第286話


「まったく、どこまでわたくし達を馬鹿にすれば気がすむんですの? 舐めてますわ。ありえませんわ。あなたのせいでわたくし達が死ぬとか、世界が自分を中心に回っているとでも? ほんっとうに! 馬鹿ですわ」


 カイリがフランツ達に醜い感情をぶちまけてしまった後。

 状況が落ち着いてきたからか、シュリアは物凄く不機嫌に皮肉を垂れ流しまくってきた。リオーネやエディは苦笑して見守っているが、レインは完全に面白がっている。横に座っているフランツは「愛だな」と良い笑顔で見守るだけだし、カイリはひたすら心が痛い。


「ご、ごめん、シュリア」

「ふんっ。ごめんで済めば騎士団はいりませんわ」


 ――この世界にもそんな捨て台詞があるんだな。


 警察が騎士団に成り代わっただけとは、面白い偶然だ。やはりこの世界は日本と似ている部分も多い。


「ま、お前が図書室で何が書かれてたか全部打ち明けてたら、今になってこんな不安が爆発することもなかったんだからよ。大人しくシュリアのツンデレ愛くらい受け入れろや」

「はあっ⁉ 誰がツンデレ愛ですの⁉」

「ああ? そうだろ? お前の台詞、全部『気にしないで下さいませ。何があってもわたくしはあなたと一緒に生きますわ』ってことだろ?」

「気色悪い声出すんじゃありませんわ! もっと普通の声を出して下さいませ!」

「あら。否定はしないんですね?」

「はあっ⁉ 何でわたくしが否定しなければ、……! ええ! 否定しますわ! わたくしは一人で好きに生きて、好きに力を振るって、好きに往生しますわよ! 馬鹿にしないで下さいませ!」


 レインがシュリアの声を真似て勝手に作り話をし、シュリアとリオーネでぎゃんぎゃん言いまくるという不思議な構図が出来上がる。どうでも良いが、レインも高い声を出せるのだなと、カイリは適当に現実逃避をした。

 しかし、この明るい空気が心地良い。みんながカイリの心を浮上させてくれているのを肌で感じた。

 本当に、幸せだ。今度こそ何が何でも守り抜きたい。


「まあ、カイリが観念したということで話を元に戻すか」


 ぽんぽんとカイリの頭を撫でながら、フランツが優雅に茶をすする。うむ、美味い、と一息吐く横顔は実に満足気だった。

 話を戻すと言われても、カイリはもう話せることは話した。今度は分析しながらの対応策だろうかとぼんやり推測していると。



「それで、カイリ。帰り道に襲われたということだったな?」

「――、え」



 完全に不意打ちを食らった。

 そういえばそんな話もあったなと、カイリは口元を引くつかせる。今の今まで話すのを忘れていたことが、思い切り顔に出てしまった。

 途端、フランツが笑顔で気温を下げる。急降下で極寒にいるほどの寒気に襲われ、カイリは思わずフランツから離れようとしたが。


「それで? カイリ。植木鉢が何だったか?」

「ひ……っ!」


 逃がすかと、がっしりカイリの左肩を掴んでくる。鷲掴わしづかみにする様に迫ってくるフランツに、カイリは知らず悲鳴を上げた。


「い、いや! そ、の」

「俺達が死ぬのは嫌なのに? お前自身が命を狙われることに関しては無頓着というのは、どういうことだ? ん?」

「……っ! ご、ごめんなさい! 違います! ね、狙われたのは恐かったです!」

「ほーう。恐かったのか。そうかそうか。それで? ――お前を狙ったのはどこのどいつだ?」


 ぎらりとフランツの目が不気味に光る。今にも視線だけで相手を殺しに行きそうな物騒な殺意に、カイリは急いで首を振った。


「あ、あの。じ、自害して」

「自害? 狂信者か?」

「いえ、……狂信者でも教会騎士でも無いと。今、大至急ケントとレミリアが調べていると思います」


 カイリが報告すると、フランツ達の顔に何とも言えない苦味が走った。数秒ほど思案した後、フランツが続きを促す。


「詳しく聞きたい。どういう経緯で襲われたのだ」

「……『故郷ふるさと』の話をフランツさん達にするのに心構えをしたかったので、ホテルから商店街へ行ったんです。……その通り道で、いきなり頭上から植木鉢が落ちて来て」

「犯人が直接狙ったのかよ?」

「いいえ。……二階に住んでいた一般人の手首を狙って、落としたみたいです。そのご婦人は、ちょうどベランダから部屋に植木鉢を引き上げようとしていたみたいで……その時に、どこかから攻撃されたらしくて。……傷が、痛々しかったです」


 思い出して、カイリの声のトーンが暗く沈んでいく。フランツ達の表情にも怒りが混ざった。

 あの女性もその夫も、彼女の傷を見て恐怖に怯えていた。

 それはそうだろう。いきなり何処からともなく傷付けられ、しかも一人の命を奪うかもしれなかったのだ。平静でいられるはずがない。


「ま、カイリの命を狙うってことは、確かに狂信者や教会の手の者と考えるのは難しいだろうな。お前の聖歌の威力は、それなりに強いと知れ渡ってる。殺すってのは考えにくいぜ」

「そうですわね……。事故死を狙ったと仮定するのであれば、ラフィスエム家が有力ですが。手の者は、ファルエラの間者が妥当ですわね。……とは言え、ご婦人の腕が傷付いたのであれば、事故死とは誤魔化せないと思いますが。詰めが甘いですわ」

「だなー。……ま、下っ端なんだろうよ。足取りは追えねえかもな」


 シュリアとレインの予想に、カイリは戸惑った。

 しかし、その推測は理に叶っているとカイリもすぐに思い直す。

 ラフィスエム家にとって、カイリは邪魔者だ。ガルファンのメモにも書かれていた。

 しかし、彼らがカイリをよく思っていないとそれなりに周知され始めている今、本人達が動くのはまずいだろう。暗殺を企んで実行すれば成否がどうであれ、真っ先に疑われる。

 だとすれば、事故死で片付けられるのが一番だ。万が一足が付いても、他国の者が犯人になれば、ラフィスエム家は証拠を提示されない限りはしらを切れる。


「……そういえば」

「どうした?」

「さっき、ガルファン殿の話をした時に、ラフィスエム家に何かが漏れていると教えられた話をしましたけど。その漏れている内容って、日曜日の晩餐会で第十三位が護衛任務を引き受けたことだったりしますか?」

「ふむ……。まあ、可能性はあるな。王族からの任務のことか、もしくは両方だとも考えられるが……」

「じゃあ、もし護衛の話だった場合、ホテルで事件が起こった時、何かの責任を俺になすりつけられるっていう可能性はあると思いますか?」


 後継者や相続争いから排除するのならば、犯罪者にして相続欠格けっかく者にしてしまうのが一番だ。

 しかし、フランツが意外なことにあっさりと否定した。


「それは無いだろうな」

「……どうしてですか?」

「ラフィスエム家は、代々強欲だ。後継者や相続争いの他にも、更なる出世を望んでいる。そんな時に、疎遠になっていたとはいえ血縁者が犯罪者となってしまえば、立派な不祥事だ。しばらく表に大手を振って出て来られなくなる。出世も遠のくだろう」

「……ああ、なるほど。じゃあ、尚更事故死が一番なんですね」

「……あまりお前本人の口から聞きたい単語では無いがな」


 複雑そうにフランツがカイリの頭を撫でる。心配してくれているのだろう。自分で自分を痛めつけるなと、声なく告げてくるのが分かった。

 素直に彼の手の平に甘えていると、レインが「やれやれ」と溜息を吐く。がりがり頭を掻いて、椅子の背もたれに寄りかかった。



「お前の話を聞いて、まあ照合が出来たな。オレが『やんちゃ』をして、ルーラ村へ情報収集に行った甲斐があったってもんだぜ」



 はーあー、とレインが自分で自分を褒め称える。シュリアの凍えた視線にも動じず、オレって偉いなーと更に自画自賛していた。

 そう。



 レインは本日、シュリアとは別行動をし、一人でルーラ村に聞き込みに行っていた。



 本来は、カイリがこの前の日曜日にケントと行くはずだったのだが、不測の事態が起こったためそれが叶わなかった。

 故に、昨日話した通り、一人で隠密行動が出来るレインが行くという話になったのだ。シュリアもラフィスエム家の方に偵察しに行っていたはずだ。

 ケントには二人は買い物に行ったと話したが、表向きはどこにも出かけていないことになっている。フランツが「良い朝だなー」と大根役者の様に扉を悠々と開けて背伸びをしている背後から、聖歌語で姿を消した二人が堂々と偵察に行ったわけである。

 ルーラ村は監視役がいないことを、図書室の件の帰り際にケントが教えてくれた。だからこそ、聞き込みに行けたのだ。

 ケントに外出した直後に聞かれた時は冷やりとしたが、彼は気付いても恐らく黙っていてくれるだろう。そう信じるしかない。


「カイリ。子供の人数は何人だ?」

「五人です。遺品も同じ数です」

「やっぱりなー。……脅されてるっていうか、強引だったってのは本当みたいだぜ。子供連れ去られたっぽい大人どもが泣いたり不安そうにしてたからな」


 レインが後頭部で手を組みながら、一瞬遠い目をする。視線や顔に表情が無いのは、感情を乗せないためだろう。激情は、判断が鈍るのだ。


「ルーラ村は、聞いた通りフュリー村をライバル視しているところはあるが、話を聞いた限りだと、雨が降らないのは心配してたぜ。同じ畑仕事を生業としている者同士、そういうので『良い気味だ』にはならないらしい」

「ほう。王子殿下から聞いた第一印象とはだいぶ変わるな」

「だな。フュリー村からしたら、ルーラ村の願いだけ聞き届けてくれるなんて、っていう妬みや悪感情もあっただろうよ。意見がかたよっても仕方がねえ」


 冷静な推測に、カイリも頷くしかない。

 王子二人の言い方は、あくまでフュリー村に肩入れした様な意見だった。

 任務を受けた時、深刻な事態に陥っているフュリー村を優先しようと考えてはいたが、実際にルーラ村を見ていないその話を、カイリが少しだけ疑っていたのは事実だ。

 そして、本当に双方を見渡さないと全体像は見えて来ない。前世の母の理論は正しいと、つくづく思い知らされる。


「レイン様の言う通りだとしたら、ルーラ村とフュリー村の仲違いを起こさせようという感じですね」

「事実、そうなんだろうよ。互いに協力し合うって発想もなくなりやすいしな。だが、ルーラ村は別の意味で深刻な問題を抱えてたってわけだ」

「でも、子供五人って何なんすかね……。子供達全員を連れて行った形だったんすか?」

「いや。きっかり五人だな。他にも十人ほどいるが、そいつらは特に何も」

「……それは変ですね。五人という数に意味があるということでしょうか? レイン様、何か他には仰っていませんでしたか?」

「さあなあ。ただ、……五っていう数字だと、五芒星が思い付くかね」

「五芒星……。魔除けの力を強めるという模様ではありますが、逆だと全く意味が変わってきますわね」


 シュリアの片眉が跳ね上がる。カイリもフランツ達も、意味するところを知って唇を引き結んだ。

 五芒星は前世の小説などでもよく出てきたが、逆五芒星だと悪魔を崇拝している、または悪魔の使徒という、魔除けとは真逆の意味合いを持っていたはずだ。

 この世界では聖歌語など、魔法の様な力が存在するからこそ余計に恐い印に思えた。



「ケントが言っていた禁術って、……五芒星を子供に見立ててってことですか? そもそも、禁術っていうのは、本来どういう効果を発揮するものなんでしょう?」

「あー……オレらも禁術はよく知らねえからなあ。一般書には載ってねえし」

「わたくしも、あまり。しかし、そうですわね……。それこそ、今回の様に大きな爆発を起こすという力もあるみたいですが、死者の蘇生や、己に才能以上の力を授けるというのも聞いたことがありますわ」

「蘇生や力……」



 どちらも、禁術の内容には相応しい。

 前世でも物語上だけではなく、実際にも到底不可能な現象を現実にしようと試行錯誤する歴史はあった様だ。不老不死や死者の蘇生も対象だった。

 そう考えるのならば、大いなる力を得たり、現実では不可能な事象を引き起こすというのを目的としている可能性も多分にあり得るだろう。

 どちらにせよ、情報が不足しているカイリ達では、これ以上の推測は難しいということだった。


「今回の件だけじゃなくて、禁術についても調べてみる必要がありそうですね。ケントも、詳しくは知らないみたいでしたし」

「まあ、それだけ謎が多いってことだなー。……ただ、五芒星か。可能性はあるかもな」

「ああ。……大人よりも子供だと、魂がまだ穢れてなくて純粋だ。つまり、外からの力に染まりやすい。利用するには最適ということだろう」

「……っ。そんな、理由で……」


 泣き叫ぶ子供達の声が、またカイリの頭の中に木霊する。最後は笑っていたが、それまでの苦痛を考えるとやり切れない。

 両親に伝える時、カイリはどんな風に伝えれば良いのか。未だに答えは出ていなかった。


「あとは……ガルファン殿が、ラフィスエム家に脅されていたというのも気になるが、……」

「フランツさん?」

「……少し気になってな。教皇や枢機卿に知られるのを恐れていたとはいえ、彼はそれなりに人望がある。それこそ、俺なんかよりもよほど顔が広いはずだ」

「え?」


 フランツの疑問に、カイリは引き寄せられる様に彼を見上げた。

 すると、そういえば、とシュリアも同意してくる。


「クリストファー殿は、それなりに気に入った者しか晩餐会には招待しませんわ。まあ、完全な利害関係で招く者もいますが……ガルファン殿は、利もほどほど程度でしょうし、クリストファー殿自身が気に入っているはずですわね。付き合いもあったはずですわ」

「……確かに、シュリアちゃんの言う通りですね。それこそ、クリストファー様に助力を頼めば、それが真実なら彼が力を貸してくれるはずです」

「でも、監視が付いてるなら、助けを求めるのって難しそうっすけど……」

「その通りだがな。しかし、やりようはいくらでもあるだろう。……と思いもするのだが、……監視の度合い次第だろうな」


 ガルファンがそれなりにクリスと付き合いが深いことを改めて再認識し、カイリは忘れかけていた疑心が顔を出すのを感じた。

 クリスは冷静で時に非情になる人物の様だが、気にかけている者であるのならば、真実を見極めて力を貸しそうだ。むしろ、ラフィスエム家を叩き潰すのに嬉々として乗り出しそうである。

 しかし。



「あの……少しだけ、俺も気になることがあるんです」



 カイリの挙手に、フランツ達がさっと視線を向けてくる。やはり一気に注目を浴びるのは未だに心臓に悪い。


「メモについてです」

「メモ? ガルファン殿からのか?」

「はい。メモは、一見すると特に疑問は無さそうだったんです。でも、……よく分からないんですけど、違和感を覚えて」

「違和感か。何だ?」

「……。まず、五階と十三階にガルファン殿が爆弾を仕掛けたとして。その階を決めたのは、ガルファン殿かどうかということです」


 カイリの発言に、フランツ達が疑問符を浮かべる。意図がよく読めないのだろう。

 カイリとしてもどう説明したものかと苦悩したが、何とか順序立てて説明を試みる。


「十三、っていうのは、俺達にとても馴染み深いものですよね。そもそも俺は第十三位所属ですし」

「ああ、そうだな。……」

「ガルファン殿が俺との会話で、さりげなく何度も『第十三位』と示してくれました。だから俺達は、今回的確に爆弾の場所を突き止められたんです」


 偶然十三階に爆弾が仕掛けられ、偶然カイリがホテルに調査に行って、偶然ガルファンと出会って、偶然「十三」という都合の良いヒントをもらえた。しかも、「大黒柱」のおまけ付きである。

 偶然という単語で片付けられればそれまでだが、果たしてそんなにうまい話があるのだろうか。


「もしも、ホテルにガルファン殿が来たのが誰かの誘導だったとしても、今回俺が彼と話したのは偶然じゃなかったかもしれません。彼の方はもしかしたら、俺達と接触の機会を探っていたのかも……って思ったんです」

「ふむ……」

「それに、……十三階じゃなくて、もし十二階に仕掛けていたら。どんな風にヒントをもらえたのかなって」

「……。……ガルファン殿が、故意に十三階を選んだということか?」

「もしくは、ガルファン殿に指示をした黒幕です。……でも、……黒幕だと、ガルファン殿が俺達にヒントを与えるまで計算に入れていたことになります。それって、……地下三階の大掛かりな仕掛けのことまで対処される確率が跳ね上がって、黒幕にとってはかなり都合が悪くなりそうですよね?」


 だとするなら、ガルファンがわざわざ十三階を選んだのかもしれない。

 それに。


「俺、……今の話で、『五』という数字も気になって」

「……。五芒星のことか。なるほど。……ガルファン殿が、あらかじめ助けを求めてヒントを与えるために、えてその二つの階を選んだと思うのだな?」

「はい。……メモには、これ以上罪のない人達が命を奪われるのを見たくないと書かれていました。彼にとってこれが不本意で、止めて欲しいことなのなら……もしもの時のために、ヒントを残せる様な形にしたのかもしれません」


 だが、違和感はそれだけだろうか。カイリは何か大事なことを見落としている気がする。

 考えれば考えるだけ、真実が遠ざかっている気がして気持ちが急く。

 しかし、こういう時こそ冷静にならなければならない。何とか落ち着かせるために、深呼吸をゆっくりと繰り返した。


「……カイリ。まだ違和感があるのか?」

「……。はい。……でも、それが分からなくて」

「はあ。違和感、ねえ。……」

「新人が分からないとなると、……ボクじゃ分からない気がするっす」

「ふん。……なら、先にラフィスエム家の報告をしますわ。あそこは、当主と息子二人は全く外に出ませんでしたわね。用事は全て使用人達に任せていた様ですわ」

「ふむ。それは、まあ貴族としては普通にありそうではあるな」

「ええ。ですが、……騎士とは別の気配の者が複数屋敷の近くに待機していました」


 シュリアの最後の言葉に、全員押し黙った。

 監視なのか、ただの有事のための待機なのか。それによって、意味合いが大きく違って来る。


「……どんな感じだ?」

「あくまで私見ですが……監視と協力。どちらの意味もあると思いますわ。ファルエラがフュリーシアで何かしようとしているのならば、ラフィスエム家と手を組んだとしても、双方にとって敵方の人間であることに変わりはありません。どちらも裏切られぬ様に腹の探り合いはしているでしょう。待機している者は、屋敷に出入りもしている様でしたし」

「そうだな。……その推定ファルエラの人間は、誰と屋敷で会話をしていた?」

「わたくしが確認出来たのは、息子の方ですわね。確か、……長男の方だったかと」

「だとすると、レナルド殿の方か。……もう少し確証が欲しいが、無理に押し入って警戒が強くなり過ぎても困るな」

「ええ。ですから、近付き過ぎず、適当なところで切り上げましたわ」


 フランツが疲れた様に溜息を吐く。頭が痛い、と言わんばかりにこめかみを押さえた。

 しかし、シュリアの偵察のおかげで、ラフィスエム家が誰かとただならぬ関係を結んでいることは確信出来た。相手がファルエラだとしたら、本格的にケントの「戦争」の足音が近くなってしまう。


「……ラフィスエム家は、どちらにせよ土曜日に強制捜査をするしかなさそうだな。ケント殿の許可がもらえれば、だが」

「新人がいるから、大丈夫そうですけど」

「どうだろうな。ケント殿は確かにカイリには甘いが、仕事となると話は別だ。それなりの根拠と自信が無ければ、最悪却下してくるだろう」

「だったら、明日はガルファン殿の方に探りを入れるかね。そっちは監視がいそうだから、姿消したまま……無断で捜査すっか」

「あらあら。許可をもらう前の無断捜査ですか。また、レイン様とケント様の火花が散りそうですね」


 ころころと楽しそうに笑うリオーネに、レインが口の端を引く付かせながらげんなりする。そういえば、レインとケントは事あるごとに衝突している気がした。仲が悪そうで仲が良いよなと、カイリは微笑ましくなる。

 レインが感付いて軽く睨んできたが、カイリは気にせず話を進めた。


「俺は、メモの違和感をもう少し考えてみようと思います。……大したことじゃないかもしれないですけど、何だかしこりが残って」

「良いだろう。俺達にも後でメモの内容を写した紙をくれ。各自で考えてみるぞ」

「はーい。……ボク、こういうの苦手なんすけどね」

「あらあら。エディさん、苦手だからって敵前逃亡ですか? がっかりですね」

「ぬおおおおおおおおおおおおお! 新人、早くよこすっす! 一番乗りで解いてみせるっすよおおおおおおおおおおお!」

「分かった! 分かったから! 顔! 顔! 近い!」


 エディが物凄い闘志を燃やしてカイリの両手をがしいっと掴む。あまりの鬼気迫る様相に、カイリは本気で逃げたい。リオーネがふふふっと口元に手を優雅に当てて微笑むのが憎たらしかった。


「じゃ、オレはネット村見て来るぜ。団長、他に要望はあるか?」

「……。ならば、ガルファン殿の娘の安否の確認を頼む」

「あ? 娘か、……そういやいたな」

「ああ。奥方に似て、綺麗でお転婆で、少々弱気な父の背中を叩く、気立ての良い娘だとクリス殿から聞いたことがある。人質に取られて脅迫されている、という可能性もあるからな。……、……そういえば」


 ふっとフランツが話しながら目を軽くみはる。

 次いで、眉間にしわを寄せたあたりに、嫌な予感しかしない。



「……亡くなった奥方は確か、ファルエラの人間だったな」

「……あ? マジかよ……」

「確か、平民だったとは聞いているが……。つまり、娘はファルエラの血も引いているということになる。関係ないことを祈りたいが……」

「でしたら、わたくしが奥方の経歴を調べますわ。ハリーや、……リーチェ……のところに顔を出してみます」



 リーチェ、と名を紡ぐところで、地の底から這い出る様な低さの声をシュリアが絞り出す。以前、リーチェもシュリアに関しては散々な評価を下していた。どうやら二人は相当気が合わないらしい。

 とはいえ、何故その二人なのだろうか。店舗を構えるくらいだから、情報通としてシュリア達も信頼しているということか。カイリにはまだまだ分からない付き合いが、この第十三位にはある様だ。

 しかし、まさかガルファンの妻がファルエラの出身だとは。変なところで線が繋がっていく様で、ざわざわとカイリの心がうるさくて仕方がない。


「娘が人質に取られていないことを祈る。……レイン、シュリア、頼んだぞ」

「おう。任せとけ」

「ここまで来た以上、好きにはさせませんわ」


 レインが不敵に笑い、シュリアがいつも通り不機嫌そうに眼光を飛ばす。それぞれの気概が目に見えて頼もしい。

 もし、妻がファルエラの出身であることが、今回の件に関係していたら。

 もし、娘が誰かに人質に取られていたら。

 ガルファンは、カイリが思う以上の綱渡りをしているのかもしれないと、今更ながらに思い知らされる。

 そして、最悪の事態が進行していた場合、ガルファンはまだ動かなければならないのだ。



〝――どうか、止めて下さい。罪の無い人々が命を奪われるのを、これ以上私は見たくない〟



 自分を、止めて欲しい。



 そういう意味合いをこめて、託された手紙だったのだろうか。

 本気でラフィスエム家が首謀者であるのならば、カイリは許すことが出来ない。

 父の、実家が。仮にも父の、実の家族が。平然と、こんな非道な真似を繰り広げているのならば、カイリにとっては許しがたい大罪だ。

 ぎゅうっと両手を握り締めていると、フランツが肩を叩いてなだめる。


「カイリ。まずは一旦休め。ケント殿の言う通り、お前には一日休息を取って欲しい」

「……、でも」

「カイリ」


 言い聞かせる様に、フランツがカイリを向き合わせる。

 彼の眼差しは団長としての威厳を放っていたが、その奥にはとても優しい色が含まれていた。反論を飲み込んでしまう。


「お前にはまだまだ大仕事が残っているのだぞ。土曜日は村の結界、日曜日は晩餐会での企みの阻止」

「……、はい」

「それは、心身ともに疲れ果てた状態で遂行出来るものなのか?」

「……いいえ」


 フランツの言う通りだ。カイリはここ連日、体も心もかなり疲弊ひへいしてしまっている。とてもではないが、土曜日と日曜日のどちらかで潰れそうだ。

 休むことも、仕事。

 正しく意味を読み取って、カイリは聞き入れるしかなかった。



「……分かりました。明日は、きちんと休みます」

「よし。それでこそ、カイリだ。俺の可愛い息子だな」



 わしわしと頭を撫でてくるフランツの手の平は温かい。彼の心が直接注がれる様で、心地が良かった。

 心の底からホッとしたら、何だか眠くなってきた。まだ熱をはらんだまぶたが、とろとろと落ちていく。


「眠そうだな。寝ると良い」

「……いえ、先に風呂に入ります」

「ああ、そうだったな。では、一緒に入るか」

「……はい」


 素直に聞き入れると、フランツが「良い子だ」ともう一度頭を撫でてくれる。

 続きは明日に持ち越し、カイリ達は体を休めるために各々散った。



 その時に、シュリア達が気遣わしげにカイリの背中を見送ったのを、カイリ自身は半分意識が飛んで気付かないままだった。


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