これにて大団円?

第44話 平穏?


 ユウが目覚めてからのドタバタが終わった時にはもう夕方になってしまっていた。


「ふああ……明日から会社かあ」


 病院を出て私は文字通り一人で帰路につく。私の周りにはもう何もない。一人でいるってこんなに静かなものだったのかと実感した。

 もう私の視界をジャマするものも、行動を監視されたり制限されたりすることもない。


「夕飯何にしようかな」


 返事する相手はいないのに無意識に独り言をもらしてしまう。直すには少し時間がかかりそうだった。

 私はぎこちない動きで車に乗り込みながら、私はさっきまでの病院での出来事を思い出していた。



 ユウが目覚めてから少ししてユウの両親が到着した。どうやら病院が連絡したのだろう。おかげで何の心の準備もないままうっかり鉢合わせてしまった。そしてユウ本人は久しぶりの生身の体で疲れたのかすぐにまた寝てしまっていたのでとても気まずい。


 そして何よりの問題は私たちの関係を正直に話せないことだった。私たちは現実の世界ではほぼ他人に等しい。

 どこで出会ったとか、何で仲良くなったとか普遍的な内容が言えない。そして私は嘘が下手くそだ。


 なので「どういった経緯で……?」という困惑したユウの両親の問いに「いやあ、まあ……友人みたいなものです」という意味不明な返答をしてしまった。ごめんなさい。

 どうやらユウが私のストーカーをしていたのはご両親は知らなかったようなので、“友人がお見舞いに来たら偶然目が覚めた”の図が完成した。なので私もそんな感じに話を合わせてしまった。

 ……これ、あとでユウに知れたら怖いなあ。


 少しの時間だったけれど、ユウの過去を少しだけ両親に聞いてみた。本人に聞かずに周りから攻めるのもどうかと思ったけれど仕方ない。こんな機会はめったにないし。


 ユウの両親はためらいながらも快く話してくれた。

 昔から人付き合いが苦手だったこと。学校でも恐らくうまく馴染めていなかっただろうことや、両親や妹にも心を開かずにいたこと。だから、私という“友人”がここにいることに驚いていること。

 そして高校を卒業すると同時にまるでふらっと消えるように家を出て、先日の事故で久しぶりに顔を見たこと。


「今日から家事、一人でやんなきゃなあ……」


 結論を言うと、両親も妹も数年ぶりにユウと再会したということだ。つまり、現在ユウが一体何をしているのか誰も知らなかった。

 いや、想像はできるけれど。


「まずはユウの社会復帰かあ……」


 そんなことを呟いて一人でくすくす笑った。私は完全に奴の保護者になる気でいるらしい。茨の道だと思うけど、今までの生殺与奪を握られていた日々よりはずっと健全だ。

 仕方ない。どうせ逃げられないなら受けて立ってやろうじゃないか。



 ***



 そして数日。


「結局平日はお見舞い行けなかったな……」


 気が付けば金曜日の夜である。社会人の時間感覚は本当に恐ろしい。

 今日は遅いからまた明日、また明日と思っていたら週末になってしまった。あれからユウに会っていないのでさぞかし不機嫌になっているだろう。明日こそは病院に行かなきゃ。

 うん、今日は疲れたので行かない。まだ面会できるぎりぎりの時間だけど。


 私は車から降りてアパートの階段をゆっくり昇った。足の爪が元に戻るまではこんな感じだろうなあ。うっかりかばうのを忘れると痛みだすし。


 なんて呑気なことを考えて、階段を昇りきったところで私は足を止めた。


 ……誰かいる。

 何が人影のようなものが私の部屋の前に立ち止まっているのだ。大きめのキャリーケースを持ったまま、部屋の扉をじっと見つめて動かない。暗くて見辛いけどまさか。


「嘘でしょ……」

「あ、奈々子さん」


 ユウがそこに立っていた。病院で見た時とは違って、見た目は幽霊だった時に近い。ここに来るまでに身だしなみを整えたようだ。


「良かった。僕のこと忘れちゃったのかと思いましたよ」

「え、ん? なんでここに?」

「退院したんです。寝てる間に何度も検査されて異常はないとされてましたし、最低限動けるならリハビリは自分でやると言って出てきてしまいました」

「は、早すぎない?」

「そうでしょうか? 基準が僕には分かりません」


 本当に出てきてしまったらしい。私はおそるおそるユウに近付いて顔を覗き込んでみた。

 健康そうな顔をしているので嘘はついていないのだろう。脱走ではなさそうだ。


「もしかしてこんな寒い中ずっと待ってたの? ここで?」

「はい」


 年末の寒空の中、いつ家主が戻るか分からないのに待ち続けていたらしい。あほだ。


「元々住んでた家はどうしたの」

「僕、ここにいてはいけないですか?」

「ダメじゃないけど……まあ寒いし入りなよ」


 とりあえず家の鍵を開けて中へと招き入れた。……けれど、ユウの様子がどこかおかしい。なぜだか終始もじもじしていて目も合わない。

 幽霊だったときの厚かましさが全くなかった。


「いつもの元気ないみたいだけど」

「いつも……」

「ほら、いつもは図々しく私につきまとってたでしょ」

「うーん」


 私の後ろに続いてユウがよろよろと靴を脱いで後をついてきた。まだ筋肉が戻っていないのが見てとれる。

 ……なんか調子狂うなあ。あのおかしな自信に満ちた狂人とは別人だ。まさか、本当に別人?


 遠慮もせずじろじろと眺めていると、ユウは眉を下げて目を伏せた。そのあと少ししてためらいながら口を開いた。


「多分、こっちが本当の僕です」

「……どういうこと?」

「幽霊の時は謎の無敵感があったというか、失うものがなかったというか……」

「なるほどね」


 もじもじしてはいるけど片付けの手際は良い。会話をしながらキャリーケースの車輪をしまって(高性能なヤツだな)軽く掃除をしながらリビングまで運び入れている。ちょっとふらふらしているけど助けるほどでもなさそうだ。これもリハビリと思って見守る。

 それにしても、それに全部の荷物が入っているのかあ。ユウの物少ないな。


 私たちはちゃぶ台テーブルを囲んで正面に座った。暖房をつけて、部屋が暖まるのを待つ。


「なので僕が幽霊にならなかったら、貴女とこうしてここにいられなかったでしょうね」

「だろうねえ」

「もし事故を起こさなくて普通に貴女と会えてもおしゃべり出来なかったでしょうし」

「私も通報して逃げたと思うよ」

「そしたら貴女と無理心中ですね」

「ひっ……あきらめたりは、」

「しません」


 前言撤回。この男は紛れもなく正真正銘ユウだ。性格はおとなしくなったけれど、その芯は変わらない。

 もしかしたらこの展開が最善の道だったのかもしれない。どう頑張ってもあきらめてくれないストーカーとの攻防。負けは最初から決まっていたのだ。


 するとなぜかユウがテーブルに両ひじを置いてこちらに手を伸ばしてきた。何がご所望だろう。

 分からないので、とりあえず伸ばされた両手に私の右手を置いてみた。

 私より一回り大きな手だ。ユウはその両手にすっぽり収めたあと、私の指をなぞったり手の甲を撫でたりしている。

 ひんやりしていてくすぐったい。


「ずっと、ずうっと一緒ですよ。奈々子さん。死ぬまでなんて言いません。死んでも、幽霊になっても一緒にいましょうね……ふふ」

「わあ、どうしよう」


 無理心中コースは免れたらしいけど、それよりもっと困難な未来が待ち受けている気がする。

 どうしよう。でも、逃げられない。

 見えない鎖でがんじがらめにされて、私は奴に飼い殺されてしまうのだろう。


 それなら。


「お手柔らかに、ね」


 潔くあきらめて、楽しく生きるとしようか。

 色々考えるのはあとにしよう。

 私たちは当たり前のはずの、人と人の関係を今から始めることになるのだ。


 ユウの笑った顔は、凶悪な思想に似合わず無邪気で愛おしかった。


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