第213話
教皇の元からカイリが無事に助けられてから、三日が経過した。
その間、カイリは何とか水を持つ時に恐がらなくなるところまで回復出来た。
まだ飲む時にまごつくが、フランツ達が傍にいてくれるおかげで水分補給は滞りなく済んでいる。
特に、何故かシュリアは「馬鹿ですの」と言いながら、よく隣で同時に飲んでくれたりした。彼女の優しさなのだろう。レイン達がにまにましながらシュリアを怒らせたりしていたが、それも楽しい日常だった。
お風呂も、フランツ達が大体全員で一緒に入ってくれていた。
初めは申し訳なさが先立っていたが、エディとレインがあまりにもはしゃぎまくるので、むしろ呆れたり笑ってばかりだ。おまけにフランツまでが「大人の偉大さを見せつけてやろう」と参加し始めるので、カイリは恐怖を感じる暇がほとんど無い。
湯船に入る時や顔を洗う時などはどうしても怯えも混じるが、周りが騒がしいと気にならなくなる。もしかしなくとも、わざとだろう。その気遣いを、ありがたく受け取ることにした。
「カイリ。苦しくないか?」
「はい、大丈夫です。むしろ、寝ているばかりだから動きたくなりますね」
「それは駄目だ。もし少しでも動いて傷口が開いたらどうする」
「……フランツさんは過保護だと思います」
「何を言う。当然の心配だ」
そんな風に、今日もカイリはベッドの上でフランツから手厚い歓待を受けていた。
おまけに、腹の上には守護精霊のラッシーがころころと可愛らしく転がっている。心配で見に来てくれたらしく、カイリは遠慮なく抱き締めながら「ありがとう」と感謝した。毎日可愛さで昇天しそうである。
ぎゅうっと抱きしめてラッシーのもふもふを堪能していると、レインがおかしそうに笑いながら部屋に入ってきた。
「よう、カイリ。相変わらずのラッシー好きだなー」
「もちろんです。このもふもふっとした手触りと愛くるしい真っ白な存在。これ以上の至福はありません」
「くっく、そうかよ。ああ、ココアを淹れてきたぜ。飲むだろ?」
「はい! ありがとうございます、レインさん」
レインが呆れながらにマグカップを手渡してくれる。ほかほかと立つ湯気はほろ苦く、彼の優しさが感じられるかの様だ。
この三日間、部屋で養生していると、みんなが代わる代わる水以外の飲み物を持って来てくれる。
彼らが持ち寄ってくれる飲み物には、液体に必ず色が付いていた。些細な違いなのかもしれないが、カイリは水以外の飲み物に拒否反応が出なかったからだ。
故に、水分も取りやすいと色々作ってきてくれる。感謝を別の機会に返したいとカイリは秘かに野望を抱いていた。
だが、それよりも深刻な野望がある。
「あの、フランツさん。俺、いつから剣の訓練や聖歌を再開しても大丈夫ですか?」
目下、カイリの野望は剣の修練や聖歌の強化だ。
今回の護衛や拉致事件で、カイリは己の弱さを海よりも深く痛感した。フランツ達やケント親子が助けに来てくれなければ、カイリは二度と太陽を拝めなかっただろう。
ギルバートをはじめとする教皇近衛騎士も危険に
もっと強くなりたい。
例え不利に追い込まれても、一人である程度切り抜けられる様に。
そして、フランツ達が窮地に陥った時、確実に助けに行ける様に。
強い決意を抱いて懇願したが、フランツは無情にも「駄目だ」と首を振った。
「お前は右肩が砕けていただけではなく、あちこち骨にヒビが入っていたし、打撲も酷かった。満身
「……、はい」
「なら、まずは養生だ。一刻も早く完治するには、休息が一番だからな。寝て、栄養を取って、英気を養う。成長には一番の近道だぞ」
「……、……はい」
真剣に諭されれば、カイリも
確かに、右肩は驚異の回復力を見せて骨がくっついたが、それでも無理は出来ない状態だ。暴力も激しかったため、肌のあちこちが赤黒い。この三日で色は薄くなってきたが、何もしていなくても痛む時もある。
フランツの言う通り、今は休むべきだ。頭では理解している。
だが一方で、剣の腕が鈍るなとカイリは少しだけ焦りも覚えていた。ただでさえ騎士になって日が浅いのにと歯がゆくなる。
「……カイリ」
ぽん、とフランツが慰める様に頭を撫でてくれた。難しい顔をしていたのだろう。わしゃわしゃと、子供の様にあやされる。
「あまり難しく考えるな。お前が焦るのも分かるがな」
「……すみません」
「大丈夫だ。俺達も、養生のために武術の訓練が出来なかったことは、それこそ何十回とあるぞ」
「そうそ。誰しも通る道だぜ」
「え。フランツさんやレインさん達もですか?」
「当たり前だろー? オレらだって新人時代はあるんだからなー」
からからとおかしそうに笑うレインに、そうだよな、と納得もする。
しかし、圧倒的な強さを誇る彼らを目にしていると、いまいち実感は湧かない。それだけ血の滲む努力をしてきたという裏返しなのだろう。やはり尊敬する。
「……大体よ。お前、割とイレギュラーなんだぜ? 普通、よっぽどの才能がなきゃ、新人なんて二、三年経ってやっと使える様になるかどうかって感じなんだからなー」
「……え? そうなんですか?」
レインの言葉に、カイリはきょとんと瞬いてしまう。
ここにいる第十三位は、全員手練れ中の手練れだ。エディだって、騎士になってまだ四年しか経っていないというが、それでもカイリからすれば一人前で頼もしい先輩である。
それに、カイリがイレギュラーとは一体どういう意味だろうか。
首を傾げていると、フランツが苦笑して補足してくれた。
「そうだな。レインの言う通り、お前が請け負っている任務は、普通新人が参加するには重すぎるな」
「え……」
「ルナリアの場合は、結果的に重すぎるものになったというだけだが。初任務はともかく、護衛についても、普通は騎士になりたての新人にさせる、という例は極端に少ない。特に王族が対象の場合はな。柔軟な対応に慣れていない者を傍において万が一があった、なんて言い訳が立たないだろう?」
「……あ。確かに」
王族や貴族は、地位が高い分狙われやすいはずだ。
だからこその護衛だし、明らかに不慣れな騎士がいれば、敵だってそこを重点的に突くだろう。
そう考えると、つくづくフランツ達は寛大だ。よくぞジュディスの護衛をカイリに一任してくれたと思う。今更ながらに大それたことを宣言したものだと、血の気が引いた。
「……す、すみません。俺、何も考えていなくて」
「いや。俺達が傍にいるという条件が通ったからこそ受けたのだ。それに、……言い方は悪いが、敵がお前を狙いやすいと分かっているのならば、対処もしやすい。……結果的にお前には複数の狂信者を相手にするという酷なことをさせてしまったが、……ああ流石はカイリ。よくぞ切り抜けた。俺の息子はこんなにも強く賢くカッコ良く」
「おーい、団長。親馬鹿はいいけどよ。カイリ離してやれ。骨がまた砕けるぞー」
「分かっている。……」
レインの乾いた笑いを流しながら、フランツがそれでもぎゅうぎゅうにカイリを抱き締めてくる。
その強い抱き締め方の奥には、微かに震えも混じっていた。あの時、フランツはカイリが狂信者に連れ去られそうになったと聞いた時、顔色を変えて抱き締めてくれたのだ。
その時のことを思い出したのだろう。本当に心配をかけてばかりだと、カイリもささやかに抱き締め返す。
「あー、……ごほん。……普通、新人だと三年くらいは必要という話だったな」
「はい。でも、エディもすごく強いですよね」
「ああ。エディもまだ騎士になって四年だが、そこらの騎士よりはずっと強いのは確かだな」
「だなー。あいつの執念は凄まじかったし、オレが第十三位に入った時にはもう、割と普通の騎士じゃ相手にならなかったよなー。……ま、あれだけ強くなったのは経験値を積みまくったってのもあるけどよ」
「積みまくった……?」
ぴんと来ないので首を傾げたが、すぐに「あ」と思い至った。
以前、ケントも話していた。今は比較的平和なのだと。
つまり。
「……数年前までは戦争も多かったからな。そういう意味では、今よりも無理矢理にでも経験を積む場が多かったと言える。戦は、新人だろうが容赦なく投入するからな」
「……。戦……エディもリオーネも参加したんですよね」
「ああ。……それにな、カイリ。どれだけ武の才能があって、訓練では向かうところ敵なしという奴でも、戦場ではそれが全てではない」
「え?」
「訓練と戦場は違うのだ。その違いは分かるか?」
不意に真剣な眼差しとぶつかる。真っ向から挑まれる様な強さに圧倒され、カイリは一瞬
訓練と戦場の違い。
実際の戦を経験していないカイリでは想像することも恐ろしいが、今までの戦闘を思い返して遠慮がちに答えてみる。
「……相手が、本気で殺しに来るかどうか、ですか?」
「その通りだ。流石はカイリ。賢いな」
満足気に何度も頷くフランツに、レインが隣で完全に白い目になっていた。もう突っ込むのも疲れたらしい。カイリとしては是非とも突っ込んで欲しかった。気恥ずかし過ぎる。
「まあ、つまりだ。訓練相手は、例え本気を出しても命を取ろうとはしない」
「はい」
「だが、戦場は違う。相手も必死だし、生き残るためには何でもやるってことだ。それこそ、訓練で数多の対応を学んだという慢心をすり抜ける様にな」
「慢心……」
〝慢心する。自分が出来ること以上のことが出来ると信じ込んでしまうんだな。欲も出る。実際、カイリ。お前は今、少しだけ参加しに行こうと思わなかったか?〟
不意に、かつての父の言葉がカイリの脳裏を過る。
どんな時でも戒めの言葉なのだと、カイリは改めて重く悟った。
「戦闘の経験が少ないというのは、それだけで大きなハンデだ。どんな不測の事態にも反応出来る柔軟な姿勢は、すぐに身に付くものではない。刃を交わしてきた長年の勘っていうのも侮れないものだ。そして、体力の配分など、休息の仕方一つ取ってもな」
「……、はい」
「だからこそ、例え一流の腕を持ち、訓練では敵なしと
フランツが伏し目がちになる。顔にも心なしか陰りが落ちた様な気がした。
つまり、彼は団長として、――いや。それこそ、新兵の頃からそういった場面を幾度も目の当たりにしてきたのかもしれない。同胞が目の前で命を落とし、無念を飲み込むこともあったのだろう。
ここにいる人達は、全員そういう経験をしているのだ。
遥か彼方を歩く先人の言葉には、深く、暗い重みがずっしりと備わっていた。
「正直に言うならば、カイリにも剣の才能はある」
「……えっ!」
「聖歌語の使い方も力も成長が早い。聖歌は言わずもがなだ。……確かに、実戦ではまだ足りないところも多いが、複数相手に数分も持つのは、才能があっても三、四ヶ月程度ではなかなかない。驚いているぞ」
「あ、ありがとうございます……」
真正面から賛辞を受け、カイリは思わず
今度はフランツの称賛にレインも呆れた様子は無かったので、本心なのだと知って更にかっかと熱が上がった。
「しかしな。それでも、経験値は絶対的に足りない」
「……、はい」
「こればかりはどうしようもないが……焦るのも違うぞ。お前も分かってはいると思うが、一歩ずつ、確実に。剣も、聖歌語も、聖歌も、柔軟さも身に着けていけ。休息の取り方も強さの一つだ」
「……、……はい」
「冷静さが備わっているお前なら、きっと出来る。もどかしいことも多いだろうが、大丈夫だ。今の時点でも、お前に出来る最大限で、お前は貢献してくれている。だから、常に最善を尽くすことを考えれば良い。……分かったな?」
「……はい!」
フランツが団長として、カイリに教え説いてくれる。
いつもの親馬鹿モードではない姿で、真剣に評価してくれることがとても嬉しい。心がほかほかと温かくなった。
「おら。もやもやも片付いたところで、お兄さんがせっかく淹れたココアなんだからよ。あったかいうちに飲め飲め」
「あ、はい」
話が終わってベッドに寝っ転がり始めたレインが、励ます様に声をかけてくれる。
その声に背中を優しく押され、カイリは「いただきます」と口に含んだ。
ふわっと香るほろ苦さと、舌に広がる甘みが心を落ち着けさせる。苦味と甘味の絶妙さが、レインのココアだ。彼は料理の腕もココアを淹れる腕も一流である。
「美味しいです、レインさん。ありがとうございます」
「おう、お代わり欲しけりゃ言えよー」
「ふむ。次は、俺がお茶を淹れてやろう。何が良い?」
「……フランツさん。そんなに飲んだら、俺、水っ腹になります」
「ううむ。……レインに先を越されたな」
「あー、へいへい。団長の過保護さは通常運転だなー」
けらけらと笑いながら、レインがベッドに本格的に寝転がる。
本を読んで時間を過ごす彼は、少し珍しい。今は、まだ日も高い昼間だからだ。
彼が読書をするのは別に珍しくないが、この時間帯は大抵外出していることが多い。
だが、この三日間、彼はほとんど外に出ていない。
彼だけではなく、フランツ達もだ。全員、大体は宿舎に待機している。
「……あの。フランツさん達は、外に出なくて良いんですか?」
「うん? ああ、……まあ、一応謹慎中の身だからな。買い物くらいは、今みたいにシュリア達が行ってくれているが」
「……え」
初めて聞く事態に、カイリの顔に陰が落ちる。
謹慎中。
確かに、カイリが教皇に連れ去られた理由は、彼の晩餐会への出席を
しかも、カイリが連れ去られた時、フランツ達は武器を抜いて抵抗したそうだ。その後逃走もしているし、カイリを助けるために大立ち回りしたとも聞いた。
カイリが気を失った後のことや今後の話は、ケント達が来てからの一点張りだったから、第十三位の処遇は大丈夫だったと簡潔に考えてしまった。
――少し考えれば分かることだったのに。
馬鹿だ、と頭を抱えそうになる。つくづく自分のことばかりだと、自身に失望した。
「カイリ。そういう顔をするな」
「……でも」
「さっきも言ったが、少しずつ進めば良いのだ。大体、お前は騎士になってまだ三、四ヶ月だぞ? いきなり急成長されたら、俺達先輩の立場が無くなる」
苦笑しながら頭を撫でられ、カイリは撫でられた箇所に手を伸ばす。
子供扱いされているなと焦る気持ちと、悪い気分ではないと言うジレンマに
けれど、暗い顔ばかりすることを彼らは望まない。ならば、前向きに進むだけだ。
「はい。……早くフランツさん達先輩を抜ける様に頑張ります」
「良い返事だ。簡単には抜かせてやらんがな。……よし。手始めに、飲み物の偉大さを教えてやろう。次は、絶対にお茶を淹れるからな。レインのココアには負けん」
「あはは。はい、ありがとうございます」
フランツの笑顔は、子供みたいに映る。会った当初から茶目っ気があるが、最近はよくこんな表情を見る気がした。
少しは打ち解けられたのだろうかと、喜びが膨れ上がる。距離が近付くのはとても幸せなことだ。
そんな風に、ほのぼのと会話を楽しんでいると。
「ちょっと、ヘタレ! いますの?」
いきなり、ばーんと勢い良く扉を開けてシュリアが入ってきた。
相変わらずノックが無いなと、カイリは呆れる。着替え中だったらどうするのだろうか。赤面する彼女は想像出来ない。
「なあ、シュリア。ノックくらいしないのか?」
「はあ? 必要ないでしょう」
にべもない。これは言っても無駄だとカイリが諦めていると、一緒に入ってきたリオーネが、ふふっと口元に手を当てた。
「シュリアちゃん。そんなにカイリ様の着替えが見たいんですか?」
「はあ!? な、何でそうなるんですの!?」
「だって、いきなり入って裸だったら……ラッキースケベ、というやつですよね? シュリアちゃん、エッチですね」
「え、っち! ち! ち、ちち、違いますわ! ヘタレの裸なんて見ても、ちっともラッキーに思えません! 貧弱そうですわ!」
「おい」
「それに、どうせ裸を見るのでしたら、もっとムキムキマッチョな筋肉美を見せつけて欲しいものですわ! そう、……えー、……そう! フランツ様の様な! 見ていませんけど! でもフランツ様は! 多分! マッチョ! ですわ! そう、それが至高の筋肉!」
――フランツさんの裸なら見たいのか。
意味不明な主張を始めたシュリアに、思わずカイリは半眼になった。
恐らく、シュリア自身も何を言っているのかよく分かっていないのだろう。フランツが、「なるほど、俺の裸はマッチョなのか」と納得しているのもどこかおかしい。
しかし、貧弱だのヘタレだの酷い言われ様だ。本気で着替え中に見られて今の様に悪し
それに。
――何だか、少しもやもやするな。
よく分からない感情が、カイリを支配する。故に、心の中だけで微かに唇を尖らせて、シュリアに突っかかった。
「なあ、シュリア」
「何ですの、貧弱!」
「俺がシュリアの裸を見たら、変態扱いするんだよな?」
「当たり前でしょう! 何とぼけたことを抜かしているんですの!?」
「じゃあ、俺もシュリアのこと変態扱いしても良いんだよな?」
「……。……今度からノックしますわ。それで良いのでしょう」
ぷいっと
シュリアもそうだが、先程レインも言った通りフランツも通常運転で、二人はとても仲が良い。噛み合わないことも多いが、その実馬が合うのかもしれない。
仲が良いのは素晴らしいことだ。カイリとしても微笑ましい。
けれど。
――何で、俺、こんなに落ち込んでいるんだろう。
やはりよく分からない。己の筋肉がマッチョでないことに落胆したのだろうか。だが、別にマッチョになりたいと願ったことは無い。
首を傾げるカイリに、リオーネとレインがにまにまと
「な、何ですか?」
「いやー、……ふーん」
「だから! 何ですか!」
「カイリ様、可愛いです♪」
「か、かわ……」
一応、男なんだけど。
そう反論したかったが、この二人には何を言っても無駄だ。それに突っ込むと、それ以上のダメージがカイリに降りかかりそうである。こういう時は、黙るに限る。
「って、何騒いでるんすか。新人、一応療養中なんすから、少しは静かにして欲しいっす」
追いかける様に、エディが手に盆を乗せて部屋に入室してきた。
途端、爽やかな甘酸っぱい匂いが香ってくる。すん、とカイリは鼻先を動かし、顔がぱっと輝くのを感じた。
「エディ、それってオレンジか?」
「そうっす! シュリア姉さんとリオーネさんが買って来てくれたんすよ」
「そうなんだ。二人共、ありがとう」
「……ふん。世話が焼けますわ」
「あら。シュリアちゃんってば。店先で物凄いうんうん唸っていたんですよ? 『一番美味しいオレンジはどれですの。これですの? それとも、これ? あああ、どれも同じに見えますわ! 店主、紛い物を渡したら許しませんわよ!』とか、とっても真剣に選んでいましたし」
「え?」
リオーネの暴露に、カイリは驚愕で目を見開いてしまった。
何とはなしにシュリアを見てしまうと、彼女は何故か耳まで真っ赤に爆発していた。そのまま、ぱくぱくと口を無駄に高速で開閉しながら、立ち上がって更に爆発する。
「き、き、き、……気のせいですわ! てきっとうに選びましたもの! オレンジなんて、どれも一緒ですわ!」
「……何でそこで、ツンデレ発揮すんのかねー、この元祖ツンデレは」
「うっさいですわ! 本家ツンデレは黙っていて下さいな!」
「へーへー。エディ、オレンジくれよ」
「あ、はい! 新人も、どうぞっす」
「ありがとう」
受け取って、カイリは綺麗に切り揃えられたオレンジを眺める。切り口の断面が、実に鮮やかに輝いていた。つやつやとした潤いは華やかで、目で見ても楽しい。
カイリはフォークでささやかに刺して、口に頬張る。噛み締めた途端、しゅわっと爽快な甘酸っぱさが口の中を満たしていった。ぷちぷちとした感触も楽しくて、飲み込んだ後のほのかな甘さに、吹き抜ける涼しげな風を連想する。
「うん、美味しい!」
「良かったっす。本当、新人は美味しそうに食べるから気持ち良いっすね」
「そうかな。でも、本当に美味しいから」
もぎゅっと食べる手が止まらない。二人が一生懸命選んでくれたなら尚更美味しく感じられた。
幸せにとろけながら食べていると、シュリアがやはり呆れた様に白い目で見てきた。
けれど、少しだけ嬉しそうに口元が緩んでいる気もする。気のせいかもしれないが、カイリにはその反応だけで充分だった。
そうして。
――ぴんぽーん。
食べ終えるか否かというところで、元気の良すぎるチャイムが鳴り響いた。
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