第355話
「いらっしゃーい! ……って、おおおおおっ! カイリさんに、フランツさんじゃあないですか!」
どこか落ち着ける場所をと言われたのだが、喫茶店や普通の店などでは、ゼクトールとアレックスという顔ぶれは目立つ気がした。
故に、カイリはフランツと相談して屋台街へと赴いたのだが、ゼクトールはともかく、アレックスはここが初めてなのか度肝を抜かれていた。出迎えてくれたクレープ屋のメディルの挨拶に、既に開いた口が塞がっていない。
「邪魔をするぞ、メディル。相変わらず盛況だな」
「ほっほーい。当然でっさあ! フランツさんも、いつもご
「こんにちは、メディルさん。あの、今日は飲み物が欲しいんですけど」
「おおお、もちろん! 任せてくれーい! 飲み物なら、俺達屋台街の出番だぜ! そう! ……あの、キャロライナロラリン、略してキャロに任せろ!」
「は~い! 私、キャロライナロラリン、略してリンよ。よろしくね~!」
略し方が違う。
何故、紹介する方と自己紹介する方で、略し方を変えるのだろうか。カイリには理解出来ない。もちろん、呼び方は様々で良いし、彼女の名前自体も長い。
だから、いくつか呼び名もあるのだろう。屋台街は仲が良いなと感心した。
しかし、その考え自体が甘かった。
「大丈夫ですよ、カイリさん。このバッツが保証します。あの、ライナのジュースは絶品です」
「そうそう。ランは飲み物の天才なのよー。ついでに、仲人みたいなこともしてて、愛の狩人もしちゃうわよー」
「だよなー! この前、ロランがそっとお客さんの間に置いたジュース、効果
「というわけで、ご注文していって下さいな! ほら、キャラ! 出番だよ!」
全員呼び方が違うよ。
これはまさか、この屋台街の人達全員で違う呼び方をしているのだろうか。一体いくつ愛称があるのだろうと考えて、カイリは思考を放棄した。この屋台街に、常識は通じない。
アレックスはまだ圧倒されたままなのか、ぽかんと口を開けっ放しだ。いつもは威厳たっぷりのゼクトールも、少し間が抜けている表情で愛嬌があった。
ゼクトールの方はカイリと初対面の時、ここでチャーハンを食べていた気がするのだが、慣れているわけではないのだろうか。微かな疑問が生じたが、取り敢えずは話を進めることにした。
「ええっと、おじいさん、アレックスさん。ここ、勢いは凄いですけど、本当に美味しいんですよ。フランツさん達はもちろん、ケントもお気に入りの場所で」
「へ、え。……ケント殿がですか」
「おー! そこのお二人さん、枢機卿と枢機卿補佐殿じゃあないですかい?」
「ゼクトール卿は前に一度お会いしましたが、枢機卿補佐殿の方は初めてですよね。屋台街デビュー、おめでとうございます! よっし、今日は無料にしちゃおうか!」
「デビュー記念日だしな。一品までなら、OKですぜ!」
「あ、ありがとうございます」
「う、む。……剛毅であるな」
「ふむ。では、屋台街常連客としての威厳を保つため、俺からいこう。そうだな……この、どんなに憎み合い、いがみ合い、背中を向け合って膝を抱えてもこれを飲めば一発で身も心もとろけて貴方しか見えない目も口も体も心もハートマークラブラブバカップルこれでトドメだあっ! ……これが、愛の奇跡ってもんだぜ、をもらおうか」
何だその名前。
フランツが堂々と清々しく
しかし、一体何が出てくるのかはまるで想像が付かなかった。
その上、ここはとてつもない量の品々ばかりだ。
――あ、まずい。
はっとしてカイリが振り返るが、もう遅い。
フランツに対抗心を燃やしたのか、ゼクトールが心なしか燃える目をしてメニューを睨みつけ、威厳たっぷりに人差し指を突き付けた。
「では、わしは、この、……貴様の顔などもう見たくもないわ出ていけ! お義父さん! 父と呼ぶでないこの馬の骨があああああっ! お父様! お願い、これを飲んで! ……ぬうっ、これは……! わしが間違っておった……貴様は間違いなくわしが見込んだ男よ……、お義父さん! お父様! と、感動の婚前挨拶を一口に凝縮して、みた、ぜ、……大人の階段は、……塩辛くも甘、酸っぱい、……ぜ……、……、……を、たの、む、のである」
本当に何だそれは。
急に我に返った様にどもり始め、最後の方は困惑を窮めた顔で、声を振り絞りながら注文したゼクトールの品の名前も酷かった。取り敢えず、「娘さんを下さい」的な挨拶の場面だということだけは理解する。
「は~い! どんなに以下略と、貴様の顔以下略ね~! まっかせて!」
しかも、相変わらず略し方が凄まじい。
絶対この人達、メニュー名を覚えていないと頭を抱えながら、カイリはアレックスだけはぎりぎりで注文を制止することに成功した。不思議そうにする彼に、無言で首を振る。
しかし、やはり変だ。
「……あの、おじいさん」
「何であるか?」
「初めてここで会った時、おじいさんもチャーハンを食べていましたよね? メニューを見て頼んだんじゃないんですか?」
カイリも何度も足を運んでいるが、この屋台街のメニューは全てがこの調子でまともな名前など一つもない。
だからこそ、ゼクトールも承知していると思っていたのだが。
「いや。あの時は、ただ無言でテーブルに座ってカイリを見ていたところを、あの……バッツという男に声をかけられてな。リクエストは無いかと言われたので、軽いもので任せると言っただけなのである」
「え、……」
「味はとても美味であった。……君とケント殿が頼んだ量は酷いものだと観察していたが、……今では懐かしいものであるな」
「……………………」
ふっと微笑むゼクトールに、しかしカイリは冷や汗が止まらない。フランツも隣で、少しだけ同情の眼差しを彼に送っていた。
つまり、ゼクトールはこの屋台街の基準を知らないということだ。
そういえば、前に彼が食べていたチャーハンの量は、カイリ達と違って至って普通だった。もしかして、最初は屋台街の人達も、相手が枢機卿ということで様子見をしていたのだろうかと危機感を覚える。
だが、もう遅い。時は、来た。
「は~い、お待たせ~! リン特製、どんなにと貴様の顔よ~!」
どどーん、とバケツよりも大きい透明のグラスが二つ、テーブルの上に置かれた。
そのグラスの高さは、既にカイリの上半身に近いほどである。幅もカイリと同じくらいあるので、量は半端ではない。
その上、ストローの長さも凄まじく、きちんとグラスの底からカイリ達の口元まで届くのだ。おまけに、ポンプの様な仕掛けもあって、肺活量自慢をしなくても飲む手助けまでしてくれる。例え底を尽きそうになっても、グラスや体を動かすことなく飲めるだろう。
カイリもフランツも見慣れているのでまだ衝撃は少ないが、ゼクトールとアレックスは、座ったままもはや石像と化していた。ごーん、と鐘の音が聞こえてきそうである。
「……フランツさん。一つでも良かったですよね」
「……、うむ。まあ、良いではないか。俺とカイリで一つ。ゼクトール卿とアレックス殿で一つ。まあ、何とかなるだろう。ああ。俺とカイリなら、何とかなるだろう。……多分。何とかなるだろう」
フランツが言い聞かせる様に繰り返す。もしかして、彼も飲み物系は頼んだことが無かったのではないだろうか。
カイリも、メニューと一緒に出て来る飲み物しか飲んだことが無い。普通にメニューに載っているものを頼むと、ここまで規格外とは想像していなかった。本当にアレックスだけでも止められて良かったと、自画自賛する。
「じゃ、じゃあ! いただきます!」
カイリが率先して、ストローに口を付けた。これはもう、誰かが飲まないと始まらない。
吸い込むと、ストローから冷たい感触が舌の上に踊り出てきた。こくんと飲み干すと、爽やかな酸味とほのかに甘い桃の香りが口の中いっぱいに広がっていく。
甘すぎないし、酸味との組み合わせが心地良い。思わず心も洗われていく様な爽快さに、カイリは破顔した。
「美味しい!」
「おお! カイリさんから、また美味しい、頂きました!」
「やったぜ!」
ぱーん、と両手を合わせて喜び合う屋台街の人達に、ようやくゼクトールとアレックスも我に返った様だ。
恐る恐る二人がカイリを見る中、フランツも我関せずといった風にストローで飲み進めていく。
「ふむ、確かに美味いな。これなら、二人で飲み干せそうだな」
「そうですね。やっぱり、ここの人達って凄いですよね」
「ああ。まあ、たまには親子で一緒の飲み物を飲むというのも良いかもしれん。美味いなら尚更だ」
「はい」
笑い合いながら、カイリとフランツは一緒に飲み進めていった。まだまだ量は残っているが、少しずつなら大丈夫だろう。途中で食べ物を挟んでも良いかもしれないと、カイリは考え始めた。
そんなカイリ達を見たからだろうか。ゼクトールとアレックスも、意を決した様にストローをくわえた。同時に一口飲んだのが、喉の動きで分かる。
そして。
「……っ! 美味しいです!」
「……、うむ。……驚きである」
二人が同時に目を丸くした。後ろで、「よっしゃー!」とまた屋台街の人達がハイタッチを交わしているのが見える。
その後、また一緒に二人で飲み込んで、自然と顔が
「へえ。屋台街って初めてだけど、こんなに美味しいんですね。俺も、また来ようかなあ」
「……うむ」
「良かったです。俺も、ここの食事大好きなんですよ。……ただ、よく食べる人と来た方が良いかもしれないですけど」
「なら、カイリしかいないだろうな。……いや、待て。ゼクトール卿と二人っきりには」
「大丈夫です。その時はフランツさんも一緒ですから」
「……おお、カイリ。お前は本当に良い子だな。鼻が高いぞ」
「今の話の流れで、何でそうなるんですか!? フランツさん、本当に大袈裟過ぎませんか……っ」
にっこにっこと実に良い笑顔で褒め称えるフランツに、カイリは顔を覆う。褒める場面でないところでもぶっこんでくるので、油断が出来ない。
そんな風に羞恥に駆られていると、真正面から忍び笑いが聞こえてきた。
顔を上げれば、アレックスが微笑ましそうに眺めてきている。何だろうと、カイリは首を傾げてしまった。
「いえ。お二人は、仲が良いんですね」
「当然です。カイリは俺の天使です。カーティスから預かった大事な子供でしたが、いつしか俺の中では実の息子としか思えなくなりましてな。可愛らしく、誇り高く、人の心に寄り添える天使の様な優しさと強さを兼ね備えていて――」
「あー、あー! えーと! フランツさんとは、色々紆余曲折あったんですけど! 俺も、……その、いつか、恥ずかしくならずにずっと『お父さん』って呼べれば良いなって、……思っています」
まだまだ恥ずかしいし、慣れていない呼び方だ。
それでもカイリは、フランツと少しずつ本物の家族になりたかった。フランツの少し臆病だけれど頼もしくて、寄り添ってくれて、ちょっとお茶目だけれど誠実な人柄に惹かれていった。大きくて温かい手で撫でられるのも嫌いではない。
だが、こうして時々暴走するのだけは止めて欲しいと切に願う。両親も
「ふふ。……いや、失礼。本当に仲が良いんですね」
「うう、……はい」
唸りながらも肯定すると、アレックスは一瞬切なそうに目を伏せてから。
「……ティアナは、どうでしたか?」
「――」
「カーティス殿と、君と、幸せでしたか?」
静かに問いかけてきた。切実な響きが込められていて苦しくなる。
ずっと、それこそこの十七年間気になっていたのだろう。真っ直ぐな瞳は真剣で、引き込まれそうな苦さが備わっていた。
だからこそ、真正面から受け止めたい。願いながら、カイリは力強く頷いた。
「……、はい。少なくとも俺は、父さんと母さんと一緒で幸せでした」
「……」
「母さんは、いっつも父さんと二人の世界に入って、ラブラブで。それは、子供の俺の前でも変わらなくて。二人の世界に、俺が巻き込まれて窒息するくらい抱き締められるのもしょっちゅうで。俺のこと、家族のこと、全力で愛してくれていました。……最後まで、愛してくれました」
「……、……そうですか」
カイリの最後の言葉に、何か感じ取るものがあったのだろう。目を伏せた彼の瞳は、一瞬揺らぐ様な気配が見て取れた。
カイリがここにいて、両親がもう亡くなっていることは既に周知の事実だ。アレックスも覚悟はしていた様だが、それでも胸に迫るものがあるのだろう。カイリも未だに、痛みが伴う。
「……父が、カーティス殿に罵倒を浴びせ、ティアナが出て行った後。時間が経つにつれて、父にも何か考えがあるのだろうな、ということは俺達家族も薄々は気付いていました」
「……、む」
アレックスの静かな語りに、ゼクトールが
やはりまだゼクトールは理由を話していないのだと知ったが、カイリもフランツも黙って拝聴した。
「俺達が秘かに二人を探そうとしても、いつも父に叩き潰されてしまいましたし。どうして、と責める俺達の言葉には耳も貸さず、許さん、としか言わないし。そんなやり取りが続くうちに、どうして話してくれないんだろう、……そんなに信用出来ないんだろうか、って。だんだん、俺達家族の間で父に不信感が募っていったのは事実です」
「……」
「話せないなら、話せないでも良かった。けれど、……その、カイリ君がさっき言っていた様に、……『今は話せない』の一言でもくれていれば……俺達も少しは呑み込めたのに、って。……前と同じ、とはいかなくても、例えば父上と話しながら食事ができたかも、って、……そう思う時が今でもあります」
カイリが先程ゼクトールに告げた内容を、アレックスも語る。
家族は家族でやはりゼクトールを気にかけ、そして背を向けられ続けていることが苦しかったのだろう。カイリが同じ立場だったら、やはり悲しくて心の底に引っかかってしまう。
「ティアナだったら、平手打ちでも何でもして、話せないなら話せないって一言でも言いなさい、くらい怒鳴ったと思うんですけど。……俺達も、弱かった」
「……、いや、……うむ」
「俺もジョシュアも……あ、弟ですけど。二人とも時間が経って、結婚をして、子供も出来て。けれど、心のどこかでティアナのことがずっと引っかかっていました」
「……アレックスさん」
「俺達は不自由なく過ごしているけど、あいつはどうしているだろうか。ちゃんと幸せに暮らしているだろうか。辛い思いをしていないだろうか。……そもそも、生きているのか死んでいるのかさえ分からなくて、……ずーっともやもやしっぱなしで」
でも、とアレックスがカイリの方を見据えてくる。柔らかな眼差しは、やはり母にそっくりだと感懐を抱いた。
「カイリ君が、聖都に来てくれたから」
「……、え」
「風の噂で、君が、ティアナとカーティス殿の息子だと聞いてね。ああ、ちゃんと幸せにやっていたのかな、ってようやく思えたんです」
「――」
ふわっと、アレックスが
「ありがとう、存在を知らせてくれて」
「アレックスさん……」
「それでも、……ごめんね。……色々と、君に対する感情は、
「……、はい」
アレックスの申し訳なさそうな笑みを、カイリも真っ直ぐに受け止める。
カイリの両親が駆け落ちしたために、彼ら家族は長い、本当に長い冬を過ごしていたのだ。家の事情だって複雑だろうし、いくらカイリがカーティスとティアナの子供だと納得はしても、すぐに全てを受け入れられるわけではない。心のどこかで、どうしても疑ったり葛藤してしまう部分もあるはずだ。
少しずつ雪解けが見えたとしても、今日明日で春を迎えられるわけはないだろう。彼の心境はもっともだ。
「……カイリ君。そこは、怒っても良いんですよ?」
「え? でも、……アレックスさんや他の家族も、それだけ辛くて苦しかったんですよね? それなら、すぐに何でもかんでも受け入れられるとは思いません。俺だって、……ここに来た時は、家族に会うのが恐かったんですから」
「……。うーん、……どうしよう。稀に見る素直で優しくて良い子。うちの父の血を引いているとは思えません」
「む、ぐっ」
ぐさっと、ゼクトールが刺された様に胸を押さえる。アレックスは気が弱い方らしいが、不意打ちの様に結構鋭い皮肉を口にする人物なのかもしれない。流石は枢機卿補佐なだけはある。
「でも、父上が俺達よりもカイリ君と仲良く話している理由が、実際に話してみて分かりました。家に居場所がないところに、これだけ優しい家族がいたら、そっちに流れちゃいますよね。俺でも流れちゃうかもしれません」
「ぐむっ」
「でも、ティアナの息子だってきちんと分かったなら、堂々と紹介してくれれば良かったのに……。証拠だってあるんでしょう? ……それは、パイライトですよね? うちの家宝の」
「え? は、はい! そうです」
「やっぱり。……家を出る前にティアナが持っていった宝石に似ていると思ったので。何だか嬉しいな」
カイリの胸元を控えめに指し示して、アレックスが確認してくる。
やはり、このパイライトはロードゼルブ家にとっては家宝なのだと改めて再認識させられた。
「でも、父上は紹介してくれませんでしたよね、遂に。教皇事件の後もずっと。……俺達もカイリ君について確証があるわけじゃなかったから、……何か後ろめたいことがあったのかなって、みんなで言っていたんですよ」
「む、ぐうっ」
「カイリ君は何か聞いていないかな? 勇気を出したおかげで、ようやくこうして話すことが出来ました。だから、聞けるところまで聞いておきたいんです」
「え、えっと……」
なかなかにどすどすゼクトールの急所を刺しまくっている。悪気がある感じはまるでしないので、アレックスは意識しないうちに相手の痛いところを突く性質なのかもしれない。ゼクトールは既に虫の息だ。
だが、カイリが気軽に答えられる内容ではない。教皇の真実についてだって、第十三位全員が知っているのは例外なのだ。
ちらりとゼクトールを見やると、彼は息も絶え絶えな雰囲気を出しながらも、絞り出す様に唸った。
「……帰ったら、話せる範囲で話すのである」
「っ、父上?」
「……。……お前達を、巻き込みたくなかった。……本当に、……一歩間違えれば全員殺されていた様な案件であったからな。……今は、それで下がって欲しいのである」
腕を組んで目を瞑るゼクトールに、アレックスは目を丸くして信じられないものを見る様な顔をした。少しだけ崩れて泣きそうになっている彼の表情は、どこか幼い子供を連想させる。
「……はい。分かりました」
「……うむ」
「……カイリ君、ありがとう。君のおかげで、父上と話す機会が出来ました」
「え? そんな、……俺、生意気ばっかり言っただけで」
「いいえ。不器用な父上に、気弱な俺や、踏み込めなかった家族。……親子揃ってティアナに説教されている気がして、……懐かしかったです」
ありがとう、ともう一度アレックスが感謝を告げてくる。
だが、カイリは本当にただ言いたいことを口走っただけだ。むしろ嫌な思いをさせたかもしれないと反省していたのに、感謝をされるなど身に余り過ぎる光栄である。
「……すみません。俺、思ったことを押さえられなくなる時があって。……いっつも生意気だ、とか良い性格だって言われるんです」
「そうなんですか? でも俺は、おかげで父のことを少し冷静に見ることが出来ましたよ。俺にとっては、良い子で可愛い甥っ子です」
「えっ」
「真っ直ぐなところは、ティアナと、そしてカーティス殿譲りですね」
「……それも、よく言われます」
頑固で真っ直ぐで向こう見ず。
出会った人出会った人からよく下される評価だ。
カイリ自身、もう少し律しなければと思いつつも、押さえられない時がある。シュリアから生意気だと言われる
「その真っ直ぐさは危うくもありますが、……周りには支えてくれる人がいるみたいですから。きっと、大丈夫ですよ」
「そうでしょうか……」
「ええ。カイリ君自身、一応冷静でもあると、父がちらっとだけ零したことがありますから。ええ。紹介もしてくれませんでしたけど、話してくれたことがあったんです。ええ。紹介もしてくれませんでしたけど」
――何度もトドメを刺し始めたよ、この人。
ゼクトールが隣で秘かに死んでいるが、アレックスは気付かないのか笑顔で満ち足りた表情をしている。本当に不満と鬱憤が長年溜まっていたのだろう。悪意というよりは、どこか
ようやく親子の距離が縮まった証な気がして、カイリの口元が自然と緩んだ。少し可哀相ではあるが、ゼクトールにはこのまま制裁を食らい続けてもらおう。
だが。
「……ですが、父が紹介出来なかった理由も、一端くらいなら予想が付いています」
「え?」
「教皇事件がありましたからね。……あれは、君が思っているよりもずっと世間に激震が走った出来事ですから」
「――」
指摘されて、カイリの背筋が伸びた。
教皇に拉致されて、初めて生還した聖歌騎士。それは、カイリ自身大変なことだと理解していたつもりだったが、それ以上に世間を揺るがせる事件だったのだろう。
アレックスの表情は柔らかいが、口にした時に影が濃く落ちた。その濃さから、連綿と続いてきた事件の裏の凄惨さが漂ってくる。
「……すみません。嫌なことを思い出させてしまいました」
「え? あ、いえ。違います。考えていたのは別のことで……大丈夫です」
「……。……そんな優しいカイリ君に、また、嫌なお話をしなければならないのが苦しいです。……でも、きちんと会えたら、伝えなければならないと思っていました」
「――」
アレックスが目を伏せて陰鬱になる様に、カイリも改めて向かい合う。
そうして、彼の口から飛び出してきたのは、カイリが予想していた通りのものだった。
「カイリ君に、ロードゼルブ家について、少し聞いて欲しいことがあるんです」
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