雨音

 外では、土砂降りの雨が降っていた。

 夕立だ。

「止んだら、虹見れるかなぁ」

 何をするでもなく、ぼんやり雨音を聞いていた里香はぽつりと呟いた。

「さあね」

 ベッドに寝そべり、漫画を読んでいた弘は気のない声で答えた。

「俺、虹は嫌いだ」

「何で?」

「こんな歌知ってるから」

 そう言って、小声で口ずさむ。

 顔を上げて歩けるように、空を見上げて虹を探した。

 そんな歌詞の歌だった。

「寂しくなる?」

「そう」

 漫画のページをめくりながら、弘は淡々と答える。

「雨は?」

「雨は好きだ」

「涙を隠してくれるから?」

 里香は、昔聞いたことのある曲を思い浮かべた。

「何それ」

 弘はくすくすと静かに笑った。

「慈雨って言うだろ? 雨は、良いものを連れて来てくれる」

「ふぅん……」

 里香は雨音に耳を澄ませた。

 良いものとは何だろう。

 いくら耳を澄ませても、足音は聞こえない。

「それじゃあ、晴れは?」

「晴れも好きだ。青空も、太陽も」

「恵みをもたらしてくれるから?」

「そう」

「曇りは?」

「曇りも好きだ。雲が好きだから」

 答えて、弘は漫画のページをめくる。

「でも、雨上がりは嫌いだ」

 里香は、雨上がりのきらきらした世界が好きだった。

 それを嫌いだと言われ、少し、悲しくなった。

「どうして?」

「止まない雨がないって思い知るから」

 止まない雨はない。本来は希望であるはずの言葉が、弘の口から語られると、どこか悲しい響きを持っていた。

「……寂しくなる?」

「そう。──晴れも好きだけど、雨も好きだ。どっちも終りがあるって思うと、寂しくなる」

「そう……」

 答えて、里香は黙った。外の音が、部屋に響く。

「雨の音、小さくなってきた」

 里香が言うと、弘は半身を起して窓の方を振り向いた。

「本当だ」

 言って、漫画を置くと頭から布団をかぶった。

「それじゃあ、俺は寝る。起きたら、晴れてると良いなぁ」

「水たまりがあるかも」

 里香が言うと、弘は布団越しのこもった声で答えた。

「水たまりは、嫌いじゃない」

 おやすみと言う弘におやすみと返し、里香は静かになっていく雨音に耳を澄ませた。

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小景小話 日向葵(ひなた・あおい) @Hinatabokko1015

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