第157話


 第十三位の応接室に、フランツはカイリ達と共に早速招かれざる客を通した。


 恐らく任務か何かの話だろう。

 だから、てっきり団長であるフランツと副団長であるレインのみが対応すると思ったのに、カイリも含めて全員で応対することになった。相手が対面のソファに、こちら側はフランツとレインが座り、他は後ろや横で立って待機する。

 カイリはまだまだひよっこだ。こんな大事な席にいて良いのかと考えたのだが。



〝お前は、聖歌騎士だ。そして何より、第一位団長のケント殿と友人。悪いが、これ以上の切り札は無い〟



 暗に、カイリをダシにする機会があるかもしれない。

 そう告げられて、カイリは心が落ち込みはしたものの、出席することを二つ返事で了承した。

 闇雲にケントとの関係を、フランツは切り札には使わないはずだ。そんなことをしては、第十三位が虎の威を借る狐の如く、権威を笠に着るだけの小物になってしまう。


 だから、カイリの存在は保険だ。


 第十三位は敵だらけだと、カイリはここに来て身に染みるほど理解している。だからこそ、使えるものは全て使う。その精神に異論はない。

 しかし、それでも気分が晴れなかったのをフランツに見透かされたのだろう。「すまんな」とぽんぽんと頭を撫でられた。気を遣わせたと、カイリこそ申し訳なくなってしまう。



 ケントを、駒の一手の様な形で利用する。



 ケントはケントだ。カイリの大事な親友で、無二の存在だ。損得など関係なく、彼と共に歩いて行きたいと願っている。

 けれど、騎士としてのカイリは、第十三位だけでどう引っ繰り返っても解決出来ない案件が出て来れば、やはりケントやクリスに相談をするだろう。第十三位の騎士として、第一位の団長である彼をきっと頼る。他に道が無いならば、そうするだろう。

 それが正しいと思う一方で、やはり引っかかるものがあるのは事実だ。友人を利用するのかと、罪悪感さえ湧く。こういう時、友人と騎士は立場が違うのだと思い知らされる。

 でも。


 ――きっと、ケントは笑い飛ばすんだろうな。


 使えるものは僕でも使え。

 平然と言い切る彼を想像し、カイリは強いなと尊敬する。むしろ、「大歓迎だよ!」と笑顔で抱き着いてきそうだ。

 それに、彼だってカイリのことを、必要ならば利用するだろう。

 彼は第一位団長。私情ははさ――みながらきちんと実行するはずだ。ただ、今のところそういう機会がないだけで。

 その時の彼の心中を察することは不可能だが、ここでカイリが指し手を間違えてケントに頼るべきところで頼らなければ、呆れて説教してくるに違いない。

 だから。



 ――ごめん、ケント。力、借りる時は借りるな。



 覚悟を決めて、腹に力を入れる。

 無論、何もせずに最初からケントをステータスの様に扱うのは反対である。いざという時は、自分で意見を述べる許可ももらった。



 腹をくくって応接室に向かい、そこに通された二人は、実に対照的であった。



 王室の近衛騎士団の団長は、質実剛健を地で行く様な雰囲気で構成されている。かっちりと制服も着こなし、真面目一辺倒の好青年だ。

 対する第十位の教会騎士の少年は、にこにこへらへら。何とも柔らかい空気をまとっていた。制服もゆったりと幅の利くものであるし、へらっと人懐っこく笑う感じは、誰とでもすぐ仲良くなれそうな柔軟性を持ち合わせている印象がある。

 しかし。



 ――みんなの、彼を睨む時の眼光が怖すぎるんだけど。



 近衛騎士団の団長はともかく、第十位となれば同じ教会騎士。フランツ達はカイリよりも滞在期間が長い。顔見知りの相手もいるだろう。

 だが、ここまで険悪な態度を惜しげも無くさらすのを見るのは初めてだ。

 大抵は軽くあしらっているのに、フランツでさえ見る目が厳しい。唯一レインだけが、飄々ひょうひょうと軽く笑っている。

 カイリは所詮、入って三ヶ月程度しか経っていない新人だ。後で理由を聞こうと心に決め、ソファに座るフランツとレインの斜め後ろでやり取りを見守ることに決めた。両隣はエディとシュリアで固められている。完全防備だ。


「約束もなく訪ねてくるとは、礼儀がなっていない気がしますな」


 先手必勝とばかりに、フランツが切り込む。

 全く歓迎の欠片かけらもないその一言に、ぴりっと空気が破れるのをカイリは聞いた気がした。


「……申し訳ありません。第十位が、事前に申し込んでくれていると思って確認をおこたりました」

「えー? 別に、大丈夫ですよ! 第十三位の先輩たちは、みーんな! やっさしいですから! ねえ、先輩?」


 にこおっと、教会騎士の方が屈託なく笑ってくる。

 しかし、言い方にカイリは引っかかった。馬鹿にしている様に聞こえる以前に、何だか別の含みがある気がしてならない。誰とでもすぐ仲良くなれるという第一印象は即座に撤回する。

 遠巻きに観察していると、不意にばちっと教会騎士と目が合った。内心だけで、げ、とうめいてしまう。


 しかも目が合った途端、彼は目をあからさまに細めた。


 その視線は、まるで獲物を定めた狩人の様な不穏な笑みだ。カイリの心に土足で踏み込んでくる様な不躾ぶしつけささえ垣間見える。

 どう対処しようか迷っている合間に、相手が先に立ち上がった。そのまま距離を詰めて見つめられる。



「あのー。もしかして、入ったばかりの新人さんですかあ?」



 人懐っこい声そのままに、まるで握手をする時に針を刺し込まれる様な感覚がした。

 見た目通りの人物でないことが――否、見た目通りの人物であることが、前世の教訓からひしひしと伝わってくる。面倒だな、と正直溜息を吐きたい。


「……はい。初めまして。カイリ・ヴェルリオーゼと言います」

「ああ、カイリ殿! そうそう、ケント様の親友の! おかげで良い思いしてそうですね! 何せ、第一位の団長と親友なんですから!」

「……」


 がっちり皮肉が入っている。かちんと来たが、何となく相手と同じ土俵に立つのがはばかられた。調子に乗りそうな気がしたからだ。

 しかも、ケントと仲が良いために嫉妬し、嫌がらせをしてきた前世の同級生達に非常に雰囲気がよく似ている。果てしなく面倒な臭いしかしない。

 故に無視をしたのだが、その反応が意外だった様だ。きょとんと可愛らしく茶色の目を瞬かせる。



「あれー? 怒るかと思ったのに」

「……怒ることでもなかったので」

「えー。じゃあ、ケント様と親友になって、良い思いしているって認めた様なものですね! なーんだ大したことなさそう」



 大したことなさそうなのはお前の方だ。



 思わず口走りそうになって、慌てて笑顔で乗り切る。前世のことを思い出していたせいで、前世の反応をそのまま繰り出してしまうところだった。

 いけないいけない、とにっこり笑っていると、今度は騎士が不気味そうに軽く身を引いていた。失礼な、とそちらの反応にも怒鳴りたい。むしろ殴りたい。


「その笑顔、可愛いですねえ? ケント様にも、そんなあざとい笑顔を向けているんです?」

「さあ……。俺の顔は、俺自身じゃ見れないので」

「……ほんとー、に、怒りませんね。オレ、貴方の怒った顔が見てみたかったのにー」

「……。面倒なので遠慮します」

「……えー。ケチ。参考までに、是非! 怒ってみて下さいよ! 総務や試合での啖呵たんか、ほんっとーに面白かったですよ! まるで俳優みたいだったって、みーんな言ってますから!」


 ぐっと、断りも無く右手を両手で握られた。ソファ越しによく握れたなと半ば感心する。

 しかし、こうして見ると本当に厄介だ。手つきがどことなく計算高い。


 そうだ。計算された動きなのだ。


 笑顔の角度も、雰囲気も、懐の入り方も。

 全て自分の思い通りになると高を括っている様な動き方をしていた。



 ――前世で自分を孤立させたボスに、少し似ている。



 あの時は彼よりももっとはっきりとした嫌悪を直接向けられたし、外見も喋り方も似ても似つかない。

 それでも、計算された言動は、同じ匂いを覚えた。ケントに対する取り入り方も同じなのかと思うとうんざりする。――前世でその後どうなったかは、正直覚えていないが。


「ねえねえ、カイリ殿? 何とか言って下さいよ!」


 つらつら取り留めのないことに思考を回していると、頭の中に割り込まれた。そういえば、前世のボスも何も言わないカイリに苛立っていたなと回想する。

 しかし、どこの世界にも同じ様な人種はいるものだ。これは、フランツ達とは絶対に反りが合わないだろう。

 思って、カイリはフランツの方を盗み見る。

 彼は、ただ真っ直ぐにテーブル越しを見つめるだけで、特に止めてはこない。本気でカイリに自由に発言して良いと許可した様だ。


 ――あまり、目立ちたくはないんだけど。


 しかし、このままではらちが明かないのも事実。第十三位がめられっぱなしなのも不愉快だ。


「じゃあ、要望にお応えして、怒ってみますね」

「お! ノリが良いですねえ。はいはいどーぞー?」

「まずは名乗ってもらえますか」

「……は?」


 全くの予想外からの切り込み方だった様だ。

 きょとんと鳩が豆鉄砲を食らった様な表情が、滑稽こっけいである。



「第十三位のみんなは、貴方のことを知っているかもしれないですけど。俺は、貴方のことを知らないから。だから、名乗って下さい」

「……」

「それとも、名乗れないほど礼儀を知らない方なのでしょうか? ――教会騎士は、民にとって模範であれと俺は教わったのですけど」

「――」



 淡々と、表情も平坦にして告げれば、相手の目尻がぴくりと動いた。しゃくさわったらしい。

 この程度で心を乱すのなら、その程度だ。

 冷静に判断しながら、カイリが相手の出方を待っていると。


「……ははっ。さっすが第十三位に三ヶ月いるだけありますね。なっまいき」

「ありがとうございます」

「……。……オレは、ファル。聖歌も聖歌語も使えない、教会騎士です」

「自己紹介、ありがとうございます。……では、ファル殿。フランツさんとお話続けて下さい」

「……は?」

「だって、俺は新人ですから。大事なお話は、団長であるフランツさんとして下さい。たかだか下っ端に構ってるなんて、時間がもったいないでしょう」


 端的に切り捨てれば、ファルは今度ははっきりと不快を露わにした。眉尻が吊り上がり、へえっと吐き捨てる様に笑う。


「先輩に対しての礼儀がなっていないですよねえ? こんなのを抱えているなんて、第十三位はどういう教育しているんでしょうかねえ?」

「怒って下さいと言ったから怒ったまでです。……予想とは違って驚きましたか?」

「ええ、ええ、もちろん! 不愉快だなあ。流石、第一位の団長を盾にしているだけあ――」

「別に、ケントは俺に何かあっても、必要がなければ盾にはなりませんよ。普通に言い合いもしますし、それこそ遠慮なく吹っ飛ばす仲です」

「……は?」


 すぐさまケントを引き合いに出してきたので、言い終わる前に切り捨てた。

 言葉を打ち消されるとは思っていなかったのだろう。目を丸くする彼は、やはりその程度だ。



「何か勘違いしているみたいですけど。ケントは俺の友人であって、道具じゃないですから。彼は誰の道具でもないし、盾でもない。ましてや貴方に嘲笑される様な相手でもないですよ」

「……」

「何かあれば、ケントケントって。馬鹿の一つ覚えみたいに、あいつの名前を出さないでくれますか。……ケントを馬鹿にする人間には、誰であろうと俺も本気で怒ります」



 目に力をこめて、真正面からファルを見据える。本音も多分に混ぜた。真実味は充分あっただろう。

 睨まない様に苦労したが、目力だけは緩めない。貫く様に見つめ、彼の反応を待つ。

 彼は一瞬気圧された様に身を引いた。すぐに気付いて取り繕ったが、カイリでも相手を押せるのだと知る。

 そして。


「……、ま、良いです。ハーゲンさん! ちゃっちゃと終わらせましょうよ!」


 くるんと背を向け、ファルはどっかりとソファに座る。もうカイリの方など見向きもしなかった。どんな理由が眠っているか判断がしにくい。

 だが、対面のソファに座っていたレインが、楽しそうに喉を鳴らしていた。一矢は報いた様だと、カイリは胸を撫で下ろす。


「改めて、私は王室近衛騎士団団長のハーゲンと申します。初めてお目にかかります」

「俺は第十三位団長のフランツと申す。こちらは、副団長のレイン」

「どうもっす。敬語は苦手なんで、勘弁してくれよ」

「構いません。実は、折り入って第十三位に頼みたいことがあります」

「ほう、我々に。珍しいですな」


 フランツが、さも驚いたと言わんばかりに目を丸くして見せる。

 彼は、ルナリアのハリエット救出時はかなり大根役者だったはずなのだが、ここでは演技派だ。カイリは、どちらの彼を信じれば良いのか判断に困った。


「……フランツ様は、対王室&教会騎士に対しては、とぼけるのが最っ高に上手いんですわ」

「……そ、そうなんだ」


 シュリアのフォローも大概たいがいだ。

 しかし、よくカイリの考えが読めたものだと感嘆する。やはり顔に出ているのだろうかと、手で頬を撫でてしまった。


「一週間後、王女ジュディス様が王妃殿下を見舞うために病院を訪れることになっています」

「ほう。……確か、王妃殿下は手術を受けたのでしたな。快復に向かわれているとのことで、何よりです」

「お心遣い痛み入ります。それで、ようやく面会が許される日が決まりましたので、ジュディス様を厳重な警備の元にお連れ致したいのです。故に、貴方達に依頼をさせて頂きたいと意向を伝えに参りました」

「なるほど、護衛ですか。しかし、それならば護衛のスペシャリストである第十位だけで充分なのでは? 何故、嫌われ者の我々第十三位へ?」

「……」


 一瞬、ハーゲンの目に苛立ちが混じった。

 すぐに消し去ったが、カイリは見逃さない。カイリでさえ発見出来たのだから、第十三位は全員気付いただろう。

 確かに、第十位がおいそれと第十三位に手柄を立てさせる様な真似はしたくないはずだ。反対しなかったのだろうかと、カイリは疑問がよぎる。


「分かっていて、口にさせますか」

「はて、何のことか」

「……フランツ殿」


 非難さえこめた口ぶりに、またも空気がびりっと引き裂かれた様な音が走る。

 一体何のことなのだろうか。

 そもそも、王室関連と接触すること自体が初めてのカイリには、何が何だかさっぱりである。唯一、王族は教会とあまり仲が良くないということくらいだろうか。

 後で聞くことが多そうだと尻込みしながらも、フランツとハーゲンの睨み合いは続く。火花が散るほどではないが、それでも静かな威圧感が二人の視線の間に漂っていた。

 そうして、一分ほど経過した頃だろうか。仕方なさそうに折れたのは、フランツの方だった。


「……第十位は、それで良いのか?」

「はあ? 良くないですよー。先輩たちに頼るなんておっかないですもん。……だって」


 語尾の声が、低まった。

 ぞくりと、カイリの背筋が粟立つと同時に、ファルの瞳に獰猛どうもうな光がぎらつく。



「……また、らんぼーうな先輩たちにしつこく暴行受けたりなんてしたら。今度こそ心ごと死んじゃいそうですもん。嫌に決まってますよお」

「――」



 にたっと、ファルが楽しげに己を抱き締めながら上目遣いに見つめてくる。

 瞬間、カイリの背筋が心ごとぱきぱきっと凍り付いていくのを確かに感じた。


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