第156話


 季節も流れ、八月に入った一日目。

 窓から涼しげな風が運ばれてくる食堂で、カイリはフランツ達と朝ご飯を楽しんでいた。

 村にいた頃は、夏はほとんど暑くならなかったが、この都市はそれなりに暑い。

 だが、我慢できないほどではないし、どうしても駄目になったら一応風を巻き起こす旋風箱というものが設置されている。前世で言うエアコンみたいなものらしいが、そこまで強い冷風も出て来ず、体に優しいことにカイリは安堵した。


「あー、この卵焼き、美味しい……っ。ほくほくで程よく甘くて、最高です……!」

「それは良かった。カイリのために作ったのだ。まだまだたくさんあるぞ」

「はい!」

「……フランツ様。どんどん親馬鹿具合が酷くなっていってますわよ」

「言うなよ。名実共に親子になれて浮かれてんだからよ」


 シュリアとレインの茶化しに、カイリは少しだけ照れくさくなる。

 フランツはというと、この卵焼きのほのかな甘さと同じでほっくほくに甘い笑顔を振りまいていた。ルナリアでの任務を経てからというもの、フランツはカイリへの過保護っぷりを以前よりも更にパワーアップさせている気がする。

 かと言って、カイリの甘い部分を見過ごすわけでは無い。

 無茶や暴走をしそうになったらきちんと止めるし、武術の訓練も手を抜かない。未だに「この世界」と口にしかけた時は懇々こんこんと諭された。


 温厚ではあるが、決してそれだけではない。団長になる所以が、彼の姿には確かに備わっている。


 何となく父と通じるところがあって、カイリは少しだけ懐かしくなった。親友であったという二人のやり取りも見てみたかったと叶わない願いを抱く。



「さて。今月は、シュリアとレインの誕生日だな。派手にやるから、覚悟しておく様に」



 唐突に宣言するあたりが、フランツらしい。

 カイリは笑ってしまったが、シュリアにぎろりと睨まれた。何故笑っただけで睨まれなければならないのか。彼女は相変わらず理不尽の塊である。


「全く。別に、おめでたくなんてありませんわ」

「来年はようやく二十歳か。二十周年記念とか良さそうだな」

「何でそんな大げさなことになりますの!? 意味が分かりませんわ!」

「レインは今年で二十二か。ぞろ目だな。何が良い?」

「……団長。あんた、ほんとに嬉しそうだな……。というか、今年は特に……か?」

「うむ。本来なら二度誕生日会をやりたいところだが、何故か二人とも嫌そうな顔をするからな。仕方がないので、二人の合間を取って十七日にするぞ」

「……二回だなんてありえませんわ」

「オレら、なまじ日にちが近いからなー。……ほんとに楽しそうなこって」


 シュリアとレインが標的になり、二人揃って引くついた笑いを貼り付かせている。エディとリオーネは嬉しそうに、フランツの提案に乗っかった。


「何言ってるんですか! 兄さんと姉さんの一年に一度のお誕生日っすよ! 祝うのは当たり前っす!」

「そうですね。今年はカイリ様もいらっしゃいますし、色々豪勢にご馳走しちゃいましょう♪」

「いらないですわ! 待って下さいな!」

「カイリ。お前にもメニューの知恵を振り絞ってもらうからな。準備をしておいてくれ」

「分かりました。楽しみです」

「楽しみにしなくて良いですわ! ……はあ。まあ、ご馳走は嫌いではないですけれど」

「しゃーねーな。祝われてやっか」


 根負けしたのか、シュリアが背もたれに寄りかかって降参した。レインもからから笑いながら、焼かれたさばの身を美味しそうに口元に運ぶ。


「でも、ここでも誕生日会ってやっているんですね。俺もよく村でやっていたし、懐かしいです」

「ふふ。実は、私がこの第十三位に入団した年に、フランツ様が提案してくれたんですよ」

「へえ。リオーネが入団した年に?」


 ということは、リオーネの入団が発端ということか。最初はリオーネしかいなかったはずだから、二人でお祝いをしたということになる。

 果たしてどんな誕生日だったのだろう。想像しようとしたが、今の第十三位に慣れ過ぎたせいで、いまいち思考が働かない。


「私があまりに溶け込まなさ過ぎたというか……元気が無さ過ぎたので。見かねたフランツ様が、せめて誕生日はと料理を作ってくれたんです♪」

「そうなんだ。……フランツさん、やっぱり優しいですね」

「う、む。いや、……まあ、ごほんっ!」

「実は、フランツ様の料理はあの時初めて食べました」

「え! そうなのか」


 今では毎日交代で作っている料理だが、昔は違った様だ。フランツも昔から料理が出来たというわけではないのだろうか。

 それに、リオーネが入団した時は、換算すると前の第十三位が全滅してあまり月日が経っていなかった気がする。

 だとすると、やはりどうしても暗い影が落ちていたのだろう。リオーネにも色々ある様だし、今の様な空気ではなかったのかもしれない。


「まあ、なかなか団長らしいことは出来なかったのだが。……せめて、誕生日くらいはな」


 少しだけばつが悪そうにしながら、フランツが目を伏せる。

 だが、何となく遠くなっている目は、感傷が混じりながらも懐かしさをよぎらせていた。



「……どんなことがあっても、生まれたことは、誰かにとって嬉しいことなのだと。そう思いたかったのもある」

「フランツさん……」



 両親やライン達友人に、村の人達。

 そして、フランツ達第十三位に、ケント一家、屋台街の人やゼクトール、アナベル達など。

 カイリが生まれ、そして彼らが生まれてきてくれたからこそ、嬉しい出会いとなったのだ。それは、フランツの言う通り、確かに幸せな奇跡である。


「そうですよね。……俺が生まれて、みんなが生まれてきてくれたから、俺も、こうしてみんなと出会うことが出来ました」

「――」

「みんなに出会えて、すごく嬉しいです。幸せだし、感謝しています」

「……………………」


 フランツの言葉に感じ入っていると、何故か全員押し黙ってしまった。

 あれ、と首を傾げていると、フランツは何故か天井を仰いで目頭を押さえ始める。レインは頬杖を突いて外向そっぽを向き、シュリアもふいっと顔を背けた。

 みんなの反応が異様だ。見当違いなことを言ってしまったのかと焦る。


「え、っと。俺、何か変なこと」

「いいえ。新人は、そのままで良いっす。むしろ、そのままでいてくださいっ」

「え? は、はあ」

「……カイリ様は、天性のタラシ要素がありそうですね♪」

「は、はあ?」


 よく分からない評価をされた。

 しかし、別に気分を害したわけではないと知り、ホッとする。安心して鯖の身をほぐして口の中に放り込んだ。ほぐれていく身の甘さと、塩加減が絶妙で美味い。


「まあ、皆さんのデレ具合は置いておきまして♪」

「デレって何ですの⁉ デレてませんわ!」

「それで、初めての誕生日祝いがあってから、毎年誕生日はお祝いする様になったんです。フランツ様の誕生日も当然お祝いしましたよ♪」

「そっか。じゃあ、リオーネが料理を?」

「はい♪」

「……。……リーチェが来てくれなかったら、地獄の晩餐になっていただろうな」


 ぼそっと呟いたフランツの一言に、カイリ以外の者達が何とも言えない表情になった。ついっと特に男性陣が視線を逸らす。長年洗礼を受けてきた傷は深いらしい。

 しかし、フランツは団員の誕生日を祝うのが好きな様だ。生まれてきたことを喜ぶ、というあたり、両親と同じだなと微笑ましくなる。

 カイリも、誕生日の時はたくさんの喜びと感謝と共に抱き締められたものだ。食べきれないほどのご馳走が食卓に並び、本当に盛大に祝ってくれた。

 もう食べられないと言ったら、きちんと両親は計算をして二日後まで持つ様に采配も振るっていた。もはやプロである。



 ――って、そうだ。誕生日っ。



 シュリアへの贈り物を買った後、結局カイリはそれを彼女の誕生日の日に贈ることにした。

 ならば、レインの言う通りせめて彼女の好きなものを作ろうと決意したのだが。



 ――俺、ぜんっぜんシュリアの好きな食べ物知らないんだよな。



 えて言うならば、甘いデザートが好きっぽいという推測が成り立つくらいだろうか。前に『アルプス一万尺』の賭け事で、デザートを賭けの対象にしたほどだ。

 あの後、ルナリアでお土産を買う日に思い出したように勝負をし、当然の様にカイリが負けたのは懐かしくも悔しすぎる思い出である。シュリアは何故あんなに素早く、反射神経も良いのだろうか。解せぬ。

 結局、あの時は『濃厚味わいプリンを神と崇めたまえよ』という品をおごったのだが、あっという間に平らげていたのは記憶に新しい。

 だが。


 ――シュリアって、食べ方は綺麗なんだよな。


 シュリアの好きなものは何だろうかと考えながら、カイリは改めて彼女の手元を観察する。

 今も黙々と食事を進めるシュリアの手はよどみない。流れる様な仕草は優雅で、どことなく気品も満ちている。

 彼女は本当に食べ方の所作が美しい。思わず凝視してしまうくらいには感心してしまった。



「……何ですの。何か言いたいことでもありますの?」



 まじまじと目的を忘れて観察していると、その観察対象から胡乱気うろんげに引かれた。げてものでも見る様な視線に貫かれ、カイリは慌てて顔を振る。


「いや! その、えっと。……シュリアは食べ方が綺麗だなーって」

「……は? ……って、はっ⁉ な、な、何を言っていますの⁉ き、き、き、きれ……!」

「豪快に猪を狩ってくるくらいなのに、所作は優雅だよね」

「……。……馬鹿にしていますの?」

「いや、馬鹿にはしていない。結構大雑把に見えるのに、食べ方は綺麗だなーって」

「……やっぱり馬鹿にしていますわよね!」


 違うのだが、シュリアには誤解された様だ。ぎろっと射殺す様な眼差しで貫かれる。

 しかし、こんな風に視線で貫く時まで真っ直ぐだ。やはり彼女の在り方は豪快だが綺麗だと感じ入る。


「えーと、……それはさておいて」

「ちょっと。納得いきませんわ!」

「シュリアって、何が好きなの?」

「はあ?」

「いや、シュリアとレインさんの誕生日だろ? せっかくだったら好きなもの作りたいなーって」


 結局素直に聞いてみることにした。おあつらえ向きに誕生日の話題が上ったのだ。不自然な流れではないはずだ。

 だからこそカイリは聞いたのだが、シュリアは逆に少しだけ眉根を寄せてから――ふいっと外向そっぽを向いてしまった。



「……特にありませんわ」

「え?」

「ご馳走は嫌いではありませんが、特にこれ、というものはありません」



 きっぱりさっぱり断言され、カイリは目を点にする。

 カイリの反応があまりに酷かったのだろう。シュリアが馬鹿ですの、と言わんばかりの顔で続けた。


「何ですの。好きなものが無くたって、別に構わないでしょう?」

「えーと。デザートとかは、結構美味しそうに食べてる気がするんだけど」

「……違います。あれは、脳や筋肉を活性化させるために糖分を摂取しているだけです」

「あら。シュリアちゃん、大体何かというとデザートと言いますよね?」

「そんなことありませんわっ。……嫌いなものもありませんっ」

「へー。言いながら、ピーマンを食べる時は手が遅いけどなー」

「うっさいですわ!」


 きーっとがなりながら、また外向を向く。

 デザートに関しては、カイリもリオーネと同意見だ。甘いものを食べている時、いつもよりも彼女の顔が数倍くらいは輝いている様に見える。――元の食べている表情がほとんど輝いていないので、見える、というだけではあるが。

 しかし、好きなものや嫌いなものをあまり言いたくないのだろうか。カイリは堂々と好きなものは好きと言えるので、に落ちない。


「んー……。……本当に何でも良いの?」

「構いませんわ。好きに作って下さいませ」


 念押しをすると、シュリアは迷いなく首肯する。本当にそれで構わない様だ。

 デザートが好きだとリオーネに遠回しに言われた時、ほのかに耳が赤くなった気がするが、もしかして照れ臭いのだろうか。シュリアとは短い付き合いなので、憶測ですら理由が思いつかない。

 仕方がないので、近くなったらもう一度駄目元で聞いてみようと思い直し、カイリはレインに向き直った。


「レインさんは、グラタンとか好きですよね」

「おー? よく分かったな」

「グラタンを食べている時、いつもより顔が嬉しそうなので。シーフードを使ったパスタも好きだと思うんですけど」

「……ほんっと、よく見てるな。食べるの大好きなお前だけあるぜ」

「はい! 食べることに関しては任せて下さい!」


 拳を握り締めて請け負えば、エディがおかしそうに噴き出した。


「新人は本当に食事が好きっすよね。そういえば、新人の誕生日の時は、どんなご馳走だったんすか?」

「俺? えーと、ステーキとカツと……ウェディングケーキみたいなのは必ずあったかな」

「ウェディングケーキですか。それは凄いですね」

「うん。……何だか、家の天井に着くんじゃないかっていうくらい、高く母さんが作ってくれてさ。……どうして、あんなに絶妙なバランスで積み上げるんだろうって、崩れて来ないかいつも冷や冷やしていたよ」

「……。新人。あんたの両親、ほんっとうに究極の親馬鹿だったんすね」


 エディが呆れを交えて真顔で断言する。カイリとしても否定が出来ない。


「後は、シーフードパスタと、コーンがたっぷり乗ったピザに何でもござれなミックスピザ。ブイヤベースにクリームシチュー、唐揚げと手羽先にラーメンサラダ。パエリアとかキッシュにタコのマリネ、カルパッチョと小さなシュー……プチシュー? に前菜が挟まった様なやつとか、生ハムのチーズとアスパラ巻き、カレーオムライス、それから」

「待て。待て待て待て。おいおいおいおい、お前、それ全部食べるのかよっ」

「はい。テーブル一つじゃ足りないから、村のみんなで募って、みんなで食べました」

「何だ、みんなかよ……」

「一皿一皿、山の様に積み上げられて、ケーキまでみんなで食べるんですけど、食べきれないので。実質三日かけて食べていました」

「……お、おう……」

「……あなたの家、おかしいですわ。むしろ、それだけの料理を作る両親って何なんですの?」


 レイン達が、あんぐりと口を開けている。やはり、通常の家庭だと普通ではない様だ。

 この日ばかりは、母も父もカイリに料理の手伝いはさせなかった。どんどん出来上がっていく料理を前に、最初はカイリも目を疑ったが、歳を取るにつれて慣れた。慣れとは末恐ろしいものである。

 だが。


「……楽しかったな」


 みんなで取り分けて、笑い合って。最後は誕生日とかは関係なく、幸せに過ごせた。

 それが、カイリにとっては一番のプレゼントだった。



 みんなと共に、笑って在れること。



 振り返っても、貴重で色褪せない想い出だ。

 きっと、フランツもそれを知っている。だからこそ、団員の誕生日に気合を入れるのだろう。


「――よしっ。フランツさん、頑張りましょうね! 俺、全力で手伝います!」

「おお、流石はカイリだ。手伝いの天才力、発揮してもらうぞ」

「はい!」

「……えええ。この人まで気合入れ始めましたわ」

「……シュリア。諦めろ。あいつ、村の背景背負ったら、すっげえつええから」

「……知ってますわ」


 がっくしとシュリアが肩を落とすが、カイリとしてはその肩を上げられる様に頑張りたい。

 それに。


 ――プレゼント、渡したいし。


 せっかくの誕生日だ。感謝と祝福の気持ちをこめて渡したい。

 使ってもらえなくても、せめて受け取ってくれれば。

 それだけを願って、カイリは気合を入れる。


「よーし、頑張るぞ!」

「ふっふー。じゃ、新人は当日前に一緒に買い出しっすね。パシらせるっすよ!」

「うん、分かった。エディの方が色々買い慣れているだろうから、教えてね」

「うう、素直……っ。時々、心が痛い……」


 エディが、ぐさりと刺された様に胸を押さえ始めた。

 何故、そんな姿勢になるのだろうとカイリは首を捻る。第十三位の者達は、時折カイリには理解不能な反応をするから見ていて飽きない。


「そういえば、フランツさんは誕生日いつなんですか?」

「ん? 俺か? 俺は十月だ。十六日だな」

「ちなみに、ボクは一月っす。十二日」

「私は三月九日ですよ」

「そうなんだ……」


 ばらけてはいるが、みんなそれなりに日にちが近い。

 他の人の誕生日をきちんと祝うというのは初めてなので、カイリは内心大いに迷っていた。村ではプレゼントを渡すということがほとんど無かったし、前世では孤立していたので言わずもがなだ。

 だが、彼らにも、日頃の感謝をこめて何か贈ろうと決める。何より、彼らが生まれてきてくれた喜びを分かち合いたい。

 そう秘かに結論づけていると。


「そういや、お前は四月十日だったな」

「え。何でレインさん、知っているんですか?」


 いきなり話題の矛先を向けられた。

 誰にも言っていないのにと考え、あ、とカイリは閃く。

 そういえば、フランツとシュリアは、カイリが村の人達から祝われているのを直に目の当たりにしている。知っていても不思議ではない。

 案の定、フランツの目がきらんと光った。腕を組んで、不敵に微笑んでいる。



「ふっふっふ。カイリよ。来年、楽しみにしておくと良い」

「……え」

「カーティスやティアナ殿など比ではない。第十三位の威信をかけて、お前を全力で祝う」



 何故、威信が関わってくるのだろう。



 しかも、対抗意識を燃やしている気がする。フランツは、村での宣言通り本当にカイリの父を打倒するつもりの様だ。何のために張り合うのかと不思議でならない。


「当然、村に里帰りだな。みんなで祝うぞ」

「いやあ、良いっすねえ。楽しみが増えたっすねえ」

「あ、エディも誕生日楽しみなんだ」

「もちろん! ご馳走だし、何より自分の好きなものいっぱい食べられるし!」

「はは、確かに。エディの誕生日の時、俺も頑張るよ」

「ありがとうっす! 楽しみにしてるっすよ!」


 賑やかに朝食を食べながら団欒だんらんする。カイリにとっては贅沢ぜいたくなひとときだ。

 そんな風に、弾んだ気持ちで過ごしていると。



 ぴんぽーん。



 不躾ぶしつけにチャイムが鳴った。フランツ達の目が一斉に玄関の方へ向けられる。


「ふむ。誰だろうな」

「ケントかも。最近、週に二回くらいは来るようになっちゃいましたし」

「もうっ。いい加減、慣れたっすよ。今日こそふんぞり返って出迎えるっす」


 がたっと威勢良く立ち上がり、エディが玄関へ向かう。いつも思うが、何故彼が真っ先に向かうのだろうか。カイリが一番新人だし、ケントとは親友なのだから、任せてくれれば良いのにと不思議である。

 そうして、待つこと一分。



 がちゃっと、食堂の扉を開けてエディが帰ってくる。



 やはりケントだったのだろうかと、カイリは気楽に顔を上げた。

 だが。


「……エディ?」


 顔色が悪い。

 表情も厳しい上に、何だか物騒な気配が炎の様に全身から揺らめいている。放っておけば、今にも崖から飛び降り自殺でもしそうな雰囲気だ。

 否。



 何か、キッカケがあれば刺してしまう様な。



 危うい雰囲気が、エディを暗く取り巻いていた。こくっと、カイリの喉が不自然に鳴る。

 危険信号がカイリの頭でちらついた。立ち上がって、代わりに玄関へ向かおうとしたが。


「お客さんっす、フランツ団長」


 ぐっと、カイリの肩を押し止めて、エディが淡々と報告する。

 まるで行かせまいとするかの様な押し返し方に、カイリも二の足を踏んだ。おまけに、声まで薄暗い。彼の声に触れた途端、心が怯える様に凍てついた。


「……誰だ?」


 一瞬、エディは押し黙った。

 しかし、すぐに彼はかぶりを振り、あくまで淡泊に真っ平らに告げる。



「王室の近衛騎士団団長と、第十位の代表としてやってきたファル殿っす」

「――――――――」



 瞬間。

 フランツ達の空気が鋭く凍るのを、カイリは肌で痛いほどに感じ取った。


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