第19話


 ぱちぱちと、穏やかにカイリ達の目の前で火花が散る。

 食後のお茶を楽しみながら、カイリはふうっと息を吐いた。


 ここに腰を下ろしたのは、日が傾き、昼と夜が穏やかに混じり合う頃だった。

 小道から少し外れたところで開けた箇所を発見し、野宿の場所が決定したのだ。

 人の気配がしないことを確認してから、フランツが焚火たきびを起こすためのまきを拾い、シュリアが狩りに出かけた。

 カイリは全く狩りには役に立たないので、その間荷物番を言い渡された。早速、彼女に言われた「足手まとい」がぐさりと心に刺さったが、事実なので何も言い返せない。


 せめて、荷物は誰にも取られまい。


 そう決意して、二人を待っていたのだが。



 ――彼女が、兎と鹿を仕留めて帰ってきた時の顔が忘れられない。



 いきなり、がさがさと草の根をき分けて飛び出してきたかと思ったら、得意気に「やりましたわ!」と満開の笑顔で報告してきたのだ。その際、当然と言えば当然だが、ばっちりとその場にいたカイリと目が合ってしまった。

 途端、物凄い勢いでぷいっと外向そっぽを向いたので、思わず苦笑してしまった。それも気に入らなかったらしく思い切りにらまれたが、彼女も年相応――いや、随分と根は子供っぽい様だ。年齢はいくつなのだろうと疑問に思う。

 色々と小さな悶着はあったものの、無事に腰を落ち着け、食事を平らげた。

 兎と鹿を豪快にさばいたシュリアの手腕とフランツの料理の腕に、またカイリは驚いたものだ。


 普通、逆な気がするとツッコミたかったが、また彼女の怒りを買いそうなので口をつぐんだのはつい先程だ。


 そうして、フランツお手製のほうじ茶を飲み、落ち着いたのが数分前。

 どうでも良いが、ほうじ茶があるとは知らなかった。紅茶やコーヒーは飲んでいたが、この世界の文明が本当に分からない。


「さて。先程の話の続きでもしようか」


 フランツが切り出したことで、カイリは少しだけ居住まいを正した。

 道中で話していた最中に、シュリアと衝突してしまってから、何となく話がしにくくなってしまったのだ。

 彼女は終始無言だったし、カイリの方も言い過ぎたことは反省したが、意見をひるがえすつもりも無い。平行線だった。

 故に、何となく気まずかったのだが、仕切り直しが出来ると判断したのだろう。フランツはカイリが気になっていることを口にしてくれた。


「カイリは自分の意思に関わらず、もう教会の手から逃れることは出来ないだろう。まあ、現状だと教会に保護してもらうのが一番なのは間違いないが、……カーティスが難しい顔をするのが目に浮かぶな」

「……、あの。その、父さんのことなんですが」


 父について疑問が湧いていたところだ。この機会を逃すまいとカイリは乗っかる。


「父さんは、その、聖歌語の力? を使った気がするんです」

「ほう」

「野盗どもが騒いでいました。父さんが、【隠せ】と言った時に、俺の姿が消えたみたいなことを言っていたから」


 事実、カイリが逃げても野盗達は追いかけて来なかった。カイリの姿が本気で見えなかったのだろう。

 じわじわと形になっていた疑問を、フランツは包み隠さず言い切った。



「カーティスは、元教会騎士団第一位の団長だ」

「――――」



 何だか途轍とてつもない真実を聞かされた気がする。



 シュリアも目をいていた。ぱくぱくと、酸欠の金魚の様に口を動かしてあえいでいる。


「第一位は騎士団の中でも精鋭中の精鋭。聖歌も自由に操るあいつがその団長になったのは、若干二十歳の頃だ。当時、周りからの羨望と嫉妬が打ち合う様にかっ飛んでいて、まだ第一位に在籍していた俺は、実に楽しげに観察していたものだ」


 フランツの対応も大概たいがいだ。

 流石親友と言うべきなのか。物言いが容赦が無くて、心なしか弾んで見える。


「だ、だ、だ、だい、一位、団長!? この父親が!?」

「この呼ばわりって、酷いな」

「……、あなたなど『この』で充分ですわ」

「ああ、そうだな。あんたも『あんた』で充分だもんな」

「きーっ! ああ言えばこう言う! わたくしは十八歳ですのよ! もっと年上を敬いなさいませ!」

「敬語にすれば良いのか?」

「……気持ち悪いですわ。止めてくださいませ」


 ああ言えばこう言う。彼女にこそ返してやりたい。


「しかし、それならば何故、あの程度の野盗に遅れを取ったんですの。転がっていた奴らを見ても、そんな大した強さは無かった様に思えますが」

「カーティスは、ある任務で生死の境を彷徨さまよう大怪我を負ってな。剣がまともに振るえなくなった」


 一瞬沈黙が落ちた。

 シュリアが気まずげに目を逸らしたので、カイリが後を引き継ぐ。


「それは父さんから聞いたことがあります。……でも、どうしてこっちの村に?」

「ああ。それは、ティアナ殿と駆け落ちしたからだろう」


 またとんでもない真実を聞いた。


 駆け落ち。あのラブラブ夫婦が、駆け落ち。なるほど、ラブラブだから駆け落ちしたのだろうかと、変な方向にカイリの思考が飛ぶ。

 隣のシュリアは、「か、か、か、か」と真っ青になったり真っ赤になったりと忙しく顔色が七色に変わっていた。可愛らしくまとめていた淡い紅藤の髪がはらりと崩れ、面白い反応だなとカイリは現実逃避をする。


「か、駆け落ち……。え。身分とか、そういう感じですか?」

「いや、身分は釣り合っていたぞ。カーティスは元々騎士を輩出しまくっている大貴族で、ティアナ殿の方も枢機卿などを輩出する大貴族だ」

「だ、だい……っ」


 大貴族。


 普段のラブラブを間近で見ていたカイリとしては、にわかに信じがたい。

 それに、生活の方も不自由はしなかったが、決して贅沢をしていたわけではない。確かに祝い事の時には、どんっと金目に糸目は付けなかったが、それ以外は結構慎ましい暮らしをしていた気がする。

 そんな大貴族がカイリの両親。己の知られざる出生に、気が遠くなりそうだ。


「だが、カーティスが騎士から下りることになって、ティアナ殿の実家が難色を示したのだ」


 つまり、騎士でもない役立たずに用は無い。

 カイリは貴族というものを勉強や読書の範囲内でしか予想出来ないが、様々なしがらみがあったことだけは想像出来る。

 分かってはいても、父がさげすまれたのは腹が立つ。自然と視線と一緒に気持ちが暗く下がっていると。


「まあ、それに大反対したのがティアナ殿でな。カーティスに難癖付ける両親の目の前でテーブルを叩き割り、清々しい笑顔で『もう二度と顔も見たくありません。次に会ったら、家を叩き割ります』と言って、出て行ったそうだ」

「た、叩き割る、ですって!? どんな奥方ですの!」

「あー、……母さんならやりそう」

「やるんですのっ!?」


 一人シュリアが盛大に突っ込みを入れてくれるのがありがたい。カイリとしては、もう感覚が麻痺していたので忘れていたが、母は人並み外れた怪力の持ち主なのだ。彼女の反応は普通である。

 母が説教をする時は、大抵カイリと父は無言で頷くことが多かった。逆らえば、説教をしている間に木っ端みじんになった鍋と同じ末路を辿ると知っていたからだ。


「だからフュリーシアには、お前の祖父母もいるだろう。会うか?」

「会いたくありません。嫌です。面倒事に巻き込まれたくない。死ぬ。絶対死ぬ」

「……正直だな」


 本当に両親が大貴族だというのならば、跡継ぎや遺産争いが激しく勃発ぼっぱつしそうだ。

 ぽっと出のカイリという縁者がいることが知られたら、暗殺される可能性もある。確か推理小説等ではそんな話が大量にあった。

 それに。



 ――両親が、カイリのことで真っ先に頼ったのはフランツだ。



 それだけではない。

 例えどんな過去があろうとも、必要があるなら両親はきちんと祖父母のことを話していただろう。伝えなかったのはそれ相応の理由があるはずだ。

 だからこそ、信用しにくいというのがカイリの見解である。

 絶対に、両親の名を出すのは止めよう。そう誓って、カイリはふるふると身震いした。


「まあ、そんな感じでカーティスは村に流れた様だ。それが二十五歳の頃だな」

「二十五……」


 逆算すれば、自分が生まれる一年ほど前だ。

 そんなに若くして引退したのか。けれど、不思議とあの両親に後悔は無かった気がするのがカイリにとっては誇らしい。


「……ただ、引退する前から奴は、教会の体制には疑問を持っていた。理由は細々こまごまとあるが、特に聖歌を歌える者を、半ば無理矢理拉致らちする形で手元に置くからな。自由意思が無い、軟禁だと憤っていた」

「……軟禁」

「カイリ。教会からは避けられないだろうから言っておく。まず、お前は赤ん坊の頃から記憶があることを決して口にはするな」

「え?」


 唐突に心得を言い渡された。

 しかし、何故記憶が関係するのだろうか。またも疑問が溢れ出る。


「どうしてですか?」

「どういう仕組みかは分からんが、歌を歌えたり、聖歌や聖歌語を扱える者は、まず前世の記憶を持っている者だけになる。特に、聖歌語で聖歌を歌える者は、それこそ記憶を大量に、それも強く覚えている者となる。記憶と聖歌が密接に結びついているのだ」


 明らかになっていく歌の秘密に、カイリはだんだんと寒気に取り巻かれていく。

 両親は、村長は、これを危惧していたのだろうか。聞けば聞くほど、この世界にとって『歌える』ということが特殊なものに響いてくる。

 カイリを、拉致されない様に。そう考えてのことだったのだろうか。だとしたら、感謝してもしきれない。


「赤ん坊の頃から、前世のことを幼い頃から死ぬ間際まで覚えている。そう考えて良いか?」

「……はい。もちろん、曖昧あいまいな部分も多いですけど」

「曖昧で構わん。……なら、あの歌の力も納得だな。死者が一時的に実体化したことも決して話すな。……シュリア」

「口外なんてしませんわ。わたくし達の中に、そんな卑しい者は一人もおりません。……それに、教会のいぬではありませんもの」


 ふん、と顔を背けてシュリアが断言する。

 微妙に言い方が引っかかったが、まずはフランツの話に集中したかったので追及はしない。


「赤ん坊の頃から記憶を保持している者は、かなり稀だ。教会は何としてでも縛り付けようと考えるだろう。恐らく、教会に入る時の本来の特権も無くなる」

「特権?」

「聖歌語で聖歌を歌える者は、どこの騎士団に入るか自由に選べる。もちろん、騎士ではなく、司祭などの聖職者になるでも、聖歌隊に入るでも、選び放題だ」

「え、えら……凄いですね」

「だが、カイリの記憶のことを知ったら、問答無用で教皇の手元だ。自由は一切ない」

「――っ」


 言い切られて、一瞬カイリの背中がぞわっと黒くざわつく。するりと背筋を嘲笑う様に撫でられる不気味さに、カイリは思わず己を抱き締める様に腕を握った。

 それほどまでに、教会は黒い所なのだろうか。二人を見る限りはそんな風には見えないのにと、不安が山の様にうずたかくなっていく。


「まあ、上は黒い。残念だがな」

「ですが、身分や安全を保障してくれるのも教会ですわ。あなたにはその辺りの選択肢は無いと思って良いでしょう。覚悟を決めることです」

「……つまり、記憶は、その、……部分的にしか覚えていない、と言えば良いんでしょうか」

「そうだな。聖歌語で聖歌を歌える奴の中でも、記憶が半分も無い奴もいる。適当に誤魔化ごまかせ。それから、前世の記憶と比較する様な言い方もするな。『この世界では』という様な言い方のことだ。それだけで、多くの記憶を持っていると思われてしまう」

「っ」


 火葬のことだ。


 迂闊うかつな発言だったと改めて思い知らされた。

 確かに、前世の記憶が無い者が聞いたら不思議に思う文言だろう。つくづく己の甘さに溜息が出る。


「まあ、聖歌騎士になるのなら、第十三位に入ってくれると助かるがな」

「え、……そうなんですか?」


 シュリアが大反対していたから、てっきりフランツとしても内心はそうなのかと思っていた。

 だが、違うらしい。カイリが首を傾げる横で、シュリアが苦々しげにうなっている。


「わたくしは反対ですわっ。足手まといです」

「だが、聖歌は聖歌語に比べて遥かに威力が高いし、効果範囲も広い上に効力の選択肢も多い」

「え? そうなんですか?」

「ああ。例えば、同じ『足を止めろ』でも、ただ聖歌語で言うよりも、聖歌の方が強制力が強く、持続時間も長い。……他の騎士団と違って、うちには聖歌を歌える奴が一人しかいないからな。聖歌があると、戦略の幅も変わる。欲しい人材ではある」

「え?」


 何だか聞き捨てならないことを聞いた。

 更に混乱しながら、カイリは素直に疑問を押し出す。



「待って下さい。お二人は、歌えないんですか?」



 彼らは、日本語を――聖歌語を使って、力というものを振るっていた。聖歌語が分かるということだ。

 故に、てっきり彼らも歌えると思っていたのだが、違うというのだろうか。


「ふむ。ややこしいが……俺達は、聖歌騎士ではない。教会騎士だ」

「え?」

「聖歌語は確かに読めるし話せるが、歌うのは正直難しい」

「読めるし話せるのに、ですか?」

「そうだな……お前は前世の国は日本で間違いないか?」

「あ、はい」

「俺もシュリアも同じだ」


 そうなのか。

 こんなに身近に、前世が日本生まれの者が多いと少し嬉しい。急に親近感が湧いてきた。


「つまり、俺たちにとっては、英語? いや、えー……何だったか。……そう、スペイン語などと言った、特に慣れていない外国語の読み書きが少し出来る程度だ。言葉を使って力を操ることは出来るが、歌になるとかなり難しい」


 慣れない言語だと、会話程度ならともかく、歌になると難しい。

 具体例を出されて、カイリは納得した。確かに、カイリもスペイン語で歌えと言われたら心を込めて歌うのは至難の業だ。


「それに、記憶もあるにはあるが、俺達は聖歌騎士と違ってほとんど断片的にしか覚えていないからな。現に、火葬もどうやってするか覚えていなかった」

「……、そうなんですか」

「ああ。友人や家族も、名前が曖昧だったり顔が思い出せなかったり……学校生活も、家庭事情もろくに覚えていない。だから、想い出話なども難しいな。……がっかりしたか?」


 目を細めて告げるフランツの顔は、ほんのわずかだがさみしげだった。

 記憶はあっても、共有が出来ない。それはそれで、歯がゆい。カイリは何となくだが悟った。

 しかし、そんなことで落胆などしたりはしない。

 それどころか、とても安心した。


「……俺、赤ん坊の頃から記憶があって。でも、だからと言って特に飛び抜けた力や才能があるわけでも無いし、記憶も上手く活用出来なかったんです。むしろ、何も出来ない自分にがっかりしたことばかりで」


 前世で流行っていた異世界小説というものを体験できた時、チート能力というものを授かって、輝かしい人生を歩けると傲慢ごうまんにも思っていた時期がある。

 だが、それは結局幻で、現実はそんなに甘くなかった。前世と同じくみじめになることもあったし、ひどく落ち込んだものだ。

 それでも周りのおかげで立ち直って、これで良いのだと思える様になって。



 今度は、記憶があること自体が異質に思えてきた。



 誰にも言えない。もし知られたら、気味悪がられるかもしれない。

 この不安や恐怖を誰にも口に出来ないのは、辛くて淋しいと思ったこともある。悪夢の内容だって、両親に話すことは出来なかった。


「だから、……今こうして、記憶を持っているのが俺だけじゃないって知れて、良かったです」

「……そうか」

「はい。それだけで充分です」


 笑って本音を告げれば、フランツが相好を崩す。そうか、ともう一度ささやいて頭を撫でてくれた。

 彼は、頭を撫でるのが好きなのだろうか。心がじんわり温かくなるので、カイリとしても止めはしない。


「話を戻すか。……歌は、聖歌語ではなくても、歌える奴は限られる。教会騎士の中にも記憶を持っていないが故に歌えない者はいるし、一般人は大体歌えない」

「……、え?」

「先程も言ったが、歌を歌える者も聖歌や聖歌語を扱える者も、前世の記憶を持っている者だけだからな。大抵の人間は記憶を持っていない」


 そういえば、先程そう説明された。

 情報を一度後で整理しようと、カイリは心に決める。


「俺達は、フュリーシア語でなら歌えるが、そちらは力をこめることが出来ない。それに、お前の様に『自ら作り出しては』歌えない」

「え?」

「つまり、今生でし、趣味の範囲でしかないというわけだ」


 ここまで説明されれば、如何に聖歌というものが特殊な位置にあるかが嫌でも理解出来る。

 これは、村が総ぐるみでカイリを隠すはずだ。何の対策もなければ、今頃カイリは自由も無い軟禁生活を強いられていただろう。彼らには感謝しかない。



 ――絶対に生き延びる。



 彼らが、つないでくれた命だ。

 強く誓いを立てた。


「あ、そういえば……聖歌っていうのは、結構数があるんですか? 俺、何も知らないから」


 前世の知識に照らし合わせると、讃美歌やミサ曲あたりだろうか。

 曲はともかく、歌となるとあまり馴染みが無かったので、覚えるのが大変そうだとカイリが苦くしぶっていると。



「何を言っている? お前はもう、聖歌を歌ったではないか」

「――はい?」



 当たり前の様に言い切られた。

 あまりに普通に断言され、カイリの思考が追い付かない。目と一緒に頭の中も点になった。


「え? うた、った? 俺が?」

「ああ。確か、『故郷ふるさと』だったか。あれが、お前の聖歌だろう」

「は?」


 思わず頓狂とんきょうな返しをしてしまった。シュリアがぎっと睨んでくるが、カイリにとっては青天の霹靂だ。余裕が無い。

 確かに、先程フランツにも力の強い聖歌を歌えると言われた気がする。



 だが、まさか童謡唱歌が聖歌。驚き過ぎて理解が追い付かなかった。



「え、いや、待って下さい。だって、え? 聖歌? あれが?」

「ああ、……聖歌というのは、聖歌語で歌える者自身が歌うもののことだ。つまり、歌えれば、創作でも盗作でも何でも良いというわけだ」


 盗作は駄目だろ。


 口元まで出かかったツッコミを、無理矢理飲み干す。これ以上シュリアに突っかかられたくはない。


「まあ、聖歌隊が歌う聖歌は統一されているな。聖歌隊に入ったら、何曲か覚えさせられるかもしれんが」

「……はあ」

「フュリーシアの都市シフェルでは、毎日正午に聖歌がスピーカー越しに流される。着いたら聞いてみると良い」



 スピーカーがあるのか。



 何だか文明が滅茶苦茶な気がする。この世界は、一体文明レベルはどこまであるのだろうか。一度、じっくり研究してみたい。


「しかし、お前が歌った歌は、何だか懐かしい感じがしたな。確か、童謡唱歌だと言っていたな」

「あ、はい。昔の詩人や作曲家が作ったもの、です」


 断じて、盗作ではない。


 だが、前世の曲だと言うのも問題が起こる気がする。

 今度からは、故郷に伝わる歌だとでも誤魔化しておこう。そう決意して、カイリはふと思う。


 そういえば、村の者達もカイリが歌うものを懐かしいと言っていた。


 フランツ達も懐かしがっていたが、これは前世が日本人だからなのだろうか。ここ最近は、不思議なことが起こり過ぎて頭が破裂しそうだ。

 しかし、まだまだ聞きたいことはたくさんある。



〝それに母さん、カイリが歌ってくれたから、歌を歌える様になったのよ〟



 あの時は軽く聞き流してしまったが、歌が特別で、しかも一般人は歌えないと知って新たに疑念が生まれる。

 確かに、リックはリズムを取れるだけで歌いはしなかった。

 やはり、母もミーナも前世の記憶を持っていたということだ。教えられたから歌える様になったと、そういう解釈で良いのだろうか。

 それに、狂信者のこともまだ詳しく聞けていない。

 前世の記憶を持っていても、聖歌が歌えないのであれば必ずしも教会や狂信者に狙われるわけではないのだろうか。


「あの」


 更に尋ねようとして、カイリが口を開くのと同時。



「きゃああああああああああっ!!」

「――――――――」



 遠くで、空を斬り裂く様な悲鳴が届いてきた。


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