第279話


 ガルファンを誘導したスタッフが、カイリ達を案内してくれる。

 今、共にいるキーファから説明を受けているとはいえ、彼からするとカイリ達は見えていない状態なので、自分達が喋ると声だけが響く感じで少し恐いらしい。

 ケントやレミリアと共に、追跡者がいないか注意深く確認しながら進むと、ケントがガルファンの部屋の前に差し掛かったところで、眉をひそめた。


「……ケント?」

「んー? ……今はいないけど、いた痕跡がある」

「え? いない? いたって……」

「追跡者かな」

「っ」


 かなり声を潜めて話し合っている間にも、スタッフと共に目的地へと辿り着く。呼び鈴を鳴らし、スタッフが声をかけた。


「ガルファン様、ホテルの者です。お加減はいかがですか?」


 だが、返事が無い。

 もう一度呼び鈴を鳴らしてみても、中で動く気配も嗅ぎ取れなかった。スタッフは緊急事態と悟って、マスターキーを使って中へと踏み入る。


「ガルファン様? ……っ、……ケント様っ」

「いないね。荒らされた形跡もないし、自分の意思で出て行ったのかな。まあ、追跡者がいたっぽいしね」


 もう既に予想は付いていたからか、やけにケントは冷静だ。レミリアも険しい顔をしながらも、隈なく部屋をチェックし始める。


「……どうしてだ? もうホテルの外とか?」

「確認してまいります。少々お待ちいただけますか」


 一礼して、ぱたぱたとスタッフが足早に出て行く。

 それを見送って、カイリも何か不自然なところは無いかと部屋を見渡す。


「こういう時って、メモ帳とかに書いた跡が残っていたりするんだけど……迂闊うかつすぎるよな、それだと」

「どうだろうね。どう?」

「んー、……跡はやっぱり見当たらないな。でも、……綺麗に破り取れなかったみたいだ。慌ててたのかな」


 少しだけ乱雑に破り切れなかった紙片がメモ帳にくっついたままだ。

 それを綺麗に破り取り、カイリは胸ポケットに入れる。何かの手掛かりになるかは分からないが、無駄でもやれることはやっておきたい。

 それに。


 ――何となく、引っかかる様な。


 何故、下の紙に文字を書いた跡が無いのに上を破り取ったのだろう。何枚も分厚く破り取ったのかと思ったが、残された紙片は一枚程度だ。

 何か他に情報がないかと、ぱらぱらっとめくってみると。


「――。ケント」


 ある箇所で手を止め、カイリはケントを鋭く呼ぶ。

 カイリの声で気付いたのか、ケントも素早く隣に並んだ。レミリアも滑る様に並び立つ。


「ここ。……何か跡がある」

「へえ。やるねえ、ガルファン殿。……なになに。……」



『第十三位のカイリ殿。


 クリストファー殿の屋敷で聞いた貴方の歌声に、私は本当に感動しました。

 貴方の歌で、私は失ってしまった妻に再び会えた心地がしたのです。彼女は、幻の中で確かに笑っていました。


 貴方に「素晴らしかった」と伝えたかった。伝えることが出来て良かった。

 貴方の、優しくて温かい歌に救われた者がいること。

 どうか覚えていて下さると嬉しいです』



 鉛筆でこすると、そんなメッセージが浮かび上がってきた。

 上の方だと別の者に気付かれる可能性があるから、こんな中途半端な部分に残したのか。よくよく見ると、このすぐ上にも、紙片は無かったが紙を破り取った痕跡が残されていた。器用だなと場違いな感心を抱いてしまう。


「ふーん。カイリへのメッセージか。……でも、これじゃあなんにも手がかり無いね。ガルファン殿を追跡してたっぽい人間もいるし、何か知ってそうな雰囲気だったんだけど」

「そうだな。……」


 もう一度ぱらぱらと備え付けのメモ帳をめくってみたが、特に他には何もない。

 確かにケントの言う通り、これでは本当にただカイリへの感謝の気持ちを伝える内容に過ぎない。去り際のガルファンの言葉も気になっている身としては、どうしても納得がいかなかった。

 だが、他にとっかかりもない。手慰みに上から順番に数えてみると。


「――……」


 書いてあった跡の紙まで数えてみて、カイリの手が止まる。

 もう一度数えてみたが、変わらなかった。

 きっと、これは偶然などではない。


「……ケント様。どうしますか。予定通り、地下から順次見回って行きますか? それとも、彼を追いますか」

「うーん……。これでガルファン殿が死んだら、明らかに僕達に不信感を植え付ける材料になるし、一応彼については大丈夫でしょう。……ここは七階だし、まずは順番に下に行くかな?」


 レミリアとケントが話し合う中、カイリは胸騒ぎと共に必死に思考を回す。

 ガルファンが、わざわざスタッフを通して言付けを残してくれたのも気になる。しかも、カイリを特に心配していたという。一体、何を心配してくれていたのか。

 ラフィスエム家のことか、王族の依頼のことか、それともホテルの護衛依頼のことか。漏れているとは、何についてか。

 そして――。



「――いや。まず、十三階を見て回ろう」



 カイリの提案に、ケントとレミリアが目を丸くした。キーファの表情も動かなかったが、わずかに空気が揺れる。

 だが、カイリとしては譲れない予感があった。故に、強く押し切る。


「俺って、第十三位だろ?」

「え? まあ、そうだけど」

「さっき、スタッフの人が、ガルファン殿は俺のことを『特に』心配してたって言ってた。何にかは分からないけど、わざわざ俺を名指ししたことに意味がある気がするんだ。……俺の所属の騎士団は第十三位。それに、このメッセージも、わざわざ冒頭に『第十三位』ってわざとらしく書かれているよな?」

「……うん」

「それに、見てくれ。この書かれた跡があった場所。上から数えて十三枚目なんだ」

「――」


 カイリの暴露に、ケントが素早くメモ帳を確認する。レミリアと共に上から数え、すうっと目が細くなっていった。


「……。カイリの言うことには一理あるね」

「それに、さっきガルファン殿との会話でも、結構『第十三位』っていう単語が出てきてたんだ。特に気になるほど多く出していたわけではないんだけど……今考えると、隙を見て差し挟んでたんじゃないかなって」

「なるほどね。確かに、一度出せば良い単語なのに何度も言ってた。ちょっとだけ引っかかってはいたんだ。……分かった。十三階から行こう」

「でしたら、部屋番号も1313から行きましょう。キーファ殿、その番号の部屋はありますか?」

「ええ、ございます」


 力強く頷くキーファに、ケントもよし、と声に張りを出す。


「じゃあ、十三階から見て回ろう。……ちょうど、スタッフも戻ってきたね」

「お待たせ致しました。……あの、ガルファン様はひどく慌てた様子で帰ってしまったと、受付係が申しておりました。引き止めても頑として譲らなかったと。……ただ、それが本当につい先程のようでして」


 スタッフの説明に、カイリ達は顔を見合わせる。

 移動や話していた時間も含め、それなりに時間は経過している。タイムリミットだったのか、別の理由か、突き止める必要があった。

 大至急、この部屋から出る。ガルファンを案内してくれたスタッフとはここで別れ、人目や見張られている気配を気にしながら、素早くカイリ達は階段を駆け上がった。足音が漏れない様に、ケントが聖歌語で音の乱射を防いでくれる。――つくづく思うが、聖歌語は便利だ。


「1313はここかあ。……うん、人の気配も無いし、今なら入れるかも」

「マスターキーは支配人から預かっております。少々お待ちを」


 キーファが鍵を差し込み、回す。がちゃっと開いた音がして、扉を速やかに引き寄せた。

 そのまま中に滑り込むと、落ち着いた空間がカイリ達を迎え入れる。先程の部屋もそうだったが、この室内の調度品は格が高く、それでいて気品にあふれていた。ぴしっと整えられたベッドも、染み一つ見当たらない洗面台なども、様々なところまで手入れが行き届いていて、居心地も良さそうだ。


「カイリ。何か感じる?」

「……いいや。エントランスに入った時みたいな感じはしないかな」

「そっかあ。じゃあ、しらみ潰しに探してみよっか。各自頼むよ」

「ああ」

「お任せを」

「ご安心ください。カイリのためにも、ほこりはもちろん、ケント様に暴力を振るう機会もちり一つ見逃さず、いざという時のラッキーハプニングも忘れない。私の私による私のためのハッピーパラダイスを全力で守ってみせます」


 意味が分からん。


 レミリアの眼鏡を怪しく光らせた断言に、カイリは遠い目をするしかない。ケントは相変わらずからから笑いながら角に移動し、キーファは聞こえなかったかの様に静かに任務を遂行している。二人のスルースキルは鉄壁だ。

 なので、カイリも色々諦めて部屋を捜索することにした。

 まずは入口からと、壁をこんこん叩いてみる。物語だと、どこかに空洞があったり、隠し場所があったりという王道な展開が開けたりするが、当然そんな都合の良い話は無かった。

 壁を隅々まで叩き、床を念入りに押したり触れたりし、洗面台や天井など少しでも怪しい場所が無いか隈なく探してみた。

 しかし。



「……見つけられない」



 四人で這いつくばって探し回ったが、何も出ては来なかった。期待をしていただけに、落胆も大きい。


「……ごめん。俺が余計なこと言ったから」

「ううん。……僕は、『第十三位』っていうのはキーワードだと思うよ。絶対に十三にまつわる場所に何かがあるはずだ。闇雲に探すよりは遥かに良い」

「そうですね。私も同意します。カイリの勘は正しいはずです」

「二人とも……」


 ケントとレミリアの追随に、カイリは胸を打たれる。こんな風に確証のない自分の意見を真剣に取り上げてくれるのは、やはり嬉しい。


「とはいえ、十三階の部屋だけでも十四はあるからね。ガルファン殿がそこまで考えてヒントを出したなら、もっと絞れる要素がありそうだけど」

「そうですね。……すみません。周囲に気を配り過ぎて、あまりガルファン殿との会話を私は聞いていないのです」

「ううん、俺には出来ないことだし、ありがとう。……うーん」


 レミリアの申し訳なさそうな顔に、カイリは首を振る。彼女はカイリを守る心積もりもあったはずだ。守られている分、会話の主軸であったカイリこそが思い出さなければならない。

 ガルファンの言動に、他に引っかかることがあっただろうか。さらっとカイリの方も会話を流していたので思い出すのに苦労する。

 当たり障りのない挨拶をして、クリスの晩餐会での聖歌の話をして、その後は宿舎を訪ねて空振りだったという話をして――。



〝風の噂では色々あった様ですが、歌を聞けば、貴方は何も変わっていないのだと。そう思えて、安心しました〟



 何が、安心だったのか。



 一番の違和感はそこだが、これは別にヒントでも何でもないだろう。気にはなるが、考えるべきことは別にある。

 唸りながらもう一度最初から思い出し。


「あ」

「ん? 何? 何か思い出した?」

「えーっと……分からないけど、……そういえば第十三位のことで、違和感と言えば違和感が。フランツさんのこと、団長だよねっていう他に、大黒柱って言ってた気がする」


 第十三位は、大黒柱のフランツが団長を務めている。


 普通、第十三位はフランツが団長を務めている、と言うだけで事足りそうな気がする。わざわざ『大黒柱』と付ける必要はないと思うのだ。

 本当に些細な違和感だ。フランツは第十三位の団長だから大黒柱という言い方は間違っていないし、正直気にし過ぎだと言われればそれまでである。

 だが。


「……なるほど。確かに。わざわざ大黒柱っていう言い方は変かもね」

「ええ。……しかし、十三番目の柱、もしくは大黒柱的なものということでしょうか。どこからを数えて十三番目かと言われると、法則があり過ぎて図面を思い起こしても戸惑いますね……」

「――っ」


 レミリアが困った様にあごに手をかけて思案するのを見て、キーファの顔色が悪くなっていくのにカイリは気付いた。

 声をかけるか迷ったが、ケントがすぐに切り込んだ。


「キーファ? どうかした?」

「……。いえ、……」

「キーファ?」


 静かだが、底冷えするほどの圧が声に宿る。益々顔色が悪くなっていくのが心配になったが、キーファはぎゅっと目を閉じた後に震える声で謝罪してきた。



「……申し訳ありません」

「謝るだけじゃ分からないよ。どうしたの? 大黒柱、っていう単語に聞き覚えがあるんだよね?」

「はい。……、……ケント様、申し訳ありません。このホテルの図面が……外部に漏れた可能性がございます」

「――」



 うめく様な告白に、カイリだけではなくケントもレミリアも真顔になる。すっと周りの温度が二十度ほど下がった気がした。

 ホテルの図面は機密事項だと支配人のダーティも言っていたはずだ。大黒柱という単語だけで、外部に漏れたと分かるほどの内容だということか。


「……キーファ。説明出来る?」

「……このホテルの図面は、代々支配人と副支配人だけが閲覧権限を持ちます。つまり、私とダーティ以外には前支配人と副支配人の頭にしか内容は入っていないはずなのです」

「前任者は、確か海外でのんびり余暇を過ごしているんだったよね? 父さんの話だと、楽しく夫婦水入らずで過ごしているらしいけど」

「ええ。……ですが、もしガルファン殿が言う『大黒柱』がホテルの図面と一致しているのならば……我々四人以外に内容が漏れています」

「どうして?」


 冷静に淡々と返すケントの声には、嘘も言い逃れも許されない強さが滲んでいた。カイリ達としても可哀相だが同意見だ。

 キーファも分かってはいるのだろう。口を戦慄わななかせて躊躇ったのは一瞬だった。



「……大黒柱とは、柱ではありますが中が空洞となっており、本来の柱の役割は果たしておりません」

「――――――――」

「建物を建てる上では特に必要のない、各階の一つの柱のことを指します。それでも……このホテルを建築する際に、必要だから組み込んだ柱のことなのです」



 必要ではないが、必要だった。

 謎かけの様なキーファの説明に、カイリは押し黙るしかない。ケントも珍しく首を捻っている。ピンとくる材料が無いのだろう。


「キーファ。それはどういう意味?」

「……。申し訳ございません。それは、ケント様でもお伝えすることは叶いません」

「任務に関わってきているのに?」

「……初代国王と初代教皇が取り決めた、口外禁止のものでございます。如何なる者に対しても、私と支配人が存命である限り、お伝えすることは出来ません」


 苦しそうに、けれどきっぱりと拒絶の意思を示してきた。それほどまでに機密が高い情報なのだろう。


「ですが、位置をお教えすることは出来ます。それでご容赦頂けませんか」


 真っ直ぐに見据えるキーファの眼差しを、ケントはしばし受け止めて見つめ返していたが、やがて諦めた様に目線を逸らした。深々と溜息を吐き、肩をすくめる。


「分かったよ。キーファは正しく中立だね」

「恐れ入ります」

「十三番目はこの階?」

「ええ。こちらに。ご案内致します」


 言うが早いが、早足でキーファが移動する。心なしか焦っている様で、よほどの秘密が眠っているのだと全身で物語っていた。

 連れられて行った先は、部屋と部屋の距離が大きく開いた箇所の壁の中央だった。このホテルは一部屋一部屋の距離がゆったりと取られており、隣室の音が届かない様な配慮をされた造りになっている。

 その中央であるのならば、空洞となっていても異変には気付きにくいかもしれない。色々と計算されているなと感心せざるを得ない。

 キーファがかがみ、壁の下の部分に手をかける。

 すると。



 かぱっと。カイリが予想していたよりも、遥かに可愛らしい音を立てて人の身長くらいの穴が開いた。



「へえ……。柱とは言うけど、ちょっとした部屋みたいだね」

「はい。ここは人が数人は入れるくらいの大きさとなっております」

「どれどれ。お邪魔しまーす」


 ケントが呑気な挨拶と共に足を踏み入れる。あまりにあっさり彼が入るので大丈夫だろうと判断し、カイリも続いてみた。

 途端、ふわりと体が軽くなる様な感覚に陥る。羽が生えた様な、というのは大袈裟だが、知らぬ内にわだかまっていた不純物が綺麗さっぱり消え去った様な心地良い空気に体中が満たされていく様だ。

 それに、部屋の中は明かりもないはずなのに、入り口から差し込む光があるとはいえ、何故か空間を把握するのに苦労はしない。何か不思議な力が働いていることは間違いないだろう。

 ケントやレミリアを振り返ったが、ケントははっきりとカイリと同じ反応をしており、レミリアは軽く首を傾げている。彼女は聖歌語を扱えないと言っていたから、そういう類には疎いのかもしれない。


「ケント……」

「なるほどねー……。これは、機密にしたくなるかもね。深くは聞かないことにするよ。さて」


 よっと軽々と迷いなく進み、ケントは部屋の片隅にあった物を手に取った。

 黒い塊は石の様な硬質さと、得体の知れない不気味さを放っている。目にするだけで、生ごみを間近で嗅がされた如く気分が悪くなって、思わずカイリは口元を押さえた。


「ケント? それは……」

「時限式爆弾」

「え⁉ 爆弾⁉」


 慌てて駆け寄って観察したが、特に音が聞こえるわけでもなく、配線が繋がれているわけでもない。前世の知識の様な爆弾とは全く違う仕組みの様だ。


「これが? どう見ても石みたいにしか見えないのに。……禍々しいけど」

「うん。ちゃんと魔除けしてから触ったよ。この世界、機械は一応あるんだけど、普及の仕方が変則的なんだよね。ほら、シャンデリアとかの明かりは、蝋燭ろうそくでしょ?」

「ああ、……ランプやカンテラも、電気は使っていないもんな」

「そう。時計は機械だし、スピーカーやちょっとした録音機もあるけど、実はあんまり機械の仕組み自体は普及していないんだよね。……変な世界だよね!」


 ケントが明るく締め括ったが、カイリはやはりずっと抱いていた疑問が抜けない。

 この世界は、変だ。

 中世っぽい雰囲気はあるのに、妙に近代的だったり、けれど変なところで中世にならっていたりとちぐはぐである。カイリは時々、「これは無いのか」と違和感を覚えることもあるくらいだ。

 やはり、世界の謎に迫る必要があるのかもしれない。法則性が不透明で、カイリとしては落ち着かなかった。


「で、これは簡単な爆弾。加えて、聖歌語が使われてる」

「……結局聖歌語頼りなんだな」

「まあ、ある程度は仕方がないよ。この黒い塊全部が火薬」

「火薬⁉」

「そ。で、導火線の役割を果たしているのは、この光沢っぽいやつ。光沢は、タイマーみたいな感じで、カウントダウンする様に変わっていくよ。えーっと時間は……うん、日曜日の夜八時! 晩餐会真っ最中だね!」

「――っ」


 ケントの明るい語りが、逆に寒々しい現実を突き付けてくる。

 こんな大きな塊が爆発したら、宿泊している客に被害が出るだろう。しかも、調べてはいないが、他の階にも同様の仕掛けがしてあるかもしれない。確実に被害者を出すための処置だ。

 何が目的かは分からないが、人の命を奪うことに躊躇いが無いやり方に、カイリは吐き気をもよおした。この、歴史のあるホテルを舞台にしたことも許せない。


「……どうして、何のために? 晩餐会の人達ごと狙うのか?」

「んー……どうだろうね。もし、ラフィスエム家が首謀者だとして、かつファルエラと繋がっているのなら、これをキッカケに戦争を始めちゃうかもね」

「――え?」

「ええ、大いに。初代教皇が名付け、栄えある歴史的なホテルを狙ったというのも、人々の感情を逆撫でするでしょう。自分達の歴史を、誇りを傷付けられた。人も死んでいる。容易に戦争ムードに持っていけます」

「そ、んな」

「それだけでも世論というのは動くものです。……貴方も、最悪第十三位の任務が失敗したら、戦になるかもしれないとは考えていたでしょう」


 淡々としたレミリアの言葉は、かえって真実味を強く帯びていた。カイリは信じられない気持ちで目を伏せる。

 昨夜だって責任重大だと思い知らされたばかりだ。けれど、またも痛感する。



 ここは、戦が普通に起こる場所なのだと。



 前世の生きていた頃の日本とは違う。平和そうに見えても、命の奪い合いは行われるのだ。

 いや、平和になったのはここ数年だと言っていた。改めて平和を保つ難しさを知る。


「……でも、疑問なんだけど。戦をしたいとして、ファルエラがフュリーシアに仕掛けるメリットって何かあるのか? ラフィスエム家だって、どうして?」

「さあ? でも、ファルエラは今きな臭いし、女王の座争いも凄惨みたいだしね。ラフィスエム家は、まあ取引内容でいくらでも」

「……女王の座……。二年前に交代して、確か十歳くらいっていう話だったか?」

「そう。顔も名前も伏せられてる女王様。だったら、その間に秘密裏に入れ替わっていても民は気付かないし。それに、戦を起こした責任を押し付けて退位を迫るか、もしくは勝利して地位を盤石ばんじゃくにするか。それこそ色んな可能性が考えられるよね」


 ケントの予想の乱立に、カイリは眩暈めまいがしてきた。

 もし、彼の言う通り私利私欲のためだけに戦争を起こすのならば、見過ごすわけにはいかない。ラフィスエム家の企みも、断固として阻止する必要がある。


「で、メモなわけだけど!」

「え? メモ?」

「そ。爆弾の下に小さく折りたたまれてあったよ!」


 はい、とケントからレミリアへ、そして最後にカイリに渡される。

 少し乱れた様な筆跡だ。心の動揺がそのまま文字に表れている。

 先程破り取った紙片と合わせてみたが、特に一致はしなかった。これがいつ書かれたものかは判断が付かない。

 けれど、きっと大切な内容だ。先程ガルファンが残してくれたメモの筆跡と似ているから、きっと彼のものだろうと目を通す。



『ラフィスエム家は、日曜日にホテルの三ヵ所で爆発を起こす予定です。

 この十三階、次は五階。そして、最後は――地下三階』



 誰かに宛てた文章、という感じはしない。

 もしも誰かが企みに気付き、発見してくれたらと願って用意したものかもしれないとカイリは胸をぎゅっと掴まれた。



『発端はフュリー村。

 私は、その北にあるネット村という場所を統治する、ライオネット家の人間です。


 二ヶ月前、ラフィスエム家が打診してきました。

 南にあるフュリー村とルーラ村。どちらも管理しきれなくなったから引き取って欲しいと』



「――えっ!?」

「……うわあ。ガルファン殿巻き込んだんだね」

「これは、……えぐいです。しかし、ルーラ村もですか。……」



『ですが、何処の領地を治めるかは、教皇ないし枢機卿の判断と了承が必要です。

 故に、お断りをしました。


 すると、二ヶ月前からフュリー村には雨が降らずにあえいでいるという噂が流れてきました。

 おまけに、何故かこの管理者がいつの間にか私になっていました。

 教皇や枢機卿にお伺いを立てず、領地の保有の証明書が何故か私の名前にすり替わり、それが届きました。今から一ヶ月前のことです』


「――」


 カイリ達が一斉に息を呑む。

 嫌な予感が確信に変わった。

 つまり、ラフィスエム家はほぼ詐欺的な行為でガルファンに村二つの領地権を押し付けたのか。

 どうりで、村がいくら陳情しても突っぱねるわけだ。もはや己の所有ではないのだから、訴えを聞く必要はない。

 だが、それならば何故、あたかもまだ自分達が権利を持っているかの様に振る舞ったのか。



『ラフィスエム家は、こう言いました。

 教皇や枢機卿に深く調査されれば、すぐに正規の手続きを踏んでないとバレるだろうと。不当な取引をしたと罰せられるだろうと。ラフィスエム家は騙されたと主張するだけの証拠がある。


 バラされたくなければ、言うことを聞け。

 カイリ・ヴェルリオーゼを亡き者にし、ファルエラとの戦を引き起こす。その手助けをしろと。

 領民を路頭に迷わせるのかと、民についても脅しをかけてきて、私はどうすることも出来ませんでした』



 だんだんと、メモを握るカイリの手が小刻み意に震えていく。ケントとレミリアの視線も、すっと細まり熱が落ちて行った。

 こんなえげつないやり方で、人の良さそうなガルファンを脅したのか。脅迫されていたとはいえ、これでは既に立派な犯罪者だ。やり切れなくて、歯噛みする。



『私は、このホテルの五階と十三階に爆弾を仕掛けました。地下は私ではありませんが、一番大きな爆発と聞いています』



 これだけの手がかりを残すだけ、上々だ。よくぞ残してくれたと感嘆する。

 何が『漏れて』いたのかは分からないが、この分だとカイリ達第十三位が村やホテルの護衛に関わっていることは伝わっていると見ても良いだろう。

 ただ、何故だろうか。



 ――変な感覚がする。



 何に、とは言えないが、カイリの心がざわつく様に揺れる。

 自分が狙われていることが、はっきり分かったからだろうか。震えは何とか止まったが、恐ろしさは拭えないままだ。

 感覚の正体に気付けないまま、けれど急いでカイリは先に目を通すことにした。



『お願いします。


 ――どうか、止めて下さい。罪の無い人々が命を奪われるのを、これ以上私は見たくない。


 妻を失った時の様な気持ちを、誰かが味わうのは見たくない。

 私が罪を犯す前に、どうか』



 最後まで走り書きのまま、文面はそこで終わっていた。

 ぐっと、カイリは唇を噛み締めてしまった。

 ガルファンの心が痛いほどに伝わってきて、カイリはここにはいない、顔も知らない者達を睨み据える。

 やり切れない。――やり切れない。

 こんなに優しい人が、悪事に巻き込まれるなど。

 無辜むこの市民を巻き込み、善良な領主を脅し、大勢の命を落とす戦を呼び起こそうとしていることを。



 絶対に許さない。



「……ケント」

「うん。……この手紙、悪いけど僕が預かるよ。他にも手掛かりが無いか検証する」

「ああ。……頼むな」

「では、行きましょう。そこの爆弾は、後ですり替えます」

「形状は記憶したから、作ってあげますよ。……あーあ、僕って働き者だなー」


 軽口を叩きながら、ケントがカイリの背中を叩く。

 彼が励ましてくれていることに気付いて、カイリは深く決意する。


 絶対に、止める。


 まだ見ぬ敵を見据え、カイリはケントやレミリアと共に、五階へと向かった。


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