第285話


 死なないでと言ったら、死なないでくれるか。


 そんな質問をされ、虚を突かれた様にフランツの目が見開かれた。何となく周囲の空気も戸惑った様に揺れている気がする。

 本当に酷い。優しい人達を困らせて、傷付けて。彼らの歪んだ顔を見て、ひるんでしまう自分もいる。

 けれど、これが今のカイリだ。

 ずっと封じ込めて、押し潰していた、紛れもない荒れ狂う本音わがままだ。



「俺と一緒にずっと歩いて下さいって。危険過ぎて、死にそうな目に遭うかもしれないけれど、それでも構わず同じ道を歩いて下さいって。散々殺されそうになるかもしれないけれど、助けて下さいって。そう言ったら、フランツさんは最後まで死なずにいてくれますか?」

「……っ」


〝そうすればねえ〟


「父さんや母さんは死んだけど。フランツさんなら、死なずにいてくれますか? 本来の天寿をまっとうするまで、俺の傍にいてくれますか?」



〝あんたの母親だって死ぬことは無かっただろうに〟



 みんな、死んだのに。

 カイリの大切な人達は、みんな死んだのに。

 フランツだけは、――彼らだけは死なないなんて。そんな都合の良い話が転がっているとでも言うのか。

 そんなはずはない。

 そんなわけがない。



「無理でしょう? 無理に決まってる。そんな不確かな約束、出来るはずがない」

「……カイリ……」

「……っ、……だって、……父さんも、母さんも、ライン達も、みんな、……みんなっ。俺が、歌を歌えたから、……俺が、弱かったからっ! だから、……だから! 俺を守るために、死んじゃったのに……っ!」

「――――――――」



 みんな、死んだ。

 自分のせいで、死んだ。



 父さんも、母さんも、ラインも、ミーナも、みんな、――みんな。

 たった一人を逃がすために囮になって、命を懸けて死んだ。

 もう嫌だ。


〝――カイリっ‼〟


 前世の時の様に。


〝おう! おれは、カイリのおししょーさまだからな!〟


 村の時の様に。

 自分のせいで、誰かが死ぬのは。もう、嫌だ。


「あの時だって、……嫌だって、言ったのに……っ。フランツさん達が来るのを待とうって、言ったのに……っ! 駄目だ、って。母さん、家に残るって。誰かが家にいなかったら、敵は俺が逃げたと思うだろって。……父さんも、もう戦えないはずなのに、俺を逃がすために、一人、野盗の群れに……っ」

「……」

「ミーナも、酷いことされてるのに、俺はもう村にいないって、かばって。ラインは、もう死にかけていたのに、俺を守るために最後の力を振り絞って、……っ!」



〝――カイリ、に、……手、出してんじゃねえよっ!〟



 あの時、もしカイリが素直に逃げていれば。

 カイリに力があって、一人ででもあの二人を撃退出来ていれば。


「もし、俺がもっと強かったらっ。俺が、逃げていたらっ! ラインは、……ラインだけでも、もしかしたらって、……今でも、……っ」


 そんな保証などどこにもない。ただの未練だ。

 それでも思う。思ってしまう。

 だって。



〝あー、あ……。まだ、教え、てない、こと、たくさんあ、ったの、になあ……〟



 最後まで生き残り、カイリの腕の中で話してくれたのは彼だったのだ。



 思い出したくない。思い出したくなかった。

 少しずつ傷が薄れても、それでもあの日の惨状をカイリは一生忘れられない。色褪せることなどない。あれは、カイリにとって最悪の罪だ。彼らがそうでは無いと言っても、カイリはそれを鵜呑うのみには出来ない。

 彼らが幸せに生きることを願ってくれていても、それでもあの日のことだけは決して忘れない。一生心に刻み続ける。

 だからこそ、同じことを繰り返したくない。

 今、ここにいる大切な人達を死なせたくない。



 ――こんな弱い俺を受け入れて、共に生きてくれる、大切な人達。



 ああ、そうだ。

 何て愚かな。



「……俺……っ。……フランツさん達が、好き、なんです」

「――」



 ――俺は本当に、分かっていなかった。



「フランツさん達と一緒にいて、馬鹿なこと言い合って、笑って、そんな日々が、すごく、……すごく……っ」



 分かっていたはずだった。分かっていると思っていた。

 それなのに、本当は分かっていなかった。

 カイリにとって、ここは大切な場所で、帰りたい第二の故郷ふるさとで、それは間違いはないけれど。

 それだけではなくて。

 もう、カイリにとって、ここは。



「俺、……フランツさん達が死ぬのは、……嫌なんです」



 死ぬのは恐い。狙われ続けるのも嫌だ。

 だが、そんなことよりも遥かに、彼らが死ぬ方が恐い。

 彼らを失いたくない。死なないで欲しい。

 それが自分のせいだったらと考えるだけで、真っ暗な絶望に世界が落ちる。



「いつか、もし。みんなが不本意だったとしても。結果、……俺を守って、死ぬ、のは。……嫌なんです……っ」



 いつの間にか、彼らはカイリにとって欠けてはならない存在にまでなっていた。



 両親の様に。友人の様に。村の人達の様に。

 フランツ達が、同じくらい大切になっていた。

 だから、お願い。


 死なないで。生きて。失いたくない。


 お願い。――お願い。



〝だが、俺たちはお前を置いていかなければならないんだ〟



 ――みんなみたいに、いかないで。



 頭が上げられない。ぼろぼろと涙がとめどなくあふれる。最後はもう声になっていなかった。嗚咽おえつばかりが支配して、言いたいことを言えない。

 今更だ。本当に迷惑をかけたくなかったのだったら、最初から一人で生きなければならなかった。

 だが、それが出来なくて、前を向いて何が何でも生きるために、カイリは教会に来て、フランツ達と共にいることを決めた。


 それなのに、今、カイリは彼らに死んで欲しくないと思ってしまった。欲が出てしまった。


 巻き込みたくない。死んで欲しくない。

 願いを叶えるのならば、カイリが強くなって彼らを守れば良いのだ。

 けれど。



 力など、一朝一夕で付くはずもない。



 だからこそ必死に訓練をし、知識を身に付けているけれど、未だに彼らを守るには程遠くて、理想ばかりが先を行く。

 一年も経ったら、少しは望みが見えるくらいに強くなれているのだろうか。

 ここでぐだぐだ言う暇があったら、その時間を訓練に費やせば良い。

 少しでも強くなって、彼らが窮地に陥ったら助けられる。そんな人間になれば良い。ちゃんと、分かっている。

 分かっているのに、思考と感情はばらばらに引き千切れて反発し合う。焦るなと言い聞かせているのに、こんな時にどうしても焦れる。


 ――本当に、俺、子供だな。


 不安に駆られ、欲が強くなり、結局困らせることしか出来ない。ケントにも愚痴を零してしまったが、最近心が弱り過ぎているのだろうか。

 彼らから、かけられる言葉は無い。きっと、呆れ過ぎて声も出ないのだろう。



「……すみません。らちが明かないことを言いました」

「……」

「頭、冷やして来ます。……ごめんなさ――、っ!」



 立ち上がろうとしたら、ぐいっと頭から押し潰された。そのまま、どすんっと椅子に逆戻りしてしまう。

 反射的に見上げると、フランツがやはり弱り切った様に苦笑いしながら見下ろしてきていた。こんなに優しい人を困らせて愚かだと、カイリは更にへこむ。


「……まったく。お前は」


 いつの間にかリオーネが席を譲っていて、フランツが隣にどっかりと座る。豪快な座り方は、少しだけ父を連想させた。



「初めてだな」

「……え」

「そんな風に、駄々をこねる様な我がままを言うのは」

「――」



 先程からずっと、眉尻を下げて弱り切った笑顔を見せてくる。それが申し訳なくて、益々へこんだ。


「……俺。ここに来てから、ずっと我がまましか言っていません」

「そうだな。だが、それはいつも誰かのためだった。そして、今か、今でなくとも、必ず最後までやり遂げるという覚悟と誓いを持った我がままだ。信念とも言うな」

「……っ。そんな立派なものじゃっ」

「だが、そういう……、叶えたくてもどうしようもない、駄々をこねる様な我がままは、……お前だけの願い事は、言ってくれたことはなかったな」


 わしゃわしゃと、力強く頭を撫でてくれる手の温もりが、沁み込む様に頭のてっぺんから、心にまでじんわり伝わってくる。

 やはり、フランツは酷い。カイリの癇癪かんしゃくにまで甘いのだから。


「……すみません。分かってるんです。困らせるって。嫌な言い方してるって。それに、……俺が、一人ででも圧倒出来るくらいに強くなれば済む話で」

「何を言う。俺は、結構お前のことで困ったり悩んだりするのは楽しいし、嬉しいものだぞ。何せ、お前の父親だからな」

「は、よく言うぜ。ケント殿に嫉妬してたくせに」

「――レイン。お前は少し黙っていろ」


 とても良い笑顔でドスを利かせた脅迫を吐き出すフランツに、カイリはケントに似てきたなと密かに心配になる。レインはへーへーと軽く流しているが、この第十三位はケントの影響をだんだん良い意味でも悪い意味でも受けてきている気がした。


「だが、そうだな。……お前の今のその不安も恐怖も、俺達では答えを与えることは出来ない。時間をかけて、お前自身で乗り越えていくしかないだろう。……どれだけ気を付けていたって、俺達はいつか死ぬ」

「――っ」

「ああ、いや。何も戦闘だけの話ではない。病に倒れるかもしれないし、不慮の事故で亡くなるかもしれない。……俺の家族は、俺を庇って亡くなっているしな」

「……っ! ……すみ、ま」

「謝るな」

「でもっ。……俺、無神経なことっ」

「構わん。俺は既に乗り越えている」


 きっぱりと力強く言い切るフランツには、迷いも不安も一切見当たらなかった。本音なのだと裏表なく伝わってきて、強い人だとカイリは打ちひしがれる。

 フランツは、ルナリアでその傷を曝け出してくれたばかりだ。他の者達だって、みんな同じ様な癒えない傷をずっと抱えているかもしれない。

 それなのに、頭から全てすっぽ抜けて、ぶつけて、傷をえぐる様な言い方をして。


 ――俺、どこまで子供なんだろう。


 死にたくなるほど後悔する。

 それなのに、フランツは励ます様に頭を撫でて笑ってくれた。


「そうやって人のことを考えすぎるから、今まで誰にも言えなかったのだろう。だからこそ、言わずにいられなくなった今のお前を、俺は嬉しく思うぞ」

「……、……フランツさん」

「それにな。……何も、一人で全てを乗り越える必要などないだろう?」

「え?」


 悪戯っぽくにかっと笑うフランツに、カイリは目を瞬かせる。睫毛まつげに乗っていた雫がぱらっと落ちて、いつしか嗚咽は止まっていた。



「一緒に乗り越えれば良い」

「……、……え」

「誰かが狙ってきた時、お前一人では太刀打ち出来ないというのならば、俺達全員で乗り越えれば良い。……俺達全員で、何が何でも生き残る確率を上げれば良いのだ」



 どんっと、力強くフランツが胸を叩いて請け負う。

 それは、とても簡単でありきたりな慰めにも思えるが、違う。もっと現実的で、深い部分からの頼もしい申し出だと直感した。


「お前は確かにまだまだ力不足だ。一人で相手をさせるのに不安な相手も多数いる。一人で行動させることは出来ないし、誰かの補助は絶対必要だ。そして、お前を守ったり補助するために少なからず危険に巻き込まれるのは目に見えている」

「……、はい」

「だったら、俺達が死なない様に、お前はお前の得意な分野で力を発揮すれば良いだろう。今まで通りにな」

「……今まで、通り」

「そうだ。お前の防御特化の剣術で囮を担い、聖歌語や聖歌で俺達を強化し、その鋭い観察眼で状況を素早く把握したり、相手の仕掛けを俯瞰ふかん的に看破すれば良い。お前は割と細かいことにもよく気付くし、今までも見抜いてきた実績がある。充分に役割を果たせるはずだ」


 一つ一つ、カイリに現在出来ることを挙げていってくれる。

 まだまだ未熟でどの道も極めたとは言い難いが、確かにそれはカイリが担える役割だ。


「今、一生懸命訓練し、死に物狂いで付けていっている力で、俺達を全面的に補佐すれば、俺達はそれだけ死から遠ざかる」

「……遠ざかる……」

「そうだ。俺達にだって、弱点はある。俺やエディは聖歌語がそこまで得意ではないし、リオーネも接近戦は苦手だ。シュリアは意外と熱くなりやすいし、レインは……時々合理主義に過ぎるというところか」

「おー……褒められてる気がしねえな」

「……納得いきませんわ」

「まあ、つまりだ。弱点があるのはカイリだけではない。だったら、互いに得意分野を発揮して、補い合えば良いのだ。それは一人なんかよりもずっと大きな力になるだろう?」

「――――――――」


 言われて、カイリの顔はかあっと赤くなる。落ち着いてきた思考を回し、頭を抱えたくなった。

 それは、カイリが少し前にパーシヴァルの提案を受け入れる時に言った内容だ。今、自分達には味方が一人でも多く必要だと。選択肢が増えると。そう言って、彼らを説得した。

 つまり、自分達に足りない部分を補い合える様になって、自分達よりも遥かに大きな存在に立ち向かっていこうということだ。

 己が言い出したくせに、まさか自分で忘れるとは。


 ――いや、違うよな。


 あの時はフランツ達が死ぬとか、守られるとか、そういう恐怖には頭が回っていなかった。

 この抱えている不安や恐怖は、普段は鳴りを潜めているのに、何か鍵になっているキッカケがあると牙をく様に膨れ上がるのだ。

 今だって冷静になれば、カイリ自身焦らずに地に足を付けて強くなって、彼らを守るのだと強く思う。

 それでも揺れるのは、心が弱く、トラウマが未だ根強い証拠だ。


「カイリ。村のことは……まだまだ、……もしかすると死ぬその時まで引きずることになるかもしれない。それは、当然のことだ。お前を不安と恐怖に叩き落とすのも当たり前だと思っている」

「……、はい」

「だからこそ、……もう二度とそんな悲しい思いは誰にもさせない。お前はそう言ったな」

「……、……はい」


 あの時、村を出発してからシュリアに宣戦布告の様に叩き付けた。

 あの日の誓いは、一貫して変わってなどいない。

 だからこそ、ルーラ村に同じ様な思いを味わわせてしまったことは、頭を上げられなくなるほど悔やまれる。


「でも、……俺は結局」

「ルーラ村の悲劇については、既に俺達が関知出来ない領域にあった。責めすぎるのは違う。お前は、その中でも最良の一手を打った」

「……。……はい」


 言いたいことを先回りされた。カイリはそんなに顔に分かりやすく心の内が書かれているのだろうか。

 だが、フランツの言葉も真理だ。カイリも頭の中では理解しているし、悔やんで歩みを止めるのは違う。

 もし、目の前でまた同じことが起ころうとしたならば、今度こそ止めるのだ。それが、村を出た時から掲げた誓いなのだから。


「悲しい思いをさせない。けれど、なかなか思う様にはいかない。そのために、自分が弱いと思って精進するのは良い。人に頼り過ぎるのをよしとしないのも立派だ。しかし、……人に助けを求めることを恥じるな」

「……恥じる……」

「俺達だって、自分で出来ないことは、人に助けを求める。確かに恥ずかしかったり、情けなかったり、迷惑をかけるかもと落ち込むこともあるだろう。だが、それでも……前に進むために必要なら、己の覚悟を貫き通すためなら、じゃんじゃん頼れ。俺達はいつだって惜しみなく手を貸すし、迷惑ではない」

「……」

「それで良いのだと。……教えてくれたのは、お前だぞ。カイリ」

「――っ」


 目を細めて微笑むフランツは、とても嬉しそうだった。

 周りを見渡せば、シュリア達もそれぞれ彼女達らしい表情をしながらも否定はしない。エディなどは、うんうんと喜んでいる様な笑顔で頷いていた。

 カイリは、特にフランツ達に何かをしたという記憶はない。

 けれど、カイリがフランツ達に支えられている様に、自分も彼らをいつの間にかでも支えられているのだとしたら、それほど幸せなことはない。


「……、……ありがとう、ございます」

「それは俺の方こそだ。それに、……お前がきちんと吐き出せて良かった」

「え?」

「村のことだ。……少し、気にはなっていたのだ。エリックの時もそうだったが……お前は、えて自分の気持ちに目をつむっているのではないかとな」


 ホッとした様に顔を緩ませて、フランツが肩の力を抜く。

 何の話だろうと思ったが、次の言葉で息を呑んだ。



「お前は、今まで一度も『俺のせいで』という単語を口にしなかったからな」

「――」

「こういう言い方は酷だが……、狂信者がお前を狙った結果、『そいつらのせいで』とはいえ、村は滅びたからな。……一度くらいは自分のせいだと自責の念に駆られてもおかしくはないと思っていた」

「――」



 言われて、カイリは胸を突かれる思いを味わう。

 改めて別の者の口から言葉にされ、カイリは自分が外から見ても歪んでいたことを知る。


「だが、村の話をする時、一度もそういう話を聞いたことはなかった。エリックとの対決でも、罵られたにも関わらず、一度も自分のせいだという類のことは言わなかったと。レインからは、そう聞いていたからな」

「レインさんが……」

「あー……。……まあ、単純に強い奴だなーってあの時は考えてたけどよ。……ルナリアでのこととか考えると、こいつ、単純に気持ちにフタしてんじゃねえかとは思うようになったな」


 まさか見抜かれていただけではなく、密かに心配されていたとは。頭が下がる思いだ。

 確かに、言わない様にはしていた。考えない様にもしていた。そんな気持ちを抱くことは、村の誰もが望んではいないと気付いていたからだ。

 彼らは、ただ幸せに笑って生きて欲しいとカイリに願った。

 ならば、自分のせいだと罪の意識にさいなまれて生きていくことは悲しむだろうと思ったのだ。

 けれど。


「別に、自分を責めろと言っているわけではない。だが、……村の者達のことを思って、自分の気持ちを見ないフリをしたり封じ込めるよりは、外に一度でも吐き出して、時間をかけてでも折り合いをつけた方が良いと思ったのだ。……エリックの時の様にな」

「――」

「実際、お前はエリックの件に関してはそうやって前を向けただろう? だったら、村のことも。俺達にでも誰にでも、一度でも吐き出して気持ちに向き合った方が、前に進めると思っていた」


 フランツの諭す様な柔らかな言葉に、カイリもすとんと胸から何かが落ちる様な感覚を味わう。



 カイリが無理をして気持ちを封じ込める方が、みんなは悲しむのかもしれない。



 そう思えたのは、今こうして傍にいてくれる彼らのおかげだ。

 フュリーシアに不安を正確に突かれて膨らみ、爆発してしまったが、それを丸ごと受け止めてくれたからこそ、こうして気持ちに向き合う道筋が開かれた。

 彼らは本当に優しくて頼もしい。カイリも、こんな風に誰かの受け皿になれたらと切に願う。


「……、……ありがとう、ございます……っ」


 みんなが、死んだら。


 今でも想像したら、ぞっとする。氷よりも冷たい悪寒が、背中を撫でてカイリを追い詰めてくる様だ。

 考えれば考えるだけ恐怖は尽きない。あの村の惨劇は、今でも胸の奥深くで根強い傷跡となって残っている。

 だが。



〝人に助けを求めることを恥じるな〟



 不安に駆られたら、彼らに少しは吐き出してみよう。恐怖に襲われたら、彼らに助けを求めてみよう。

 貫きたい道を貫き通せと、背中を押してくれる彼らを、今持てる力を全て使ってでも守りたい。


「……ありがとうございます」


 抱えていたものを吐き出すことで、こんなに楽になれるとは思わなかった。

 心配させるだけだと思っていたのに、受け入れてくれることがこんなにも嬉しい。


「俺……また、今みたいに心が弱ってしまう時があるかもしれません」

「うむ。そういう時は、吐き出せ」

「それに、約束を破って、また我がままを言ってしまうかもしれません」

「ああ。じゃんじゃん言うと良い」

「また、困らせてしまうかもしれないけど、……それでも。……みんなと一緒に歩いて行きたいです」


 変わらない願いを乗せながら、そろそろと右手を上げる。

 怯えて止まりそうになりながらも、懸命に上げてフランツの前に差し出した。

 その間ずっと、フランツもシュリア達も静かに見守ってくれていた。

 手を伸ばすまで、待ってくれている。

 彼らの温かさに改めて気付いて、カイリは意を決して救いを求めた。



「……一緒に。俺の恐怖を、不安を、……乗り越えて下さい。お願いします」



 不安に打ち勝って、彼らから離れずに歩きたい。

 恐怖を乗り越えて、守られ、守って、彼らと共に立ち向かいたい。

 一人で抱えなくて良いと言ってくれた彼らを、死なせることなく前を向く。

 その決意を宿してフランツに、みんなに手を伸ばせば。



「ああ、もちろんだ」



 カイリの手を取って、フランツが頷く。

 次にシュリアが手を伸ばし、カイリ達の手に己の手を乗せた。

 それを見てレインも、エディも、リオーネも、続けざまに乗せて弾ける様に笑顔を咲かせる。


「付き合ってあげますわ」

「しゃーねーな」

「もちろんっすよ!」

「それでこそカイリ様です」


 短い肯定だ。

 けれど、カイリにとっては、何よりも心強い一言達だった。


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