第211話
ぴちゃん、と何かが
その瞬間、カイリは芯から凍えた。嫌だ、と叫ぼうとして――全く喉が動かないことに気付く。
どうして、と混乱に叩き落とされると同時に、体も動かないことを知った。指一本微動だにしない最悪な状況に、カイリは益々焦燥と恐怖に囚われる。
水が、迫って来る。
また、自分を痛めつける。
呼吸を奪われ、肺を侵し、意識さえも冷たく刺す様に奪っていく。
嫌だ。恐い。どうして。嫌だ――嫌だっ。
必死にもがこうとするも、カイリの体は意思を無視して震えさえしない。
もがく合間にも、ぴちゃん、っと、また近くで滴の音が反響した。
「――っ、……っ!」
叫びたいのに、叫べない。
助けすら呼べないその状況に、カイリは心の中だけで喘ぎ、もがく。
だが、現実は無情だ。
ぴちゃん、っと。
また、冷たく落ちる音が今度は耳元の近くに跳ね、頬を濡らした。
その、濡れた様な感触を直に感じ取り。
「――っ、嫌、だ……っ!」
「――、……カイリ!?」
ばふっと跳ね起きる様にカイリは目を覚ました。
その瞬間、間近に目を丸くしたフランツの驚愕が飛び込んでくる。ひっと悲鳴を上げそうになって、しかしすぐに我に返った。
目の前にいるのは、教皇では無い。ゼクトールでも無い。近衛騎士達でも無い。
はあっと息を荒げながら、カイリはゆっくりと落ちる影を凝視した。
「……フランツ、……さん?」
「……カイリ。目が覚めたか」
ホッとした様にフランツが表情を緩ませた。どこか泣きそうに揺れるその瞳に、カイリは堪らず手を伸ばす。
「……っ、フランツさん……っ」
「……どうした、カイリ? 大丈夫だ」
いつもと異なるカイリの様子に、フランツも思案気に眉根を寄せる。
そんなカイリの不安を嗅ぎ取り、フランツが抱き起こしてくれた。右肩が少し痛んだが、配慮してくれているのが分かるほど優しい手つきだ。
「フランツさん……っ、俺」
「カイリ。平気だ。ここは、お前の部屋だ。みんなもいる。なあ?」
「え?」
「……あー。何だ何だ、甘えん坊だなー。オレら全員の前で甘えるなんて、随分と勇気があるこって」
「――、え」
第三者の声が飛び込んできて、カイリは一瞬思考が停止する。
ぎぎぎ、と錆び付いた
その隣には、呆れたシュリアが。更にその隣には、「あらあら」と楽しそうに笑うリオーネが。その更に隣には、憐みを漂わせたエディが。
第十三位全員が、部屋に座ってカイリを見つめていた。
理解した瞬間、カイリの顔がぼっと炎を噴き出す様に真っ赤になる。
「……っ! す、すみません! えっと、俺」
「いやいや、俺は嬉しかったぞ。可愛い息子なのだ。甘えてくれて喜ばないわけがない」
「えっ、うっ、……ううううう、……そ、うです、か」
実に
しかし、夢で寝ぼけていたとはいえ、フランツに子供の様に甘えるとは。カイリとしては穴を掘って土を被って隠れたい。
「……すみません。その、夢見が悪かったんです」
「確かに、うなされていたな。……平気か?」
「……、……はい」
答えるまでに間があったのは、果たして平気なのか自信が無かったからだ。案の定フランツ達が顔を曇らせたが、どう答えるべきかカイリも悩む。
だが、それを払拭するかの様にシュリアが馬鹿にした溜息を漏らした。
「ふん。丸一日眠りこけているからですわ。まったく、寝坊にも程があります」
「……え。……俺、そんなに寝てたんだ」
「そうですわ。鍛錬が足りないんじゃありませんの?」
「いえ、無理も無いっす。シュリア姉さんじゃないんだから、そんなゴリラみたいな体力持ってるはずないっすよ」
「パシリ。今、何と言いましたの?」
「え? い、いいいいいいいいえ! つ、つい本音が!」
「……馬鹿パシリ。今すぐ稽古を付けて差し上げますわ。表に出なさい」
「え、ええええええええ遠慮するっす!」
自ら墓穴を掘り、エディがシュリアから思い切り遠ざかる。レインを盾にし、突き出す様に彼女の方へ追いやっていく。
レインはされるがまま呆れた様に笑い、リオーネも見守る様な生温かな眼差しだ。
そんな彼らのやり取りに、日常が戻ってきたことを実感する。
そうだ。
――ここには、あの無情な水の音はしない。
「……シュリアは相変わらずだなあ」
「は? 何ですの? 馬鹿にしていますの?」
「いいや。シュリアらしいなって。安心した」
「は? ……は? 安心?」
「ああ。シュリアの顔を見て、いつも通りの言葉を聞いたら安心した。シュリアはそれでこそシュリアだよな」
「……………………。……やっぱり馬鹿にしていますわよね?」
じとっと睨みながら全身で非難するシュリアに、カイリは噴き出す様に笑う。そのことにまた何か言っていたが、今のカイリには心地良さしか感じない。
同時に、無意識にフランツの服の裾を掴み、次第に気持ちを落ち着けさせていく。
どうやら、あの水責めで色々敏感になってしまっている様だ。時間が経てば元通りになるだろうが、少し気を付けた方が良いかもしれない。
フランツに言うべきか判断しかねていると、それまで微笑ましそうに見守ってくれていた彼はカイリの頭を撫でながら尋ねてきた。
「カイリ、喉が渇いていないか?」
「……、え?」
「ずっと眠っていたしな。補給した方が良いだろう。リオーネ、水をもらえるか」
「はい、フランツ様」
「――」
水。
その単語に、恐ろしいほどの震えが湧き上がってくる。かたかたと、望んでもいないのに服を掴む手が小刻みに震えた。
リオーネからコップ一杯の水を受け取ったフランツが、
だが、そんな気遣わしげな視線にカイリは気付けない。フランツが手にするコップを――その中で揺れる透明な水から目を離せなかった。
水が、目の前に、在る。
水が、近くに迫っている。無害な顔をして、牙を剥く水が。
そう。
あの時と同じ、水が。
暴力的なまでにカイリの喉を、胸を、呼吸を圧迫して痛めつけた水が。
真っ暗な絶望に叩き落とす様に、カイリを強引に攻め続けた水が。
目の、前に。
〝二、三十分ほど続ければ、体力は格段に落ちるでしょう。……そうであるな、カイリ〟
「――っ! ひ……っ!」
気付けばカイリは、フランツの手を叩き落としていた。がしゃあんっと、無残に砕ける音が響き渡る。
同時に、ばしゃあっと、水がぶちまけられる音が耳を貫き、一層恐慌を来たした。
「ひっ、……嫌だ、……来るなっ!」
「っ、カイリ!?」
「嫌だ、……やだっ、……あ、……ああああああああっ!!」
「カイリ!」
「っ!」
伸びてくる大きな手が、カイリの頭を
嫌だ。捕まる。捕まったら。
また。
「――っ! ……来るなっ!!」
反射的に、カイリは目の前の人物を力の限り突き飛ばした。
そのまま反対方向へ突進して、どんっと無情にも壁にぶち当たる。拳でいくら叩いてもびくともせず、カイリの心に絶望が
嫌だ。殺される。手が、水が、また迫る。
押さえ付けられたら逃げられない。また、あの激痛と恐怖に締め付けられる。
そんなのは、嫌だ。
――嫌だっ!
「カイリ! ……カイリ、どうした!」
「いっ! 嫌だ! やめろ! 触るな! ――【触るなあ】っ!」
「うおっ!」
捕まえようとする相手に聖歌語を放ち、必死にカイリは逃れる。相手が床に見事に転がったが、そんなことで安心など出来はしなかった。
相手は一人ではない。視界に幾人もの姿が映り、カイリは引きつる悲鳴を上げながら、それでも懸命に逃げようとした。
けれど、何度叩いても壁は――『扉』はびくともしない。小さなヒビさえ入らないことに、カイリは焦燥と恐怖に追われた。
「どうして、……どうしてっ。何で、開かないんだ! 早く……!」
「カイリ! しっかりしろ。どうした!」
「っ! やめ……っ!」
無遠慮に伸びた手を、カイリはがむしゃらに振り払う。
だが、伸びる手は止まらない。拳がいつの間にか血で滲んでいることに気付かないまま、カイリは壁を殴り、相手の手から逃れようともがいた。
「嫌だ! やめろ! 触るな! やめて……っ!」
「カイリ!」
「やだ……っ! ……っ、たす、けて、……フランツさん……っ!」
「――――」
がむしゃらに抵抗して、カイリは名を呼ぶ。
嫌だ。こんなところで死にたくない。帰りたい。
捕まるなんて絶対駄目だ。みんなに会えなくなるなんて嫌だ。
嫌だ。嫌だ。
――嫌だっ!
「おねが、……嫌だっ! フランツさん、……フランツさん……っ!」
「……っ、……カイリっ」
「――っ」
ぐいっと後ろから抱き締められた。一瞬恐怖で身が
だが。
「カイリ、俺だ。フランツだ」
「――、……え……っ?」
フランツ。
その名に、竦んでいたカイリの体が、微かに緩む。
恐る恐る振り向けば、そこにいたのはゼクトールでも教皇でも無かった。
自分が助けを求めた人が、心配そうに顔を歪めて傍にいる。
「あっ、……はっ」
「分かるか? 今、お前に触れているのは俺だ。フランツだ。……分かるな?」
「……っ」
静かに、だがとても優しい声音を耳元に注がれる。
その響きに、恐怖で荒れ狂った心が徐々に落ち着きを取り戻す。直接心を撫でられる様な感触に、カイリの視界が急激に滲んでいった。
「……、フラン、ツ、さん」
「そうだ。フランツだ。……もう大丈夫だ」
「……だい、じょう、ぶ」
「よく、頑張ったな。もう大丈夫だからな」
そろそろと、刺激をしない様に頭を撫でられる。
その触れ方があまりに優しくて、カイリは申し訳なくなった。
けれど。
ぼろっと、熱い何かが左目から大きく零れ落ちる。
それだけで、心が求める様に割れて溢れ出した。
「――っ、……ふっ、……っ」
――フランツさんだ。
今、自分に触れているのは間違いなく彼だ。
その事実にひどく安心してしまって、フランツに
噛み殺しても、
「フランツ、さん……っ、……フランツさん……っ」
「うむ。……どうした?」
泣きじゃくるカイリの背中を、ぽんぽんとあやす様に撫でてくれる。心が先程とは違う震え方をして、カイリは堪らず吐き出した。
「……こわ、いん、です。フランツさん」
「……うむ。何がだ?」
「水が、……水がっ。……水が、……恐いんですっ」
「――」
一瞬、フランツの体が跳ねた気がした。
その意味に気付かないまま、カイリは縋る力を強くする。
「ずっと、顔を水の中に突っ込まれて、……っ。……恐くて、苦しくて、痛くて、冷たくて」
「……っ」
「もう終わったはずなのに、夢の中でまで追いかけてきて、……恐くて恐くて堪らないんです……っ!」
情けない。
水は何もしていない。悪いのは、カイリを無理矢理水の中に突っ込んだ彼らだ。
それなのに、カイリは水が恐い。夢に見るほどに恐ろしくて仕方が無かった。
風呂が好きなのに、入ることすら怯えてしまうのだろうか。水を飲まなければ生きていけないのに、口にする前に吐き出してしまうのだろうか。
そんなのは、嫌だ。
けれど。
「……っ、……水、飲みたいのに。風呂に、入りたいのに。……風呂、好きなのに……っ。……俺、このままだと、飲むことも、出来ないんですか? 大好きな風呂に入ることも、出来ないんですかっ」
「……」
「嫌だ、……そんなのは、嫌だっ。そんなのは、……あいつらの、思い通りになるみたいで、……嫌なんです。絶対、嫌だ。……嫌なのに……っ」
この這い上がる様な恐怖をどう克服すれば良いのか。
水と聞いただけで怯え、水を目の前にするだけで震える。
こんなの、カイリ一人ではどうしようもなくて途方に暮れた。こんな風に、いちいち恐慌状態に陥ってしまうのならば、どうやって乗り越えれば良いのか。
「お、俺、……っ」
何かを言いたいのに、言葉にならない。
泣き疲れたせいで、頭がぼうっとして回らなくて、意味の無い言葉ばかりを垂れ流す。
声が
「リオーネ。すまないが、もう一度コップに水を入れてくれるか」
「……、はい」
少し躊躇していたが、リオーネは素直にフランツの言う通り新しいコップに水を注いでくれた。
視線をずらすと、散らばったガラスの破片をエディが片付けていた。苦しそうな横顔に、迷惑をかけてしまったとカイリはぼんやり罪悪感を覚える。
「……っ、フランツさん」
「カイリ。少し見ていろ」
受け取ったコップを掲げ、フランツがカイリに見せつける。
カイリの体が震え上がったが、ぐっと腕に力を込めてくれた。大丈夫だと支えてくれるその温もりに、カイリも今度は何とか堪える。
そうして落ち着いたのを見計らって、フランツは一気に半分ほど水を
ごくごくっと、フランツの太い喉が動く。美味しそうに口元に笑みを乗せるフランツを目の当たりにして、いつの間にかカイリの体から力が抜けていた。
「……どうだ、カイリ」
「え?」
「この水は、俺を攻撃していたか?」
「――」
「俺を苦しめている様に見えたか?」
笑いながら問いかけてくるフランツに、カイリはひくっと喉が小さく動く。
フランツは実に美味しそうに水を飲んでいた。苦しそうでも無かったし、ましてや恐がってもいなかった。
ただ、水の旨味を享受していた。カイリの目にも、正しくそう映った。
「……いいえ」
「なら、この水は大丈夫ということだ。飲んでみるか」
「……っ」
半分水が残ったコップを手渡される。
あれだけ恐怖の象徴だった水が、今は手元にある。
透明で綺麗な水の色。カイリを苦しめた水と同じ色。
しかし。
「大丈夫だ」
「……っ」
「お前の意思で飲み干すのだ。……水は、襲って来ない。お前自身で制御出来る。分かるな?」
一つ一つ言い聞かせる様に、フランツが優しさを落とす。
コップを握るカイリの手に、彼の手が重ねられる。
カイリは一人では無いのだと、追い風となって奮い立たせてくれた。
――大丈夫。
まだ、時々指が震えてしまう。水が恐いのは、変わらない。
だが。
――この水は、襲って来ない。
自身に強く繰り返し、カイリはそろそろとコップに口を付けた。そのまま、小さく一口含む。
途端、冷たい感触が舌に広がり、喉を潤す。伝っていく気持ち良さは、カイリに久々の水の味を思い出させてくれた。
「……、……美味しい」
「――っ、……そうだろう?」
思わずカイリが零すと、フランツが感極まった様に同意してくれた。
見上げた先では、本当に嬉しそうに顔が緩んでいる。どれだけ心配をかけてしまったのか、計り知れない。
「……はい。美味しいです、フランツさん」
「ああ、ああっ。さ、もっと飲むと良い。ゆっくりで良いぞ」
喜んで促され、カイリは言われるがまま水をゆっくり飲み干す。こく、こくっと澄み切った後味に、心が流れる様に洗われていった。
本当に水が美味しい。さっきまで、あれほど恐怖の塊でしか無かったのに。
フランツがいるからだろうか。先に水を飲む場面を見せてくれたからこそ、カイリは勇気を出せたのだ。
「……ありがとうございます、フランツさん」
「いいや。最終的に克服するのはお前だ、カイリ。少しずつ頑張ろう」
「……、はい」
ぽんぽんと頭を撫でられ、カイリはまた涙が零れそうになって慌てて目を閉じる。じんじんと
「カイリ。お前、しばらく一人で水飲むなよー。トイレも一人で行かない。風呂も誰かと一緒な」
「……、はい」
「少し克服出来たなー、とか思っても一人でやるなよ?」
「は、はい」
「なら、良い。お前、時々一人でしょい込むからなー」
からからと茶化す様にレインに笑われ、カイリも頬を微かに緩ませた。笑う声というのは、強張った心を
だが、確かに一人で水を飲むことはおろか、しばらくは風呂にも入れないだろう。一人で混乱状態に陥ったら危険だということは、カイリにも理解出来た。
そこまで思い至って一気に落ち込む。
護衛は一人で切り抜けられず、その後教皇に囚われて迷惑をかけたのに、更にこの期に及んで手間をかけさせるのか。自分の無力さが恨めしすぎる。
「……すみません」
「あ?」
「俺、迷惑ばっかりかけて」
「……、バーカ」
ぴんっと思い切り額を弾かれる。加減がされていないのか、相当痛かった。じんじんと痺れる様な刺激に、カイリは額を押さえて睨み上げる。
「い、痛いですっ」
「そりゃあ、痛くしたからな。……てか、迷惑の内にも入んねえよ」
ぼそっと不機嫌そうに
すると、今の今まで黙っていたシュリアが、更に不機嫌そうに後を継いだ。
「今回のことは、わたくし達の落ち度でもありますわ。あなたが気に病むことはありません」
「え。……落ち度って」
「……教皇にみすみす
「――っ、……そんなことないっ!」
腕を組んで辛そうに歪めるシュリアに、カイリは反射的に叫んでいた。
驚いた様にシュリアだけではなく、フランツ達も口を閉じたが、カイリは黙ってなどいられない。
「みんな、助けに来てくれたじゃないか。とても危険だったはずなのに、みんなで俺のことを助け出してくれた」
「そ、それは」
「俺一人だったら、脱出なんて絶対出来なかった。今回だって、俺が不用意におじい……ゼクトール卿に近付いたから捕まったんだ。落ち度があるなら、全部俺の方だ」
「……あなた」
「……みんなが助けに来てくれて、……すっごく嬉しかった。捕まっている間、……帰りたいって、ずっと……ずっと願っていたから」
実際は半日も離れてなどいなかったはずだ。
それでもひどく渇望した。帰りたくて、会いたくて、仕方が無かった。
だから。
「助けに来てくれて、本当にありがとう。……また、みんなと一緒にいることが出来て、嬉しい」
抱えきれない感謝を言葉に乗せる。
言葉では語り尽くせないほどだったが、それでも言わなければ伝わらない。この幸せな気持ちを欠片でも伝えられればと切に願う。
念を込める様にみんなを見渡すと、フランツ達の顔から力が抜けた。やれやれと、互いに苦笑気味に顔を見合わせる。
「……新人には、敵わないっすね」
「本当に。……カイリ様。こちらこそ、また一緒にいられて嬉しいです」
エディとリオーネが、近付いて手を取ってくれる。微かに二人の手が震えているのは、どこからくるものなのか。カイリには判断が付かなかった。
「ま、お前がいないとちょっと物足りないしなー」
「あら、ツンデレですわね。いないと
「元祖ツンデレに言われたくねえよ。お前だって、もっと真っ向から『カイリ、会いたかったですわ』くらい言えねえのかよ」
「はあっ!? あ、あ、あ、ありえませんわ! 本家ツンデレのくせに生意気ですわ! だ、だだだだ大体わたくしは、別に! このまま拉致されたままだったら目覚めが悪かっただけですわ!」
「……へー」
「何なんですの! この本家ツンデレ!」
「あー、はいはい。元祖ツンデレは頑固だなー」
そんな彼らの日常が、愛しい。再び、こんな賑やかな空間に在れることが嬉しかった。
「……カイリ。これから、もっともっと想い出を重ねていこう」
「……フランツさん」
「迷惑なんて、この第十三位ではしょっちゅうだ。こいつらに比べればお前の迷惑など迷惑の内にも入らん」
「おーい、団長? ひどくね?」
「それに」
レインのツッコミを華麗に無視し、あー、ごほん、とフランツは咳払いをする。
そして、少し照れくさそうにカイリの頭を撫でた。
「……こうして頼られたりすると、父としては嬉しいからな。もっとじゃんじゃん頼って、甘えてくれて構わないぞ」
「――」
わしゃわしゃと、撫でる手が強くなった。少し痛い。
だが。
〝父としては嬉しいからな〟
その言葉が、何より嬉しい。
ここにいても良いのだと、深く沁みる。
「……はい」
噛み締めながら、カイリはフランツを見上げる。
「はい、フランツさん」
「うむ」
「頼りたい時は、……頼らせて、もらいます」
「……うむっ。どんと来いだ」
照れくさそうに、けれど幸せそうに破顔するフランツに、カイリも釣られる様に笑顔を咲かせた。
ここには、カイリの幸せがたくさん在る。
そう実感して、カイリはしばらくこの賑やかな空間に身を委ねた。
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