炬燵と目覚まし時計

 美奈が部室を訪ねると、すでに先客がいるらしく鍵が開いていた。

「こんにちは」

 言いながら、扉を開けた。

「……──」

 先客は、何も言わない──どころか、何の反応も返さない。

 美奈は、どうしたものかと、それを観察した。

 部室の真ん中に陣取っている炬燵にあごまでもぐり、寝息を立てているのは、この部活に在籍する美奈の先輩だ。

 侵入部員ではなく、正式に在籍しているのだから、我が物顔で熟睡していることには問題がない。後輩に見られて、威厳も何もないが、まあ構わないだろう。研究で疲れているに違いない。

 鍵を開け放して寝ている不用心さも、まあ良い。

 問題は、その頭の脇、枕元に置かれている目覚し時計だ。

 炬燵の上には、その目覚しが入っていたと思われる箱と、目覚しの取り扱い説明書が広げられている。

「先輩……?」

 恐る恐る、寝ているその顔を覗き込もうとしたところで、目覚し時計がけたたましく鳴った。

「ひっ」

 思わずのけ反る。

 そんな美奈を他所に、寝ていた男がもぞもぞと動いた。手を伸ばし、目覚しを止める。

「……」

 男──祐二は、寝ぼけているのか、睨みつけているのかわからない目つきで美奈を見据えてから、「おはよう」と言った。

「先輩……何をしてるんですか?」

 訊かれ、祐二は睨みつけるような目つきのまま、首を傾げた。

「目覚し時計を買った」

「……はい」

「それで、ちゃんと起きられるかと思って」

「……はあ」

 まだ寝ぼけているのか、要領を得ない話し方だ。

 美奈の方が、先回りをして口にする。

「まさか、試してたんですか? 起きれるか?」

 まさか、という思いで訊いたその台詞に、祐二は頷いた。

「先輩……馬鹿ですか?」

「なぜ?」

「なぜ、って……」

 呆れる美奈に、祐二は寝起きらしい要領を得ない話を続ける。

「朝、すっきりと起きられるかは重要だよ。一日の活力の問題だ」

 言いながら、シャツのポケットを探る。目当ての物が見つからないのか、起き上がり、ズボンのポケットに手を突っ込んだ。それでも見つからないらしく、今度は鞄を漁る。

「先輩?」

「手っ取り早く、脳に糖分を送るために、起きぬけに甘いものを食べるのは理に適っている」

「先輩じゃないんですから、いつもいつも鞄にお菓子を常備してるわけじゃないですよ?」

 睨むような視線──と言っても、睨んでいるわけではなく、元の目つきが悪いだけだが──を向けられ、先回りして答えた美奈に、祐二は思案顔で首を傾げた。

「それじゃあ、何か買いに行こうか」

「買いに──って、私もですか?」

「何か、お菓子を買ってあげよう」

 真面目くさった、その口調と台詞に、美奈は思わず吹き出した。

 祐二は、わからず首を傾げている。

「先輩、それ、誘拐犯の台詞ですよ」

 きょとんとする祐二に、美奈はくすくすと声をあげて笑った。

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