第212話


 怪我も多く、まだ体力が回復しきっていないカイリは、少しフランツ達と会話をしただけで再び眠りに就いてしまった。

 レインやシュリアから聞いた話だと、二人が助けに駆け付けた時も、カイリは聖歌語を放っていたらしい。しかも、聖歌も歌った後だったそうだ。


 ――水責めに遭って、洗脳に抗い、体力も枯渇していた時に更に聖歌語や聖歌を使った。


 相当の胆力を要しただろうに、カイリはやり遂げた。親として、これほど誇らしいことは無い。

 そうだ。



 これほど誇らしいことは、無い。



「……団長。んな恐い顔すんな。カイリ、起きるぞ」

「――っ」


 だんっと、拳を叩き付けたい衝動をフランツは懸命に堪える。再び眠るカイリの横顔を悔しさと悲しさで見下ろした。

 すやすやと立てる寝息は穏やかだ。先程の様に息苦しそうに歪んではいない。きっと、フランツ達と会話をしたことで恐怖も紛れたのだろう。


 そうだ。恐怖だ。


 カイリは、水を極度に恐れていた。フランツ達のことも分からず、恐慌状態に陥って必死に逃げようとしていた。

 つまり、カイリはあの半日、ずっと拷問を受けながら恐怖に抗っていたのだ。

 ずっと、たった一人で。

 いつ終わるとも分からない苦痛の中。



〝やだ……っ! ……っ、たす、けて、……フランツさん……っ!〟



 ずっと、カイリは。



「――っ! くそっ!」



 悲鳴を上げるカイリの姿が、脳裏に焼き付いて離れない。少しでも気を抜けば、今すぐにでも教皇の元へ殴り込みに行きそうだ。

 しかし、そんな無謀なことをすれば、せっかくカイリを救出したこの苦労が水の泡になる。

 だから、耐えるしかない。

 それに。


「……カイリ様、しっかりフランツ様に懐いていますね」


 泣きそうな声で、リオーネが指摘する。

 カイリは眠りながら、フランツの服をしっかり握り締めていた。

 普段の彼なら、そんなことはしない。恥ずかしがって、慌てて謝ってくるだろう。そして、名残惜しそうに手を離す。

 故に、これは無意識の行動だ。恐怖から逃れ、すがる、彼の本音の表れだ。

 それが、とても嬉しく。



 ひどく、悲しい。



「たった半日だ。今まで、教皇に捕えられて戻ってきた者はいない」



 目を付けられ、『洗礼』を受けた者は皆、正しく教皇の元に一生を縛り付けられた。

 そして、教皇のために身も心もボロボロにされ、命を散らした。

 レインは珍しく無言だ。こういう時、軽く相槌を打ってくる副団長は今回ばかりは容赦が無い。いつも容赦はないが、特に輪がかかっていた。


「だから、奇跡だ。本当に良かった。カイリは、天に見放されていなかった。色々な運が重なって、こうしてまた戻ってきてくれた」


 感謝をした。カイリを懐に迎え入れられた時、彼の無事を確認して、心の底から安堵した。

 けれど。



「拷問を受けて、洗脳されそうになって、……恐くないはずが、無い」



 そうだ。恐くないはずが無い。

 今の反応で、水責めをされたのだと判明した。あれは、外傷は付かなくても残忍な方法だ。生と死の狭間を永遠に強いられる拷問方法だ。

 何度、責められただろう。どれほどの恐怖と暴力を叩き付けられただろう。

 分かってはいた。頭では理解していた。拷問を受けたと知っていた。

 だが、その全てを乗り越え、カイリはフランツ達の元に戻ってきたのだ。荒波を乗り越え、笑顔で戻ってきた。


 だから、例え彼が怯えても、その時はしっかり受け止め、ぬぐってやれば良い。


 そう考えた。覚悟だって出来ていた。

 もうカイリは手放さない。二度とこんな事態は引き起こさない。カイリと一緒にもっと強くなり、乗り越え、最後まで命を懸けてでも彼を守ろう。

 それで、今回は終わったと思っていた。

 もう、大丈夫だと考えていた。



 そんな甘い現実など、何処にもあるはずがなかったのに。



「……俺は、あの時目の前にいたのに。……一生、癒えない傷をカイリに残してしまった……っ」



 何故、あの時もっとゼクトールに食いつかなかった。あの時、無理矢理にでもシュリアの制止を振り切って追いかければまだ間に合ったかもしれない。

 どうしてあの時。どうして。

 そればかりが、今のフランツの頭を巡って離れない。


「……カイリに、どれだけ消えない傷跡を残せば気が済むのだ」


 両親を殺され、目の前で友人を殺され、一夜で故郷を滅ぼされ。

 色々回り道もしたが、ようやく第十三位に溶け込んできた頃だったのに、彼はまたトラウマに苦しむ。

 目が覚めたら、またカイリは怯えるのだろうか。笑顔を歪ませ、泣き叫ぶのだろうか。


〝嫌だ! やめろ! 触るな! やめて……っ!〟


 あんな風に、また。



「……団長。しっかりしろっ」



 ばしんっと、思い切り頭を叩かれた。小気味良い音が上がり、フランツは思わず前のめりになる。

 じんじんと痛む後頭部を押さえ、フランツは犯人を忌々しげに見上げた。

 だが、それでレインが怯むはずが無い。むしろ馬鹿にした様に、蔑む様に視線で刺してきた。


「ったく。この団長様は、よくよく情けない面ばっかり拝ませてくれんなー。副団長の手間、減らしてくれませんかね」

「……副団長は、団長の補佐をするものだ。手間など減らん」

「おーおー、口だけは達者で。……カイリの前で、後悔した様な顔すんなよ。さっきのシュリアの懺悔に対する反応見ただろ。余計にカイリが罪悪感を覚えて遠慮する」


 ぐっさりと牽制され、フランツはぐうの音も出ない。

 確かに、先程「自分達の落ち度だ」とシュリアが告げたら、カイリが即座に反論してきた。

 自分のせいだと、助けてくれて嬉しかったと。

 カイリにとっては、それが全てだ。本音だ。故に、いくらここでフランツが後悔したところで、状況は上向きにはならない。むしろ、カイリの精神状態が悪化する。

 改めて痛感し、フランツは溜息を細く吐き出した。胸の底に降り積もった真っ黒な感情を、投げ捨てる様に吐ききる。


「……すまない。分かっている。……今は、カイリの心のケアに努めるべきだと」

「分かってんならいいけどよ」

「だが、……この状態のカイリを、ゼクトールに会わせるのか」


 意図せずとも、声が奈落に沈む。レイン達も、流石に反論出来ずに押し黙った。

 カイリを救出し、手当てをした矢先、クリスが訪ねてきた時のことをフランツは思い出す。











『カイリ君、無事に救出できて良かったよ』


 客人は普段は応接室までしか通さないのが通例だが、クリスは恩人だ。

 故に、フランツは廊下を真っ直ぐに渡ってカイリとレインの部屋に招き入れた。

 着替えと手当を終え、深く眠るカイリの寝顔を、クリスは少しだけホッとした様に見つめていた。彼自身カイリのことを気にかけているというのが、その時初めて実感出来たものだ。

 だが、流石は元第一位団長というべきか。すぐさま本題に入ってきた。



『さて。今回のことで、第十三位の弱点が見えたと思うんだけど』



 カイリを起こさない様に、クリスは極めて静かな声で語りかけてきた。

 弱点。

 心臓に響く様な一撃に、フランツは咄嗟とっさに反論が出来なかった。


『おや。まさか、気付いていないとは言わないよね』

『……、それは』

『今回、カイリ君が無事に戻って来れたのって、誰のおかげなのかな』


 問いかけ方に悪意を感じる。

 レインが何かを言いかけたが、フランツは視線で制した。彼に任せても良かったが、眠るカイリの前で険悪になるのは避けたい。彼は眠っていても空気に敏感なのだ。


『……クリス殿とケント殿が力を貸して下さったおかげです』

『あと、フランツ君達第十三位の働きだよね。カイリ君一人だったら、絶対抜け出せなかっただろうから』


 意外だ。フランツ達を持ち上げられるとは思わなかったからだ。

 しかし、言葉には続きがあった。



『でも、フランツ君達だけだったら、とっくにもう国外だったよね』

『――』



 嫌な部分を突き付けられた。

 思わずフランツが睨み返すと、クリスは涼やかに花の笑顔を咲かせてくる。


『カイリ君が今回本当の意味で助かったのは、カイリ君が私達親子と縁を結んでいたからだ。つまり、……カイリ君は、己の縁で己を助けたってことだよ』


 それくらい分かるよね。

 さも当然とばかりに言外に言い切られる。フランツは何か返そうとして――結局口をつぐんだ。

 確かにそうだ。フランツ達だけだったら、被害はもっと拡大していただろう。国にだっていられなかった。救出の計画を立てていた最初の頃、フランツは覚悟の上だと確かに自分で口にした。


 ただシュリア一人だけが、それを気にしていた。カイリの居場所を奪うのだと。


『シュリア君もレイン君も、かなり強いから。二人さえいれば、強行突破でカイリ君を助けられたかもしれないけど、ね』

『……、まー、失敗は考えてなかったけどなー』

『そう。失敗はしない。そして、国外逃亡。……カイリ君の居場所を、また奪うところだったわけだ』


 淡々とした事実が、冷たい。底冷えする様なクリスの声は、フランツ達を如実に責め立てていた。

 何故、などと聞くまでもない。彼は、カイリを気に入っている。

 だから、不甲斐ないフランツ達に腹を立てていた。



『君達は、教皇を倒すことや世界の謎を解くことを考えていたみたいだけど? 結局、この程度のことしか出来る力が無かったわけだ』

『……っ』

『それはそうだよね。だって君達、誰とも縁を結ぼうとしなかったんだもの』



 ねえ、とにこやかな笑顔が、逆に恐ろしい。

 刃を向けられてはいないはずなのに、喉元に切っ先を突き付けられた様な鋭い圧迫感が迫る。エディやリオーネは、もう動くことすら出来ない様だ。レインは飄々ひょうひょうとした顔をしているが、シュリアは言葉で堪えているのか目を伏せている。

 そんなフランツ達の様子に、クリスは呆れたと言わんばかりに肩をすくめた。


『君達の力だけで、世界に立ち向かう? それが出来る? 何て傲慢なんだろうね。たかだか仲間一人救えないくせに、よくもまあ、大言壮語が叩けたものだよ』

『……』

『その点、カイリ君は優秀だ。犬猿だったはずの第一位の一部とも、どうやら少しずつ縁を結んでいた様だったし。教皇近衛騎士のギルバート殿ともつながりが出来ていた様だった』

『……、はい』

『それに、ケントも。――……息子が縁を結ぼうと願ったのは、カイリ君がカイリ君だったからだ。ケントは、そこら辺シビアだからね。そして、カイリ君もカイリ君自身の意思でケントの手を取ることを決めた』


 可愛い息子を正当に評価しながら、クリスがカイリを見やる。

 当然私も、と続けてクリスは目を細めた。


『私も、カイリ君を直接見て、縁を結ぼうと思った。カイリ君も、私達と仲良くしたいと願ってくれた。だから、結ばれたんだ』

『……』

『彼は第十三位のこと、初対面の時からずっと気にしていたよ。可愛いね。良い仲間が出来て良かったじゃない』


 にこにことカイリを評価され、フランツとしてはかなり複雑な心境だ。

 カイリはもちろん可愛い。ケントやクリスと打ち解けるのは当然だと誇っている。カイリは可愛く、優しく、思いやりに溢れた最高の息子だ。彼を嫌う人間など、こちらから願い下げである。

 だが、クリスの言い方には裏がある。

 当然、カイリのことは評価していて、それが前提だ。

 その上で、言うのだ。――それに引き換え、フランツ達は、と。


『嫌な過去を知っても、態度を変えずフランツ君達と接してくれる。そういう人達が、少なからずいる。カイリ君で証明されたはずだよね』

『……はい』

『少数だけど、他にも君達と普通に話してくれる人達はいたはずだ。それなのに、長年迫害されてきたからって、君達に好意を持つ相手にさえ心を開こうとはしなかった。当然、君達を気に入っていた私にもね』

『……はい』

『その結果がこれだよ。今回、第十位の中に、誰一人として君達の味方がいなかった。問題だったよね。もし、あの時一人でも味方がいれば、カイリ君についてはまた違った結果になっていたかもしれない。城で、一緒に逃げる選択肢があったかもしれない』


 違うかな。

 淡々と辛辣しんらつに分析が進められていく。フランツ達の欠点が、明確に浮き彫りにされていく。

 だが、受け入れにくい者も当然いた。エディが、弾かれる様に顔を上げる。


『でも! ボク達のことを切り捨て、迫害してきたのはあっちっす! 過去だけを見て、一度の失敗で、嵌められただけで、穢いものを見る様な目つきだったのは、あいつらの方っす!』

『……』

『三年前だって、新人がいくら入ってきても、こっちを陥れるだけ陥れるだけでした! ボク達だって、最初は……!』

『貴族の世界ではね、そんなの当たり前だから』

『……っ、え』


 クリスは、エディの怒号を途中で無慈悲にぶった切った。

 エディが戸惑う様に声を呑む。それで、勝敗は決してしまった。


『裏切られるのも腹の探り合いも日常茶飯事。上に行けば行くほど、それは強まる。事実、栄華から転落した輩を私は山ほど見てきた』

『……、それは』

『私からしてみればね、そんなの当たり前だし、同情する価値もないんだ。むしろ、――何を甘えたことを言っているのかな』

『――っ』

『そうとしか思えないんだ。価値観の違いだね』


 突き放されて、エディが雷を浴びせられた様に押し黙ってしまった。ぶるぶると、握り締めた拳が震えている。理屈では分かっても、到底受け入れられない意見なのだろう。

 だが、フランツ達は受け入れるしかない。実際、貴族の世界は騙し合いの連続だ。それが騎士達の世界にも持ち込まれている。それだけだ。

 そして、目の前のクリスは、そういう世界を死に物狂いで掻い潜って、家族を守る術を身に着けた人間である。エディの叫びが響かないのは、仕方がないことでもあった。


『それを掻い潜って、見る目を養い、味方を増やしていく。……本当に教皇を打倒し、世界の謎を解き明かしたかったなら、君達はそうするべきだった。味方が多い方が、手段というのは大幅に増えるものだからね』


 反論が全く思いつかない。

 観念して、フランツは項垂れる様に降参した。


『……、まったく、その通りです』

『うん。分かっているなら良いんだ。フランツ君なら、ちゃんと受け止められると思っていたからね』


 あっさりと引き下がって、クリスは圧力を解く。

 途端、どっとフランツは頭や肩から力が抜けていくのを実感した。レイン達も同じなのか、少し顔が厳しくなっている。


『例えば、第十位ならパーシヴァル団長。フランツ君、ちゃんと彼の性格分かっていたよね』

『……ええ。教会を盲信する者達を嫌い、犯罪歴がある者には厳しい目をしますが、人の行いを正当に評価する御仁……。そう、思っています』

『そう。少しずつアプローチしておけば、彼の態度もまた変わってくるかもしれないよ』


 語る口調は優しげだ。彼が求める反応を示せたからかもしれない。

 フランツ達にとっては耳が痛い話だ。受け入れるには時間がかかるだろう。

 しかし、――クリスの言う通り、自分達だけで何でもかんでも達成できるはずがない。目標が大きければ大きいほど、それは存在感を増して訴えかける様に主張していたはずだ。

 それを知らぬフリをして無視していたのは、フランツ達だ。完全にフランツ達の敗北である。


『王女の件もある。もしくは国外に目を向けても良い。まあ、何処からでも構わないけど。方針が無いなら、そこから始めてみたらどうかな』

『そこから……』

『カイリ君は、出会う人出会う人に、自分自身でぶつかっていくからね。そこを見習っても良いし、補っても良い。そういう手段の選択は、カイリ君より君達の方がよほど得意だろう?』


 しっかりと見抜かれている。それぞれの性格や能力を適切に判断しているのは、流石というべきか、当然と言うべきか。

 クリスはカイリを評価してはいるが、危ういとも感じている。だからこそ、フランツ達に欠点を補えと示唆しさしているのだ。

 彼は手厳しいが、本当に関心が無い者にはこんなお節介は焼かない。感謝するしかなかった。


『……ありがとうございます』

『うん。カイリ君は、縁を大切にする人間だから。無意識だったとしても、それが彼の強みだし、彼を助けることになる。実際、今回はなったよね』

『……ええ』

『難しいことかもしれないけど、……君達もそろそろもっと視点を広げるべき時に来ている。考えてみなさい』

『……はい』


 頭を下げると、クリスは満足そうに頷いた。にこにこと上機嫌で、「ああ、それと」と付け足してくる。



『カイリ君が目覚めたら、教えてね。ゼクトール卿を連れてくるから』

『――――――――』



 一瞬、フランツ達の間で時間が止まる。

 ゼクトール。

 それは、今回の拉致事件の元凶だ。

 彼が、カイリを連れ去った。彼が、カイリを裏切った。

 だというのに。


『……っ! 何故です!』

『ゼクトール卿が話したいことがあるからだよ。あと、カイリ君に会わせるかどうかは、彼自身に決めさせなさい』


 どんどん話が進んで行くことに、フランツは焦りを覚えた。背後から追い立てられる様に、言葉が上手く出て来ない。


『しかし! ……カイリはっ』

『カイリ君なら、会うと思うんだよね』

『……っ、何故っ』

『だって、カイリ君だもの。会わないで終わらせるなんて、しないでしょ。そんなの、絶対望まないよね』


 曲がりなりにも、繋いだ縁があるのだから。


 カイリの本質を正確に突くクリスに、フランツは歯噛みする。

 悔しそうに唸るフランツに、クリスは実に面白げに口元を吊り上げた。


『用はそれだけ。後は、君達次第だよ。頑張って』

『……』

『あまり、期待を裏切らないでね。そうじゃないと、――カイリ君、もらっちゃうから』


 宣戦布告を言い残し、クリスは軽やかに去って行く。レインが追いかける様に見送りに行くのは、それが宿舎での決まりだからだ。一人で団以外の者を歩かせるわけにはいかない。

 しかし、フランツはしばらく茫然自失として動くことすら出来なかった。

 カイリを、ゼクトールに会わせる。

 そんな非情なことを、させなければならないのか。











 あの時感じた激震を、フランツは再び感じている。

 カイリは、大きな傷を負ってしまった。フランツだと分からないまま暴れていた時、自分の手を恐がっていた。

 ゼクトールに会ったら、カイリの精神は壊れてしまうのではないか。不安が荒波の如く押し寄せて仕方がない。


「……ま、クリストファー殿の言う通りだ。カイリに決めさせようぜ」

「……っ、しかし」

「オレ達全員が付いてるんだ。教皇の所にいた時とは訳が違う。……少しは信じて見守ってやれよ、『オトウサン』?」

「――っ」


 茶化す様にレインに諭され、フランツは黙るしかない。

 クリスに言われた通り、カイリに何もかも黙って事を進めるのはフェアでは無い。きちんと伝えなければならないだろう。

 ゼクトールへの処遇は、被害を受けたカイリ本人が決めるべきものだ。

 きっと、それも含めてクリスは決定したのだろう。



 ――いつになったら、頼もしい大人になれるのか。



 懐きながら眠るカイリを見つめ、フランツは彼の頭を撫でる。

 彼を守りたい。守り通したい。

 だが、彼には常に危険が付き纏っている。教皇のことはもちろん、狂信者の問題も全く解決していない。

 もし、これからもカイリと共に在るのならば、フランツ達は欠点を克服していかなければならない。


 ――人と、縁を繋いでいくこと。


 今までってきたものを、新しくまた始める。

 ひどく難解ではあるが、未来を考えるのならば避けては通れない道だ。

 これからも、彼と共に歩いて行くのならば。


「……俺達も、強くならなければならないな」


 眠るカイリを抱き締めながら、フランツは静かに決意する。

 そんなフランツの心境を知ってか知らずか、カイリは少しだけ頬を緩めて服を握る手に力をこめてきた。


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