第61話


「いやあ、良かった良かった。カイリ殿、貴方なら必ず会って下さると思っていましたよ」


 にやにやと蛇の様な笑いを貼り付かせる男性二人に、カイリは、はあ、としか返せなかった。

 今、この応接室には彼ら以外にはカイリしかいない。強硬に人払いを促され、フランツが了承したのだ。

 あまりに簡単に話を運ばれ、何故、と不安になったが、フランツに軽く肩を叩かれた。去り際に「お前らしさを忘れずにな」と耳元に落とされ、事前に言われた通り腹をくくることにしたのだ。

 そうだ。ここで舐められるわけにはいかない。背筋を伸ばし、真正面から二人を見据えた。


「それで、どの様なご用件でしょうか」

「いや、今日はカイリ殿にご提案がありましてね」


 話を切り出すのは、大体左側の男性だ。デネブとか呼ばれていたなと、カイリはぼんやり聞き流す。



「どうでしょう、カイリ殿。お望み通り、第一位に転籍されては?」

「――、は?」



 いきなり不躾ぶしつけだ。

 しかも、望み通りとはどういうことだ。望んだことなど一度も無い。


「俺は、第一位に移りたいと思ったことは」

「そうそう。ケント様も、随分ずいぶんと貴殿と仲が良い様で」

「最近、ケント様のご機嫌もとても宜しいのですよ。いやあ、カイリ殿が傍にいて下さったら、もっと仕事もはかどるでしょうねえ」


 二人揃って揉み手をする様な仕草に、カイリの背筋がぞわりと粟立つ。

 しかも、彼らはカイリの言うことなど聞こうともしない。思い通りにさせようと事を運ぶ彼らに吐き気がした。


「お帰り下さい。俺は、望んでいません」

「おやあ? おかしいですねえ。あんなに噂が広まっているのに」

「――っ」


 ぎくりと、心臓がきしむ。

 その反応に彼らが口元をいやらしく歪めたのが視界に入り、慌てて首を振った。



「何の、話ですか」

「ご冗談を。貴方がわざわざご相談に来て下さったのではないですか。……奴らにいじめられている。殴られて、脅されて、襲われて、もう嫌だ、死にたい、助けて欲しいと」

「――――」



 今度こそはっきりと、顔が驚愕に染まった。見なくても分かる。今自分は、きっと怒りと驚愕が入り混じった酷い顔をしているだろう。

 そんなカイリの反応が面白いのか、男が甚振いたぶる様に身を乗り出してきた。思わず身を引いてしまった自分に、彼らは嘲笑う様に喉を鳴らす。隣の髪の長い男性が、仰々しく肩を竦めた。


「いやあ、驚いた。聖歌騎士というのも大変なのだと。なあ、デネブ?」

「ええ、アルタ。大丈夫ですよ。我らに任せておけば、その内噂は消え失せます。貴方の身の安全も保障しますから、安心してこちらへ来てください」


 澄ました顔でうそぶく彼らに、カイリは頭の中が一気に燃え上がるのを感じ取る。

 彼らが、流したのか。あんなあくどい陰口を。第十三位の名誉を傷つけ、おとしめる様な中傷を。



 カイリを手に入れる、ただそれだけのために。



「――っ! あんた達が、あの噂を!」

「だけど、すぐに第一位に移るなんて言ったら、貴殿がこの第十三位からどんな目に遭うか! 分かったものではない!」

「おい! 俺は……!」

「だから、こうしてはどうでしょうか。三日後の休みの日に、第一位の一人と、貴方とで、試合をするのです」

「は? 試合?」


 色々馬鹿馬鹿しすぎて、カイリの声に怒りの他に呆れが混じる。

 だが、彼らは意に介さない。こちらの言葉など痛くもかゆくも無いと言いたげだ。


「試合をして、こちらが勝ったら第一位に入る。単純明快なことです」

「……、は?」

「そう。貴殿は、何もしなければ良い」

「ただ、この敗北をキッカケに第一位に喜んで入る。大勢の前で、そう宣言して頂ければ良いのですよ」

「……っ、俺が、受けるとでも」

「受けますとも。だって」


 ぐっと、更に身を乗り出し、男が顔を近付けてくる。



「そうしないと、いつまでも噂は出回ったまま。その内、街中にまで広がるでしょうからね?」

「――――――――」



 カイリの目が見開かれる。

 満足気な彼の顔が、遠ざかっていく。いやらしい笑みが、耳元で落とされた様にうねってざわついた。

 第一位に来なければ、噂を街中に広める。

 そんなことをすれば、本気で第十三位の居場所が無くなる。街中では少なくとも、彼らを好意的に見てくれる人達がいるというのに、それさえ奪うと言うのか。


「……っ、何で、そんなに」

「……何で? 分かり切ったことを」


 すっと、男二人の目が鋭利に冷たくなる。首元に刃を当てられた様に、カイリの喉が震えそうになった。


「貴方が悪いんですよ。せっかく親切で初日に勧誘してあげたのに、生意気にも第一位に刃向ってくるのですから」

「新人のくせに。ケント様を悲しませるなど、あってはならない」

「……ケントは関係ない! これは俺の意思だ!」

「関係ありますよ。――ねえ?」


 ばんっと、ソファのすぐ横を叩かれる。


 いつの間に背後に回ったのか、アルタと呼ばれていた髪の長い男性が脅す様にカイリの肩をつかんできた。指が食い込んで、思わずうめきが漏れる。

 第一位に刃向った。ケントを悲しませた。

 たった、それだけのために。彼らは、こんな卑劣な手を使ったというのか。

 カイリを、第一位に入れる。

 ただ、それだけのために。



〝……外に出るたびに、皆さん追いかけてくるんです。逃げても逃げてもしつこくて〟


〝……、あんた、……どれだけ第十三位をおとしめれば、……ボク達傷付ければ気がすむんすか……っ!!〟



 ――二人のことを、傷付けたのかっ。



「……っ、そんな、ことのためにっ。あんた達、仲間を傷付けたのかっ!」

「傷付けた?」

「しらばっくれるな! お前達、エディやリオーネに」

「何を言っているのかさっぱり。ねえ?」

「ああ、そうだとも。……ああ、でも」


 背後の男性が、カイリの耳元に顔を近付ける。そのまま、耳を食い破りそうな笑みを浮かべて、吐息を落とした。



「そういえば噂を聞き付けて、貴殿を悪鬼から救おうとする者達がいるとは小耳に挟んだがね」

「――」



 ざわっと、全身が総毛立った。

 逃れようともがいたが、肩を掴む指が食い込んで離れない。逃がすまいと巻き付く様な悪寒に、カイリは歯を食いしばって耐える。


「貴殿を助けるために、暴漢に立ち向かうなんて! いやはや、本当に涙ぐましい話だ」

「そんな正義感に溢れた者など、なかなかいないものですよ! いやあ、流石はケント様の親友。人望に恵まれている様で」

「我々も助けたいのは山々だが、下手に手を出して失敗でもしてしまえば、貴殿も更なる身の危険を感じるだろう」

「そう! だからこその、ですよ。……穏便でしょう?」


 慈悲深いとでも言わんばかりの言い草に、カイリは放心しそうになる。

 彼らは、全て誘導したのか。噂をばら撒き、中途半端な正義を振りかざす者達を扇動し。

 そして。



〝あー、……ちょーっとおいたをしてきたやんちゃな坊主を軽くいなしただけだ〟



 エディやリオーネだけではなく、レインのことも。


「――っ、卑怯だ……っ」


 ぎりっと歯噛みして唸れば、二人は「おお、こわい」と肩をすくめるばかりだ。まるで相手にされない。

 カイリ一人なら、何とでも出来ると思っている。仲間を傷付けられたのに、一矢すら報いることが出来ない自分が腹立たしくて仕方が無かった。


「ああ、そうそう。なら、もう一つ第一位に来たくなる様に良いことを聞かせてあげましょう」

「……いらない。帰ってくれ」

「第十三位っていうのは、いわゆる『曰く付き』の騎士団なんですよ。薄暗い経歴の持ち主の中でも、真っ黒な奴らばかりの集まりでしてね」

「……は?」


 言うに事を欠いて『曰く付き』とは何事か。

 自然と目つきが鋭くなっていくカイリに、再度「おお、こわっ」と表情全体で語る二人に一層腹が立った。


「くだらない話は聞きたくない。さっさと」

「まあまあ、そう言わず。犯罪者と一緒だなんて知ったら、一秒も一緒にいたくないでしょうよ」

「は?」


 犯罪者。

 言うに事欠いてあんまりな言い様に、カイリの頭がまたも一気に沸騰した。

 だが、彼らは気付かずに、むしろ自慢げに滔々とうとうと語り始める。



「まず、筆頭のフランツ団長なんですけどね。十一年前、己の判断ミスで自分以外の騎士二百人を全滅させてしまったんですよ」

「――」



〝色々と事件があってね。当時、第十三位には今よりもずっと騎士がいたんだけど、フランツ君を残して全滅しちゃったんだ〟



 先日、ケントの父のクリスに言われたことを思い出す。

 何故、そんなことを彼らがわざわざカイリに言ってくるのか。分からないまま、けれど次に紡がれた言葉に、愕然がくぜんとした。


「以来、フランツ殿は死神って呼ばれていましてね。彼が戦に関わる任務に赴くと、必ず死人が大量に出るって。彼の騎士団に入ることを全員忌避しているのですよ」

「……、は? 何、言って」

「そもそも、一人だけ生き残ることこそおかしい! 二百人ですよ? 二百人! 二百人全員が死んだのに、彼だけ生き残ったなんて不自然極まりない!」

「みんな、彼が罠にめたのだと疑っていたし、反逆者だと罵った。身分剥奪や第十三位を解散させるという処置が声高に叫ばれていたのだが」

「当時、第一位団長だったクリストファー様が、同情して残したのですよ。あれ以来、第十三位は厄介者の掃き溜めの場所になったというわけです」


 悪辣あくらつな言い草に、カイリの喉が引きつる。

 反論をする前に、相手は我が意を得たりとばかりに畳み掛けてきた。


「それから副団長のレイン殿ですけど。彼は、三年前に前線で、敵味方問わずにその場にいた全員を皆殺しにしたんですよ」

「――っ、……は?」

「昔から戦闘狂のきらいがあったのですが、本性を現したのか殺戮さつりくモードに入った様でしてね」

「味方も含めて全滅。その場にいた者は、敵も味方も全員残らず、むごたらしく死んでいたとか。死に顔は恐怖に塗れていて、見るに堪えなかったと」

「いやはや、作戦は成功しましたが、除隊させろと大騒ぎでしたね。フランツ殿も、彼を引き取るとは酔狂なことだ」


 不穏な噂をカイリの耳に垂れ流す。

 特に、背後の人物の声がねっとりしていて気持ち悪い。カイリは懸命に身をひねったが、追いかけてくる様に続きを流し込んできた。


「それからシュリア殿は、あろうことか六年前、弟の前で両親を惨殺しましてね」

「――っ、なっ」

「良い所の娘さんでしたし、わずか十歳で教会騎士になったということで期待の星だったのですが、当然家から追放。戦や狂信者が相手なら法にのっとっていますが、親殺しは重罪です。大犯罪です。牢屋にも当然入りました」

「……っ」


 ――嫌だ。


 もう、嫌だ。

 目の奥が自然と熱くなるのを感じながら、カイリは緩く首を振った。


「やめろ……っ」

「騎士の身分も奪いたかったのですが、こちらもとある筋から温情がありましてね。第十三位の監視の下で、実は今も更生期間中なんですよ」

「弟はショックで、今も壊れたまま。病院暮らしだが、面会さえ許されない」

「当然でしょうよ! 親殺しの姉のことなんて、忘れたくて仕方がないでしょう。何しろ、目の前で! 惨殺! されたのですからね」

「……やめろっ」


 もう聞きたくない。

 聞きたくない、――聞きたくない。

 彼らは、きっと知って欲しくなかった。こんなこと、誰が好き好んで話すだろうか。

 それなのに、この二人は平然と、嬉々として彼らの傷をえぐって楽しんでいる。例え行為に至る理由があったとしても、この二人なら笑顔で無かったことにするだろう。


 フランツも、レインも、シュリアも、優しい人達だ。癖はあるけれど、面倒見も良くて、人の心がある温かい人達だ。


 決して、何の理由もなく、そんな過ちを犯す様な人達ではない。そんなの、短い付き合いのカイリでさえ分かる。

 それなのに、彼らはフランツ達を笑って踏み潰すのだ。犯罪者だと。

 人の傷をえぐる様な、人の心をもてあそぶ様な、こんな奴らに。



 ――自分は、絶対に。



「それから、リオーネ殿! 彼女もやんごとなき出の娘さんだったんですがね」

「――、やめろ」

「十年前に拉致されて――」

「――もうやめろって言っているっ!! 聞こえないのか! この外道がっ!」



 だん、と力の限り床を踏み付け、カイリは勢い良く立ち上がった。ぱしっと、肩を掴んでいた男の手を叩き落とす。

 男性二人が驚いて引っ繰り返っていたが、構わずに扉の方へと歩いていく。そのまま、扉の前で振り返った。


「お帰りを。もう話すことは何もない」

「……何ですって?」

「人の過去を勝手にべらべらべらべらと。そんな奴らに、誰が我が身を預けたいと思うんだ?」


 許せなかった。人の古傷を抉る様な真似をする彼らが。

 きっと、カイリが知らないだけで、彼らの過去は有名な話なのだろう。そうでなければ、第十三位がここまで遠巻きにされるはずがない。

 だが、彼らはカイリに打ち明けたりはしなかった。当然だ。カイリが同じ立場でも話さない。

 出会って、たかだか一ヶ月も経っていない。そんな人間を誰が信頼する。

 知られたくない。気付かれたくない。



 もし知られてしまったら、どんな顔をするだろうか。



 そんな恐怖は、絶対に消えない。カイリが同じ立場だったとしても、話すのには相当の胆力と勇気がいるだろう。

 それほどまでに深い傷口を、彼らは無遠慮にほじくり、さらしたのだ。

 人を傷付けて平然と笑っていられるその無神経さに、猛烈な怒りが巻き上がる。握り締めた拳が、皮膚を食い破らんと強く食い込んだ。


「傷口をえぐっただけじゃなく、みんなのことまで卑劣な手段で傷付けてっ。暴力振るってっ。……俺は、あんた達を心の底から軽蔑する」

「――っ」

「帰れ。俺は絶対に、あんた達第一位のところには入らない」



 ――本当は、試合でも何でも受けてみんなの屈辱を晴らしたかった。



 けれど、攻撃が出来ないカイリでは到底不可能だ。無様に負けて終わる。

 頼りたくはなかったが、ケントに相談して噂の方だけでも何とかならないか手を尽くそう。妨害されても困るので、ここで口にはせずに、さっさと帰還を促さなければならない。

 フランツ達にも、今の話を必要な部分だけ、かいつまんで話して。

 それから。



〝所詮底辺は底辺のゴミ共だって。生まれが穢いから、根性も穢いって。囲まれたまま、ずっと、……ずっと! なじられ続けるんですっ!〟



 それから――。



〝ボク達は第十三位なんすよ! 誰も、……誰も! 聞いてくれるわけがないっ!!〟



「――っ!」



 ――畜生ちくしょうっ!!



 ドアを殴り付けたくなるのを必死に堪える。

 己の手で無念を晴らせないことほど悔しいことはない。それでも、今はただひたすら歯を食い縛るしかなかった。

 盛大に心の中で毒突きながら、ドアを開けようとカイリはドアノブに手を伸ばす。

 だが。



「――本当に」

「――」



 ドアノブに触れる前に、手首を乱暴につかまれた。そのまま、だんっと壁に背中から叩きつけられる。

 はっと、一瞬呼吸が出来なくなって堪らずカイリはあえぐ。そのまま反対側の手首も拘束され、身動きがあっという間に取れなくなった。

 髪の長い男の顔が、すぐ間近にある。吐き気がしそうだと、カイリはぐっと歯を食い縛った。


「強情な奴だ……っ! 本気で生意気だな、貴様は!」

「……、は、強情と生意気さが、俺の取り柄なんだよ……っ」

「ならば、力づくで試合を受けさせるまでだ。言質を取れば、こちらのものだ」


 にたりと薄気味悪く笑う目の前の男に、カイリは身を引きたくなったが壁のせいでこれ以上後ずされない。

 それに、手首を拘束する手に力がこもった。骨がきしむ様な痛みに、思わずうめく。


「良い表情だ。さあ、ここを出るか。彼らの前で宣言してもらおう」

「……初日に、俺を総務に連れて行こうとした時みたいにか? 笑わせるな」

「……勘の良い奴は長生き出来んな」


 だん、ともう一度壁に叩きつけられる。呻きを懸命に噛み殺したが、表情が歪むのは抑えられない。

 卑劣だ。考えが透けて見えて吐き気がする。


「……聖歌語、使うつもりなんだろっ」

「っはは。言わせればこちらの勝ちだ」

「冗談。効果が切れた後に、前言撤回してやる」

「ほう? 男に二言は無いって言葉を知らないのか」

「二言は無いっていうのは、自分の意思で、自分の口で言った時だけだっ」


 ぐっと腕に力を込めるが、相手の方が押さえ込み方が強い。

 しかも、二人目も加勢に入った。体術でも習っておけば良かったと今更ながらに後悔する。


「……なるほど。少し、痛い目を見た方が良い様だな」

「――っ。……例え殴られても、俺の意志は変わらないっ。俺は! 第十三位の一員だ! 彼らを侮辱する奴らは、俺が許さない!」


 叫びながら蹴り上げた足が、思い切り目の前の男のすねに当たった。

 抵抗されるとは思っていなかったのだろう。思わず一人が手を離し、うずくまる。

 偶然だったが、チャンスだ。急いで逃げ出そうともがいたが、二人目が更に強く拘束してきた。

 瞬間。



 ――どっと、腹に鋭く一撃を入れられた。



 激痛が重く全身を走る。あまりの痛みで、一瞬意識が飛んだ。


「あ、ぐ……っ!」

「……『俺が』、何ですって?」

「……っ、言った、だろ……っ。第十三位を侮辱する奴らは、俺が! 許さない……っ!」


 がむしゃらに蹴り上げた足が、もう一人の脛にも勢い良く当たる。

 流石に二連続で来るとは思っていなかった様だ。「いたっ!」と脛を抱えて飛び跳ねる。

 その隙に逃げようとしたが、復活した方に左肩を掴まれ、またも激しく壁に叩きつけられた。もう一度腹に拳を叩き込まれ、再び意識が飛びそうになる。


「がっ! ……っ、あ、う……」

「アルタ! 顔は殴ってないでしょうね!」

「殴るわけないだろう! ケント様に知れたらどうなるか……っ」


 慌てた様な声に、卑怯な返事が聞こえる。


 ――嫌だ。


 こんな、人を道具の様にしか思っていない奴らの言いなりになんて、なりたくない。

 痛みを堪えてカイリは激しく抵抗したが、力が上手く入らない。手首や肩を掴まれる手が今度こそ軋んで、呻きが悲鳴に変わった。


「つっ、……い、……離せ……っ!」

「こいつ……しつこい! もう連れて行くぞ! 試合は後だ。とにかく脅しを重ねて、ケント様に引き渡せば良い!」

「ええ。どうせ騎士団内はこじれているでしょうし。このまま連れて行ったって構いませんよ」

「……っ、やめろっ。離せ!」

「黙れっ!」


 だん、っともう一度背中を叩きつけられて、抵抗する力が緩んだ。

 そのまま引きずられそうになって、カイリが聖歌語を使おうと口を開くと同時に。



 ――ばしんっ! どんっ!



 目の前の扉が、勢い良く蝶番ちょうつがいをぶっ飛ばして壁に叩きつけられた。


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