第121話


「あの、……ご、ごめんください」


 か細い訪問の声がカイリの背中を打った。


 振り返ると、女性と男性の二人組が恥ずかしそうに佇んでいる。所在なさげにカイリ達を見やり、カイリ達の反応を窺っていた。


 女性の方は、藍色の髪を軽く後ろで結って流し、綺麗で真っ白なワンピースを身にまとっている。上から大きく四方にスリットが入っている落ち着いた臙脂えんじ色を重ね着しており、ふわっと可愛らしくも神秘的な感じだ。

 一方男性は、ファーの付いた真っ白なローブの様なものを羽織っていた。フードを被った頭の中は、女性と同じく綺麗な藍の髪色をしている。もこもこと、まるで凍える雪国から来ましたと言わんばかりに着込んだその様相は、とても品のある装いなのだが女性とは対照的である。


「あ、アンバランスっすねえ……。お二人共、同じ場所から来ました?」

「は、はい! あのあの、私、シエナと申します!」

「ぼ、僕は兄のカナスです。双子の兄妹なんですよ」


 照れながらもにこやかに挨拶する男性と、焦りながらぺこりと頭を下げる女性はどこまでも対照的だ。兄妹でもここまで違うのかと、カイリは感心してしまった。

 そして、リオーネが嬉しそうに二人に駆け寄る。女性だからなのか、服装が気に入ったらしい。ああ、と感嘆の息を漏らしてうっとりしていた。


「お二人共、すごく綺麗な衣装ですね。見惚れてしまいました♪」

「あ、あああ、あ、あり、ありがとうございます!」

「わわ、ありがとうございます。一応僕達、旅の楽師と踊り子なので、衣装だけは綺麗にしないと駄目なんですよ」

「えっ。楽師と踊り子?」


 カイリは目を丸くして、二人を凝視してしまう。不躾ぶしつけだったなとすぐ視線を外したが、高ぶる気持ちは抑えられなかった。

 よく前世の中世あたりの物語では吟遊詩人や踊り子が出てきたが、実際に本人に会える日が来ようとは夢にも思わなかった。ジャンルは偏っていたが元々音楽が好きだったこともあり、カイリの気分が最高潮にまで達する。


「俺、楽師さんや踊り子さんって初めて見ました! 本物に会えるなんて、光栄です!」

「そ、そそそそそ、そんな! 大したことで、……っ、……!」


 思わず駆け寄って伝えると、シエナと名乗った踊り子の方が、カイリの顔を見た途端真っ赤に破裂した。ぼんっと音までしそうな染まりっぷりに、カイリは「え」と思わず身を引く。


「す、すみません。俺、何か失礼なことをしてしまいましたか?」

「あなた、鼻の下伸ばし過ぎなんではないですの?」

「ち、違うぞ! 俺、物語に出てくる踊り子とか吟遊詩人とか好きだったんだ」

「吟遊詩人?」

「あ」


 シュリアの疑問に、はたとカイリは我に返る。

 考えてみれば、この世界で歌を歌える者は大体教会騎士になっている。

 吟遊詩人は、詩曲を作って歌う職業だ。この世界には全く浸透していなさそうである。


「えっと、楽師のことだよ。とにかく! 旅をしながら音楽を広める人って、凄いなって思ってたんだ。旅をしているから見識も広いし、その視野の広さで曲や踊りに深みが出るって書いてあったし、俺、音楽好きだし、最高の人達だよ!」

「ちょ、ちょっと、お、落ち着きなさい! 興奮し過ぎですわっ」

「あ、ごめん」


 本物に出会えた喜びで興奮し過ぎた様だ。シュリアがドン引きしている。エディが「新人の意外なとこを見たっす」と呟いているし、カイリは体中が羞恥で熱くなっていくのを自覚した。

 これはさぞかし旅の二人も引いているだろう。

 恐る恐る彼らを振り返ると。



「お、お兄様……! ど、どうしましょうっ。私、ただでさえ興奮しているのに、あんなに過大評価してくれるなんて、……ししし死にそうです!」

「あ、ああ。僕も死にそうだ。そ、そ、そんな、大したことは、して、いないよ! は、恥ずかしいよ……っ!」



 真っ赤になって抱き合う二人がそこにいた。



 何やら湯気でも出そうなほどに肌という肌が染まっていて、カイリは困惑する。そんなに変なことを言ってしまったのかと後悔した。


「あ、あの、すみません。困らせてしまって、その」

「い、いいいいいい、いえ! あ、あの、褒められるの、慣れないんですっ。は、恥ずかしいです! けど」

「嬉しいです。まさか、妹の恩人さんにそんな風に言ってもらえるなんて」

「え?」


 恩人と言われて、カイリはきょとんと目を瞬かせる。シュリア達もいぶかしげに彼らを見つめた。

 カイリはこの街に着いたばかりだ。そこまで接触した人達は多くないし、彼らとは初対面のはずだ。

 しかし。



「あの、か、カイリさんとシュリアさん、ですよね?」

「……何で、わたくしの名前、……――」

「あ、あの! この前は! 助けて頂いて、ありがとうございました!」



 ぺこりっと、膝に付きそうなほどに体を折り曲げてシエナが礼を告げてくる。カナスは横で土下座をしていた。見事なほどに綺麗に流れる様な土下座である。

 そこでようやく、カイリも合点がいった。


 三日前、切り裂き魔から女性を助けた一場面があった。


 暗くて顔がよく見えなかったが、そういえば雰囲気が似ている。髪の色も同じ藍色だ。

 あの時は切り裂き魔のことばかりに頭がいって、まともに助けた人の顔を覚えていなかった。服装も全く違うし、気付くのが遅れてしまった。

 恥ずかしい。シュリアも同じだったのか、ぷいっとさりげなく横を向いていた。


「あ、あの時の。……シエナさんだったんですね」

「ど、どうぞ呼び捨てにして下さいっ。敬語も抜きに」

「え、でも」

「本当に、お願いします! お、お二人に命を救って頂き、感謝しています」

「僕はあの日、どうしても外せない用事があって、妹を先に帰してしまったんです。……貴方達二人がいなければ、どうなっていたか。本当にありがとうございます」

「ほ、本当は、すぐにでもお礼に伺いたかったのですが、その、申し訳ありません!」

「い、いえ! あの、顔を上げて下さい」


 二人が更に深く土下座体勢に入ったので、カイリは慌ててしゃがみ込んで促した。

 シュリアも呆れを交えながら、ちらりとカイリを一瞥いちべつしてくる。


「……取り敢えず、土下座は止めて下さいませ」

「そ、そんな……!」

「土下座が駄目だなんて……っ! じゃ、じゃあ、僕達は如何いかにしてこの感謝の気持ちを告げれば……!」

「わたくし達は当然のことをしたまでですわ。それに、……実際にあなたを助けたのは、彼です」

「え」


 シュリアの青天の霹靂発言に、カイリが見事に固まった。見守っていたリオーネとエディも目を丸くしている。

 だが、シュリアは至極真面目な表情だった。カイリは瞬いて戸惑いを隠せない。


「シュリア。でも」

「あなたがいなければ、あいつの短剣はシエナに届いていました。違いますか」

「……。でも、シュリアがいなかったら撃退出来なかったよ」

「そうですわね。ですが、あなたがいなければ守れなかったのも事実。……誇るべきですわ」

「――」


 彼女の言葉を遅れて理解し、じわじわとカイリの頬に熱が集中する。

 彼女がカイリを認める様な発言をするなんて、稀だ。実戦で役に立ちにくいカイリの中では、最上級の褒め言葉である。

 今、自分は赤くなっていないだろうか。それだけが心配だった。


「あ、ありがとう。シュリア、嬉しいよ」

「あ、あのあの、ありがとうございます!」

「ありがとうございました! このご恩は一生忘れられません! 忘れないです!」

「……あなた達、全員まとめて少し落ち着きなさいませ」


 カイリと旅人二人に感謝をされ、シュリアが逃げる様に身を引いた。

 少し照れているな、とカイリは無意識に噴き出してしまう。おかげで、彼女にじろりと睨まれることとなった。


「あ、あの、あの。でも、……カイリさん、右手は」

「ああ、大丈夫。もう軽くなら木刀も握れるから」

「そ、そうですか……。……っ!」


 かあっと、シエナの顔が再び真っ赤になる。

 何故そこで赤くなるのだと、カイリは慌てた。また気付かない内に失態を犯したのかと青褪める。


「え、っと。俺、何かやっぱり」

「す、すすすすすみません! わ、私、その! ……か、か、か、カイリさんに抱き締めてもらった感触が忘れられなくてっ!」

「はっ!?」

「おおっ!?」


 どよめきが、周囲でも起こった。シュリアが冷たい目になったのを目にし、抱き締めてない、と反射で叫びかけてカイリは唐突に思い出す。

 そういえば、彼女をかばう時に押し倒し、抱き締めて横に転がった。気がする。

 あの時のことを指しているのだと気付き、カイリは別の意味で青褪め、真っ赤になった。


「ご、ごめん! その、悪気はなくて! あ、でも、緊急事態だったとはいえ、嫌だったよな。ああ、お、お兄さんに殴られそう……」

「そ、そんな! お兄様はそんなことしません! したら、私が殴ります!」

「おお、妹よ、流石だね。……僕も、そんなことはしませんよ。妹が惚れた相手を殴るなん」

「お兄様!」

「ぐほっ!?」


 ぼごっと、カナスに高速で肘鉄を繰り出すシエナ。腹を抱えてうずくまるカナスを見て、カイリは達観した。彼女も充分暴力的なんだな、と。村を出てから、したたかな女性や力の強い女性しか見ていない。

 しかし、何故攻撃したのだろうか。カナスが何かを言いかけていたが、よく聞こえなかったのでカイリには疑問しか残らない。


「どうしたの?」

「い、い、いえ! ああ、お、お兄様はともかく。そ、そ、その、……嫌じゃなかったです! ――カイリ様!」

「そ、そう? それなら良かったけど」


 全身全霊で絶叫され、カイリは取り敢えず引き下がることにした。彼女が嫌がっていないというのならば、忘れることにしようと片付ける。

 しかし、どさくさに紛れて呼び方が「様」付けになっていた様な。

 問い質したかったが、ようやく損傷から立ち直ったカナスが、ごほん、とわざとらしく咳払いをした。やはり怒っているのだろうかとカイリが不安に思っていると。


「あ、あの、カイリさん」

「はい。やっぱり殴るんでしょうか」

「いいえ。その、……僕達はもう、お互いしか家族がいなくて」

「え……」

「だから、妹はとても大切な家族なんです。助けて頂いて本当に感謝しています」


 改まってカナスが頭を下げてくる。その真摯な態度に、カイリは胸を打たれた。

 カイリにはもう、家族はいない。あの日、一夜にして全て失くした。

 でも。


 ――まだ、フランツさんがいるんだよな。


 何となく養子縁組のことを知った時を思い出し、カイリは彼をぼんやり眺める。

 フランツに告げられたあの時、開きっぱなしだった穴が、確かに温かく埋まった感じがしたのを覚えていた。

 カナスにとっても、家族がいるということはどれほどの支えだっただろうか。己と照らし合わせ、無意識に目を伏せる。


「いいえ。……本当に良かった。二人が揃っていて」

「カイリさん」

「少しでも助けになれたなら、俺も少しは自分に価値を見出せます。ありがとうございます」


 カイリの方こそお礼を言いたい。

 あの日から、それこそ前世の時から、己に価値を見出せなかった。

 それでも、自分の行動で誰かの未来をつなげられたというのならばこれほど喜ばしいことはない。



 少しだが、自分を認めても良いのかもしれない。



 この時初めて、そう思えた。


「うう、カイリさん、やっぱり良い人だ……っ! 妹をやるのはやは……ぐはっ!」

「あ、あの、カイリ様、シュリアさん。どうか、お礼をさせて下さい! その、……お礼になるかは分からないんですけど……っ」


 カナスが何か言いかけたのをまたも肘鉄で止め、シエナがするっと広い場所へと移動する。

 カナスも素早くうめきから回復し、彼女とは別の方角へと移動していった。

 それを不思議そうにカイリ達は見守っていたが。



 荷物から、シエナが真っ白なヴェールを取り出した。



 それを己の頭に被せ、花冠で固定する。ヴェールが足元近くまで舞って、まるで花嫁の様だ。

 カナスは大きな布に包まれたものを取り出し、布を一気に取り払う。

 現れたのは、何とも眩い輝きを放つ銀のハープだった。数十本の弦に、足元にはいくつものペダルが付いている。

 かなり本格的な楽器を持ち出され、カイリは目を見開いた。


「凄い……え、どうやって持ち歩いているんですか?」

「はは。これ、見た目かなり軽いんだよ。まあ、竪琴もあるんだけど、恩人さん達にはこっちが良いと思ってね」

「お礼になるかは分かりませんが……やはり、楽師と踊り子なので。――どうか、少しでもお楽しみ頂ければ」


 頭を下げるシエナとカナスは、もう職人の顔になっていた。先程までのおどおどした雰囲気は鳴りを潜め、凛とした花の様に一本の芯が通る。

 カイリ達は自然と、近くに腰を下ろしてしまった。二人の空気に感化される様に、視線が彼らに吸い込まれていく。

 そして。



 ぽろん、と。軽く、優しい音がハープから弾け飛ぶ。



 合わせて、シエナがふわりと一歩を飛ぶ様に踏み出した。

 ただそれだけなのに、ふわりと真っ白な裾が花の様に華麗に広がり、シックな臙脂色が彩りを添える。

 流れる様な旋律が、風の様に舞い上がる。シエナも音に足を乗せる様に高く舞い上がり、滑る様に空で一回転した。


 真っ白なヴェールが、花吹雪の様に鮮やかに回る。


 指先までが優雅に奏でる様に動き、軽快なステップは羽の様に美しく、まるで空に羽ばたく鳥の様だ。

 清らかな音が彼女を追いかけ、彼女が舞いながら音を追い、互いに絡み合いながら空へ空へと舞い上がっていく。

 吹き抜ける様な青い空に、旋律と共にシエナが駆ける。まるで風や空気全てが彼女の手足の様にかしずき、凛と高く、高く舞い上がった。

 一際高くを舞った後、たん、と軽やかに彼女が地に舞い降り、膝を折って両手を突く。思い出した様に裾も花の様に舞い広がり、静かに眠りに就いて行った。

 涼やかな音色が、ぽろん、と最後の余韻を引いて空気に溶けていく。

 そうして一瞬の静寂後。



 わっと、歓声が轟いた。



「すっげー! おお! すっげー!」

「きれいだわ! おどり、私も初めて見たわ!」

「きれーだった……」

「すごいです! これが、楽師と踊り子の芸……」


 子供達が興奮冷めやらぬといった風にぴょんぴょん跳ねている。

 だが、それは彼らだけではない。カイリ達も同じだった。


「うっおおお! 踊りを見るのは初めてじゃないっすけど! こんなに綺麗な舞いは初めてっす!」

「そうですね。それに、音楽もぴったり合っていて……これほどまでに素敵な舞いは、他に無いのではないでしょうか」

「確かに、……素敵でしたわ。――素晴らしい足運びでしたし」

「うん、うん……!」


 同意しながら、カイリは思わず二人に駆け寄った。興奮し過ぎて涙が出そうである。


「シエナ、カナスさん、凄く良かった! 綺麗だし、でも、綺麗だけじゃなくて、音楽と舞が一体になって、大空に駆け上がる様に壮大で! あの、……っ、俺、感動して、止まらない……!」


 ぎゅうっと拳を握って力説するも、上手く言葉にならない。語彙力がこれほど欲しいと思ったことはなかった。

 だが、そんなカイリの前でシエナとカナスは顔を見合わせた後、全身を真っ赤に染め上げてしまった。は、恥ずかしい、と揃って両手で顔を覆う。


「そ、そ、そんなに、褒めないで下さい! 恥ずかしいです……!」

「そ、そ、そうだね、褒められると弱いんだっ。恥ずかしいよ……!」

「でも、本当に凄かったんだ! ありがとう、……こんなに感動出来る芸術に出会えるなんてっ」


 ミーナの絵の時も思ったが、芸術とは本当に感動を呼び起こしてくれる。心を豊かにしてくれる確かな光があった。

 物語の中でしか知らなかった踊りや吟遊詩人――もとい楽師が、目の前にいる。人と関わったからこそ得られた報酬に思えてならなかった。


「ありがとう。何だか、すっごいおつりがくるほどのお礼をもらっちゃったな」

「そ、そ、そんな! そんなこと、ありません。命がなければ、踊ることも出来ませんでした」

「ふふ。もし機会があれば……カイリさんの歌とも演奏してみたいですね。さっきの歌、素敵だったし」

「え」

「……って、言っちゃったよ! 恐れ多いことを! は、恥ずかしいよ……!」

「は、はい! 本音ですけど、だ、大それたことです! は、恥ずかしいです……!」


 きゃああっと顔を揃って覆って蹲られ、カイリも同じことをしたい気分だ。

 カイリの歌と演奏だなんて、それこそ恐れ多い。リオーネの方が相応しいというものだろう。


「お、俺、そんなに歌が上手いわけじゃないしっ。俺の歌う歌も、その、舞に相応しいかと言われると、ちょっと違う気が……」

「あ、ああ、そうだよね。やっぱり僕達なんかと演奏だなんて、……」

「そうですよね。私達じゃ、やっぱりカイリ様の歌と演奏だなんて、……」

「って、違う! 俺が相応しくないって言ってるのに! ああ、もう! 俺だって、出来るならしてみたいさ! だって、凄かったし!」

「え!」


 途端、二人の目がきらっと輝く。

 ぎくっとカイリが体を強張らせたがもう遅い。二人が爛々らんらんとした輝きでカイリを二方向からがっちりガードした。


「ほ、本当ですか!? わ、私達と一緒に……きゃあ! 嬉しいです!」

「そうと決まれば、僕達もこうしてはいられない! 更なる腕を磨くための武者修行に行かないとね!」

「はい、お兄様! 次にカイリ様に会った時に、一緒に出来る様に頑張らないと!」


 大興奮して勝手に話が出来上がっていく。

 何だか大層な話に発展していくのに恐怖を覚え、カイリは震える様に右手を上げた。


「え? えーと。……いや、あの」

「絶対に、絶対に、また会いましょうね! わ、わ、私、お手紙書きます!」

「ああ、そうだ! カイリさんは、普段は何処にお住まいで? 僕、いや主に妹が手紙を書くよ」

「え? えーと」


 思わずシュリア達を振り返ると、エディが恨みがましく、リオーネが楽しげに、シュリアが完全にゴミを見る様な目つきでこちらを窺っていた。

 何故こんな反応をされるのだろう。解せない。


「良いと思いますよ♪ 文通ですね♪」

「鼻の下がだらっだらに伸びていますわ」

「新人ばっかり……覚えているっすよ!」

「……。……俺、普段は聖地にいるんだ。第十三位騎士団宛てに書いてくれれば、届くんじゃないかな」


 全てが面倒になったので、カイリは開き直ってシエナに住所を教えた。

 すると、彼女はふわっとつぼみが花開く様に笑った。先程の舞の時とは違う、綺麗な輝きにカイリは目を丸くする。


「分かりました! お手紙、書きますね!」

「うん。……ありがとう。俺も、返事書くね」

「は、はははは、はい! わわわ、お兄様、どうしましょう。文通です!」

「そうだね。……僕も、貴方達と知り合えて良かった。騎士には、あまり良いイメージが無いのだけど、貴方達は違う様だから。少し偏見が無くなったよ。ありがとう」

「いえ。俺こそ、ありがとうございます」


 彼らの言葉に、隠された重い空気を感じ取る。

 騎士に良い印象が無いのは、カイリも同じだ。特に聖地にいると、ひしひしと肌で感じる。

 旅をしている彼らが言うのならば、他国ではどんな状況が広がっているのか。予想もつかない。


「しゅ、シュリアさんも! お手紙、出しても良いですか?」

「は? 何でわたくしにまで」

「だ、駄目ですか? せっかくお知り合いになれたのに……」

「……。はあ。気が向いたら出して下さいませ」

「は、はい!」


 ぱあっと顔が輝くシエナに、シュリアは空を仰ぐ。

 この二人は少々賑やかで押しが強いが、それでも良い縁に巡り会えたと思う。

 末永く付き合えれば良い。カイリは彼女達のやり取りを見守りながら、そう願ったのだった。


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