、敵を煽るためだと言っていたが、これで本当に煽れるのだろうか。カイリには分からない駆け引きだ。

 色々試行を巡らせている間に、ちょうどクリスと話している優男風の男性が彼から離れて行くのを見届けた。良いタイミングだと、フランツが一気に距離を詰める。


「クリス殿」

「ああ、フランツ君。カイリ君にみんなも。よく来てくれたね」


 大勢の人に囲まれていたクリスは、フランツ達の姿を目に留めて優雅に歩み寄ってきた。

 藍色のコートに外套を羽織った姿は、高貴な雰囲気を一層高めている。何となく別世界にいる人の様に思えて、カイリは一瞬だけ気遅れしてしまった。


「ふふ。カイリ君、どうかな。似合ってる?」

「は、はい。やっぱりクリスさんって貴族なんですね……」

「おや? それは、いつもと印象が違ってカッコ良いってことかな?」

「はい。いつもカッコ良いですけど」

「嬉しいな。ケントに聞かれたら嫉妬されそう」


 とても親しみやすい人物だから、時々彼が貴族だということを忘れそうになる。

 だが、屋敷は途方もないほど豪奢ごうしゃであるし、普段まとっている服の生地だって高価だ。

 それでも、何も変わらない。彼は、どんな時でも彼のままだ。

 そして、ケントもケントに変わりは無い。それが、カイリにはとても凄いことの様に思えた。



「カイリ君。決めてきたかい?」



 クリスが柔らかく尋ねてくる。

 詳しくは問うてこない。もう、お互いに分かっているからだ。



「……、はい」

「そう……」



 カイリが穏やかに、だが力強く頷くと、クリスは一瞬だけ感傷的な色を瞳に過らせてからまぶたを閉じる。

 だが、次に開いた瞳にはもう、いつもの不敵で優しい輝きを灯していた。


「今日はみんな、よろしくね。ケントもほら、あそこで適当に見張っているよ」


 無邪気にクリスに指を指され、カイリはその先を辿っていく。

 そこには、複数の人物に囲まれたケントの姿があった。完璧によそ行き用の顔で、カイリはあまりお目にかかったことがない。自然と目が丸くなった。



「いやあ、ケント殿。最近ますますのご活躍、こちらにまで届いておりますぞ」

「流石はその若さで第一位の団長を務めていらっしゃるだけある。教会の未来は明るいですな!」

「ありがとうございます。ですが、まだまだ騎士としても団長としても未熟の身。一層精進し、皆のために尽くす所存です」



 周囲の明らかなへりくだりに、笑顔でそつなくケントが流す。

 常日頃の、うるさいほどの快活さが鳴りを潜めている。彼も社会人なんだなと、カイリは感心してしまった。見習わなければならない一面である。

 他にも、母であるエリスや双子も別のところで囲まれて挨拶をしていた。各々あの騒がしい部分が嘘の様に礼儀正しい。つくづく不思議な一家である。


「はあ……信じられませんわ。あれが、素じゃないだなんて。いえ、騙されてはいけませんわ。あの胡散臭うさんくさい側面こそがケント殿であって……」

「いやあ。カイリがいる時とえらい違いだよなあ。てか、ここだとカイリがいてもああなのかね?」


 シュリアとレインが腰に手を当てて観察していると、不意にケントの目がこちらに向いた。どきりとカイリの心臓が訳も無く跳ねる。

 すると。



「……カイリ!」



 はちきれんばかりの笑顔で、ケントが歩み寄ってきた。その素早さは光をも超えた。彼を囲んでいた人々の目が点になる。


「来てたんだね! どう? 僕の社交辞令!」

「……堂々と暴露するなよ」

「あ、そうそう。こっち来て」

「は? って、おい!」


 いつもの調子に戻ったケントは、カイリの腕を強引に引っ張る。そのまま、先程会話を交わしていた人達の前に連れていき、にこりとよそ行きの笑顔で告げた。



「ご紹介します。彼は、カイリ・ヴェルリオーゼ。第十三位所属の聖歌騎士で、僕の親友です」



 いつの間にか親友に格上げされている。



 別に不服は無いのだが、彼は本当に空気を読まない。

 現に、紹介された彼らはぽかんと口を開けていた。嫌悪さえ露わにしてきた者までいて、カイリの心が陰る。


「……ご紹介にあずかりました、カイリ・ヴェルリオーゼです。以後、お見知りおき頂ければ幸いです」


 胸に手を当てて、軽く頭を下げる。感情に任せてケントに恥をかかせるわけにはいかない。

 冷静に挨拶をすれば、ぱっと顔を輝かせた者がいた。その反応が意外で、カイリは心持ち身を引く。


「カイリ殿、……ああ、ああ、最近噂を耳にしました。確か、第一位の精鋭を試合で打ちのめしたとか」

「え?」

「そうなんです。中堅とはいえ、第一位の面目が丸潰れですが、彼は聖歌騎士ですから。腕は一流ですし、今回、父の護衛も担当してもらっています」

「なるほど。最近、大型の新人が入ったと聞いてはおりましたが、貴方でしたか。……私は、マクバーン・アルダーソンと申します。良き縁に巡り会えたこと、光栄に思います」

「……、こちらこそ。もったいないお言葉、恐悦至極に存じます」


 一人、二人とカイリを持ち上げる者が出てきたことで、先程嫌悪を示した者が劣勢を感じ取った様だ。追随する様に頷くのを目にして、カイリは益々気分が下がる。

 フランツ達の方を窺うと、フランツとレインはにやにやと楽しそうに笑っていた。シュリア達は不機嫌そうに眉を寄せていたが、カイリ一人ではどうにもならない。


「そうだ。父上も、カイリに紹介したい人がいるんだって」

「……、紹介?」

「そう。では、我々は一旦席を外します。どうか今宵の宴、ゆるりとお楽しみ下さい」


 要領良く引いて、ケントがカイリを連れて立ち去る。

 残された人々の視線を背中に感じながら、カイリは思わず溜息が漏れた。


「……お前、やっぱり団長なんだな」

「何それ。疑ってたの?」

「違う。……感心してた」

「感心! 嬉しいな! これからもバンバン感心させちゃうよ!」

「何だそれ」


 うきうきと弾む様に宣言され、カイリの頬が緩む。

 だが、同時に心苦しくもあった。先程の会話を思い出す。



「……エディやリオーネの力もあったから、試合で勝てたのに」



 まるで一人で勝った様に言われて、悲しくもあった。第十三位の位置付けを、こんな時にまで突き付けられる。


「んー。仕方ないよ。第十三位の地位を上げるために、カイリ、まず君を売り込まなきゃね」

「……俺を」

「君は、第十三位の中でもクリーンな方だから。君の株が上がれば、第十三位の株も上がる。攻められるところから改善していくしかないんだよ」


 つまり、イメージ戦略だ。

 一つの心証が良くなれば、全体の心証も一緒に底上げされる。

 ケントは、それも狙ってカイリのみを紹介したのだろう。

 理屈は分かるが、やはりこういった駆け引きはカイリには辛い。


「フランツ殿達も……あー、うーん。少なくとも上の三人は分かっているよ。だから、何も言わない」

「……そうかな」

「それに、僕や父さんの後ろ盾があると暗に強調すれば、彼らも下手なことは出来ないしね」


 ケントの一家は、かなりの権力を持っている。親友と先に紹介し、父とも懇意にしていると先手を打っておけば、おいそれと敵に回せなくなる。

 先程の紹介は、色々な含みが持たれていたということだ。カイリ達のために、ケントは先回りをしてくれた。

 だが。



 ――逆に言えば、カイリが下手なことをすれば、ケント達を窮地に追い込むということでもある。



 その危険を背負ってでも、彼らはカイリを支えてくれているのだ。頭が下がる。

 こうして見ると、ケントはやはり、カイリより一歩も二歩も先へ行っている。大人の社会へ堂々と紛れ込み、知恵を巡らせているのを見ると痛感してしまう。


 カイリは、まだまだ未熟だ。


 彼と対等に並ぶためには、色んなことを学んで、駆使していかなければならない。それが分かっただけでも、この晩餐会に出たことに意味はあった。


「ありがとう、ケント」

「うん? 良かった! カイリの力になれたなら」

「そんなの、いつもだよ。……ずっと、それこそずっと前から」


 今だけでは無い。前世の時から世話になりっぱなしだ。

 彼が恥ずかしくない友人で在りたい。カイリの目標がまた一つ増えた。

 しかし、にこにこと満面の笑みの彼を見ていると、張り倒したくなるのも事実。ぐぐっとにやけた顔を手で押し戻しながら、カイリはクリスの元へと向かった。


「父さん! 連れてきたよ」

「ああ。カイリ君、すまないね。紹介したい人がいてね」


 こちらへ、と招かれてカイリは導かれるがままに移動する。

 その際、不意にクリスが視線を別の方向に転じた。

 カイリもつられて転じると、そこには先程クリスに話しかける時に見た優男風の男性が立っていた。眉尻を下げて誰かと会話をしている姿は物腰柔らかく、いかにもお人好しに見える。

 だが、何故だろうか。その表情は笑っているはずなのに、どこかさみしげに見えた。何だか引っかかるなと、カイリもじっと見つめてしまう。


「あの、……あの人は?」

「ああ。ガルファン殿と言ってね。懇意にしているから呼んだのだけど……ちょっと元気がないだろう?」

「……はい」


 クリスが微かに苦笑を乗せて目を閉じる。何となく、その先の展開が読めてしまった。



「彼、春頃に夫人を亡くしていてね。娘が一人いるんだけど……塞ぎ込んじゃっているんだ」

「――……」



 やはり。

 何か悲しいことがあったのだと予想するならば、その先にえがける選択肢はあまりに少ない。特にカイリには、つい最近身近に遭ったばかりの出来事で、身につまされた。

 大切な人を亡くす痛みは、簡単には癒えない。

 それでも、こういった場に出席して笑って会話出来る彼は、とても強い人だとカイリには思えた。


「あまり外に出なくなってしまったと聞いていたから、呼んだんだよ。気晴らしになればと思ったんだけど……」

「そうだったんですね」

「うん。……夫人とはよく、毎年お花見をしたり海に出かけたり、紅葉もみじ狩りにも行ったりと、結構外に出ていたんだよ。……比較的呼ぶ人を選んでいるとはいえ、もうちょっと内輪的なものに呼べば良かったなあ」


 クリスが少しだけ残念そうに笑みを浮かべた。

 だが、彼も一線を退いているとはいえ多忙なのだろう。そういった内々の会を開く暇もそこまで無さそうだ。


「きっと、ガルファン殿もクリスさんの心遣い、分かっていると思います」

「……、そうだと良いね」

「はい。絶対。……俺にだって分かるんですから。あの人もきっと分かります」

「……、そうか。……そうだね」


 ぐっと拳を握ってカイリが告げると、クリスも晴れ渡る様に破顔した。彼は笑うと本当にケントそっくりだなと、微笑ましくなる。

 しかし、紅葉狩りか。何となく都合が良いかもしれないと、カイリはこの後の予定を思い浮かべて心のうちに留めておいた。

 そうこうしている内に、目的地へ着いたらしい。クリスが「彼だよ」と言いながら、一人の男性の元へと案内してくれる。

 誰だろうと見上げて――絶句した。笑顔が中途半端に固まる。



 そこにいたのは、屋台や広場でカイリを睨むほど凝視してきた初老の男性だった。



 黒の法衣を纏い、いかめしい顔つきでカイリの方を睨み据えている。

 見間違えるはずもない。何故、という疑問をカイリが浮かべる前に、クリスがとんでもない真実を笑顔で差し出してきた。



「紹介するよ、カイリ君。彼は、ゼクトール・ロードゼルブ。代々教会騎士……特に枢機卿を輩出している家系で、くいう彼も枢機卿の一人なんだよ」


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