最終話 閉幕
「そういえば、ユウはどこで寝るの?」
夜も更けた頃。私は布団に寝転びながらユウに尋ねた。正直な話、もう答えは予想できてるけれど。
「何を言ってるんですか?」
「そうきたか……」
当然といった顔で首をかしげたので、もう怒る気にもなれずに溜め息をつく。こうなることを予想して布団を買おうと思ったけれどユウのことだ。意味はないだろうと判断してやめたのだった。
「それと普段ユウは何してたの? 働いてなさそうなのにお金あるって何事なの」
「決めつけはよくないですよ」
「そう? ごめんね」
「まあ実際今は働いてないですけど」
「ねえさっきのごめんねを返して」
なんでもないようにユウはキャリーケースを開けてなにかを取り出した。よく見れば通帳で、遠くからひらひら中身を見せてきた。
おいおい、なんか数字いっぱい書いてあるんだけど。どういうことなの。
「まあ、僕も以前は働いてたんですよ? ですが過去に一発当てちゃいまして」
「……来世は地獄を見るといいよ」
「むしろ前世が絶望的なくらい運がなかったんじゃないでしょうかねえ」
どうやら神様はユウのことが本当に好きらしい。恵まれすぎている。オーバーキルだよ私は。
……はあ。
もうすべてがどうでもよくなって、私はこれ以上考えることを放棄した。
「もういいよ。おいで」
「奈々子さん……!」
布団をめくって両腕を広げた瞬間にユウが待ってましたと言わんばかりに覆い被さってのしかかってきた。重さで潰れそうになって、ああこれが実体を持った人間なんだなあとおかしな感動をしてしまった。けれどそんな感動もすぐに冷めることになる。
ユウの体は見た目より硬くてがっしりしていた。なので抱きしめ返されたときに圧迫感で息がしにくい。押し返してみても力が弛むことはなかった。
……く、苦しい。そして暑い。意外に体温高いな。
「ああ……奈々子さんの匂いがする」
「ひっ」
「どうしました?」
「ちょ、ちょっと耳元でしゃべらないでもらえるかな」
「へえ。なるほど」
「やめてって言、」
「あは、こうですかね」
「息も吹きかけるな!」
声とは音。音とは振動。その熱い振動が、私の鼓膜だけでなく全身まで響いているようでむず痒い。ユウに囁かれる度にぞくぞくと体が勝手に震えて身悶えしている。
耳ってこんなに弱いのか。知らなかった。
ユウの肩に顔を埋めてしがみつくように背中に腕を回した。顔を背けて逃げても、まだこの攻撃は終わらない。
「やだなあ。僕そんなつもりなんてなかったのに」
「待ってちょっと、やだ、やだっ……!」
下半身に何かが当たった。なにって、さすがの私でも分かる。それが、何なのか。何を意味しているのか。
私は自分の軽率な行動に後悔した。
「だぁいじょうぶ。落ち着いてください」
「ほんとごめん、そんなつもりじゃ」
「そんな怯えられると傷つきます。ムリヤリなんてしないですから」
押し倒された格好のまま、ユウはゆっくりと体を離した。私を見下ろす顔は予想以上に優しかったけれど、その瞳だけは獲物を前にした肉食獣のようにギラついている。
「僕も体力が戻っていないので激しい運動はできないですし……でも」
「でも?」
「キスだけさせてください。それ以上はしませんから、ね?」
「怪しすぎる……」
「ねえ奈々子さん。僕は病院で目覚めた時にもう一回してくれなかったの根に持ってるんですよ。してくれないなら……」
「わわ分かった分かった! していいから!」
「……あは。じゃあ、力抜いてくださいね」
ゆっくりとユウの顔が近付いて、体重もかけてきた。私は目をつぶって身構えると、ふにふにとしたものが私の唇に当たった。
そしてそのまま何度か触れるだけのキスをされて、力が抜けきった私はなんとなく薄目を開けてしまう。案の定ユウの見開いた目と至近距離で合ってしまった。目ぐらい閉じろ。
「うっ」
「息止めないでくださいよ。ちゃんと鼻から呼吸しないと苦しくなるでしょう」
「うう……」
「そうそう、そうやって呼吸して。はいもう一回」
「んっ」
一回だけじゃないのかよお。今度は舌でぬるりと唇をこじ開けられて中に侵入されてしまった。
体は身動きがとれないくらい強く抑えつけられて微動だにできない。でも、私の口の中を這い回る舌はゆっくりとした柔らかい動きだった。それがすごく矛盾していて、でもユウらしくもある気がする。
静かで優しいキスだと、初めて経験する私でも理解できる。私の体の隅々まで確めるような、そんなユウの動き一つ一つが私の頭を真っ白にする。
どこが嫌か、どこに悦んでいるのか。奴は私のすべてを暴いて愉しんでいる。舌を絡めて上顎をなぞられて体が勝手に震えて痙攣が止まらない。おまけにユウの唾液が流れ込んできて無意識に飲み込んでしまった。
キスをされているだけなのに、全身が大げさに反応してしまう。おかしい。私がおかしくなっている。
ユウの舌が動く度に全身が疼いて飛びはねた。
「もう……少しだけ、いいですよね」
「う、ん」
もう自分が何をしてるのかよく分からない。再び深く唇を重ねてユウの動くまま、私もそれに応えた。
ユウも余裕がないのか、私と同じように体が震えている。舌を絡ませながら下半身をぐりぐりと押し付けられていた。
「ああやば、きもちい……奈々子さ」
「はあっ……ユウ、ちょっと」
「こんなイイなんて、知りませんでした……すみません。ちゃんと我慢、しますから」
「あの……ねえ、ユウ」
謝りながら、それでもユウの腰の動きは止まらない。ゆっくりとした動きで私の下腹部に熱を持ったモノが当たる。
私はもう何も考えられない。
堕ちるところまで堕ちてしまえばいい。今はそんな気分だった。
「我慢しなくてもいいよって言ったら、どうする?」
言ってしまったら最後。もう後には退けない。
まるで蟻地獄のような致死量オーバーの愛に溺れて、私は身動きもとれずに窒息するのだ。
私の言葉を聞いたユウの理性がぷつりと切れた。さっきまでの余裕ぶった笑顔が消えて、恐ろしい真顔で目を細める。
おかしくなった私はその射殺されそうな視線にぞくぞくして笑ってしまった。
「本気ですか」
「……うん」
「後悔しませんね?」
「し、しない」
「……ずっと、ずっとこの日を待っていたんです。貴女を汚して、僕のものにする日を。貴女に出会った日から今日この時まで、ずっと」
愛しています。そんな言葉を聞きながら、私は永遠に這い上がれない泥沼の中に沈んでゆくのだった。
【了】
幽霊なのでストーカー罪は適用されません 楸白水 @hisagi-hakusui
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