第270話


 レミリアの懇願に、カイリは横にいるフランツを横目で窺う。

 フランツは、あらゆる表情を削ぎ落としていた。団長としての横顔だと、少しどきりと心臓が跳ねる。


「……レミリア殿、いくつかお尋ねしたい。よろしいか」

「何なりと」


 頭を上げてレミリアが了承する。

 フランツは淡々とした様子で、彼女を真っ直ぐに捉えた。


「ラフィスエム家のそのパーティというのは、いつ決まったのでしょう」

「一週間前です」

「一週間前……急と言えば、急ですが、……不自然ではない、微妙なラインですな」

「はい」

「開催する理由は」

「親睦を深める、ということだけですね。ただ、王族を招くのは珍しいと思います」

「確かに……。しかも、王子殿下ではなく、ジュディス王女殿下なのか……」


 フランツがあごに手をかけて思案に沈む。

 確かに、交流を持つのならば、次期国王であるはずの王子二人が相応しい気がする。それを敢えて王女を選ぶ意図は何だろうか。


「あの、レミリア。ラフィスエム家って、王子と相反していたりするのか?」

「……詳しくは分かりません。王子も王女もどちらも曲者ではありますが、王子はどう扱ってもなびきそうに無いのは、少し話せば分かります。ですので、王女ならまだ籠絡ろうらくできるかもと考えはするでしょう」

「……どう考えても無理そうだけど」

「それは、カイリが王女と直接接したからです。基本、王女は特定の騎士以外の外部の者との接触は皆無に等しい。自由奔放という噂は耳にしていても、御するのは容易いと考える愚者は五万といます」

「ぐしゃ……。うん、そうだな」


 だんだんと彼女の不意打ちの様に挟まれる暴言にも慣れてきた。カイリは、隣で黙って良い笑顔をしたままのケントを軽く睨む。


「ケント……お前も、明日行くんだよな?」

「行くよ! カイリを連れて行きたいって言うし、レミリア殿の立てた作戦だと、僕って不可欠でしょ?」

「……まあな」

「それに! 第十三位は金曜日じゃないと謹慎解けないし! カイリは一人で外出出来るほど強くないし! 僕がセットで行かないと、カイリ、外出出来ないもんね!」


 否定出来ない。


 ケントの無邪気な攻撃に、カイリはぐっと頬杖をついて外向そっぽを向く。この、空気を読まず、人の気持ちを考えずに発言するあたりがケントだ。腹立たしい。

 だが、すぐにケントはカイリの腕をくいっと引っ張ってきた。その仕草が幼い子供の様な感触で、カイリは不機嫌ながらも振り返る。


「……僕を倒せるくらいに強くなるまでは、僕が守りたいし」

「……」

「駄目?」


 不安そうに見つめてくる瞳は、本当に子供だ。普段は笑い飛ばして平然としているのに、何故今はカイリの機嫌を窺ったりするのだろうか。そんなに般若の様な顔つきをしていたのかと疑問に思う。

 こんな風に、ケントは何故か時々弱気になる。まるでカイリに嫌われたら生きていけないと告白されている様な錯覚に陥った。


 ――嫌いになるわけ、無い。


 そうでなければ、この世界まで追いかけては来ないだろう。記憶は封印されているが、それくらいカイリにだって自明の理である。


「……ケントは、色々とずるいよな」

「え?」

「駄目じゃない。……フランツさん、明日、行っても良いですか? ケントも全力で守ってくれるそうですし」


 フランツに許可を求めれば、彼は複雑そうにしながらも頷く。


「……。……ラフィスエム家が関わっている以上、俺達に断るという選択肢は無いだろう」

「……それでは」

「ええ、受けましょう。……ですが、土曜日に彼らに会った時、王族から調査依頼を受けていると俺達は打ち明けます。もし、フュリー村の件と日曜日の会食が一連の企みだった場合、第二位からもホテルでの護衛依頼を受けていると知られると、色々不都合が起こりそうですが」

「その点は配慮します。当日、その時になるまでは、第十三位が依頼を受けていることを伏せます。主に、ケント様が」

「は? ……、まあ、ええ。……情報規制は徹底させますよ。万が一破った場合は、僕から直々に『お仕置き』しますので」

「合同会議でも、信頼出来る者達に人員は絞りました。余程の事が無ければ漏れることはないかと」

「……承知した。……カイリ。明日は頼むぞ」

「は、はい!」

「それから、ケント殿」


 フランツがケントにおもむろに向き直る。

 ケントは軽く首を傾げただけだったが、フランツの目が思いのほか真剣だったからなのか、真顔になった。


「……俺達は、まだ完全に貴方を信頼したわけではありません。今でも、怪しく胡散臭くおよそ笑顔が嘘くさいと思っているところは多々あります」

「うわあ、酷いですね、フランツ殿。ま、知っていますけど」

「ですが」


 言葉を切って、フランツは一度深呼吸した後、力を込めた眼差しでケントを貫いた。



「カイリのことに関してだけは、信頼しています」

「――」



 一瞬、ケントの目が見開かれた。

 すぐに元の大きさに戻ったが、それでも動揺はしているらしい。怪訝そうに見つめ返している。


「カイリのことを大事に思っているのは、これ以上ないほど伝わってきました。最初はカイリが利用されているかもと思いましたし、実際そういう部分もあるかもしれませんが……大切に思っているのは真実でしょう」

「……」

「だから、貴方を信頼して、カイリを託します。明日、何があったとしても、貴方が何とかしてくれると。……信頼を裏切ったら地獄の果てまででも追いかけていくので。どうか、よろしくお願いします」


 深々と頭を下げるフランツに、ケントは一寸だけ気圧される様に押し黙った。

 しかし、彼の真摯な気持ちを汲み取ったのだろう。不敵に笑って、カイリの肩を軽く叩いた。



「――当然です。カイリは、僕に任せて下さい」

「……、分かりました。信じます」



 二人の視線が、交わる。何となく目で会話をしている様な雰囲気に、カイリは守られていると実感した。

 情けなくはあるが、嬉しい気持ちも本当だ。彼らに心配をかけなくなるくらい強くなることが、恩返しだと誓う。


「狂信者が来ても、秒で暗殺するから! カイリは安心して、のほほんと歩いていれば良いよ!」

「……それ、俺、馬鹿みたいじゃないか?」

「えー、違うよ! 平和な証拠じゃない!」

「……そうかな」


 大いに違いがある様なと、カイリは頭を捻ったが、深く考えるのは止めた。相手はケントなのだ。真面目に相手をするだけで日が暮れる。


「なるほど。カイリは、本当にケント様に影響を与えるんですね」

「え?」


 レミリアが妙に合点が言った様に頷くのに違和感を覚えた。

 何のことかとカイリが視線だけで問うと、レミリアは心得た様に種明かしをする。



「実は、ケント様が少数とはいえ、第一位と第二位の合同会議を開くと言った時は驚きました」

「は?」



 普通ではないのか。

 そんなカイリの疑問は、次のレミリアの言葉で吹っ飛んだ。


「いつも、『会議なんて無駄無駄! いっつもぎゃーぎゃー言っておきながら、最終的に全部僕に丸投げするんですからね。会議出たくない。開くだけ無駄。無駄しかないし。レミリア殿、代わりに出て下さいよ』とか無茶ばっかり言っていたケント様が、今回は率先して会議を開いたので。しかも合同です。ありえません。どういう風の吹き回しですか」


 酷い言われ様だ。

 しかし、それを上回るほどにケントの愚痴も酷かった。

 思わず凝視してしまうと、ケントが「えー」とふて腐れた様に唇を尖らせる。


「酷いですね。僕はカイリの、人との付き合いを大切にする姿勢を、すこーしは見習っても良いかなーと思い始めただけですよ。だから、今回頑張って面倒だけど嫌だけど仕方がないから無理にでも合同会議っていう、第二位に挽回の機会を与えたのに。そんな風に言われるなんて心外ですね」

「はあ、そうですか」

「それに! カイリにはいっつも職権濫用するなって言われていますし! 第十三位に依頼するのなんて、僕の最終決定で出来るところを、ちゃーんと全員一致で決めたんですから。これで誰も文句は言えないですよね」


 こいつ、確信犯だ。


 結局は最後が目的なのか。ケントの建前が清々し過ぎて、カイリはいっそ感心する。レミリアもゴミを見る様な目つきだ。ケントはゴミではないが、彼女の心境は少しだけ納得する。

 だが、おかげで他の騎士団から嫌われている第十三位も、正式な依頼として貴族パーティの護衛に参加出来るのだ。その辺りは感謝しなければならない。


「まあ、ケント殿の思惑はともかく」


 ごほん、とフランツが咳払いをする。

 脱線していた話を戻すつもりだろう。フランツはいつもはお茶目だが、ここぞという時には頼りになる。


「カイリ。明日は気を付けるんだぞ。まだ依頼の件がばれていないとはいえ、ラフィスエム家は長年後継者争いで卑劣な抗争を繰り返している。……お前のことも、もうカーティスの息子だと気付かれているしな」

「……はい」

「少しでも火種を潰すために、お前を狙ってもおかしくはない。土曜日に調査許可を取りに行くのだって……」

「そういえば、フランツ殿。ちゃんと調査許可は取れる手筈になっているんですよね? あちらは、カイリの件で色々ごたごたしているみたいですけど」


 フランツの言葉をぶった切って、ケントが確認を入れてくる。今朝言っていたレインと同じ可能性を、きちんと把握しているのだろう。

 そして案の定、ぎくりと分かりやすくフランツが固まるのに、ケントは大きく溜息を吐いた。腕を組んで、ゴミを見る方がマシな半眼で睨み付ける。


「……まさか、何の策もなしに調査の許可を取りに行くんですか?」

「いえ、……そんなことはありません。ただ、鋭意試行錯誤中というだけで」

「それって、まだなんにも策が無いってことですよね」


 ぐっさりと刺され、フランツは顔色悪く唸る。レイン達もさらーっと明後日の方向に視線を逸らした。益々ケントの目が、ゴミどころか生ゴミを見る方がマシな目つきになってしまう。


「……しっかりしてくれませんか。流石に調査の許可まで取れないとなると、村を強引調査しながら、全方位全て相手をしつつ、ぶっつけ本番で結界についても即解決、っていう無謀極まりない事態になりますよ」

「……。……申し訳ありません」

「まあ、調査の許可を取れたとしても、そうなるとは思いますが。……ただ、許可が取れたなら、僕達や他の騎士団が動く理由付けが簡単になるので。ちゃんともぎ取って下さいよ。そうでなければ最悪、本気で第十三位だけで全て相手にする事態になりかねませんからね」

「……はい」

「……。不安になってきたので、許可を取る過程で何か具体策が上がったら報告して下さい。くれぐれも、こっちに全部丸投げは無しで。……第一位団長を本気で動かすだけの立案、よろしく頼みますね?」

「……………………、……はい」


 白い目でぐさぐさと痛いところを突くケントに、フランツは苦々しくも受け入れていた。ぎぎぎ、と音がしそうなほどにゆっくり頭を下げ、重苦しそうに目を閉じるフランツは、完全に苦悩状態だ。

 確かにケントの言う通り、今のままでは許可が取れない確率が高い。

 明日のホテルの調査結果でまた事態は変わるかもしれないが、日曜日までには終着しなければならない可能性が出てきた。本来ならば、フランツ達も監視無しで動ける様になってから事前調査をして突撃と考えていただけに、かなりの痛手である。


 実を言うと、カイリは今朝、レインのぼやきを聞いた時に一つ有効な策を思い付いたのだ。


 フランツが剣道の話をし始めたから思考が途切れてしまったが、相談しようとは思っていた。

 ただ、それを提案すればフランツ達は反対するだろうし、本当はカイリとしても絶対に選びたくない手段である。

 そうだ。本当は、選びたくない。

 けれど。


〝それに、土が干からびてきているのです。一日中日照りが続けば、水やりで出来ることも限界があります。よくこの二ヶ月何とか持たせたと思いますよ〟


 今、現在進行形で苦しんでいる人達がいる。助けを求めてもすげなく手を叩かれ、打ちひしがれている人達がいるのだ。

 彼らは理不尽に頭を押さえ付けられながらも、懸命にもがいているはずだ。

 迷ってなどいられない。

 調査の許可をもぎ取るためにも、絶対にカイリが考えているものが必要だ。

 パーリーが調べた結果だと、ラフィスエム家はカイリをいない者として扱いたい様だった。

 要するに。



 彼らにとって、最初からカイリが『その家に法律上存在していなければ』良いのだ。



「――っ」


 嫌だ、と反射的に否定しそうになる。どくどくと、心臓が別の生き物になった様に暴れ回り、皮膚から血が突き破って飛び出しそうだ。

 やはり止めようか。それが良い。何が悲しくて辛い道を選ばなければならない。

 そんな風に弱気になる。

 けれど。



〝……こういう時に、あまりする話ではないかもしれないが、……カイリ。聞いてくれるか〟



 幼い頃、一度だけ父が話してくれた言葉が脳裡をよぎる。やけに頭の中をはっきりと木霊するのは、今こそその手段を選べと父が伝えてくれているからかもしれない。

 あの時のカイリには、父が言っている意味がよく分からなかった。今だって、本当は分かってはいないのかもしれない。分かっていないのに、嫌だ、と強く思ってしまうくらいには重大な決断なのだと思う。

 本当にそうなったら、カイリはひどく後悔するのではないか。引き返すなら今しかない。まだ口にもしていないのだから。

 しかし。



〝もし必要なら、今を一緒に生きている命を選べ〟



 助けを求めている人達を、カイリは助けると決めたのだ。せめて、自分の手が届く範囲で、誰かが悲しい思いをする人を一人でもなくすために。

 だから。


「……。大丈夫だ、ケント。俺が、……何とか許可をもぎ取るから」

「え?」

「う、む? カイリがか?」


 言い切るカイリに、ケントだけではなく、フランツも困惑した様に眉根を寄せる。

 だが、構わずにカイリはにっこりと続けた。


「まず、フランツさん達に相談して決定してからだから、今はまだ話せないけど。それで良いか?」

「……それは構わないけど……」

「フランツさん。金曜日、俺と一緒に総務へ行ってくれませんか?」

「総務? 構わないが、何をする気だ?」

「ラフィスエム家に行く前の下準備です。……どうしても、必要なことだと思うので」


 父である実家。父を含め、家族仲が悪いラフィスエム家。

 今でも、カイリにとっての祖父である人物が当主の座を譲らず、息子二人が骨肉の争いをしているという状態。


 そんな家に、カイリが歓迎されるはずがない。


 パーリーからの調査でも、歓迎されていないと言われていたのだ。カーティスの息子ですと顔を出せば、明らかに邪魔者が増えたと殺意さえ向けてくるだろう。

 カイリは、ラフィスエム家に執着は無い。邪険にされるのだったら、一生会わないままでも良かった。

 だが。



 ――本当は、少しだけ、父の育った家を見てみたかった。



 父も母も、実家のことは決して口にはしなかった。

 だから、カイリも会う気は無かった。後継者争いや相続争いに巻き込まれるなどご免だったからだ。

 けれど。



〝おお! 聞いたかい、ティアナ! 今、この子、しゃべったぞ!〟


〝なにー!? 奇跡だ! これは奇跡に違いない! すごいぞカイリ! つかまらずにいきなり立てるとは……天才か!?〟



 生まれた時から、愛情たっぷりに育ててくれた両親。

 そんな両親を育ててくれた家族を見たくなかったといえば、嘘になる。



〝えー。父さんはカイリの歌が聞きたいなー〟


〝おお! 死ぬほど嬉しいか……! カイリ、反抗期はもう終わったんだな……!〟



 そして今、カイリは知ることが出来る立場にいる。

 実際、母方の祖父には出会えた。色々とまだ恐怖も感じるが、愛情を持ってくれていたのだということが分かって良かったと思う。

 父の家族にも、絶対に会いたくなかったと言えばそれは違う。フランツから会わせたいと言われると面白くなかったが、全く会いたくなかったわけではない。

 そんな彼らと、土曜日には顔を合わせる。本当なら、どきどきと不安と緊張に包まれながらも、期待と興奮を持ってもおかしくない状況だったはずだ。

 会って、父のことも話してみたかった。昔の彼らの話を聞いてみたかった。

 しかし。



 それは、無理なことなのだ。



 ゼクトールもフランツ達も、あの家を警戒している。実際、父はあの家とは折り合いが悪く、教皇だったエイベルに家族の様に育てられたと教えてくれた。

 今でも醜い争いをしている家系。後継者や相続の権利が発生してしまうカイリ。顔も合わせたくないと追い払われれば、今回の任務に確実に支障をきたす。

 だったら。



 やることは、一つしかない。



〝愛している、カイリ。父さんの心は、いつでもお前と母さんと共にあるからな〟



「……俺も愛してる、父さん」



 ぼそっと、ささやく。隣にいたフランツとケントが怪訝そうな顔をしていたが、答える余裕は無かった。

 胸が、ひどく痛い。ばらばらになりそうだ。

 今からカイリがすることは、親不孝なことなのだろうか。父は、そんなことを望んでいるだろうか。――許して、くれるだろうか。

 分からない。

 だが。


「……俺の今の家族は、フランツさんです」

「うん? うむ、もちろんだ」


 分からないながらも、フランツが力強く頷いてくれる。

 それだけで、冷え切っていたカイリの心はじんわりと溶けて行く様だった。

 カイリは、何かを失うわけではない。そう強く言い聞かせる。



「それを、伝えにいくための準備をしたいんです」

「――」



 カイリが笑えば、フランツが虚を突かれた様に目を見開く。

 自分は、きちんと笑えているだろうか。声は震えていなかっただろうか。表情に陰りは無いだろうか。それだけが心配だった。

 フランツは難しい顔をしていたが、カイリが笑顔を崩さなかったので追及はしてこなかった。「分かった」と一言、端的に請け負ってくれる。


「お前が何を考えているかは……後で聞こう」

「はい。……きっと、強力な交渉の材料になります。大丈夫です。後で、色々相談させて下さい」


 言い切れば、フランツが益々複雑そうな色を顔に交えた。もう、カイリが何をしようとしているか予測は付いているのだろうか。レイン達も、少し心配そうな眼差しを向けてくれている。

 だがきっと、これが一番良い策だとカイリは確信を得ている。上手くいけば、己の身も少しは守れるだろう。


「……カイリ。待って。君、何を」

「レミリア。明日、俺は何処にいれば良い?」

「え? ……ええ、ケント様がここに迎えに来てくれるはずです。そうですよね」


 ケントが何かを言いかけたのを、カイリは強引に振り払う。

 レミリアも戸惑った様に話に乗ったので、ケントは追及を諦めた様だ。一瞬の間を置いて、「うん!」と明るく答える。


「もちろん! カイリを一人で歩かせるなんてことはしないよー!」

「はは、ありがとう。……あと、もし大丈夫なら、寄り道したいところがあるんだけど良いかな」

「私は構いません。ケント様次第です」

「ふふん。僕がカイリのお願いを断るなんてありえないね! 何なら、日が昇る前からでも良いよ!」

「いや、仕事をしろよ」

「えー……」

「ケント」


 不満気に唇を尖らせるケントを睨めば、しゅんっと体を縮めてはーいと返事をしてくる。それを見てレミリアが「う、これこそ」と突っ伏して唸っていたが、カイリは見なかったことにした。

 二人とも、すっかりいつも通りに対応してくれる。

 今は、それがとてもありがたい。カイリは笑って、止めていた食事を再開する。



 最後に口に入れたペペロンチーノは、ひどく苦い味がした。


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