第34話


「さて。カイリも正式に第十三位の一員になったということで、宿舎を回ってもらうとするか」


 ぱん、とフランツが手を叩き、にこにこと良い笑顔で促してくる。


「え? 待って下さい、フランツさん。俺、まだ総務には正式に伝えていませんよね?」


 第十三位の一員と受け入れられたのは喜ばしい限りだ。

 しかし、カイリとしては『正式に』という単語が引っかかった。総務で受け付けをしてくれた初老の男性にも、明日自分に伝えてくれと言われたばかりだ。

 だからこそ確認したのだが、そんなカイリの耳にはとんでもない爆弾発言が投下された。



「いや? 登録してきたぞ。お前はもう、第十三位の一員だ」

「……、はい?」



 あっけらかんと暴露され、カイリの目は瞬きを忘れた。シュリア達も、は、と口をあんぐり開けている。


「えーと。フランツさん。今、何て?」

「ああ、登録してきたぞ。お前は、もうとっくにここに入るつもりだったのだろう?」

「え? ええ、まあ、はい」


 さも当然と言わんばかりに聞かれ、カイリは反射的に頷く。


「さっき、お前を何が何でも第十三位に入れないよう、総務が手を回してきただろう? だから、全速力で聖歌語まで使って総務に戻り、さっきの総務の長に手続きをしてもらい、また全速力で戻ってきたのだ」

「……」

「まあ、善は急げというやつだ。まさか、カイリが全員に許可を求めるとは思わなかったぞ。焦った焦った」


 はっはっは、と豪快に笑うフランツに、カイリは開いた口が塞がらない。

 彼は、とても行動が大胆だ。流石は父の親友。通じるところがありすぎる。

 だが、そんな彼の言動は日常茶飯事の様だ。他の者達は呆れ交じりに肩をすくめていた。


「ま、そんなこったろうとは思ったぜ。流石団長。オレたちの長だな」

「ふ、あまり褒めるな。照れるだろう」

「でも、これでようやっと、この第十三位も六人になったんですね。長い道のりでした」

「え?」


 リオーネの嬉しそうな声に、カイリはまたも瞬きを忘れた。

 今、彼女は「六人」と言っただろうか。確かに、先程から彼ら以外の姿や気配は見当たらないが、ここは第十三位という騎士団だ。流石に六人というのは聞き間違いだろう。

 だが。


「本当に良かったっすよね! 今まで五人でしたもん。任務が一つ入ったら全員で行かないと駄目な上に、任務中も待機組がほとんど作れないから辛いったら」



 本当に六人なのかよ。



 エディの感激に、思わず心の中でツッコミを入れる。

 いや、心の中だけでは意味が無い。カイリは、ぱくぱくと口を開閉させながら、わなわなと人差し指を震わせて全員を示す。


「ま、待って下さい。え? 五人? 今まで? え? 団なんですよね?」

「ああ、団だ。まあ、少数と言われている精鋭の第一位は、百人くらいはいるがな」



 二十倍かよ。



 つまり、第一位の二十分の一。むしろ、それでどうやって今まで仕事をこなしてきたのだろうと一気に不安になった。

 そんなカイリの気持ちを読み取ったのか、レインがにやりと口角を上げる。


「よう? 騙されたな?」

「――っ、いやっ」


 ぐっと拳を握り締めて、カイリは笑うべきか怒るべきか迷った。というより、心境的にはどちらでもある。笑いながら怒るべきだろうか。

 しかし、そこまで人数が少ないとなると、これは本格的に他の団から軽んじられていそうだ。

 ならば、内情を知りたい。もう少し情報が欲しかった。


「……この団って、一体どんな任務を遂行するんですか? 他は、行政とか外交とか、役割があるんですよね?」

「ああ。この第十三位は……言ってみれば、何でも屋だな」

「なんでもや?」


 いまいち想像が出来ない。

 首を傾げると、エディが引き続いて説明を請け負ってくれた。


「ええっと、あんた、第十一位や第十二位が、市民に密着した依頼を受けることは知ってるっすか?」

「ああ、うん」


 ここに来る前に、フランツが歩きながら説明してくれた。

 主に、猫探しなど軽いものから、採掘をしに洞窟に行ったまま帰ってこない人の救出など、街の人々からの依頼をこなすらしい。


「その二つの団のお手伝いや、戦闘要請された際の遊撃隊、それから外国からの面倒そうな依頼とか、直接第十三位に来た依頼とか、まあ、臨機応変にやる感じっす」

「……へえ」


 つまり、要請されれば何でもやるということか。

 理解しかけると。



「まあ、だが断っても良いんだぜ? オレたちの気分次第ってわけだ」



 断るんだ。



 騎士団としてはあるまじき発言を聞いた気がする。

 だが、シュリアも涼しい顔をしてレインに同意した。


「どう考えても、わたくし達を亡き者にしようと考えていそうな作戦は、お断りしますわ」

「な、亡き者……っ?」

「あー! そういえば、前は簡単な野盗討伐だったはずなのに、いつの間にか狂信者に囲まれてたっすよね! あれは大変だったっす……」

「ああ。あれは、第二位からの依頼だったな。情報を掴んだからと言われ……わざと間違った情報を渡されたので、報復したのだったか」



 罠にめられるのかよ。



 だが、きっちり報復するあたりはフランツらしい。むしろこの団は、全員で報復しそうだ。

 転んでもただでは起きない。その精神を十二分に見せつけられた気がした。


「とはいえ、俺達は嫌われているからな。他の団が俺達を頼ってくることは滅多にない」


 ――断言しちゃったよ、この人。


「市民の反応は悪くないが、まあ、普段はぶっちゃけ暇だ。存分に訓練すると良いぞ」


 ――しかも、暇とか抜かしおった。


 騎士団の印象が豪速で崩れ落ちて行く。ラインが知ったら、自分の目指したものに激しく悶絶しそうだ。

 ううっとうなるカイリに、レインは更ににやりと口の端を吊り上げた。


「で? 騙された気分はどうよ?」

「……、いえ。どっちにしても、俺はこの団を選びました」

「へえ?」

「俺に人を見る目は無いかもしれないですけど、そこまであけすけに言う人達の方が信頼出来ますから」

「……へえ」


 すっと、レインのルビーの瞳が細められる。試す様にカイリを見つめてきた。

 シュリアの視線は鋭く真っ直ぐな刃や矢を連想させるが、彼の視線は体の内側から焦がされる炎の様だ。一見すると冷たいのに、秘められた熱が苛烈に過ぎる。

 真正面から彼の視線を受け止め、カイリは炎に焦がされる様な痛みを味わった。

 そうだ。

 炎に、焦がされる。



 ――炎に、焦がされた。



 月が嘲笑う様な夜の道。

 父に背中を押され、逃げた先では。



 ――真っ赤に燃え盛る、村の惨劇が。



「――っ! みん、……っ!」

「――」



 レインの眉がひそめられる。

 だが、カイリはそんな些末事には気付かない。喉をきむしる様に右手で首を覆った。

 村が、燃えた。みんな、死んだ。

 目の前で、ミーナが。腕の中で、ラインが。

 みんな。



 死――。



「カイリ」

「――っ!」



 とん、と肩を叩かれて、カイリは体ごと跳ねた。

 はっと荒く息を吐きながら見上げた自分の目は、怯えに染まっていただろう。フランツと目が合った瞬間、己の目が開かれるのを感じた。


「戻ったか?」

「……っ、――――――」


 短い一言だ。

 しかし、彼には全て分かってしまった様だ。労わる様な瞳に、カイリの視線が下がる。


「……すみません」

「いや。二週間しか経っていないのだから、無理もない」


 やはり気付かれていた。

 情けない。たかだか視線を合わせただけで、こんな風に取り乱すなど。

 恐らく、今のはレインに試された。何を試されたのかは分からないが、これでは先が思いやられる。


「リオーネ。カイリを案内してくれるか?」

「はい。行きましょう、カイリ様」

「……、うん」


 何事も無かったかの様に、リオーネがソファから立ち上がる。ふわりと一礼して近付いてくる彼女は、本当に花の様だとカイリは感懐を抱いた。


「って、ちょっと待ったー! リオーネさんと二人きりになんて、ボクがさせるわけないでしょうが!」

「エディ。あなた、風呂に入っていらっしゃい。粉まみれですわ。宿舎を汚したところも、きちんと掃除をするまで眠れませんわよ」

「ええっ!? ちょ、……ううううううあああああ、し、新人のくせにー! リオーネさんと初っ端から初夜だなんてー!」

「馬鹿ですの? あなた、馬鹿ですの?」


 シュリアに白い目で見られながら、エディが崩れ落ちる。

 号泣して水たまりを作るとは、なかなか凄い人物だ。涙で水たまりが出来るところをカイリは初めて見た。


「では、行って来い。カイリ、宿舎の機能を存分に堪能すると良いぞ」

「……はい。行ってきます」


 にかりと悪戯っ子の様に笑うフランツに、カイリもようやく口元に笑みが浮かぶ。

 その気遣いに押されながら、カイリはリオーネに導かれて扉を閉じた。











 エディが掃除の水を取りに出て、向かいの食堂にカイリとリオーネが入っていく音がした。

 それを聞き届けてから、レインが頭をいて息を吐く。ぽりっと頭を掻く仕草は罰が悪そうだと、フランツは観察した。


「悪い。オレ、やっちまったか?」

「別に。彼が弱いだけですわ」

「まあ、そう言うな。村人全員が惨殺されたのだ。あれから二週間しか経っていない」

「……、あー、そうだったか」

「お前の視線は、炎を連想させるからな。多分、思い出してしまったのだろう」


 カイリが悲鳴を上げた時、「みんな」と言いかけていた気がする。

 彼がそう称するのは、村の者達しかいない。


「いやあ、どれくらい根性あるか試そうと思っただけなんだけどな。……二週間か。ま、ろくに戦闘したことないんなら、まだ傷は深いかね」

「シュリアの気合のこもった視線は真っ向から受けていたから、根性はそれなりにあるだろう。シュリアも、だから一応認めたのではないのか?」

「……。……知りませんわ」


 不機嫌そうにシュリアは目を閉じる。

 あまり他人を寄せ付けない彼女にしては、結構気にかけていると感じているのだが、なかなか認めたくないらしい。何故素直になれないのか、フランツはいつも不思議で仕方がない。

 だが。



「……本当に、あいつを第十三位に入れることになるとはな」



 しみじみと呟けば、シュリアが目をいた。何故そんな形相になるのかと、フランツは首を傾げる。


「どうした?」

「はあ? フランツ様、最初から彼を第十三位に入れるつもりだったんではありませんの?」

「いや? 最初は、聖歌隊に入ってもらおうかと考えていたぞ」

「はあっ!?」


 だん、と地響きを鳴らしてシュリアが立ち上がる。いつもながら良い足踏みだ。


「フランツ様、彼の保護者になると言っていたではありませんの!」

「ああ、言ったぞ? カーティスの遺言もあったしな。彼の面倒は見ようと思っていたが」

「それは、第十三位に入れるってことでは……!」

「いや? カーティスの手紙によると、剣で攻撃が出来ない、血を見るのが苦手、狩りにも参加出来ないくらいには戦闘経験が無い、と書いてあったからな。村で見た聖歌の力は相当だったから、いくつか警告してから戦闘の少ない聖歌隊に入れる予定だった。保護者の手続きをしてな」

「な、……なっ」


 ぱくぱくと、金魚の様にシュリアが口を開閉する。なかなか素早い動作だ。団の中で一番素早いだけはある。


「じゃ、じゃあ、わたくしの気苦労とは一体……」

「よく分からないが、大変だったな」

「きーっ! もう! どうしてどいつもこいつも、好き勝手なんですの……!」


 シュリアも相当好き勝手に行動しているし言いたい放題していると思うのだが、相変わらず彼女は難しい。面白いから放置はしておく。



「だが、まあ。カイリがシュリアに喧嘩を売った時に、少し考えが変わった」



 テーブルに置かれていたグラスに手を伸ばし、一緒に口が開いていたびんを持つ。

 そのまま、とぷとぷとグラスに赤い液体――甘い匂いからカクテルだろう――を注ぎ、フランツは喉を潤した。リオーネの好みらしく、甘みが強い。


「八歳の子供を剣の師と仰いでいるのを、お前が一蹴しただろう?」

「……ええ、まあ」


 歯切れが悪いのは、反省しているからか。シュリアはきちんと自分の非を認めるのに、素直ではないから誤解されやすい。


「その時のカイリの言葉がな、興味深かったんだ」



〝――だけど、それが何だって言うんだ?〟



 通常持っている価値観を、カイリはあっさり吹き飛ばした。

 自分より十近く年下の、特に十歳にも満たない子供を師匠など、世間では冗談かと片付けるだろう。



 だが、カイリは本気で師匠だと思っていた。



 内心は、情けないなど色々思うところもあったかもしれない。

 それでも彼は、子供を師と仰ぎ、尊敬していた。

 ハリエットの時も、自分より知識を持っていると認め、世界について色々聞いていた。フランツ達の視線に気付かなければ、もっと教えを請うていたかもしれない。


「カーティスがな、手紙で言っていたんだ。『俺の息子のカイリは、とってもカッコ良くて可愛くて頭も良くてな、いざという時に頼りになるんだ! ちょっと剣は苦手で血を見るのも駄目で狩りにも行けないし争い事は苦手だがな! 人の心に寄り添えるし、相手そのものを見ようとする目と心を持っているし、頑固で真っ直ぐだが素直で凛々しくて優しい自慢の息子なんだ! ああ、流石俺とティアナの子! 最高だ! 天使だ! これぞ本物の天使! そもそも、赤ん坊の頃から――』と、延々と色々、それこそ成長記録並にたたえてあり、手紙の枚数は五十枚を超えていた」

「……うっわ。すっげー親馬鹿だな。いや、……よく読んだな、団長」

「あれのどこが天使ですの。ありえませんわ」


 レインとシュリアが、呆れた様に口元を引くつかせている。

 フランツとしては、あのカーティスがここまで子煩悩になっているのが面白かったので、ついつい熟読してしまったのだが、彼らには理解出来ないらしい。残念だ。


「最初は、親の贔屓目ひいきめだと思いながらカイリを見ていたのだが……案外、そうではないかもしれないと思ってな」

「え。本気ですの?」

「ああ。頑固で真っ直ぐはシュリアのお墨付きだ」

「……事実ですわ」

「それに、……野党に囲まれて剣を突き付けられても、堂々と歌い上げただろう。あれは、並大抵の度胸では無理だ」


 淡々と事実を述べれば、シュリアは不本意そうに押し黙った。反論をしてこないということは、思うところがあるのだろう。


「あいつが本気で自衛の剣で、誰かを助けたいと願うなら、聖歌隊に入ってぬくぬくしていることを良しとはしないだろう。時折、予想と違う方向へ行くし、なかなか面白い」

「……ま、そうだわな。団長からの手紙である程度聞いちゃいたが、さっきのあいつの話も面白かったぜ? オレ、あいつがこの第十三位を選んだの、てっきり団長がいるからだって言うと思ったんだよな」

「……ええ、わたくしも。それか、せいぜい知り合いがいて他より信頼出来るから、とか言うと思いましたのに。……よりにもよって」



 他の団よりも健全だから。



 フランツも思い出して、口元が緩む。理由がかなり意外だった。

 だが、フランツとしては半分以上、「自分がいるから」という以外のことを口にするとも思っていたから、期待通りで面白かった。


「しかも、試験もしないで不公平だから団員全員の許可が欲しい、とか。無謀。無知。いやはや、今時くそ真面目な奴だぜ」

「……否定はしませんわ」

「それに、健全ってなー。いざって時は、世間で非難される様な手段も取る腹黒集団に、あろうことか健全とか。笑えるぜ」


 レインが軽薄に肩をすくめるが、シュリアが少し眉を跳ね上げた。

 それに気付いたのだろう。レインが意外そうに目を丸くする。


「何だよ?」

「……彼の言う『健全』は、額面通りの意味ではないと思いますわ」

「は?」

「裏で何かしている様には見えない、とか。そういう単純なことを指しているんじゃ無いってことです」

「……」

「それに、『自分と正反対だから』とも言っていましたし。……彼は、時々予想もしないことを口にしますから。尊敬とか、馬鹿ですの」


 一気にグラスをあおって、たんっ、とシュリアはテーブルに置く。

 荒れているのか、照れているのか。両方だろうかと、フランツは曖昧に推測した。


「まあ、とにかく。色々思惑があって、俺もカイリを第十三位に入れた。是非鍛えてやってくれ」

「へいへい。オレとしても、さっさと半人前にはなってくれないと困るしな」

「あと、レインは今日からカイリと同室になってくれ」

「……オレが? さっき恐がらせたばっかだぜ?」

「お前を恐がったわけではないだろう。それにエディだと、もしもの時に少々荷が重い」


 カイリは既に狂信者に狙われている。

 この教会の膝元では早々手は出して来ないだろうが、万が一ということもある。エディもそれなりに腕は立つが、大物が出て来た時は危うい。団一番の実力者が適任だ。

 それで察したのだろう。レインが、「りょーかい」と片手を上げた。


「そういや、団長。保護者登録したんだってな?」

「うむ? ああ。カーティスとも約束したからな。カイリの保護者として書類を提出しておいた」

「へえ、書類ねえ」


 レインが意味ありげにフランツを見上げてくる。

 意図するところを正しく読み取り、フランツは静かな笑みで相対した。


「色んな種類あっけど、結局どんな保護者になったんだ?」

「想像にお任せするとしよう。カーティスの要望通りかは、分からぬがな」

「ふーん」


 にごしておくと、レインはあっさり引き下がった。手にしたグラスの氷を涼やかに鳴らしながら、いぶかしげに眉を寄せるシュリアの前で刺してくる。



「けどよ、団長。……情を移すのは構わねえけど、団長としての冷静さは失うなよ?」

「……ふむ」



 レインの忠告に、フランツも一瞬だが黙る。彼の言わんとするところが伝わったからだ。

 シュリアはというと、少し不機嫌そうに眉根を寄せた。いつも『そこだけ』は冷徹な彼女としては珍しいかもしれない。


「レイン、あなた……」

「だって、そうだろ? オレ達に目的がある以上、それを話すに足る人物じゃなかったら、追い出さなきゃなんねえんだから。……『足手まとい』は、それこそ命取りだしな」

「……ええ。その通りですわ」

「大丈夫だ、レイン。その点、抜かりはない」


 シュリアの低い同意を押しのけてきっぱりと断言すれば、レインも「そーかよ」とグラスを煽りながら即座に引いた。

 フランツは、第十三位の団長だ。そして、第十三位には二年前――レインが入団して一年経ってから心に決めた目的がある。

 だからこそ、入団審査は厳しく在らねばらならない。忘れてなどいるはずもなかった。

 フランツの解答に満足したのだろう。レインはグラスの中の氷を、からんと鳴らして涼やかに笑う。



「ま、後はそうだな。――悪人でなければ良いけどな?」



 レインのからかう様な――しかし、図る様な物言いに、フランツは堂々と胸を張った。そこに関しても抜かりはない。


「それこそ問題は無い。カイリはカーティスの息子だ。天使なのだから善人だろう」

「馬鹿ですの!? 例え親友が良い人であっても、息子がそうとは限りませんわ」

「……シュリア。お前は、相変わらず頭が固いのだな」

「何でそうなるんですの! フランツ様がやわっやわ過ぎるんですわ!」


 ぎゃいぎゃいと文句を叫ぶシュリアに、フランツは首を傾げるしかない。

 とは言え、レインやシュリアの言い分も分かる。以前、第十三位に入団してきた新人達は、全員何かしらこの騎士団に冤罪の悪評を残し、意気揚々と去っていった。

 だが。



〝お願いします。……どうか、俺を。この第十三位に入れて下さい〟



 馬鹿正直に、許可を取ってくる人物などフランツは初めて見た。



 そんな彼をフランツは信じたいと思ったし、何より――逃したく無いとも思った。

 カーティスの息子だからというだけではない。打算も入っている。

 しかし当然、親友の忘れ形見を預かったのだから守り通したいとも考えている。他人が聞いたら、どれが本音かと疑われそうだ。

 だが、フランツにとってはどれも等しく本音なのだから仕方がない。

 打算があり、親友の忘れ形見であり、フランツ自身も彼に興味が湧いている。今はそれで良いと自己完結した。

 そうだ。



〝……ごめんなさい〟



 あれから、もう十一年も経つ。

 今までは考えない様にしてきたが、――少しくらいは良いだろう。

 カイリは、彼女とは関係が無い。フランツ自身の家族と縁など無い。いざとなれば、あの世からカーティスの子煩悩力が守ってくれるだろう。

 だから。



 ――少し深めの『保護者』となるくらい、許して欲しい。



 目をわずかだけ伏せて、フランツはここにはいないの者に願う。



「ま、団長が信じるってんなら良いか。せいぜいしごいてやりますかね」

「頼んだぞ、副団長」

「その肩書、必要かー?」

「団だからな」

「……この団、本当に適当ですわ……」


 呆れて溜息を吐くシュリアに、レインと一緒にフランツは笑う。

 これから、カイリはここでどんな未来へ向かって行くのだろうか。


 久々に新たな楽しみが出来て、フランツも機嫌良く二杯目のグラスを煽った。


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