第155話
「さて。最初にしては充分な成果だろう。カイリ、よく頑張ったな」
「……ありがとうございます」
あれから、カイリは一時間かけて、ようやくリオーネとエディ、そしてフランツを発見することが出来た。
何となく、カイリのドジっぷりで集中力が乱れたのではないかと思うが、フランツを発見出来たのは間違いなくそのおかげだろう。
現に。
「まったくよー。団長、カイリがつまずいたり、池に落ちたり、大木にぶつかったりするたんびに、『まずい。これは、まずい。カイリが大怪我を負ってしまう! これは、今すぐにでも出て行って手厚く治療をし、すぐに中止するべきではないだろうか。なあ、レイン。まずいぞ。カイリがまた死んでしまう!』とかなー。落ち着けってーの。死んでないってーの」
レインの指摘通り、フランツは大いに動揺しまくっていたらしい。発見出来た時は、心の底から安堵した様な声も出していた。カイリとしては、大いに穴を掘って埋まりたい。
「……仕方がないだろう。まさか、あんなに盛大に転び、池に落ち、大木に突進して行くとは夢にも思わなかったのだからな」
「す、すみません……ご心配をおかけしました」
「いや。流石はカイリだ。失敗する時も大いに天才だ。流石は失敗の天才だな」
全くフォローになっていない。
失敗の天才など、不名誉極まりない。
だが、大真面目に本気で褒め称える顔をするフランツに、カイリは突っ込めなかった。甘んじて不名誉を享受するしかない。
手のかぶれの方も、フランツが率先して手当てをしてくれた。包帯でぐるぐる巻きにされているのは過剰な気がするが、あまりに心配してくるので、それも受け入れることになった。
何となく、フランツは父と同じ道を辿っている気がする。カイリは近い将来、第二の父が誕生する予感がしてならない。
「でも、本当に大丈夫っすか? あれだけ派手にすっ転んだり、池に落ちるの、ひっさびさに見た気がするっす」
「エディさんも、昔はよくレイン様に吹っ飛ばされて池に丁度良い感じで落とされていましたね♪」
「り、りりりりりりりリオーネさん! それは! 言わないお約束っす!」
リオーネの無邪気な暴露に、エディが両手を千切れんばかりに振り回す。何となく、彼と同じ道を辿るのは恐いなとカイリが危機感を覚えたのは内緒だ。
「で? どうよ、カイリ。少しは感覚、掴めたか?」
「はい。シュリアがコツを教えてくれたので。……少しだけ、気配というものが『見えた』気がします」
実際、あれからシュリアの言う通り、耳を澄ませ、肌に感覚を集中し、どんな些細な違和感も見落とさない様に集中した。
すると不思議なことに、それまでは全く見えなかったものが『見える』様な感覚に踏み入ったのだ。まだまだ見落としは多かったが、ただ闇雲に手探りをしている時より、よほど石ころや大木に気付ける様になった。
何となくだが、木や石に、熱の様なものを感じたのだ。掠める様な熱や空気の揺れが肌に触れた時、そちらに手を伸ばすと、目的のものがあった。
これが、気配か。そう、感動を覚えた。
とはいえ、やはり石に
「カイリ。……これからも、出来そうか?」
「え?」
「いや、……胸を押さえて
「……、あ」
ちょうど、村のことを思い出していた時だ。ばつが悪くて
フランツにまで見抜かれているし、もう全員に見抜かれていそうだ。情けないところばかり見せていると羞恥に駆られた。
確かに、未だ村を失った時の傷は深く根付いている。
だが、ここで立ち止まっても傷が癒えることはないのだ。
今のカイリは一人ではない。両親達も見守ってくれている。立ち向かって、乗り越えていきたい。
「はい。大丈夫です」
「……」
「ここで立ち止まったら、本当に前へ進めなくなります。……まだまだ臆病な俺ですけど、付き合って下さい。お願いします」
頭を下げると、苦笑しながらフランツが頭を撫でてくれる。力強さの中に優しい熱を感じて、カイリの胸が微かに震えた。
「大丈夫だ。お前が立ち直れるまで何度だって付き合うさ」
「……フランツさん」
「俺は、向き合うまでに十年以上かかった。お前の向き合おうとするその強さを、俺は誇りに思うぞ」
柔らかな眼差しで、フランツが頭を撫でる。
そんな風に手放しに称賛されると、本当に
けれど。
――いつか、本当の意味でその強さを背負える様に。
フランツの言葉を本物に出来る男になりたい。
願いながら、カイリは彼の温かな優しさを受け取った。
「ありがとうございます。……俺、フランツさんの息子になれて、本当に良かったです」
「――」
彼だって、強い。
愛する人を失い、仲間も失い、真実を闇に葬られ、一人濡れ衣を着せられたのに、彼は教皇打倒を掲げて今日まで生きてきた。カイリには、そんな生き方は出来なかっただろう。
だからこそ素直に告げたのだが、フランツは何故か目頭を押さえて空を仰いでしまった。ふるふると肩が震えている。変なことを言ってしまっただろうかと心配になった。
「あ、あの。フランツさん?」
「……おお、カイリ。何故だろうな。目から汁が」
「はい?」
「馬鹿ですわ。ほんっと馬鹿ですわ。さっさと続きを始めますわよ」
シュリアが、ぱんぱんと手を叩いて即行で話を終わらせた。カイリは後ろ髪を引かれたが、レイン達も全員
「じゃあ、まずはリオーネが鬼な。カイリならすぐ見つかるだろうよ」
「はい。頑張りますね」
「ぐっ、……が、頑張って気配、消すからな!」
「はい。楽しみにしています♪」
おちょくられている。
完全に
そして、すっぽりと茂みに体を隠せるくらいの良い地点を見つけ、息を潜めていたが。
「はい、カイリ様。見つけました」
簡単に見つかった。
渋々と白旗を上げ、次こそはとカイリは不退転の決意をしたが。
「しんじーん! 見つけたっす! それで隠れたつもりっすか?」
あっさりと見つかった。
何故、と頭を抱え、カイリははっと重大なことに気付く。
考えてみれば、気配を消さなければならないのだ。すなわち、死んだ様な感じになれば良いのではないだろうか。
つまり、息遣いさえ聞こえなければ、彼らももしかしたらもう少し長く発見するのに時間をかけてくれるかもしれない。
よし、と名案に気付き、カイリは出来うる限り息を吸い込み、そして止めた。
それから、一分、二分、三分と経過し。
「……あなた。馬鹿ですの?」
即行で沈没した。ぜはー、ぜはーと新鮮な酸素を求めて
「っはは。見事に見つかんなー。カイリ、お前少し対策練った方が良いぜ」
仕舞にはレインに同情され、一時中断となった。
どよんと、大いなる影を背負うカイリに、フランツ達も苦笑いになる。
それはそうだろう。カイリは気配の消し方がまるで分からないのだ。村のかくれんぼでも、ライン以外が鬼を務めても割と早めに見つかっていた気がする。その中でもラインは、かくれんぼの天才過ぎた。
「ふーむ。気配の消し方か。どう教えたものか」
「フランツ様は、何でもかんでも勘でやり過ぎなんですわ。……ぶわーっと、すいーっと、とかそんな説明はしないですわよね?」
「うむ。俺の場合は、しゅっと消える感じでやっているからな。しゅっだ」
「……。駄目ですわね」
「うん……分からないです」
「そうか……」
カイリが正直に告白すれば、フランツが唸る様に黙ってしまった。何となく
「あ、で、でも、しゅって一気に消えるんですよね! きっと! えーっと、……、……しゅっ」
「ぜんっぜん消えてねえからな」
「カイリ様、可愛いです」
リオーネに笑われてしまい、カイリはどうしたものかとへこむ。
だが、それを眺めていたエディが、ふっふっふっと不気味に笑い始めた。あまりに不気味なので、全員が遠慮なく身を引く。
「ちょっと、パシリ。恐いですわよ、顔」
「ちょ、酷いっす、姉さん! って、そうじゃなくて……新人! 気配の消し方だったら、イメージすれば良いっすよ!」
「え? イメージ?」
得意気に宣言されて、カイリの目がぱちぱちと瞬く。
どういうことかと視線だけで問うと、ふふんと胸を張ってエディが説明をしてくる。
「要は、自分という気配を無い様にすれば良いんすよね。当然、心臓をばくばくさせるとかは論外っす。めっちゃ見つかりやすいですし」
「ああ、確かに。……心臓の音とか、生きてるって感じが強いよな」
「そう! だから、そうっすねえ。例えば、空気に溶け込む様に意識を流すとか、そこらへんの石ころになりきるとか、そんな感じっすね」
「意識を空気に溶け込ませる?」
思わず聞き返せば、エディが「そうっす」と簡単に肯定した。
「見つからない様にとか、そういう焦りとか緊張ばっかりぐちゃぐちゃ考えて騒がしくするから、よけいに気配が濃くなるんすよ。だから、それとは正反対の方向に行かなければならないんす」
「……要は、無心になれってこと?」
「そうっすね。ただ、いきなり無心になれって言っても無理だと思うから、意識を空気に溶け込ませるとか、混ざり合うとか、最初はイメージをしながら隠れれば良いと思うんすよ。ボクもそうやって鍛えましたし」
「へえ……そうなんだ」
確かに、何も考えずに周りに気を配るのは、今のカイリには出来そうにない。
だったら、空気に溶け込ませるとか、石になりきるとか、そういった想像をした方がやりやすい気がした。
具体的なアドバイスをもらって、少しだけ勇気付けられる。エディはやはり先輩だなと感嘆した。
「ありがとう、エディ。参考にしてみる」
「ふふん。もっと褒めても良いっすよ!」
「あー、エディは一度でもオレを見つけられる様になってから威張るんだなー。お前、オレ相手だと見つかるし見つけられないしで散々な結果じゃねえか」
「って、それは! レイン兄さんが上手すぎるんすよ! てか、見つけられるのフランツ団長しかいないじゃないっすか! シュリア姉さんだって、兄さん相手だと五分五分より劣勢って感じですし!」
「パシリ。喧嘩売っていますの?」
「ひいっ!?」
シュリアに凄まれ、エディが涙目でカイリの後ろに隠れる。
一番近くにいたとはいえ、自分より年下の背後に隠れるのは
「ふふふ。まあ、レイン様が一番気配の扱い方が上手ですよね。見つける方は、フランツ様が最強ですけど」
「ふ。褒めても何も出んぞ。……だが、どうだ、カイリ?」
「はい。フランツさんは、やっぱり凄いんですね」
「……ああ。……カーティス。どうだ、見ると良い。カイリはほんっとうに! 可愛いぞ! 可愛い天才だな! 褒める天才でもある!」
「え?」
「……馬鹿ですの? この人、本当に馬鹿ですの?」
フランツが、再び目頭を押さえて天を仰ぎ始めた。いきなり絶賛し始めた彼に、全員が生温い眼差しになる。
「……いやあ、カイリ。どうだ? あれ、お前の父親に似てるか?」
「……。……割と、近い気がします」
「……そうかよ。あー、お前、マジで愛されて育ってんなー。いやあ、……オレ、普通で良かったなー」
「そうですか? ……父さんも母さんも、俺のことをすっごく愛してくれて嬉しかったですけど」
きょとんと瞬きながらカイリが幸せを口にする。
両親は暑苦しかったし、窒息するのではと危機感を覚えることも多かったが、本当にめいっぱい愛してくれた。全力で愛を伝えてくれる両親には感謝しかない。
だからこそ嬉しいと思ったのだが、シュリア達が更に生温かい笑みを向けてきた。解せない。
「はあ。まずいですわ。この人、将来父親になったら、こんな風になるかもしれませんわ」
「それはそれで見てみたい気がしますね♪」
「って、しんじいいんんんんんんっ!! ボクのリオーネさんと、結婚とか、許しませんからねええええええええええええっ!!」
「はっ!? 何のことだよ!?」
「リオーネさんといちゃいちゃしながら、あろうことか可愛い娘や息子なんか授かって! こんな風に親馬鹿になるのが夢とか! 絶対! 許さんっす!」
「って、そんなこと言ってないだろ! 全部エディの妄想じゃないか!」
「も、もももももももも妄想するほど、リオーネさんを思っているとは! 許せん! 勝負っす!」
「だから、言ってない!」
エディの暴走が始まり、カイリが必死に否定しながら逃げ回る。フランツは未だに天を仰いで感激し、シュリア達は呆れ気味に眺めるだけだ。薄情である。
だが、そんな日常的な日々が戻ってきたことを実感し、カイリは逃げながらも、少しだけ浮かれていることに幸せを感じていた。
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