第219話


「……カイリっ」


 少し慌てた様に、ゼクトールが腕の中で眠ったカイリを抱き起こす。

 それを見つめながら、フランツは絶賛複雑な気持ちを渦巻かせつつ彼に近付いた。声が刺々しくなるのを抑えきれない。


「別に、眠っただけです。カイリは、まだ体力が回復していませんので」

「……、そ、うか」

「精神的に多大な負担がかかったのですから当然です。……寝かせたいので、カイリをこちらへ」

「……。……うむ」


 手放しがたいと、彼の全身が物語っている。

 だが、それでもカイリのことを考えてか、思ったよりも素直にフランツに手渡してくれた。

 途端、腕の中にカイリの温もりが広がっていく。その事実にどうしようもなく安堵する。

 苦痛な表情ではない。むしろ、憑き物が落ちた様に安らかな寝顔だった。

 それが、目の前の人物との会話のおかげだということを、フランツは認めたくもないのに納得せざるを得ない。それが悔しくて堪らなかった。



 ――彼が、他ならぬカイリにトラウマを埋め込んだ元凶なのに。



 カイリが、彼との交流を望んでいる。フランツがやかましく口出しすることが出来なくなってしまった。


「……正直、貴方とカイリを会わせるのは、俺としては複雑でなりません」

「……そうであろうな」


 淡々とした受け答えだ。先程までは魂が抜けた様な弱々しさだったのに、カイリのおかげだろうか。そう思うと、更にはらわたが煮えくり返って仕方が無かった。


「どんな理由があれど、……例えどんなにカイリを大切に思っているとしても、貴方はカイリに一生消えることのない傷を付けた。俺としては、どうしてカイリが茨道を歩くのか疑問です。……だが、それがカイリだ。流石はカイリ。生きとし生けるもの全てに対して慈悲深く、優しさを忘れぬ天使。しかも、恐怖を乗り越えようと足掻くその姿は、まさしく歴戦の勇士に引けを取らぬ英雄そのもの。カイリは可愛いのにカッコ良い。それが真理だとまさしく今、俺の体は貴方が腹立たしいのに感動で打ち震えて――」

「フランツ様。途中から、心底どうでも良い親馬鹿トークになっているのですが。馬鹿ですの? いえ、馬鹿でしたわね」


 カイリの素晴らしさを語り始めたら、シュリアに容赦なく釘を刺された。心なしか、レイン達の目も白い気がする。

 仕方がないと、フランツはカイリをベッドに寝かせながら咳払いをした。まだまだ語り足りないが、本筋はそこではない。


「……ゼクトール卿。申し訳ありませんが、俺は貴方を一切信用していません」

「……」

「カイリがいくら貴方とこれからも付き合っていきたいと言っても、俺は……俺はっ。連れ去られた時の絶望を、戻って来た時の狂おしさを、忘れることは決して出来ない……っ!」


 目の前で、カイリの四肢が次第に力を失っていくのをまざまざと見せつけられた。その上、フランツの振り下ろした剣に対し、あろうことか彼はカイリを盾にしたのだ。

 恐らく対策はしていたのだろう。カイリが、拷問時にゼクトールに配慮してもらっていたと感じるのならば、あの時だって傷付けない方法を用意していたのかもしれない。

 だが。



 一歩間違えば、あの時、あの場所で、他ならぬフランツの手で、カイリは死んでいたかもしれない。



 剣を握るのが恐いわけではない。フランツは今まで、数えきれないほどの者を斬り捨ててきた。

 しかし、それでも。――カイリの前で剣を振るうのを、しばらくは心の中だけででも躊躇するだろう。

 手を伸ばせば届く範囲で連れ去られた無力を、悔い続けるだろう。

 救出する時だって、フランツは待つことしか出来なかった。


 それでも、彼は無事に戻って来てくれた。


 抱き締めて、腕の中で息づく温もりに安堵したのは昨日のことの様に思い出せる。

 だが、同時に、ボロボロになって戻ってきたその姿に激しい憤りに駆られた。

 そして、何より。



〝やだ……っ! ……っ、たす、けて、……フランツさん……っ!〟



 水を見て、錯乱したカイリの姿を、生涯忘れることは無いだろう。



 あれを思い出すたびに、フランツの腹の中は真っ黒な炎であぶられる。黒よりも深い闇に塗りたくられた憎悪を、ゼクトールに向けてしまいそうになる。

 ふーっと、獣が唸る様な憤怒が口から漏れそうになった。

 正直、切り刻んでやりたい。怒りのままに力を振るいたい。

 けれど。



〝おじいさん。……俺が、貴方に触れられて、怯えずに心の底から笑えるまで。ちゃんと、傍にいて下さい〟



 カイリが出した結論は、フランツの怒りをやり場のないものにさせる。

 死ぬなと。――『誰も』、彼を殺すなと。

 生きて、罪を背負えと。彼は、何よりも容赦なく突き付けた。

 死を恐れる彼らしい決断だったが、きっと、彼は死を恐れていなくても同じ結論を導いていただろう。

 それが、カイリなのだ。

 彼らしく――どこまでも彼らしく在る。例え死にたくなるほどの恐怖に駆られても、裏切られて立ち直れなくなるほどに絶望したとしても。


 カイリは、誰の死も望まない。


 奇しくも、あの村の者達がカイリに復讐ではなく、「幸せに笑って欲しい」と願った様に。カイリも、村の者達と同じく復讐の気持ちを望まなかった。



「……、……カイリは、残酷だな」

「……」

「甘い。優し過ぎる。確かに貴方の言う通りだ。……だが、……柔らかに見えて、その実何よりも容赦が無い。本当に、……残酷な結論を突き付けてくれた」



 復讐など出来はしない。カイリに黙ってゼクトールを手にかけることも不可能だ。

 カイリの願いを潰すことなど、フランツには到底無理だからだ。

 しかし、それでフランツの腹立ちが収まるわけが無い。

 それに、カイリはゼクトールとの交流を望んでいるが、目の届かぬ場所で彼と二人でいることなど、絶対に認められなかった。


「……カイリが、貴方との対話を望んでいる。それを拒む権利は俺には無い」

「……」

「ですが、……条件は付けます。カイリが貴方に会う時は、ケント殿やクリス殿ではなく、第十三位の誰かに必ず立ち会ってもらいます」

「……、うむ」

「カイリが貴方に酷い恐怖を感じ、錯乱状態に陥った場合は、無理矢理にでも引きがします」

「……うむ」

「それでも構わなければ、会うことを許します。……カイリが願った通り、交流を図っても構いません」

「……あい、分かった。全て、貴殿の言う通りにしよう」


 今までフランツとは散々いがみ合ってきたのが嘘の様に、彼は従順だった。それだけ、彼の中でも自分の仕出かした罪の重さを実感しているのだろう。

 物足りないと思うと同時に、憎々しい。彼を殴りたくて堪らないのに、カイリの寝息が聞こえるたびに、憎悪が鈍る。

 刺してやりたいのに、カイリが悲鳴を上げる様子がありありと想像出来る。斬ってやりたいのに、カイリが泣き叫ぶ声が聞こえてくる様だ。



 ――ああ、本当に。カイリは、残酷だ。



 フランツから、恨みを晴らす機会さえ奪った。

 だが、同時に感謝もしている。

 ゼクトールは、これから第十三位が改めて目的に邁進まいしんするためには、欠かせないピースとなる。切り捨てるわけにはいかないのだ。

 どこまでも穢い思考を巡らせるフランツは、カイリとは違う。

 しかし、だからこそ救われているのだと、改めて実感もしていた。


 復讐は、例え果たしたとしても、己の憎しみを取り去ってくれるわけではない。


 カイリは直に体験している。パリィの慟哭どうこくも目の当たりにした。フランツ自身も、教皇が死んだところで、十一年前の懺悔や憎悪が晴れたわけではない。

 ならば、ゼクトールについても同じだっただろう。彼がいなくなればカイリは平穏を得られるかもしれないが、それは所詮しょせん仮初めだ。

 冷静に考えてしまう自分に、フランツは己を踏み付けたくなるのを辛うじて堪えた。感情のままに走りたくもあったが、そうすればカイリの願いを踏みにじる。

 結局、時間をかけて、この行き場の無い絡み合った激情を整理するしかない。厄介だと途方に暮れていると。



「……ま、団長が悶々としてるのはさておいてよ」



 レインが、さらっと空気に切り口を入れた。

 彼は本当に、いつでも淡々としている。カイリのことでは腹が立っている様だが、フランツよりは冷静でいられるらしい。正直その薄情さが羨ましくもあった。

 何より、そんな彼だからこそ、フランツは副団長に任命した。己の判断が間違っていなかったと思う瞬間でもある。


「実際問題、ゼクトール卿はオレ達のために、いざとなったら馬車馬の様に動いてくれんだよな? カイリの奴隷みたいに働くんだよな?」

「……。……発想が、ケント殿と同じなのである」

「……あ?」


 途端、不機嫌そうにレインがケントを睨み据える。

 ケントも笑顔ではあるが、少々ご立腹の様だ。何故同じことを言ったと、顔にでかでかと不満をぶちまけている。

 この二人は、似た物同士だとフランツは呆れ果てた。口にしたかったが、今はレインの話を聞きたかったのでつぐむ。


「改めて確認するけどよ。教皇が死んで、教皇が今空位ってのは、知ってんのはオレ達だけか?」

「……うむ。ここにいる者達だけと考えてくれて構わぬ」

「……なるほど。色々ケント殿の黒い思惑が関わってくるわけか」

「失礼ですね。黒くないですよ。ただ、正直なだけで。カイリを守るためならば当然です」

「……へーへー、そうかよ。流石はケント殿。カイリ大好きだなー」

「ええ。貴方はツンデレ過ぎて呆れ返りますけどね」

「ああ?」

「あら。分かっていますわね。レインはツンデレですから」

「シュリア殿は元祖ツンデレでしたよね」

「はあっ!? あなた、目が腐っていますの!?」


 レインとケントに加えて、シュリアまでが漫才に加わってしまった。特にレインとケントは、あまり見ない内に随分と仲良くなったとフランツは感心している。

 あのレインがな、と生暖かく見守っていると、レインにはぎっと物凄い勢いで睨まれた。何故だろうか。


「あー……。……でも、近衛騎士は今どうしてんだよ。さっき、殺すの止めたって言ってたが。生きてんだったら、教皇が空位だって気付かねえの?」

「大丈夫ですよ。今は一室に閉じ込めて謹慎処分にさせています。かいつまんで理由は説明してありますが、……主にギルバート殿が落ち着かせる役割を担ってくれていますね」

「あー……。そういや、一人だけ正気保ってたな」

「わたくしも驚きましたが……なるほど。一人でもあの時のことを知っている者がいるならば、フォローも可能ですわね」


 レインとシュリアが納得して引き下がる。フランツ達も後から聞いた話だが、教皇に深く洗脳されていた中で、ギルバートはよく自分を取り戻したものだ。

 彼はカイリと何度かやり取りをしたことがあるらしいが、それが関係しているのだろうか。



「あと、彼らは一度、カイリの無効化の聖歌を受けているので、少しは自身というものを取り戻しつつあるようですね」

「あ? 現在進行形であの洗脳モードなのかよ? それ、危なくないか?」

「いいえ。今はいつも通り正気ですよ。ただ、洗脳は残っているので。……カイリに相談したかったんですが、相当体力を消耗している様なので、またの機会にしますね」

「は? ――……」

「洗脳。解けるんでしょう、カイリなら」

「――」



 途中で言葉を切ったレインだけではなく、フランツ達の間にも緊張が走る。

 考えてみれば、今、ケントは無効化の聖歌についてさらっと口にしていた。騎士達の洗脳が解け始めていると、暗に示唆しさしてきたことに他ならない。

 しかし、何故、洗脳が解けることをケントが知っているのか。

 ぴりっと、火花が散る様な緊迫感の中、ケントがゼクトールを白い目で見つめた。


「だって、ゼクトール卿、パリィ殿事件の時いましたもんね」

「……あ?」

「……うむ。教皇の指示で、お前達を監視していたのである。ずっと、詰所の上にいた」

「……。……ああ、なるほどなー。何かいる感じはしたけど、あんたかよ……」

「無意味に犠牲者は増やしたくなかったので、教皇には上げなかったが。……教皇の洗脳を解くのは、ケント殿でも難しいとのことである。それほどまでに、カイリの無効化は特殊で強いのである」


 割と意外な告白だ。

 フランツはもちろんだが、シュリアも疑問が頭をもたげた様だ。いぶかしげに眉を寄せて足を組み直す。


「……聖歌の力は、ケント殿の方がカイリよりも強いんじゃありませんの?」

「ええ、今のところは、まあ。でも、僕はそういう繊細で強引な手段が苦手みたいで」

「繊細で強引って、全く相反するものだと思いますけれども」

「カイリって、今もそうでしたけど、割と強引でしょう? でも、人の機微などあちこちで繊細。彼にピッタリだと思いませんか?」

「……。……まあ、そうとも言えますわ」

「懐柔されんなよ。元祖ツンデレ」

「うっさいですわ。じゃあ、あなたはどうですの」

「……。……異論はねーなー」


 ばちっと、レインとシュリアの視線が爆ぜ、同時に外向そっぽを向く。何と言うか、こういう二人を見るのはフランツとしても初めてだ。エディが「どっちもツンデレ過ぎるっす」と突っ込んで、シュリアにぶっ叩かれているのも印象的である。

 カイリが加わってから、本当に第十三位の表情が柔らかくなった。流石はフランツが見込んだ可愛い息子である。誇らしい。


「まあ、とにかく。カイリに洗脳を解いてもらうまでは、まとめて同じ部屋にぶっこみ続けます。ご安心を」

「……ケント殿が言うと、ぜんっぜん安心出来る要素がねえんだけど」

「カイリに嫌われる様なことはしませんよ。ご安心を」

「……。ああ、そうだなー。くそっ。……それと、ゼクトール卿。もう一つ確認したい」

「……何であろうか」


 矛先を再び向けられ、ゼクトールが少しだけ面持ちを硬くする。

 レインが相手だと、彼も気が抜けないのだろうか。フランツから見ても、レインは割と色々胆力がいる相手だとも思う。

 レインは一度カイリを一瞥いちべつしてから、ゼクトールに真っ直ぐ向き直った。逃げを許さない強い眼差しに、空気も張り詰めていく。



「あんた、カイリの祖父なんだよな」

「いかにも」

「これから、どーすんだ? 家族には知らせんのか」

「……」



 一瞬、ゼクトールの雰囲気が惑う様に揺れる。視線を斜め下に落としてから、考え込む様に目と唇を閉じた。

 そんな彼の表情には、明らかに苦渋が深く刻まれている。あまり色好い回答は期待出来そうになかった。


「……ティアナがいた頃ならば、諸手を挙げて歓迎されていただろうが……今は、難しいであろうな」

「ああ、そうでした。ゼクトール卿の家って、確か跡継ぎ問題あったんでしたっけ?」

「ケント殿の言う通りである。息子二人から生まれた子供は、どちらも女子だったのである。今は長兄のアレックスが継いでいるが、次の跡継ぎは長兄の娘の婿むこになる。……カイリがいなければ、であるがな」


 含みを持たせたゼクトールの示唆しさに、フランツ達は揃って溜息を吐いた。どう足掻いても、カイリの平穏がまだまだ程遠い。

 レインも珍しく疲れた様に、溜息が重かった。


「……、なるほど。つまりは男系が優先して継いでるから、公表するとカイリが巻き込まれると」

「うむ。……情けないことではあるが、今、その点で少しぴりぴりしている。わしがティアナとカーティスを追いやったせいで、家族の仲も、表面はともかく……少しだがこじれてしまっている」

「全部てめえのせいだろうが」

「……重ね重ね、申し訳ないのである。……。……カーティスの息子だということも、一部の騎士には、……」

「……あら。そういえば、ゼクトール様。カイリ様を捕まえる場面で、カイリ様の御父君の姓を出してしまいましたね」

「……。……本当に、申し訳ないのである……っ」


 リオーネの指摘に、ゼクトールは床にめり込むほどの土下座を披露した。

 だが、それで問題が解決されるわけではない。ケントが、とても良い笑顔で背中を蹴り倒していた。彼は恐いもの知らずである。

 つまり、カーティスとティアナの実家に、カイリの素性が露呈するのは時間の問題というわけだ。

 その上、とクリスが珍しく苦笑いで補足した。


「……カーティス殿の家も、元々家族仲が悪かったですよね? ゼクトール卿」

「う、む。……特に兄弟同士が険悪で、あの家は未だに当主の座をカーティスの父が譲っていないのである」

「カーティス殿は三男坊ということで、自由に飛び跳ねていましたが、それがまた気に食わなかった様でしたね。おまけに、エイベル卿の家に足繫あししげく通っていたから、兄二人がエイベル卿の家まで目の敵にしていましたし」

「……確かに。カーティスがエイベル卿の家によくご馳走されに行っていたのは、家に帰っても居場所が無いからだったな……」


 クリスと顔を見合わせ、フランツも当時のことを回顧し、頭を抱える。

 本気で頭が痛い。当初、カイリが危惧していた実家の厄介な揉め事とやらが実現しそうだ。フランツの養子だから突っぱねる理由は充分だが、当事者達にとっては無視出来ない存在となるだろう。

 ラフィスエム家に関しては、フランツも探りを入れておこう。もしかしたら、孫のカイリにはまだマシな対応になるかもしれないと、儚い希望を抱く。


「……はあ。ゼクトール卿のせいで、頭が痛いですな」

「う、ぐう」

「まあ、ほらほら、フランツ君。そこはね、私とケントの出番だよ。一応私、侯爵だから。ラフィスエム家やゼクトール卿の爵位と変わりはしないんだけど、そこは腹の探り合いでね?」

「うーん。僕は、騎士達に緘口令かんこうれいを敷くくらいしか出来ないけど。でも、父さん。人の口に戸は立てられないよ?」

「そこは、頑としてカイリ君とフランツ君が認めなければ良いんだよ。いくら証拠があったとしても、本人達が一貫して否定すれば、なかなか、ね?」

「んー……。……逆にカイリって、逃げずに立ち向かう可能性もあるから厄介だけど」

「その時はその時。……カイリ君は、結構予想の付かないことをやらかしてくれるから。フォローのし甲斐があるよね」


 ふふっと楽しそうに笑うクリスの表情は、かなり黒い。それに頷くケントも、輝かしい笑顔なのに真っ黒だ。

 この親子は本当に敵に回したくない。そうフランツが思っていると、エディが軽やかに彼ら親子を武器にする様な言い方をし始めた。


「……あとは、ケント殿が新人と仲良しってのも大きいっすかね。新人は、無自覚で盾が多い気がしますし。ボク達もいますから、何とかなるっすよ」

「……へえ。エディ殿、よく分かっていますね。評価が上がりましたよ?」

「それはどうも。……実際、ゼクトール卿の実家も、この包囲網じゃ手を出しにくそうっす」

「もちろん! 何かあったら、抹殺しますからね! ――覚えておいて下さいね、ゼクトール卿?」

「……、善処するのである」


 ケントの本気の笑顔の宣言に、ゼクトールも神妙に頷く。この中ではゼクトールが一番地位的には上のはずなのだが、最も立場が弱くなった。カイリへの負い目のせいだろう。フランツとしては良い気味である。

 しかし、益々カイリの周辺に注意する必要が出てきた。

 カイリは狙われているからと言って、怯えて閉じこもる性格では無い。まだまだフランツ達が予想の付かないところに行きたいと言ったりするだろうし、任務が舞い込んで来たらと思うと胸が痛いし、心配し出したらキリが無い。



 ――カイリは、いつになったら平和に過ごせるのだろうか。



 本来なら、村で極々普通に村人として暮らしていたはずだろうに。

 聖歌を歌える。ただそれだけで、彼は無理矢理平穏を巻き上げられてしまった。

 何事も無ければ、ただ慎ましく、穏やかに、優しい日々を過ごせただろうにと心苦しい。


 だが、その一方で、フランツの元に来てくれたことに感謝もした。


 もし彼がいなければ、今もフランツは過去の恩讐に囚われていたかもしれない。レイン達だって、まとまっている様でまとまっていない、誰もが外を向いて背中合わせの関係だったかもしれない。

 しかし今、自分達は少しずつ互いに向き合いつつある。背中合わせから、向い合わせに移行している最中だ。

 浅ましいとは思うが、カイリの存在にフランツは救われている。どうしようもなく穢い想いではあるが、彼が今、自分の息子として傍にいてくれることに安らぎを感じている。



 だからせめて、カイリにとってもここが安らぎの場所になれる様に。



 眠るカイリを見つめながら、フランツは彼の頭を撫でる。

 その寝顔が微かに微笑んだ様に見えて、フランツはひっそりと幸せに浸った。


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