9話
かの女に会う前に、自身らが通っていた東中学の前を通りたかった。学校は平然と陰湿な過去が取り消されたように授業を開始していた。もはや自殺未遂者が出たにも関わらずノンストップであったが。
ボクの旧友……おそらく、流の中の人の自殺未遂は世界を変えることができなかった。事件により受験に身が持てなくなった生徒も、推薦が取り消しされた生徒も少年院送りにされた人もいない。
ただ、ボクを除いては、
ボクは進んで罪を被ることにした。
だが、この願いは叶うことはなかった。少年に行くことも責任をとることも叶わなかった。
こんな今を生きているが自身の贖罪が消えることはない。
それでも、銭形の指定した病室の前にいつの間にか到着、ボクはなにを伝えるべきなのかまた考え始める。
本当に、写真の人物が旧友と同じであったように。
本当の流を観て、ボクは……
「――高橋か?」
その声は、高橋がよく知る人物だった。
この時間の病棟は、ちょうど医者の診察が行われているためか、休憩室を利用する患者の姿は見られない。
「ほらよっ! これでも飲めや」
榊原は、ボクに病棟の休憩室で買ってきた缶コーヒを投げ渡した。
そういや、銭形がいうには榊原と流は知り合いだとかいってたな。ただ、榊原が流と知り合いという点で合点がついた。同じ病棟にいれば、そりゃ知り合いにもなるだろう。
「お前、なんでここにいるの?」
「そりゃ、見舞い以外になにかあるか?」
沈黙、そりゃそうだよね。
にしても、なぜかそれが転機に感じれた。……おそらくもなにも、ボクは逃げ腰になっていた。
入院している流に出会って、ボクはどうしたいのか。
旧友の後ろ姿が、ボクの足を止めていた。
「あの……一緒に見舞いしてもいい?」なにいってんのボク。
さすがに見ず知らずのボクが一緒に見舞いに来られたって困るだろ。
「ああいいぜ?」
コイツアホか……。そう思っていた。
「友達が来てくれたってナギが知ったら喜ぶべ」
なぜかそれは、旧友の名前と重なった。
「……それで」榊原は一度考える素振を見せる。「ナギになにか用なのか?」
「はい……え? あー、榊原先輩がどうしてここに?」
「だから、妹の見舞に来たんだべ」」
高橋は一瞬言葉に詰まる。
失礼ながら、顔も態度も性格もまったく違う榊原と楓が兄妹だと? あの剛腕が巨体で勉強も頭脳がミニマム級の彼が頭脳明晰、文武両道、容姿端麗、溶顔美麗の彼女と繋がりがあるワケがない。
そもそも、名前も違うし……。という点で思い当たる点がいくつかあった。ボクと妹の多希の姓が違かったように、家庭の事情があるのかもしれない。
そして断ることもできず、ボクはかの女の病室へと侵入する手前まで来た。
「お兄さん?」なんともワザとらしいが、誤って榊原をそう呼んでしまった。
「さっきからオメェおかしいべ」
「あ、すみません。楓さんは今は体調よろしいのですか?」
「ん、今はリハビリ中だ。当初はひどかったけど、日に日に元気になってるべ」
そういうと、榊原が病室の扉に手を付けた。が、
「――ま、待ってください」
思わず叫んでいた。
いつもならなるべく近寄りたくはない路地裏。
急に榊原を呼んだのも、バカバカしい自身の羞恥心からだった。
「じ……自分を思いっきり殴ってください」
そう、榊原へと頭を下げた。
その瞬間に、榊原はあることに気が付いたのか。頭をゴリゴリとかいている。
ボクのことを恨んでいるに違いない。それに、この痛みが滲み出るように理解しているつもりだ。
それに、多希が同じ目に遭ったら、ボクにとって同じぐらい辛いことだから。
「僕にも……妹がいます。先輩の苦しみが痛いほどわかります。そうやって、のうのうと生きて、今まで一度も訪れずにスミマセンでした」
頭から言葉があふれてくる。
そして、榊原の手がボクの頬に優しくあたる。
「馬鹿タレが……頭上げろよ。高橋」
それでも、頭を上げれない。
榊原は言葉を続けた。
「お前のことはナギから聞いてる。そんなことよりお前が元気にしててよかったべ。妹は……いじめっ子ではないオメェが、虐められていた側のオメェがいじめに加担してることになってるって驚いてたぞ?」
「だけど、ボクは……」
イジメに勝てなかったボクは確かに、彼女への加害者だった。
水バケツを彼女にかけたのはボクだった。
「違うっ! ボクは自分がいじめられるのが怖くて、かの女を裏切ってしまった。取り返しのつかないことをした。ボクはイジメた側と同じなんだ」
「それは、オメェの意思だったのか?」
「………」
「周りからいわれて、やらなきゃいじめられる。そんな圧力に負けることは仕方がないことだ。それに、オメェはあのとき手を止めたべ」
そんなの偶然、気まぐれにすぎない。
「あのとき手を止めたのは、やってしまった事実に後悔しているからだべ。世の中不思議なことがあるが、オメェはオラの神様だ。」
そして、もう一言
「そろそろ、ナギに会ってくべ」
ボクは、彼がどうにも本当のアホにしかみえない。
ボクだったら……そうだ。ボクだったら、ナイフで眼球抉り出しても許さないほど辛いことなのに。それでも、彼の言葉に甘えていることはより胸を痛くする。
それのほうが痛いって気づいてほしかった。
ナギの部屋は、IDEAでの流の部屋とは違い、まったくと言って簡素な部屋だった。
久しぶりにあった旧友は、あの日と変わらない笑みでボクを迎えた。
でも、見た目はカノジョとすぐには分からないほど変形していた。最初のかの女への感想は白。顔から足までスベテが包帯に包まれていたから。
「オサムくん、ひさしぶりだね」
「……せやな、生きてくれててよかったよ」
そのあとナギと榊原は他愛ない会話をしていた。
ボクはこれを隣で聞いていた。
「兄さん、オサムくんとふたりで話してもいいかな?」
「ああ、いいべ」
楓は、ボクがココへ来ることを予測していたのかもしれない。
出ていくと同時に、ナギは入館パスを握る。
手から魔法陣を形成―――現実世界が青白い色へと変わっていく。
それは、ここが現実世界とIDEAとのつながりを表しているようだった。
「この領域を中間領域っていうらしいよ」
今までの大怪我が嘘のようにかの女は立ち上がる。
「現実世界と同じく魔法が使えるけど、ゲームと違って痛みもあれば、壊したものは治せない」
要するに、この世界には死が存在することを押し付けているようだった。
流の言葉には覇気がないが、単調とした口調の中には一種の脅しが含まれていた。
流は、怒っている。そう思えた。それはボクが来たことに関してだろうか。それとも―――
「ナギさん、ボクはキミに謝りたいんだ。それでもって大事な話がある」
流はもう知っていた。
「大丈夫」
ナギは一度はすこやかな微笑。ヒトはなにかを諦めたり、仕方がないと感じたとき、なぜ微笑をするのだろうか。
そして、ナギは窓を開け、空を仰ぐ。
自殺防止のため開閉不可になっている扉が意図も容易く開くと、そこからは残酷にも冷たい風が頬をなぜた。
まるで他人事のようにナギは話を始める。
「いつもそうしているの。死を感じていないとダメになっちゃいそうだから」
それから、かの女は一生を終えようとした高低を眺める。
「いつか死ぬんだろうって思うと楽になる。生きていることは苦痛でしかないから。
死を賛美したいんじゃない。少なくても今を変えたいって思っているだけ。
それが死しかなければ、アタイはそれを選ぶかもしれない。
君までが失う理由はどこにもない。でも、自分だけがこうやって取り残されていくのが嫌だった。
怪我をして後悔した。君と逢えないことも後悔したんだよ?
この手脚があれば、生きていられたのにって。
今を我慢していれば、今頃あんな奴らのことを見返して生きて行けたのにって。
結局、ジャンプして一番死んだのはアタイだけだった。だったら、あいつら殺すぐらいしなきゃなにも変えられなかったのにね」
高橋は彼女の言分を受け止めるしかない。
その全てが正しいとも感じとれた。
「鏡は渡すから。でも、また会いに来てくれたら嬉しいな」
そう言うと、ボクに例の物を差し出した。
「アタイはもう死のうって考えないよ」ナギは困ったようにボクへと顔を歪ませた。「死ぬのが怖いから。痛みを覚えちゃったから。手術、頑張るよ」
未来型二次元ゲームIDEA はやしばら @hayashibara
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