第62話


 ばしんっと蝶番ちょうつがいを吹っ飛ばした扉が、壁に叩きつけられて落ちた。どすん、と倒れ込む扉を前にして、カイリは男達につかまれたまま呆然と犯人を見つめる。

 凛々しく、全てを見下す様に仁王立ちするのは、淡い紅藤の髪をまとめ上げた少女だった。清冽せいれつな覇気をまとうその姿は、見慣れているはずなのに息を呑むほど鋭い。



「……し、シュリア……?」

「あなた達、いい加減になさい。彼にこれ以上危害を加えるなら、団同士の争いに発展しますわよ」



 凍り付いたアメジストの眼差しにさらされ、男二人が一瞬顔を引きつらせた。

 カイリとしても、彼女がここまで力が強いとは思いも寄らない。後で扉を修理しなければと、場違いな考えを巡らせてしまった。


「それで? ……、……話し合いはどうなりましたの」

「……っ、俺はっ」

「カイリ殿と第一位で試合をすることになりました。一対一。こちらが勝てば、カイリ殿は第一位に移籍することになります」


 堂々と嘘を言ってのける彼らに、カイリの血の気が引いていく。

 ぐっと彼らの肩を押すが、びくともしないその事実に益々焦燥を抱いた。


「言ってないっ。試合は受けない!」

「おや、情けない。男に二言は――」

「ある!」


 即答すれば、男二人がぽかんと口を開いた。途端、ぶはっと、シュリアの背後で噴き出す声が聞こえる。

 ゆっくりと顔を出したのはレインだ。何がおかしいのか、壁に肘を突き、ひーひーと笑いながら目尻をぬぐっている。


「くっく。いやあ、カイリ。お前、ほんとに面白いわ」

「レインさん……。俺は言ってませんっ。こいつら」

「あー、とはいえ、喧嘩売られたら買うのが第十三位だ。カイリ、買ってやれよ」

「え……っ」


 思ってもみない提案に、カイリの思考が停止する。

 目の前の男二人が嬉しそうな顔をしたが、レインはへらへら笑いながらも「ただし」と釘を刺した。



「移籍云々付け足すんなら、オレかシュリアも出るぜ?」

「――っ、……なっ」



 レインの燃える様な瞳が、男二人を容赦なく貫いた。

 まるで全身をあぶられた様に、彼らは情けない顔で息も絶え絶えにあえぐ。


「嫌なら取り下げな。それならカイリに加え、エディとリオーネで勘弁してやる」

「何だと……っ」

「「え……っ!?」」


 抗議の声は、敵味方両方から上がった。

 敵はもちろん男二人、味方は名前が挙がったエディとリオーネだ。彼らもいたのかと、カイリは驚く。


「れ、レイン兄さん! 何でボクが」

「そ、そうです。私は……」

「うるせえよ。黙ってろ」


 ぎらっとレインのルビーの視線が二人を射抜く。

 そのぎらつく炎に、焼かれた様に二人は身をすくませた。カイリとしても、話の展開についていけない。


「あの、レインさん。どういう」

「どういうってそのまんま。お前が売られた喧嘩だろ? ま、ど素人の新人一人で試合に放り出すなんてのはナンセンスだからな。……三対三だ。そこは譲れねえ」

「レイン殿っ。く、口出しは……!」

「当然、お前ら二人が相手だ。後の一人は好きにしろ。お前ら教会騎士だし、足りない聖歌騎士を入れりゃあ良い」


 見下す様に話を進めていくレインに、今や完全に主導権が移っていた。男二人は抗議も出来ず、わなわなと全身を震わせている。

 シュリアかレインが出れば、試合は一方的だと彼らは分かっているのだ。二人は双璧だとカイリも教えてもらった。第一位が束になってかかってきても、相手を出来るくらい強いのだと。



 ――約束を破れば、容赦はしない。



 そんな声が聞こえてくる様だ。

 男二人は歯ぎしりをしていたが、やがてのろのろと顔を上げた。憎々しげにレインに食ってかかる。


「……良いだろう。受けて立ってやる! 新人などにおくれを取るものか!」

「だが、そちらは聖歌騎士が二人ではないですか! 不公平ですよ!」

「ああ、聖歌歌うのはカイリだけ。リオーネは歌だけじゃなく、聖歌語は一切使わない。それでどうだ?」

「……っ、良いでしょう。ならば、こちらはケント様に出ていただく! あの方ならこの三人くらい、軽く……!」

「え? 何で僕が出なきゃならないの?」

「――、え……」


 荒げる声を遮り、場違いなほど明るい声が飛んできた。

 聞き覚えのある声に、カイリは目を丸くし、男二人は憐れなほど震え上がる。



「……、け、ケント……!」

「やっほー、カイリ! ごめんね、この馬鹿どもが」



 レインの更に後ろから、ひょこっとケントが手を上げて姿を現した。ててっと可愛らしく走り寄ってきて、カイリの全身を上から下まで眺める。


「……ごめんね。痛い思いさせたね」

「……いや、ケントのせいじゃないだろ。それに、別に……」

「ここ。殴られたでしょ」

「っ、いっ」

「――」


 腹部に軽く触れられて、カイリの顔が歪む。

 すぐに手を離されたが、さっきの一撃は結構強く入った。後で診てもらわなければならない。

 カイリが顔をしかめながら腹部を手で覆うのを見て、ケントの顔から、さっと笑みが落ちる様に消えた。


「……あーあ」


 彼の声が、黒く、揺らめきながら暗くなる。瞳の奥からも光が抜け落ち、警鐘を鳴らす様にどきりとカイリの心臓が跳ねた。



「――、……ねえ」



 最後の呼びかけは、二段ほどトーンが落ちた。

 ぞくりと、カイリが呼びかけられたわけでもないのに全身が震えそうになる。


「言ったよね、僕。カイリに手を出すなって」

「……あ、……いえ」

「それは、……ケント様のために」

「僕のため? 笑わせる」


 吐き捨てる様に笑って、ケントが男達に振り返る。

 今の彼がどういう表情をしているのかカイリには見えない。

 だが、恐ろしいほどの真っ黒な陽炎が、彼の全身から熾烈しれつに立ち上っている。焼き切れそうな殺意が吹き荒れ、男二人は一斉に土下座した。


「お、お許し下さい、ケント様!」

「どうか、ご慈悲を……!」

「はあ? 何で、僕がそんなものあげなきゃならないわけ?」


 がっと、デネブと呼ばれていた男の肩を踏み付ける。

 そのまま、かかとが思い切りめり込んでいくと同時に、男がぎゃあっと悲鳴を上げた。


「も、申し訳……!」

「ねえ。僕がいつ、君達に頼んだの? 殴れなんて言ってないよね? ねえ。教えてくれるかな」

「あ、ああああああ! い、あ、け、ケント……さ!」

「カイリは第十三位に入るって言ったんだよ? 第一位にいたら確かに楽しいけど、……こんな暴力振るう奴らのところには置いておきたくないんだよね」

「ぎゃああああっ!」


 めきっと、嫌な音が上がった。

 その砕けそうな音に、カイリは思わず耳を押さえる。


「カイリが受けた痛みはこんなもんじゃないよ。……ほら、いつくばって彼にあや――」

「ケント! もういい! やめてくれ!」


 ぐっと腕をつかんでカイリは止める。

 すると、ケントは不思議そうに振り返ってきた。何故止めるのかと小首を傾げる彼に、カイリはクリスの言葉を思い出す。


〝息子は家族以外に残酷だ。必要があれば平気で人を陥れるし、困っている者がいても放置する。仕事でなければ、誰かに手を差し伸べることもないだろう〟


 恐らく、この行為に対して彼は何の感慨も抱いていない。

 ただ、カイリが傷付けられたから激怒して報復した。それだけなのだろう。

 だが、やり過ぎは駄目だ。ふるふると、頭を振って制止する。


「ケント。ありがとう。もう良いから」

「……どうして? カイリ、優しすぎるんじゃない?」

「いいよ、それで。ケントが過激だから、それくらいが丁度良いだろ?」


 微笑んで見せれば、ケントはまだ不服そうではあったが、取り敢えず足を離してくれた。

 ひいっと、男が肩を押さえてうずくまっているのには、けれど同情は抱けない。自業自得だと切り捨てた。


「ま、とにかく。試合はするんだよね」

「……、そうみたいだ」

「そう。僕は出ないからね! カイリと対決なんて無理無理! それに、カイリ弱いし!」

「うぐっ」


 ずっぱりと断言され、カイリはぐうの音も出ない。本当に言いにくいことをはっきり言う友人だ。

 けれど。


「でも、この程度は三人がかりならやっつけてもらわないと! ……楽しみにしてるね?」

「……、ああ」


 心配そうにしながらも、彼はカイリを信じようとしてくれている。

 彼らに勝つと。そう、彼は言ってくれているのだ。

 ならば、何が何でも勝たなければならない。メンバーの選定が明らかに不安だが、やるしかなかった。


「……でも、どうしてケントがここに?」

「ああ。何だか、最近カイリの周りが不穏だって報告が上がってきてね。で、不審な動きしてる奴らがこっちに行ってるって聞いて、遊びに来たんだ!」

「ケント殿が向かってくるのが玄関のガラス越しに見えたのでな。呼び鈴を押される前に、招き入れて立ち聞きをしていた」

「え」


 ひょっこりと扉の横から現れ、フランツが清々しく言い切った。悪戯が成功した子供の様な笑顔に、カイリは顔だけでなく喉も引きつっていく。



 ――もしかして、全部聞かれていた。



 てっきり誰もいないと思っていたのに、誰も彼も気にしていたのだろうか。全部が聞こえたわけではないだろうが、彼らの過去まで聞いてしまったとバレたのかと思うと、憂鬱になる。


「んじゃま、とっととお帰り願おうかね。扉も直さんきゃならんしな。……ケント殿?」

「はいはい! お邪魔しましたー。ほら、行くよ。肩にヒビ入ったくらいで動けないとか言わないでよね」

「……、はっ」

「……承知しました」


 すっかり意気消沈した男達が、ケントに続いて部屋を出ていく。


「あ、そうそう」


 ぽん、と手を打って、ケントがくるんとこちらを振り向く。


「噂は、こっちで何とかするから。心置きなく試合してね」

「……、ケント」

「じゃあね。お大事に」


 ひらりと手を振る彼に、カイリも感謝と共に手を振り返す。

 それにぶんぶん手を振ってから、今度こそケントは去っていった。

 宿舎から出て行く音を聞き届け、どっと疲労と恐怖が襲ってきた。情けなくも座り込んでしまう。


「ちょっと。何してますの」

「……、ごめん。何だか、足にきた」

「……情けないですわ」

「はは、……そうだな」


 男達に啖呵たんかを切ったのに、結局助けられてしまった。口だけ偉そうなことを言って、全く歯が立たないなんて無様に過ぎる。



「まったく……。見せなさい」

「――は?」



 溜息を吐きながら、シュリアが唐突にしゃがみ込んでくる。しかも、無遠慮にカイリのコートや黒シャツをめくり始めたので、盛大に慌てた。


「えっ!? ちょ、ちょっと待て! シュリア、何っ」

「腹を見せなさい。殴られたのでしょう」

「っ! いや、後でフランツさんかレインさんに見てもらうからっ」

「はあ? 何を今更恥ずかしがっているんですの」

「その発言、何か違うだろ!」

「そうか。俺が真っ先に手当てをしたかったが……カイリも、大人の階段を登ったのだな……」

「フランツさんも、納得しないで下さい! 助けて!」

「ふむ。流石はカイリ。真っ先に俺を頼ってくれるとは。これが絆というやつか……」


 何か違う。


 フランツのよく分からない納得に、カイリはツッコミが追い付かない。

 今更と言われても、別にシュリアに肌をさらしたことなど無い。記憶にも無い。恥ずかしがるに決まっている。

 己を抱き締めて全身で主張すると、彼女は益々不可解そうに眉根を寄せた。「こいつ、馬鹿ですの」と表情全体で物語っている。理不尽だ。

 ぶつぶつと心の中だけで文句を連ねていると、一瞬シュリアの瞳に影が落ちた。

 間近で見ると、意外と睫毛まつげが長い。そのせいで瞳が陰った様に見えたのかとカイリが結論付けていると。



「……助けるタイミングが遅れましたわ」

「――」



 聞こえるか、聞こえないか。

 それくらいの小さな小さなささやきだった。恐らく、カイリも注意していなければ耳には入らなかっただろう。

 すぐに彼女が立ち上がってしまったので、聞き返すことも叶わなかった。ただ、カイリに向けた背中だけが、彼女の心中を物語っている気がした。

 何となく、もう一度カイリは腹に手を当てる。ずきずきと熱をはらんだ様に痛い。正直、跡を見るのも恐かった。

 そうだ。



 ――俺、恐いんだ。



 先程、第一位の二人に殴られた時のことを思い出す。あの時は無我夢中だったが、思い返すと震えが走る。

 前世では、人の命の奪い合いはもちろん、こんな風に物理的な暴力を受けることと縁は無かった。この世界でも、村の事件があるまでは本当に平和に過ごしてきたのだ。

 いくら剣を握る覚悟は出来ても、まだ自分の手で相手を傷付けることは出来ない。周りに頼るしかない弱い自分のままだ。


 ――本当に、勝てるのだろうか。


 ケントは信じてくれたが、少し殴られたくらいでこのザマだ。エディとリオーネがいたとしても、カイリは足を引っ張るしかないのではないだろうか。

 それに。



「……何で、ボクが」



 不満そうにエディがぶつぶつ呟いている。リオーネも納得はしていない様だ。

 そんな二人の様子に声をかけられないでいると、レインが、だん、っと近くの壁を蹴り上げた。彼らの体が飛び上がる。


「いい加減にしろよ、お前ら。頭切り替えろ」

「……だって、何でっ」

「まだ本気でぐだぐだ言ってんのか? お前ら、ほんとガキだな」


 はあっと吐き出す息には、失望がありありとにじんでいた。かあっと、二人の顔が赤くなっていくのを、カイリは遠くに眺める。


「レイン兄さんは悔しくないんですか!」

「何でだよ」

「だって、あんな……!」

「オレにしてみりゃ、お前らの方がよっぽど恥ずかしいわ」


 レインが簡潔に切り捨てる。二人の顔が絶望に染まった。


「話は終わりだ。試合でどうするかはお前らの自由だ。好きにしな」

「れ、レイン様……私は」

「オレに何の話をするんだよ。今するんなら、カイリにだろ」


 言うだけ言って、さっさと彼は去って行ってしまった。ひらりと、肩にかけたコートがひるがえる様が、やけにまぶたの裏に残る。

 エディとリオーネはうつむいたまま。フランツとシュリアはこの場に残っているが、口出しはしない。あくまで当人達の問題として片付けるつもりらしい。

 不満そうに目も合わせない二人を、カイリは座り込んだまま見上げる。



 ――本当は、仲直りがしたい。



 あんな酷い噂は嘘だ。言っていない。信じて欲しい。

 だが。



〝まだ一ヶ月も経ってないしな。闇雲にお前を信じるとか無理だろ〟



 レインの言う通り、一ヶ月も経っていない。



 ありもしない中傷を並べ立てられ、広まって、暴力まで受けたのだ。不安になるし、疑心暗鬼にもなるだろう。

 そんな状態で、カイリを信じろなんて虫の良い話だ。カイリは未だに、何の功績も立てていない。第十三位にとってはお荷物のままだ。

 だからと言って、第一位に移籍するつもりはない。

 試合にも負けたくない。

 屈辱を晴らしたい。

 一緒に戦って欲しい。

 けれど。



 心を殺してまで、試合に出て欲しいというのは酷だ。



 移籍の話が無いのならば、最悪負けたって良いのだ。

 カイリは出るつもりだが、レインの言う通り、これはあくまで自分に売られた喧嘩だ。二人が付き合う義理は無い。


「……エディ、リオーネ」


 呼びかければ、ぴくりと二人の体が跳ねる。

 振り向いてはくれない。苦々しげに顔をゆがめる彼らに、カイリの胸がごとりと重々しく音を立てた。


「試合のことなんだけど」

「……、ボクは」

「出なくても良いよ」

「……、え?」


 初めて二人がこちらに振り向いてくる。驚いた彼らの顔は、よほどカイリの言葉が予想外だった様だ。



 ――何だか、久々に二人と目が合った気がする。



 二人と、視線を交わせたこと。

 それだけで、カイリには充分だった。


「レインさんはああ言ってたけど、俺が売られた喧嘩だし。二人は、俺のこと嫌いだろ? 話したくもないはずだ」

「……、それは」

「嫌々出てさ、俺が足引っ張って負けたら、……いや、二人なら負けないんだろうけど。でも、……嫌だろ。俺のこと、守らなきゃならないし」


 攻撃が出来ない。歌を歌っている間は無防備になる。

 まだ、カイリは歌いながら剣を振るうことが苦手だ。一応聖歌の訓練の時に少しずつ始めてはいるのだが、まだまだ実戦には導入出来ない。


「俺のことを信じろ、とは言わない。前にレインさんも言ってたけど、……俺は第十三位に入ってまだ一ヶ月も経ってないんだ。信じろっていう方が無理だろうし」

「……」

「だから、これから積み重ねていくよ」


 根気強く話しかけて、任務が入ったら頑張って役に立って。

 食事の手伝いも、掃除の手伝いも、嫌がられなくなるまで何度でもぶつかろう。

 無視をされるのは辛い。突き放されるのも苦しい。

 だけど、仕方がない。信頼は、小さく積み重ねていくしか道は無いのだ。


「だからさ、いつか。……本当にいつかで良いからさ」


 ――笑え。


 言い聞かせながら、カイリは必死に笑顔を作った。

 痛みなど微塵も感じさせないくらい、綺麗に笑え。そう命令しながら、カイリは全力で二人に笑った。



「……もしかしたら、本当に俺が言ったんじゃないかもって。そう思ってもらえる様に、頑張るよ」

「――――――――」

「……だから、今は信じてもらえなくても良いよ。……ごめん。嫌な思いさせて」



 カイリが移籍をしなかったら、噂が街中まで広まると男達は脅してきた。

 だが、それはきっと、ケントが何とかしてくれる。そう信じるしかない。恐らく彼は、そのためにここに来てくれたのだ。

 力が抜けた足を奮い立たせる。踏ん張って立ち上がり、カイリはフランツとシュリアに軽く頭を下げてから応接室を出た。

 足元はふらついていなかっただろうか。声は震えていなかっただろうか。



 ちゃんと。最後まで、笑えていただろうか。



 それだけが気にかかりながら、カイリは唇を噛み締めて自室へと戻った。











「……よくもカイリを殴ったね。命があるだけありがたく思いなよ」



 第一位の宿舎に戻りながら、ケントは後ろをついてくる二人に猛烈に殺意をぶつけ続けた。

 二人は無言で震えている。そのまま死ねば良いのにと、ケントは思わずにはいられない。


 カイリが殴られたことが分かった瞬間、頭が沸騰した。


 咄嗟とっさに止めに入れなかったのは、ケントの甘さだ。動揺したのだと思い知り、舌打ちしたくなる。同じく過去を暴露されて動揺していた第十三位に、先を越されたことが腹立たしい。

 大体、カイリはどうしてこの二人を痛めつけるのを止めたのだろうか。

 つくづく彼は甘い。前世の頃から優しすぎるきらいがあったが、ここでも発揮するとは甘すぎる。

 だが。


「……まあ、そうでなきゃ。いくら前世で幼馴染だったからと言っても、信じなかったけど」


 彼が変わっていないと空気で分かったから、ケントは今度こそ長く一緒にいたいと願った。

 彼が一緒に歩いてくれるたび、笑ってくれるたび、きちんと長く言葉を返してくれるたび、どれだけ浮き足立っているか。彼には分かるまい。

 カイリは優しいままだ。カイリを傷付ける奴は許さない。



 ――彼を傷付けても良いのは、自分だけだ。



「……ああ。でも、一つだけ感謝しておくかな」


 自分でも低い笑いだと思いながら、ケントはくつりと喉を鳴らす。


「……これで、彼は僕のことを、より強く信じてくれるだろうからね。――暴走が役に立って、良かったね?」



 そうでなきゃ、本当に殺していたよ。



 言外にそう告げてやれば、彼らはひれ伏す様に一度崩れ落ちた。無様に過ぎて呆れしか出てこない。



「孤立はね、駄目なんだよ」



 だって、自分ともあまり話してくれなくなってしまう。



 だから、孤立はさせない。前世で学んだ教訓だ。

 カイリには、きちんと幸せになってもらわないといけない。傷付いたり泣いたりする彼は、あまり見たくないのだ。

 今回、彼を強くするためにこの件は放置していたが、もう良いだろう。事態は収束に向かわせるし、予想外なことに試合という形式まで持ち上がった。十分な成果だ。

 これで、カイリはまた一つ、強くなれる。

 第十三位の腑抜ふぬけ共とこの先どうなるのかも含め、見届けさせてもらおう。


「……、ま、殴られて怒るだけの仲ではある様だし」


 知られたくない過去をばらされて愕然がくぜんとしていたが、それでも彼らはカイリを助けることを選んだ。その気概きがいだけは評価しよう。

 カイリが、どんな未来を切り開くのか。ここで負ける様では、話にならない。



「……試合、勝つよね?」



 ――ねえ、カイリ?



 去り際に、問題を抱えていた二人を振り返る様に、ケントは三日後の試合を思って一度だけ彼のいる方向へと視線を向けた。


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