第60話


 エディ達とぶつかり合い、一夜が明けた朝食の場。



 ――き、気まずい……っ。



 黙々と食事を進めながら、カイリはあまりの気まずさに何度も逃げ出しそうになった。

 エディとリオーネが数日ほど言葉少なだったのに加え、今日はとうとう周りも無言になってしまった。当然、昨日の出来事が原因だ。

 昨日は、エディにはかなり言い過ぎてしまった。風呂に入って落ち着いたら益々ますます落ち込んでしまったが、結局謝れずに今に至る。

 それに、謝罪をしても余計に火に油を注ぎそうだ。カイリの言葉は、今の二人にとっては毒でしかない。


 カイリがいなくなれば、少しは会話も弾むだろうか。


 ちょうど食事も平らげたことだ。かたっと、密やかに席を立ってなるべく自然に見える様に笑った。


「あの、ごちそうさまでした」

「ん? 何だカイリ。もう良いのか? まだまだおかわりはあるはずだぞ」


 フランツが空気を読まずに引き止めてくる。流石は団長と思いつつ、カイリは緩く首を振った。


「いや、その。今日はあんまりお腹がすいて……いない、です?」


 瞬間。



 ぐぐーーーーっと、派手に、盛大に、堂々とお腹が鳴った。



 あまりに大きすぎて、食堂の隅々にまで見事に響き渡る。フランツ達の行動も、合わせて綺麗に静止した。

 今、きちんと一皿平らげたばかりなのに、何故鳴るのか。全く空気を読まないお腹に、カイリは真っ赤になって八つ当たりをしたい気分になった。


「いや、あの。今のは、……ほら! 胃は、消化する時にも鳴りますし! 決して食べ足りないとかでは、……っ!」


 だが、言っているそばから、またぐーっとお腹が鳴った。本気で空気を読まない腹の虫に、天井を仰いでがなりたい。


「……はあ。語るに落ちましたわね。食べなさい」

「……、えっと」

「そーそー。いくら気まずいエディが作った食事でも、手は抜いてないみてえだからな。美味いだろ?」

「……砂噛んでるみたいな気分ですけど、美味しいのは間違いないです」

「ははっ、正直だなー」

「正直がカイリの美点だからな」

「……何故フランツ様が自慢するんですの」


 フランツが胸を張って豪快に笑うのを、シュリアが呆れた様に視線で串刺しにする。

 まごまごしていたら、レインに、さっとカイリの皿を持っていかれてしまった。鼻歌を歌いながらお代わりをよそう彼に、カイリも観念して残りの皿を持って行く。

 本日は紅茶とトマトのスープ、生ハムやチーズ、卵などを使ったサンドイッチだった。オムレツまで挟まれていて、凄いと心の中だけで唸ったのはつい先程だ。

 どれもシンプルだが味は申し分なく、カイリはあっという間に平らげてしまった。

 どれだけ気分は砂を噛んでいる様でも、お腹はすく。生きることに正直なこの体が恨めしくもあるが、ありがたくもあった。

 しかし。



 ――本当にありがたいな。



 フランツ達三人が普通に接してくれるおかげで、カイリの心はほんの少し軽くなる。昨日の出来事を思い返すと落ち込むが、いつも通りという態度は今のカイリにとって本当に感謝しかなかった。

 だが、それでも気分は沈む。


 ――どうして、酷い噂が広まっているのだろうか。


 カイリは何も言っていない。考えたこともない。

 だから、勝手に誰かが吹聴して拡散したということになるが、どんな目的があるのだろうか。しかも、暴力まで振るうという人道にもとる様な真似までして。カイリが第十三位と仲違いを起こして、出て行くのが狙いなのか。

 だとしたら、第十三位以外の全員が疑わしくなる。特に第一位は要注意だ。ケントがストッパーになってくれたとしても、全員に手が回るわけではないだろう。



 ――どうにかして、噂を何とかしないと。



 しかし、一体どうやって。



 結局そこに辿り着き、悶々とする。

 今やあの悪意が騎士団全体に伝わっているのならば、全員を一度に相手に出来る様に何か行動を起こすか、原因を潰すしかない。カイリがいくら違うと叫んで回ったとしても、効果は全くないだろう。

 ケントに頼る方法もあるが、なるべくなら最終手段にしておきたい。第一位に原因があると特定されたなら話は別だが、漠然とした騒動にいちいち第一位の団長を頼っていたら、やはり相手に舐められる。お前はやっぱり第一位の人間じゃないか、と。


 これは、あくまで『第十三位のカイリ』として解決しなければならない。


 だが、未だに決定的な解決策が見つからない。カイリが席に着いて、ぼーっと考え込んでいると。


「カイリ」


 フランツが、不意に声をかけてくる。

 慌てて振り向けば、彼は腕を組んで真面目な顔をした。


「昨日、事のあらましは聞いた。派手にぶつかったそうだな」

「あ、……はい」


 すみませんでした、とカイリが頭を下げる。

 エディやリオーネは無言のままだ。むくれている様にも、反省している様にも、どちらにも見えるが、カイリにはもう今の二人の心境を読むことは不可能だ。

 だが、フランツはそんなよどんだ空気さえ見えていないのか、快活に笑い飛ばしてきた。



「ははっ、結構結構。若い時はがんがん青春をするべきだ。青春を青春として青春をしながら青春するから青春なのだ」

「……何、訳の分からないことを言っていますの……」

「ふっ。俺も、昔はカーティスとよく馬鹿騒ぎをしては教師に拳骨を落とされ、窓から飛び降りては家族に雷を落とされ、告白をされたのに気付かずに素通りしては友人達に武器を落とされ、色々やったものだ」

「落とされてばっかじゃねえか、団長」

「つまり、青い春と書いた青春は、少年少女の時にしか体験出来ない、貴重で馬鹿で甘酸っぱいひとときということだ。俺が、学生時代にカーティスとぼっこぼこになって殴り合いをした様に、お前達も顔面の殴り合いに発展してくれても良いぞ」



 そんなぼっこぼこな青春は嫌だ。



 カイリが大真面目な顔で心の中だけで突っ込む。レインがぶはっと噴き出していたので、大いに心境は伝わってしまった様だ。カイリには未だ、ポーカーフェイスは至難の業である。

 しかし、てっきり怒られると思っていたのに、予想に反してフランツは笑い飛ばしてきた。真面目な顔をしていたのにと、カイリは呆ける。

 ――と思っていたら、すぐにまた真顔に戻った。フランツは思考の切り替えが早い。尊敬する。


「まあ、それはともかくとしてもだ。確かに嫌な噂は広まっているな。……暴力は初めて聞いたが」

「……っ」


 一段低まった声に、カイリだけではなく該当者の二人も縮こまった。

 対するレインは、全く顔色が変わらない。左腕の怪我は大丈夫なのだろうかと心配になる。

 そして、沈黙している間にもエディやリオーネの顔がきつく絞られていくのを目の当たりにし、カイリは思わず口走ってしまった。


「あの、……その噂、なんですが」


 何も考えないまま声に出し、カイリは喉を潰された様に詰まった。フランツ達が一斉に注目してきたからだ。

 口に出した以上は、何か言わなければならない。

 しかし。



 ――今、その噂は違うのだと彼らに言って、何か変わるのだろうか。



 ここでフランツの力を借りて、エディやリオーネを説き伏せたとしても意味が無い。二人の信頼は、あくまでカイリ自身で手に入れなければいつまでもぎくしゃくしたままだ。

 だが、噂をこのままにしておくわけにもいかない。カイリはまとまらない考えのまま、話すしかなかった。


「……その噂は、騎士団全体に広まっているんですよね?」

「ああ、そうだな」


 それが? と言外に告げてくるフランツに、カイリの喉が石化した様に重くなる。

 しかし、押し負けるわけにはいかない。せめて噂だけでも何とかしなければ、いつまで経っても第十三位はおとしめられたままだ。それを許すわけにはいかない。


「……その噂の大元を断ち切りたいんです。あの、フランツさんは、何処から出ているかは」

「知ってどうする? やめてくれと、直談判しに行くのか?」

「……っ」


 意味が無いと切り捨てる様な冷たさだ。


 フランツの視線の圧力に耐えきれず、カイリの目線は気持ちと共に下がっていく。

 やめて欲しいと訴えたところで無意味だ。それは前世で孤立した経験からも、嫌というほど知り尽くしている。

 上手い打開策が見つからない。「それでも嫌なんです、止めたいんです」と駄々をこねたとしても、状況は全く好転しないだろう。

 故に押し黙っていると、フランツが疲れた様に息を吐いた。呆れられたと、心臓が小さく跳ねる。



「カイリの気持ちは買うが、今、違うと叫んでも相手にはされないだろう。例え、全員の前で無実だと訴えても、全て思惑通りに解釈される。昨夜が良い証拠だ」

「……、はい」



 ずっぱりとエディやリオーネの気持ちを変えられなかったことを指摘され、カイリは益々肩を落とした。

 ただ叫ぶだけでは何も変わらない。近くに良い例があって、気分は海の底より深く沈んでいく。


「噂に関しては、俺やシュリアは全く相手にしなかった。気にしないのが一番だからな」

「……フランツさん」

「だが、気になる者達がいたのは確かだ。主に、お前と喧嘩をした二人が、だが」

「……、それは」


 ちらっとカイリが二人をうかがうと、彼らは揃って俯きながら視線を逸らした。反論すれば良いのにとカイリは思ったが、それも難しいのだろうと思い直す。

 しばらく二人を見つめていたフランツは、口を開かないことで切り上げることにした様だ。話を簡単に戻してしまう。


「一応気にはかけていたのだが、当事者同士で片付けて欲しいと考えていたのでな。口を出さずにいた。カイリも、よく頑張ったな」

「……、いえ。俺は」

「だが、状況が変わってきた。暴力の件も含め、気になることがあってな」


 何も出来ていない、と言おうとすると、フランツがさえぎる様に言葉をかぶせてきた。

 しかも、新情報がある様な素振りだ。気になるのか、エディとリオーネも恐る恐ると言った風にフランツを窺う。



「カイリ。初日に――」



 ピンポーン。



 話をしようとしたところで、邪魔が入った。

 ちっとフランツが小さく舌打ちしたのを見て、カイリは何となく口元が引きつる。いつも泰然と構えている彼の怒りを垣間見た気がした。


「誰だ、こんな時に。空気を読むということを教えてやらねばならんようだな」

「……それ、そっくりそのままお返ししますわ」


 どすどすと足音まで腹立たしそうにしながら、フランツが玄関へと向かっていく。

 そして、程なくして帰ってきて、忌々しそうにカイリを見つめた。


「カイリ。邪魔者だ」

「……だ、誰ですか?」

「第一位の奴らだ。初日、お前を追いかけ回していた面々がやってきたぞ」

「――っ」


 フランツが言い放った瞬間、周囲の空気が一気に氷点下まで落ち込んだのを、カイリは見逃すことは無かった。


「……っ、え。何で……」


 初日のことは今でもよく覚えている。嫌がるカイリを無理矢理連行しようと、聖歌語まで使って追いかけてきた。

 ケントがいなければ、カイリは今、第十三位にはいなかったかもしれない。

 そんな彼らが、何故今になって訪ねてくるのだろうか。疑問ばかりが渦巻いて混乱していると。


「気になるというのは、第一位のことだ。……まあ、今から話を聞けば分かるかもしれんな」

「……、話、ですか」

「ああ。お前と話がしたいそうだ。俺も付き添うつもりだが、果たしてそれを許すかどうか」

「え、……」

「……もしもの時は腹をくくれ。良いな?」

「――っ」


 フランツの強い言葉に、カイリは息を呑む。

 今、確実に事態が大きく動こうとしている。

 それが良い方向へなのか、悪い方向へなのか。流れを決めるのはカイリ次第だと、静かに覚悟を決めるしかなかった。


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