第33話


 第十三位に、入れて欲しい。


 懇願して頭を下げ、カイリは待つ。

 目の前の空気は、揺れることもなく静まり返っていた。その反応は拒絶なのかどうなのか、カイリには判断が付かない。

 そうして、数秒か、数分か。

 無言のまま時は流れ。



「……え? あんた、もう第十三位に入ったんじゃないんすか?」

「――――」



 あれ、と戸惑った様にエディが声をかけてきた。

 カイリもその言葉に、弾かれた様に顔を上げる。その際ばっちりと、きょとんとした彼の眼差しとぶつかってしまった。その顔は、こちらがしたい。

 カイリとしては、彼らの許可を得てから正式に総務に伝えようと思っていた。

 だが、勘違いをしていたのかと、カイリは困惑の極みに陥る。


「えっと。あれ? 俺、もう第十三位に入っているんですか?」

「ああ? そうじゃなかったのかよ。シュリアがそう言うから、てっきり」

「って、はあっ!? わたくしのせいにしないで下さいませ! わたくしは別に……! か、彼が頑固だから、どうせ入ってくると思っただけですわ!」

「シュリアちゃん。それって、入るって思ってたんですよね?」

「だ、だから! 頑固だから! ですわ!」


 ぎゃいぎゃいとやかましく叫ぶシュリアに、カイリは目を丸くする。信じられない気持ちで、彼女に確かめてしまった。


「え。だって、シュリア、俺が入ってもいいの?」

「はあ? あなた、入るつもりだったんじゃないんですの?」

「だって、……俺のこと、足手まといだから聖歌隊に入れって」


 ルナリアの宿で温泉に入った後、シュリアは確かにそう言っていた。

 戦うことも出来ないお荷物。剣を握る覚悟も無い。聖歌隊に入れば、戦闘もほとんどしなくて良い。

 彼女は、カイリが来ることを快く思っていなかった。

 だが。


「……あーあ。シュリア姉さん、そんなこと言ったんすか」

「ふふ。シュリアちゃん、優しいですね♪」

「なっ……優しい!? 違います! 足手まといは、第十三位に必要ありません!」

「ふーん。じゃ、カイリが入るの止めるか?」

「……彼は、無条件で騎士団を選べます。止める権利はありません」


 腕を組んで、苦虫を潰した様に低くシュリアがうなる。

 それは、つまり入って欲しくないという主張だろうか。ぐっさりと彼女の言葉が刃の様に刺さり、少しだけ胸が苦しくなる。

 だが。


「……シュリア」

「何ですか」

「俺、やっぱりここに……第十三位に入りたいって思うんだ」

「……。だから、あなたは選ぶ身分です。わたくしに止める権利は」

「そうじゃなくて」


 シュリアが受け入れてくれないのならば、意味が無い。

 聖歌騎士は、入団に許可はいらない。

 とはいえ、実際に試験を受けて入った場合も、その者の適正でそれぞれの団に振り分けられるはずだ。故に、団長や数人の許可は必要でも、その団全員の許可はいらないだろう。

 だから、カイリがここで第十三位を無条件で選んでも、あまり変わらないのかもしれない。

 けれど。


「俺は、ただ聖歌語で歌えるっていうだけで無条件で騎士になれるし、入りたい場所も選べる。普通なら、試験を受けて合否を決定して、適正できっと振り分けられるんだと思う」

「……そうですわね」

「でも、俺はそうじゃない。どこに入るかも勝手に選べるって、考えたらすごく迷惑なことだよな」


 どんな人物かも分からないまま、試験で能力も図られないまま、好き勝手に決定出来る。

 団の者達にとっては、当たりの人物が来ればもうけものだが、外れである確率だって高い。選ばれる側にしてみれば堪ったものではないだろう。

 しかも、聖歌騎士は、何となく周りから特別視されている気もする。故に、表立って意見を言えない可能性だってある。

 前世でいう大学入学に関する『特待生』だって、面接はあったはずだ。

 だが、この特別枠にはそれが無い。



 それは、ひどく不公平だ。



「みんなもシュリアから聞いていると思いますけど、俺は本当に足手まといです。剣は、自衛の剣……防御特化や回避に徹したものしか出来ない。攻撃は……俺の心の問題で、どうしても相手にまだ剣を振り下ろせない。歌だって、範囲指定が出来るみたいなことをフランツさんから聞いたけど、俺にはやり方も分からない」


 しかも、恐らく世間では当然持っているだろう教会や聖歌に対する知識を、カイリは知らない。村で、知識を制限されていたからだ。

 剣だって、ようやく自分に適した剣を一ヶ月教えてもらっただけだ。実戦ではまだ使い物にならないだろう。



 シュリアが言う様に、足手まといの要素しかない。



 それは、これから与えられるだろう任務を遂行するにあたって、かなり足を引っ張ることになる。彼らは、相応の覚悟を強いられるのだ。


「きっと、聖歌が歌えなかったら、俺は試験に落ちてる」

「……」

「それでも、俺は騎士になれるんだ。聖歌を歌えるだけで、特別の様に扱ってくる。……俺は、そんな教会が信頼出来ない」


 聖歌に力があるから。それだけで、教会は強引にその者を抱き込む。

 命懸けの職業のはずなのに、足手まといでも構わないと豪語する。他の者達の負担を、何も考えない。そんな考えが、平然と蔓延まんえんしているのが嫌だった。

 でも。


「でも……俺は、自分を守れる力が無いから。狂信者にも狙われているから、教会にすがるしかない。それなら、その信頼出来ない中でも、俺は、信頼出来ると思った人達の団に入りたいって思いました」


 結局自分勝手な結論だ。彼らにとっては良い迷惑だ。

 だからこそ、彼らが覚悟を持ってカイリを受け入れてくれなければ意味が無いと思った。


「俺がここを選んだ理由は、それだけです。……とても身勝手で、わがままな願いです」

「……」

「その上で、言います。俺を、第十三位に入れて下さい。――お願いします」


 もう一度頭を下げた。あまりの身勝手さに、体中が羞恥で焦げそうだ。

 しかし、受け入れてもらえるまでは、自分はここに入る資格は無い。そう思った。

 再びの沈黙の後、長い溜息が零れ落ちる。零した人物は、顔を上げなくても分かった。


「……、あなた」


 シュリアが、機嫌の悪い低さで続ける。



「わたくしが嫌だと言ったら、どうするつもりですか」



 本気だろう。

 だからこそ、カイリも本気で応じた。



「その時は、……シュリアが『入って良い』って言うまで、どこにも入らない」

「……、はあ?」



 呆れたと言わんばかりの溜息だ。どことなく、意外そうな響きも含まれている。

 だが、これだけではカイリの言いたいことは伝わらないだろう。補足のために、言葉を続けた。


「入れてもらえるまで、教えてもらえそうな人に、歌のことを聞いたり剣の修業を付き合ってもらったりするよ」

「は、はあ? いや、あなた」

「……ああ、そうだ。せっかくケントと友人になったんだから、彼に教えてもらおうかな」

「はあ、……はあっ!? ケント!? ……って、ケント殿のことですの!?」


 彼女の頓狂とんきょうな声が響き渡る。他の者も、予想外の名前だったのか目を丸くしていた。

 そういえば、フランツが第一位と第十三位は犬猿の仲だと教えてくれた。彼らにとっては許しがたい存在なのかもしれないと、失言を恥じる。


「まあ。ケント様、ですか。カイリ様、色々ビックリ箱みたいな人ですね」

「あー、……団長。マジかよ? こいつ、まだ教会来たばっかだよな?」

「ああ。俺が少し離れている間に、ラブラブだ。もう、ケント殿は別れ際にぶんぶん手を振ってはしゃいでいたぞ」

「……マジかよ」


 信じらんねえ、とレインが額に手を当てて天井を仰ぐ。他の面々も、顔を見合わせた後に、物凄い眼力をカイリに向けてきた。

 一体普段のケントは、彼らにとってどんな風に映っているのか。逆に興味が湧いたが、今は関係ないので脇に置いておく。


「えっと。……だから、シュリア」

「……」

「本音で答えてくれ。……他のみんなも。その、……俺が入っても良いかどうか、判断して下さい」


 声が小さくなりそうなのを、一定の声量になる様に努めた。なるべく平坦になる様にも心がけた。

 彼らは、表情を落として黙ってしまう。やはり足手まといな上に、知識も絶対的に足りない人間は、かなり迷惑なのだろう。

 断られたら本当に身の振り方を考えなければと、カイリが覚悟をして顔を上げていると。



「ボクは別にいいっすよ」



 ひょいっと、気楽な感じでエディが右手を上げた。

 意外な返答に、カイリは驚き過ぎて目が丸くなる。


「フランツ団長が連れてきたんだし、ま、身分証明は大丈夫っすよね。珍しく姉さんも色々口出ししてるし」

「ちょっと! それは関係ないですわ!」

「そ・れ・に! 新人が入ったら、一番下っ端はあんた! つまり、ボクは脱・パシリ! これは、入ってもらうしかないっす!」

「何を言っていますの。あなたはいつまでも下っ端ですわよ」

「ガーン!? そ、そんな……!」


 髪ごと真っ白に燃え尽きて、エディが崩れ落ちる。

 だが、白い粉を被ったままなので、彼の髪の本当の色がよく分からない。何となく隙間から赤混じりの茶色が覗いているので、それが本来の色なのだろう。

 レインも、ふーんとあごに手をかけながら、愉快そうにカイリを見つめてきた。値踏みする様な眼差しだったが、不思議とカイリは嫌では無かった。


「ま、オレも歓迎するぜ。足手まといだろうが、聖歌は貴重だしな」

「レインさん……」

「それによ、今まではリオーネしか歌えなかったからなー。……歌声が女性じゃないっていうのが残念だけどよ」

「あらあら。レイン様は、女性によく手を出していますから。カイリ様、見習っては駄目ですよ?」

「おいおい。女性と『仲良く』なれてこそ、男のステータスってもんが上がるんだよ。エディは底辺だけどな」

「ちょっ! レイン兄さん、ひどいっす!」


 涙目になってすがるエディを綺麗にスルーし、リオーネも口元に手を当てて賛同を示してきた。


「あ、私もお仲間嬉しいです。部下が出来ました。聖歌については、私が教えますね」

「え、あ。よ、よろしくお願いします」

「あら、敬語ですね?」

「ああ、……よろしく」

「ちょっと、新人! リオーネさんは駄目っす! ボクのっす!」

「いつからあなたのものになったんですの。セクハラですわ」

「ええ!? あああ、でも、聖歌で二人っきり……あああああ、や、やばい! やっぱり新人、入ったら駄目かも……ぐがっ!?」


 わたわたと頭を抱えて唸るエディに、レインが頭にかかとを落とす。

 晴れて沈んだ彼には目もくれず、意味ありげにレインはシュリアを見つめた。リオーネも、そしてカイリの横にいたフランツも彼女に視線を移す。

 注目されたシュリアは、不機嫌そうに押し黙った。眉はこれ以上ないほど吊り上がっているし、眉間にしわも刻まれている。


 ――やっぱり、断られるかな。


 覚悟を決めて、真っ直ぐカイリは彼女を見つめる。

 すると、彼女は大袈裟に溜息を吐いた。少しだけ斜め下に視線を落とし、考え込む様に腕を組む。


「……、あなた」

「……、うん」

「さっき、信頼出来ると思った人達の団に入りたいと言いましたわね」

「……そうだけど」

「何故、わたくし達が信頼出来るのですか。会って間もないでしょう」


 真っ直ぐにアメジストの瞳が貫いてくる。

 彼女は、決して視線を揺るがさない。その瞳に宿る強い輝きに、カイリは「やっぱり」と思う。



 彼女は、いつだって真正面からぶつかってくる。



 適当にあしらって、取り繕うことも出来ただろうに。

 宿で自分をへこませたままでも良かっただろうに。

 けれど、彼女はいつも、そうはしなかった。



〝わたくしにあれだけ偉そうに啖呵たんかを切ったくせに、このまま尻尾を巻いて逃げますの〟



 彼女の言葉は、あの時の自分を動かす確かな原動力となった。



 フランツも、あの時何も計画を話さないカイリを信頼してくれた。戦いも知らない素人を信じるなんて、なかなか出来ないことだと思う。

 それに。


「んー、色々あるけど……そうだな」


 ここにいる者達は、真っ直ぐに物を言う。

 足手まといでも、聖歌は欲しい。

 新人になったら、一番下っ端から脱することが出来る。

 部下が出来た。

 他の団だったら、そんな風には絶対言ってこない。取り繕って、持ち上げて、影でこそこそ言うだけだ。

 でも、ここは違う。



「……ここが、他の団よりも健全だから、かな」

「……、は」



 ぽかん、とシュリアが口を大きく開ける。

 他の者達も、もう少し違う答えを予想していたのだろう。微かに、目と口が点になっている。


「……って、な、何ですの、その理由……」

「まあ、それがほとんどだけど」

「ほとんど!? ……ど、どうリアクションすれば良いか困りますわ……」

「あと、強いて言うなら、……昔の俺と正反対な人達ばかりだから、かな」

「……は……」


 更に二の句が継げない、と言った様子でシュリアが目を白黒させている。二つ目の理由で、益々ますます理解不能になった様だ。

 それはそうだろう。彼らにはきっと分からないはずだ。



 ――前世の自分は、人と関わるのを諦めた。



 だが、彼らは違う。

 第十三位は、今日一日教会で過ごしただけで、かなり追いやられた立場にあるのは薄々推測が叶った。団長であるフランツに挨拶はしない、彼の目の前で第十三位の悪口を堂々とのたまう。正直、見ていて不愉快でしかなかった。

 けれど。


 それでも彼らは、人と関わっている。


 カイリは、前世では諦めた。

 濡れ衣を着せられ、孤立して。誤解を解くことを、人の輪に入ることを諦めたのだ。毎日突撃してくるケントからも逃げようとしていた。



 そして、後悔した。



 第十三位の彼らは、とても強い。

 別に、悪意に対して何も感じていないとは思わない。特に気にしていなくても、良い気分がしないことは確実だ。

 それでも彼らは、こうして人と関わる仕事をしている。そんな彼らが、ひどく眩しく映った。



 ――自分も、今度こそ逃げたくない。



 拒絶されても、諦めたくない。踏み込みたい。そう思わせる人達が、今、目の前にいる。

 だから、第十三位に入りたい。

 その内容をどう伝えれば良いのか。カイリには術が無かった。


「単純に言えば、うーん……みんなのこと、尊敬しているっていう意味だよ」

「……どこをどう解釈すれば、そんな話になりますの?」

「長くなるけど?」

「……面倒ですわ。聞きたくありません」


 ぴしゃりと遮断され、カイリは笑ってしまう。

 それを不審そうに眺めるシュリアに、今言える気持ちを告げた。


「そういうところ」

「は?」

「そういうところ、尊敬している」

「…………………………」



 心底理解出来ない。



 全身で全力でそう断言してくる彼女に、またカイリはおかしくなる。

 そうして笑いが止まらないカイリをしばらく見つめ、シュリアは額に手を当てた。はあああああっと、長い長い溜息を零す。その内部屋中を埋め尽くすのではないかと思うくらい、長かった。



「……、もう、分かりましたわ」



 目を閉じて、軽くシュリアが頭を振る。付き合い切れないといった風に、ソファに背中を預けた。


「あなたが頑固で真っ直ぐなのは知っていましたが、付け足します。変人です」

「シュリアほどじゃないよ」

「どうして! わたくしが変人なんですの! やっぱり頭がおかしいですわ!」

「うん。シュリアほどじゃないよ、多分」

「きーっ! 生意気な! ああ、もう! ですから、もう良いですわ! さっさと入団手続きを済ませてしまいなさいな!」

「え」


 勢いで言われた意味を流しかけ、カイリは思考を止める。

 シュリアを凝視すれば、彼女は忌々しそうにばん、とテーブルを叩き付けた。


「いいですか。わたくしは、あなたを認めたわけではありません」

「じゃあ、どうして?」

「ここで断って、毎日の様に許可を取りに通われるなんて、ぞっとしますわ。それなら、さっさと入ってもらって、レインにでもリオーネにでも剣も歌もきたえてもらった方がマシですっ」

「何を言っている。お前にも鍛えてもらうぞ」

「はあ!? フランツ様まで頭がおかしくなりましたの!?」

「いや? 至って正常だが。シュリアがおかしいのだろう」

「なんっで! ですの!」


 きーっと、ぶんぶん両腕を振るシュリアに、フランツは不思議そうに首を傾げる。本当にこの二人の会話は、意思が通い合っていない。漫才だ。

 隅っこで、「姉さん。ボクは?」と膝を抱えていじけているエディがいたが、全員が無視をしたのでカイリも取り敢えず従った。



「とにかく! さっさと防御だか回避の剣だかの腕を上げてくださいませ。聖歌も範囲指定出来る様になりなさい」

「……、うん」

「早く半人前にくらいなってもらわないと、全滅しかねませんから」

「うん。……、……ありがとう」



 強引ではあったかもしれないが、シュリアもカイリが入団することを認めてくれた。

 それが何となく一番嬉しくてお礼を告げると、彼女はふて腐れた様に外向そっぽを向く。


 彼女らしい反応に、カイリはようやく第十三位の入団試験に合格したことを実感した。


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