Banka23 俺の歌が乗り越えた先

第316話


「やあ、みんな。戻ったんだね」


 ラフィスエム家は、再び部下を率いて戻ってきたレミリアに任せ、カイリ達はクリスの屋敷に到着した。

 ケントはクリスの屋敷にネイサンを連れて行くと言っていた。本日の夜の件について確認しておきたいのと、ケントから聴取結果を聞くためには、やはりこの屋敷が一番都合が良い。いつもお世話になってばかりで申し訳なかったが、クリスはにこにことカイリ達を出迎えてくれた。


「クリス殿、ありがとうございます。ネイサン殿は、まだここに?」

「うん。息子二人はもう教会に連行しているけど、ネイサン殿はちょっとね。……お疲れ様、カイリ君。ケントから聞いているよ。ネイサン殿とお話が出来たんだってね」

「はい。……クリスさん、ありがとうございました。おじいさんにメッセージを託してくれたみたいで」

「いやいや。ただ頑固な老いぼれが、可愛いカイリ君を傷付けるなんて許せなかったからね! 少しせっついてあげただけだよ。……痛い腹を探られて、泣けば良いんだよ」


 ぼそっと、最後の方が低まり過ぎてカイリには聞こえなかった。

 だが、かなり悪くて黒い笑顔をしている。到底好意的な言葉は想像出来ない。やはりケントと親子なのだなと感心してしまった。


「ネイサン殿は、ケントの判断で教会ではなく俺の屋敷で一時的に預かるよ。逃げないとは思うけど、本気を出したらケントや俺くらいしか止められなさそうだし」

「……おじいさんって、そんなに強いんですね」

「うん。そうだよ。……ある意味、彼もそのせいでの今がある、という感じかな」

「え?」


 クリスの感傷の混じった吐息に、カイリは虚を突かれる。

 だが、彼は秘密だよ、と言わんばかりに人差し指を唇の前に立てた。


「カイリ君には、もう一度彼と話す機会を必ずあげよう。その時に、色々お話してみなさい」

「……、はい。ありがとうございます」

「さて。彼の尋問はケントに任せておいて。フュリー村の住人は、ゼクトール卿達が無事にルーラ村へ送り届けたよ。今はパーシヴァル殿が護衛を担当して、ゼクトール卿は必死に幻を作っているんじゃないかな」

「幻って……フュリー村でですか?」

「そうそう。おびき出したは良いけど、村は空っぽです、ってなったら、すぐに罠だって分かっちゃうからねえ」


 クリスのおどけた言い方に、カイリは苦笑をして――気持ちが落ちる。

 おびき出す相手は、ガルファンだ。クリスにとっても親しい相手である。決して傷を見せない彼の在り方に、カイリの胸がひどく痛んだ。


「……。……ホテルの方は、どうなっていますか?」


 振り切って別の話題を振れば、クリスもにっこり笑って乗ってくれる。


「うん。カイリ君を陥れた以外の第十位が護衛に就いているよ。いやあ、先の王族の件や、教皇の件が効いているんだろうね。パーシヴァル殿の雷もきっちり効いたみたいで、みんな真面目だよ。そちらは副団長が指揮しているんじゃなかったかな」

「副団長……というと、アンジェラ殿でしたか。彼女なら、まあ安心でしょうな」

「うん。そう思ったから、私も一時帰宅することにしたんだよ。カイリ君にも会いたかったしね!」


 やあっ、とクリスがカイリの手を取ってぶんぶん振り回す。こういう突然訳の分からない行動に出るあたりは、ケントにそっくりだ。流石は親子である。



「さて! というわけで、後はガルファン殿との直接対決なわけだ」

「――」



 何食わぬ顔で、カイリが避けた話題をあっさり切り出す。こういうところがケントと同じで、クリスは食えない。


 そして、強い人だ。


 初任務の時に彼はガルファンのことを気にかけていた。気を揉んでいるのは間違いない。

 それなのに、私情を切り捨てて任務を優先している。

 立派なのに、悲しい。

 だからこそ、カイリもせめてうつむかない様に顔を上げ続けた。


「フランツさん達と書類に目を通しました。……ファルエラの女王の名前は、ハリエット、だそうで」

「うん。そうみたいだね」

「……」


 彼の簡単な相槌に、カイリはどうしても言いよどむ。彼は、きっともうカイリとハリエットの交流についても調べは付いているだろう。



〝お兄さん。もし、会いたいって言ったら、会ってくれますか?〟



 少し前に、カイリに届いた手紙が更に不安をあおる。

 あれは、明らかに何かあった様な文面だった。文字も乱れていたし、只事では無い。


「あの、……ハリエットって、俺が文通している子と同じ名前で」

「うん」

「ただ、同一人物かは分からなくて……、……ファルエラの女王って、まだ未成年なんですよね? 名前は明かされないって聞いたんですけど、書類ではこうして本名を書くものなんですか?」


 カイリが真っ向から打ち明けて質問すると、クリスも軽く頷いた。


「いいや。未成年の女王は、書類のサインはフルネームではなく、ミドルネームのみを使うのが主流なんだよね。今まではそうだったよ」

「え? でも、今回はフルネームでした」

「そうなんだよね。まあ、この件については、いくつか推測を立てることは出来るかな」

「推測、ですか?」

「そう。一つは、その本物の女王が、慣例を破って表舞台に立とうとしている」


 表舞台というと、成人するのを待たずに民の前に顔を晒し、正々堂々と己の名で統治をするということだろうか。

 ファルエラのしきたりはよく分からないが、根深い問題があるのかもしれない。取り敢えずカイリはクリスの推測を耳を傾けることにする。


「二つ目は、本物の女王を蹴落とそうとする、王位継承者の仕業」

「……なるほどなー。王位に就けなかった奴が、今回の件を画策してたってか。まあ、可能性は高そうだよな」

「そう、レイン君の言う通り。そして三つ目は、二つ目と似ているけど、本物の女王を陥れようとしている」


 二つ目と三つ目の違いがよく分からない。

 カイリが疑問符を浮かべていると、クリスが即座に補足してくれた。



「二つ目は自分が女王になりたいから、本物の女王に黙って色々と他国と連携し、クーデターを起こしたりすること。三つ目は、もっと直接的で陰険。女王の名をかたって、女王に罪を着せて蹴落とす。もっと言うと死罪を狙っているかもしれないね」

「し、死罪……っ⁉」



 残酷な結末に、カイリは絶句した。女王を蹴落とすのも大概だが、ありもしない罪を着せて死罪に追い込むのは、もっとたちが悪い。

 当然、民に圧政を敷いているなど、相応の理由があったら同情の余地は無いかもしれないが、それにしても悪辣あくらつだ。想像しただけで胸糞が悪くなる。


「今のファルエラって、そんなに酷い状態なんですか?」

「んー……二年前に先代女王が亡くなってからは、不安定だね。先代は本当に民に好かれていたよ。民を第一に考え、頻繁に城下に下りて生活を直に確かめていたそうだ」

「……へえ。凄い」


 民に触れ合う機会を持つのが、どれだけ大変なことか。物語の中でしか知らないが、王には処理しなければならない仕事がたくさんあるはずだ。

 それでも、視察を疎かにしない。きっとその女王は本当にファルエラという国が好きだったのだ。


「でも、二年前に即位したのは十歳そこそこの少女だ。民の前に顔を出したり、名前も公表出来ない決まり。暗殺を避けるという意味合いもあるけど、……まあ、人知れず親戚が暗殺して乗っ取る、なんていう格好の隠れ蓑にしたんだろうね。確か、三代目あたりから出来た決まりのはずだよ」

「……隠れ蓑」


 確かに、女王になったのを知る者は親戚筋や一部の王城関係者のみだろう。入れ替わったとしても、口を塞いでしまえば民の知るところではない。

 危険極まりない話だ。このラフィスエム家と交わした書類の女王の存在も、全てが疑わしくなってくる。



「とはいえ、今の時点で私達に本物か知る術は無いね。……ケントが尋問を終えてくれると、少しは話が進むかもしれないけど」

「――というわけで! 尋問終わりましたー!」



 クリスが思案し始めた直後に、ばたーんっと扉が元気良く開かれた。たった今話題に上った張本人である。


「け、ケント?」

「やっほー! 尋問であらかた吐いてくれたよ! ネイサン殿ってば、カイリ大好き! だよねー!」


 ひらひらっと手を振って、ケントが当然の如くカイリに突進してきた。もちろん、カイリに受け止める義理は無い。さっと横に避ける。――エディに体当たりしてしまうケントも、いつも通りだ。もぎゃ! っとエディが悲鳴を上げて引っ繰り返る。


「もー! 相変わらず酷いよ、カイリ! まあ、良いけどね! 僕はカイリが大好きだから!」

「何が良いんだ?」

「僕が好きなら何でも良いってことだよ! あ、それでね。ネイサン殿が素直に白状してくれたから、手間が色々省けたよ」

「……おじいさんって、あの二人がしていたこと、本当に全部把握していたんだな」

「もちろん。密書のコピー作ったんだから、全部目を通してるでしょ。独自に調査もしてたみたいだし」


 でね、とケントは小首を傾げて苦笑する。



「カイリを狙ったのって、あの馬鹿ボン二人の言う通り、ラフィスエム家じゃなかったみたい」

「――」



 再確認の内容を、カイリは静かに受け止める。フランツ達も眉をひそめて数秒沈黙した。

 カイリを殺そうとしたのは、ラフィスエム家ではない。彼らが話した通り、本当に最初は殺すつもりはなかったということだ。フランツが険しい顔でケントに詰め寄る。


「……では、ファルエラ側が狙ったと? 何故?」

「さあ。今回の件は、ラフィスエム家は全て受け身らしいんですよね。あの伯父二人がべらべら喋ったことは、全部真実ってことです。彼らのカイリに――いてはカーティス殿に対する憎悪は凄まじかった。心の隙を突かれ、闇を増幅され、歯止めがかなくなって話に乗ったってところでしょうね」

「全部? じゃあ、……やはり全ての黒幕はファルエラということですかな」

「どうでしょうね。ネイサン殿も、そういう核心については口を貝の様に無駄に閉じてきたので。……ガルファン殿を問い詰めて、初めて全貌の一部が見えそう、というところでしょうか」


 ケントの推測に、カイリの気分は益々落ちていく。

 結局、ガルファンが黒幕に一番近い。彼さえも踊らされている可能性があるが、ラフィスエム家を利用するのに一枚嚙んでいるのは間違いないだろう。

 しかし。


「……。ケント。おじいさんは、今回の件の全貌を知っていると思うか?」

「……、……確信はないなあ。でも、……少なくともファルエラが『世界の始まり』とやらに関わっている、というヒントを与えてきたくらいだから、カイリ達よりは情報を持っているんじゃないかな。……カイリを殺そうとした理由も」

「……ケントもか?」

「――」


 思い切って尋ねれば、ケントが一瞬押し黙った。それだけで、心当たりがあると確信を抱く。

 ネイサンは、ケントにファルエラや今回の件に関して知っているだろうと鎌をかけていた。ケントは無言で肯定していた様なものだ。

 案の定、ケントは何かを言いあぐねている。

 けれど、嘘を吐くのが嫌なのだろうという予測も付いた。ケントが何かを隠していることをもうカイリは知っている。彼は演技が上手いくせに、変なところで下手になるなと笑ってしまった。


「いいよ。無理に言わなくても」

「……カイリ」

「俺はまだ強くないからな。……でも、おじいさんはこれが前哨戦だって言ってた。この件が片付いても、……しばらく忙しいかもしれないな」

「……、うん」

「じゃあ、なるべく早くのんびりとした老後を一緒に送れる様に今の内に頑張らないとな。……もし可能だったら、ケントにも俺を鍛えて欲しい」

「……っ、……うんっ。もちろん」


 ケントが嬉しそうに両手を握って振る。

 彼が秘密を話してくれる時は、恐らくカイリが大きな『何か』に立ち向かえる様になった時だろう。

 そこに至るまでは途方もない道のりだろうが、カイリは諦めない。例え一人では無理でも、信頼出来る人達と一緒に上り詰める。



「……ファルエラにはある意味魔物が住んでいるからねえ。……ネイサン殿がそこまで言うのなら、カイリ君達はもう避けられないかもね」



 クリスがあごに手をかけて首を傾ける。

 彼の意味深な言い方は、カイリ達を引き付けるに充分だった。


「クリス殿。どういうことですかな?」

「うん。フランツ君達が為そうとしている目的の障害が、ファルエラの裏にはいるっていうことだよ。今言えるのはそれだけかな」

「クリス殿……」

「恨まないでくれるかな。知り過ぎるということは、それだけ危険の深みに嵌まるということ。どちらかと言うと、自力で辿り着けた方が実力は上がるからね。私は言えると判断した範囲までしか情報は提供しないよ」


 両手を上げてクリスがおどける様に笑う。これは絶対に口を割らないという意思表示だ。彼は穏やかな物腰なのに、本当に食えない。

 フランツも引き下がるしかないと痛感したのか、それ以上は追及しなかった。ただ、その横顔には決意が宿っている。カイリも同じ気持ちだった。


「……取り敢えず、レナルド殿とフィリップ殿は、ファルエラにとっては使い捨ての駒だったという認識で良いんですよね」

「そうだね。……ケント?」

「うん。……フュリー村に呪詛を張ったことを、二人は知らなかった。ネイサン殿は知っていたけど、ファルエラ側だと断言していたよ」

「……ファルエラ。ガルファン殿は?」

「関わっているだろうってさ。……本当に、五芒星の呪詛の確率が高くなってきたよ」


 頭痛いなあ、とケントが溜息と共に額を押さえる。

 五芒星については、少し前にクリスから内容を少しだけ聞いた。正式に発動するにはかなり条件が厳しく、失敗したら災厄になると。



 ガルファンは、五芒星を使って何かを成し遂げたいのだろうか。



 だが、それは人の命を生贄にすることも分かっているはずだ。何しろフュリー村を覆っているのが五芒星なのだとしたら、そこにいる人々は無事では済まないのだから。


〝――どうか、止めて下さい。罪の無い人々が命を奪われるのを、これ以上私は見たくない〟


 あれが、ガルファンに残された本音なのだとすれば。


〝私が罪を犯す前に、どうか〟


 あれが、本当の本当にガルファンが願っていることなのだとしたら。



 止めなければならない。



 彼が、これ以上罪を犯す前に。

 彼自身の手で、大切な妻を亡くした時の様な気持ちになる人を、出さないために。

 ちらりとクリスを見やれば、相も変わらず微笑んでいる。

 けれど。



 ――全然、笑ってないな。



 カイリは人の感情の動きには敏感な方だと思う。これは、前世でつちかった経験だ。己の心にはほぼ無感動になる様に努めていたが、相手の感情の動きは観察して煩わしいことを避ける様にしていた。

 だから、相手が何を考えているかまでは読めなくても、表情の変化は悟れる。それがどれだけ取り繕うのが上手な相手であっても同じだ。

 クリスは、ガルファンについてのカイリ達の予測に、声を荒げることも、信じられないと目をみはることもしなかった。

 まるで、最初から知っていたかの様だ。彼は、静かな水面を思わせる佇まいでみんなの討議に耳を傾けている。

 そんな父親の反応を知ってか知らずか、ケントは淡々と肩をすくめた。


「とにかく。ホテルの爆破は本気だったみたいです。首謀者に関しては……ラフィスエム家やガルファン殿に全てをおっ被せるつもりだったのではないかと」

「え。……じゃあ、ファルエラのせいにして戦の口実にするって言うのは?」

「うーん……。……あのね、カイリ。あのホテル、すごく不思議な気に満ちていたでしょ?」

「……。……そうだな。爆弾が仕掛けられていたところは」

「そう。あれは、下手をすると国の機密に関わるものだと思うんだよね。そして、力を増幅する働きを感じたから……爆破したら、連動してあちこちもろともどっかーん! だったのは間違いないんだ」

「……っ、……そんな爆発の仕方をしたら」

「ホテルにいた人達はほぼ全滅。犯人捜しは大変だろうね。……ファルエラにとっては、戦云々よりもこのホテルを消したかったんじゃないかなあ。密書に戦の口実を作るとは書いてあったから、最終的にはフュリーシアに仕掛けるつもりはあるんだろうけどね」


 ケントが淡々と推測を進めていく。彼の口調はひどくなだらかで、感情の起伏は一切見られない。

 カイリはこういう喋り方が出来ないから、彼らの様に心の内を読ませない装い方は素直に尊敬する。


「あとは……ガルファン殿は、カイリに接触して、爆弾についてヒントを与えてくれた。これは、カイリの予想で間違いないと思う」

「……それって、止めて欲しいってことだよな?」

「好意的に解釈すれば、ガルファン殿の良心が働いたと見て良いかもね。ただ……それは、ファルエラにとっては予想外で計画の破綻ではあったと思うよ。それに……ホテルに関してはちょっと動きが変だったんだよね」

「え? 何がだ?」

「だって、カイリを含めた第十三位がホテルの護衛をするって言ったら、相手はカイリを殺そうとしたでしょ?」

「……まあ、そうですな」


 カイリの代わりにフランツが苦い顔で同意すると、ケントは表情を変えずに平坦に続ける。


「ホテルをほぼ全滅させるくらいの規模を計画していたのですし、どうせ殺すならカイリもろとも爆破した方が楽だったと思うのですよね。でも、彼らはその前に暗殺を考えた。雑でしたけど」

「……、確かに」

「それって、カイリがホテルにいたら都合が悪いってことですよね? ファルエラは何としてもカイリをホテルに近付けさせたくなかった、と僕は考えています」


 ケントの結論に、フランツをはじめとする全員が顔色を変える。

 カイリも、そう言われれば納得出来た。ホテルを潰すつもりだったのならば、そこにカイリを招いてまとめて消した方が楽だったはずだ。

 それなのに、彼らはカイリがホテルで護衛をするという話を聞いて、性急に行動した気がする。通常なら暗殺出来ていた方法なのかもしれないが、それにしても手順は今回の件より手が込んでいない。


「……でも、どうして俺がホテルに行ったら駄目だったんだろう。……ホテルに秘密があるのと関係があるのか?」

「だろうね。あの後支配人達を問い質してみたんだけど、キーファから聞いた以上のことは何も聞けなかったんだ。……彼らはホテルの守り人だし、仕方がないね」

「え。守り人?」


 初めて聞く単語に、カイリは首を傾げる。

 そして、ああ、とケントは軽く手を叩いて人差し指を立てた。


「そういえば、カイリにはまだ説明していなかったね。実は、代々あのホテルの支配人と副支配人は第一位をまとめてぶっ飛ばせるくらいの武術は身に付けていて、聖歌や聖歌語の耐性もかなり高いんだよ」

「えっ! そ、そうなのか?」

「あー……確かにあの二人、隙が無いもんなあ」

「レイン殿にそう言わしめるくらいには、実力者なんだよ。欠点と言えば、代わりに能力上昇などの聖歌や聖歌語の恩恵も受け取りづらいってところだけど、彼らには何の欠点でもないくらいなんだよね。……どうしてそういう人選なのかなって思ってはいたけど、あの大黒柱を見たら納得したよ」

「……あそこ、普通じゃなかったもんな」

「そう。……もしかしたらカイリは、あれと何か関わりがあるのかも。……支配人ってば、僕がカイリと最後まで隣で並んでいられると確信を持てたら、時期が来た時にカイリだけじゃなくて僕にも話すって言ったんだよね」

「え……俺?」


 とんでもない事実を暴露された。というか初耳だ。おまけに指名された。

 何故、とカイリの頭が破裂して飽和状態になっていると、シュリアが呆れた様に溜息を吐く。フランツ達も目を白黒させたり唇を引き結んだりと様々だ。


「……ケント殿は、そういう肝心なところを後回しにしますわよね」

「さすがシュリア殿。脳筋ですね」

「はあっ⁉ 表に出ますの⁉」

「落ち着いて下さい。ホテルの件に至っては、この任務の解決にはあまり関係ないと判断したからですよ。……この点も含めて、ファルエラとは任務を解決した後に全面対決しなければならないことは決定していますので」

「えっ。……ま、まさか」

「違うよ。まだ戦はしない。……ただ、ファルエラと腹の探り合いをすることになる。今回の件だけだと、ファルエラの目的は見えそうにないから。……本当に嫌な前哨戦になっちゃったよ」


 疲れた様に目を伏せるケントに、彼には彼なりの心労がかかっているのだと知る。当然だ。彼は第一位団長で、騎士団の頂点に立っている。戦になれば、彼が前線で指揮を執るのだろう。

 戦にならなくても、ファルエラと国同士での腹の探り合いになるのだ。心理戦は苛烈を極めるに違いない。



 ――俺は、その時力になれるだろうか。



 なれるだろうか、ではなく、なる。

 そう断言出来たらどれだけ楽だっただろう。

 しかし、カイリに出来ることは限られている。国家間同士の心理戦となれば、まだまだ付け焼刃の交渉力しかないカイリでは戦力にならない。己の身を守ることでしか力にはなれないだろう。

 もどかしいな、と歯噛みしている間にも話は進んでいく。


「……もし、ケント殿の推測が正しかったとして。カイリがホテルの晩餐会に出た場合、爆発は阻止出来た可能性があるのでしょうな。……そうなると、本命らしきフュリー村にかけられた呪詛にも弊害が起きる……?」

「あー……それ、あり得るかもな。何だよ、連動か?」

「そういえば、クリス殿は五芒星の話をした時に、『引き金』と口にしていましたな?」

「よく聞こえたね、フランツ君。そうだね。連動しているという考えは正しいよ」


 にっこりと笑うクリスの顔は、先程よりも素の笑顔に近い気がする。そのことにカイリはホッとしつつ、疑問を口にした。


「ホテルの爆破が引き金になって、村の呪詛は発動する……。……じゃあ、それを阻止出来た今、呪詛はどうなるんでしょうか?」

「うーん……。そうだねえ。どちらにしても失敗はしていたけど、爆破を阻止出来た分、小規模になる、とだけ言っておこうか」

「なるほど。……我々のしたことは無駄ではなかったと。いや、正確にはカイリ達がホテルの調査をしたことが、既に計画の阻止に繋がったのだな」


 フランツが満足そうに頷くので、カイリは痛みと同時に喜びも湧く。

 子供達を助けられなかったのは無念でならないが、呪詛の規模は小さくなった。その事実だけでも今は救われる。



「……後は、ガルファン様の奥方様の骨ですね」

「――……」



 ぽつりとリオーネが零した言葉に、全員押し黙る。

 色々と推測は出来るが、カイリにはもう一つしか思いつかない。

 ホテルの子供達と同じ原理で村の呪詛が形成されているのならば、みんなが行き付く結論は同じだ。



 ――あの、恐ろしいまでの殺意を持った声。



 フュリー村の呪詛に触れた瞬間、カイリはどす黒い狂気と殺意にむしばまれた。

 あれは、間違いなく人の声であり、意思だ。

 それが、ガルファンと繋がりがあるのだとすれば、残酷ではあるが一縷いちるの望みを託すしかない。



「……フランツさん。……ガルファン殿の娘さんであるルーシーさんにも、一緒に来てもらいたいと俺は思うんですけど」



 フランツに確認を取ると、案の定彼は渋い顔をした。

 だが、苦渋を浮かべはするものの反対意見は出さない。彼だけではなく、シュリア達も全員声を上げなかった。


「……、クリス殿」

「構わないよ。彼女が承諾するならね」

「……酷な話にはなりますが、全て彼女に事情を話しましょう。……来たいかどうかは個人の意思に任せたいですが……出来ることなら、止めるために力を貸してもらいたいものですな」

「そうだね。……引き返せるのなら、その方が良い」


 クリスの吐息の様な囁きに、フランツもゆったりと頷く。

 ガルファンがどんな意図を持って、今回の計画にくみしているのかは分からない。

 けれど、もし引き返せないところまで足を踏み入れているのならば、カイリ達の声はもう届かない気がする。



 最終的に引き戻せる可能性があるのは、やはり最後は家族だと思うのだ。



 カイリが、復讐心に囚われずに真っ当な道を選べた様に。

 最後に止めるのは、家族である娘だと強く思った。


「さて。ガルファン殿にはもう情報は伝わっているはずです。貴方達が用意してくれた手紙は、きちんと届く様に手配しましたからね」

「……ケント殿のお墨付きなら間違いないでしょうな。感謝します」

「……ケント。村の呪詛を、俺は今日解くつもりだ。リオーネにも協力してもらうんだけど、出来れば……ケントにも協力して欲しい。お願い出来るか?」

「もちろん! 父さんからも聞いてたし、そのつもりだよ! まっかせて!」


 どんっと胸を叩いてケントが請け負ってくれる。迷いなく受け入れてくれる彼の心遣いが眩しい。感謝してもしきれない。


「ありがとう。……助かる」

「ふっふーん。僕はカイリの大親友でパートナーだからね! どこかの誰かさんと違って、素直だからこそいられる立ち位置だもん!」

「は? どこの誰が何だって?」

「……。……いつか、本気で締めますわ」

「あー……ほんとにそろそろツンデレ止めた方が良いんじゃね?」

「そうですね。生涯のパートナーまで取られかねない勢いですよ、シュリアちゃん」

「うっさいですわ! だだだだ誰が! ですの! ぱ、ぱぱぱぱ、パー?」

「……姉さん、どうしてこう素直なのに素直じゃないんすかね……」


 カイリの背後で突如漫才を始めたシュリア達に、カイリは疑問符を浮かべるしかない。フランツとクリスは「青春だ」とにこにこ微笑ましく見守るだけで、説明もしてくれなかった。カイリだけ疎外感を感じる時が多々ある。



「さて。……じゃあ、そろそろ各自準備をしなきゃね。カイリ君達は一旦宿舎に戻った方が良いよ」



 ぱん、と軽く手を叩いてクリスが場をまとめる。

 その一声で、フランツ達も互いに頷き合って解散の空気が広がっていく。クリスの場をまとめる力を見た気がした。


「私も一旦ホテルへ行って来ようかな。ルーシー殿とは、好きに話して良いよ。エリスにも伝えておこう」

「ありがとうございます」


 カイリがお礼を告げれば、クリスは満足気に笑う。

 そうして背中を向けて部屋を出る一瞬、――ほんの一瞬だ。



 彼の笑みに、初めて薄い痛みがちらついた気がした。



 カイリの角度からしか見えなかっただろう。カイリだって、ずっと気になっていたからあのコンマ単位の一瞬を垣間見れただけだ。そうでなければ、全く気付けなかった。

 クリスにとって、ガルファンは友人の様な存在だったのだろうか。距離がよく分からなかったが、痛みを覚えるくらいには気に入っていたのだろう。

 彼の後ろ姿は、カイリ達に背中を預けた様な雰囲気を纏っていた。


 彼が、初めてカイリ達に頼った。


 そんな錯覚さえ起こる。

 だが、錯覚でも良い。カイリは、せめてこの事件が少しでも良い方向へ落着するために動くだけだ。

 もう、二度とホテルの様な事件は起こさせない。ガルファンにも罪を重ねさせない。



 これ以上、クリスやルーシーを悲しませないためにも、必ず事件を阻止してみせる。



 誓いながら、カイリはルーシーのいるだろう部屋を壁越しに見つめる。

 もう、決着は間近に迫っていた。


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