8章


8章:


 入口ゲートは誰も訪れない四階トイレの鏡。IDEAへ向かうのは本日二度目だ。

 銭形のメールには要件記載はなし、どうしようもない大人ということだけはよくよく理解できた。コイツは相手をキレさせたり、気を逆立てるような魔術しかないのか?

 社会更生員会が本拠地へ赴むくには、ログインすれば事足りる。

 なんせ彼らログイン入口ゲートというパブリックスペースを根城にしているのだから。完全のゲームにおけるマナー違反だ。


 ともあれログイン、だがここには制作者さえ意図しなかった少女に対する羞恥プレイが拡げられていた。

 今日の事件の主犯である有栖がこともあろうに十字架に四肢と胴体を縛り付けられていたのだ。まさに神への冒涜……。

 だが、かの女のわずかについた肉体、銀色に輝くサラりとした妖美な長髪も、透き通るような白い肌も―――ゴクリっ

 ただ一点、こんな妄想を一瞬で一掃された。

「おい、この無精ぶしょうひげ。妻に捨てられたのか? こんな歳になるまでゲームやっていてよ? 恥ずかしくないのか? どうせ、NPCに種付けしようとしてペナルティー喰らったのがバレて出ていかれたんだろ? あぁ?なにかいえよ? この変態野郎、クズ、顔面ち●こッ‼」


 よくもこうも可愛いつらをして、こんな汚い暴言が吐けるな。

 しかし、それをよしとし微笑む銭形、マッタクもって遺憾である。


「有栖、ここまでいうなら、アカリに頼んで一生俺の家内にしてやってもいいぞ? わかっていると思うが、そうすればIDEAでの永住権も与えてやる」


「ひぃ、ひぃぃぃッ! やめてくれッ‼ てかアンタいくつだよ、ジジィ。性欲のお盛ん通り過ぎてはやく棺桶いけよ。というか、俺みたいな美女になんてこといいやがるんだ?」


「美女と結婚したけりゃ、自分で美受肉するわ。とその前に有栖、今から義体アバター外してやってもいいんだぞ? いや、決めた。外すわ」


 有栖が血の気が引いていくように蒼ざめる。



「義体って……運営メールにこのようなことが書いてあったが、どういう意味だ?」

「義体? あぁ、キャラクター設定とかあるだろ? このIDEAも一緒。自分で顔とか身体を選べるんだよ」

 だが、元は医療のため―――といったが、目的が変わってね。

「日本って秘匿主義な面があるじゃない? また、完全なるコスチュームプレイをしたいと考える人が多かったのも確かだが……。有栖のこの格好は、二十一世紀に流行したエロゲーでね。アニメーションが大ヒットしてシリーズ化もした……伝説のエロゲーにでてくる魔法少女の義体アバターだよ。―――ったく、原作も知らないクセに、服装もデコり―――」

―――ブッ――ツ‼

 銭形の顔面にねっとり粘り気のある体液が貼り付いた。

 ざまぁねーななんて、有栖は高笑いしながらいう。

「オメェみてぇな原作主義者がアニメを含むサブカルチャーをダメにしたんだろ? あのなぁ? コスプレという文化は誰もが可愛くいろどることができる最高に最幸さいこう遊戯ゆうぎなんだよ? コレがなんだ? 原作と違うだぁ? ブスは引っ込んでろぉ? だから、男はダメなんだよ⁉ どうせ、オッパイが顔だとかおもっているんだろ? あぁ~野蛮、最低ッ‼」

 銭形は……微かにプルプルと震えていた。

 汚された顔面をコートの端で拭きながら、必死になにかに耐えていた。


「本題にはいらせてもらうよ? 有栖、流は今、どこにいる?」

「――――――ッ⁉」


 有栖は、言葉を失う。

 失った……というか黙秘権に近い。目を瞑り、突如となく静かになる。

 その理由は想像がつく。目を見れば思考が読み取られてしまうからだ。


「………まぁ、そうなると思っていた。ただまぁ、だから直接オサムくんにここまで来てもらったのだからな。この写真をみてくれ」


 そういった銭形の手には一枚の写真があった。そこに写る若い女性……ボクはすぐさま目を背けた。次第に湧き出す嫌な汗と悪寒がした。

 かの女の目には見覚えがあった。


「悪いモノをみせたのはあやまるよ。だけどその前に、この全身を覆うほどの傷だらけの女性に見覚えはないか?」


 いつ目をひらくか分からない有栖を凝視したまま、銭形はおそらくボクへと尋ねていた。

 ただ理由が分からない。旧友と有栖―――なにか関係があるのは明確だった。

 しかし、なぜ?

「銭形、アンタはいつも理由を語らない。まずはそれについて話すべきだ」

「そうだったね。ならいわせてもらう。この少女を利用しなければ東京と同様に、越谷はウイルスによって消滅する、からだ」


 あまりに平然過ぎて、意味がよくわからなかった。

 ……正直に冗談にはならないぞ? 両親やこの日本を蝕んだウイルスが、ボクらの街を滅ぼすなんて……簡単に認めるワケにはいかない。


「分かった。それが前提にあるとした。が、この根拠はなんだ? まさか、ただ流という少女が現実を恨んでいるから……それだけの理由じゃないだろうな」


「いいだろう、なら教えてやる。この写真は三カ月前、このIDEAに訪れたときに撮ったながるの写真だ。そして、君と……もうひとり、榊原という君の友人は流と知り合いらしい。そして……有栖にとっても、君は知人であると分かってね」


 以下略……。

 改めて聴く必要ない。銭形もアカリと同じく、相手の目から記憶を読み取ることができる。言語以上に明確で―――記憶以上に繊細な形をした残留思惟を、だ。

 銭形はボクや榊原、有栖から、それら人間関係に対する記憶を奪い、そして体験したのだろう。が、

「有栖も流もボクの友人……」

 すでに答えは気づいていた。

「“かの女”《流》も義体アバターなのか?」


「キミが今、考えようとしていることは当たっているよ。流は三カ月前にここにきて、俺に仮の身体が欲しいと用件を出した。まぁ、さすがに同情したね。この世界のひとつの目的に、そういう心身ともに傷ついた人間を助けるってのがあるからな。

 が、コレらスベテが間違えだった。まさか―――偶発的に強制ログインされたヒトの中に現実もIDEAも現実もすべて変えてしまう能力を持つ者:通称『権限者』が現れるなんてね」


 すべて変えてしまう能力……いや、待て。話が読めん。

「すべて変えてしまう能力?    ああああああ」


「このゲームの古い話をしようか。

 現実に異能力が利用できるようになったのはおよそ十五年前、とある女神が愛した男が病気で亡くなる寸前に、とある過ちを犯してしまったのが始まりだといわれている」


 愛しのヒトを失くす寸前―――女神が犯したしまった罪。

 古来から誰もが渇望し、望んだ永遠、


「かの女は、現実にIDEAのルールを反映させて男の病気を治させようとした。それが原因で日本は、わずかであるが異能力が存在するへなちょこな世界になってしまった。んでまぁ、権限者ってのはIDEAで禁止されている魔術が使える者をこう称しているんだよね。たとえば………世界を簡単に削除deleteなんてできる人間、それがなんだよ」


 目をしかめるしかない。

 ここまで理由を固められると、この男、銭形がいう言葉にも現実味が帯びてくる。たしかに―――東京で起きたウイルス事件、この大惨事にも関わらず迷宮入りした理由が、この隠された裏世界から表世界への攻撃と考えれば、なんもオカしなことではない。


「―――フザけるなッ!」

 突如となく忘れかけていた女性の声が、部屋中にこだまする。

「流が女神さまだぁ? アンタらはこうやって弱い者イジメをしたいだけなんだろ……? オメェも、あの姿を見たなら分るよな? か……流ちゃんは、ここの世界でしか生きることのできないんだよ? なぁ、頼むよ………銭形」


 有栖は、今までの荒々しい口調が徐々に弱まる。

 なにかを抑えるように、それは自身の信念に逆らうようでもあった。


「有栖は、自らの意思でアプリに逆らっている。凄いもんだよ。いやぁ、愛ってスゴ―――」


 銭形は黙った。それは十字架がへし折られる音と共に、だった。

 その両腕は未だに不自由であるが……なぜ急に有栖が暴れ出したのか―――その理由はなんだ?


 銭形が、その理由を問わずにボクの肩を叩いた。


「いや、なぜこの世界に訪れたのかは分かったよ」

「どうしてだ?」


「まぁ……それを伝える前にひとつ確認をしたい。もしもだ。その理由がかの女の一身上の理由があるとしたら……それでも君は知りたいかい?」


 意味ありげな言葉に―――ボクはそれ以上このことについて口(くち)を結んだ。


 もういわれなくても理解するべきなんだ。

 この世界IDEAの住む新人は、現実あちらで生きることが苦しくなった者たちであり……おそらく、有栖も同様にこちらで、コスプレじみた反社会更生活動をしているのには理由があるはず。


「こういっちゃ難だが、俺は有栖のことはキライではない。もはやかわいそうだとも思っている。だけど強制ログインって誘拐だから。軽犯罪じゃすまないよ? だから、有栖と流には申し訳ないけど処罰を与える」


 銭形はいい終わると、タバコに火をつけた。

 処罰……という言葉がヘタに違和感として残る。


「アンタらは……流になにをするつもりなんだ? 俺だけならいくらでもいい。でも―――」


「悪いが、二名にはIDEAからの追放を命じる。ウイルスが散布される前にね」


「それって―――」

 今までにない荒々しい銭形の言葉に、思わず呑まれていた。


「軽い罰だろ。ゲーム世界で警察沙汰にしてこれだけで済むのなら。それに流はこの世界にいてはならない。

 すでに彼女には説明したが、彼女が現実に帰らないことで現実世界に大きなバグを与えることが判明していてね。大いにウイルスが拡大しているんだよ。越谷のほうにまでね」


 世界か流か―――それは、どこぞのRPGゲームだろうか。


 もしできのよいゲームであれば、この選択肢には黒と白を求めるだけではない多彩の未来があるかもしれない。そして、これらは攻略本という形で、わかりやすく導いてくれるものなのだと、


 ―――だが、現実はこうも甘くないのだろう

 応えは、見つかるはずがない。そりゃそうだ。もしも流が妹だったら―――あの日、見捨ててしまった旧友ならば―――ボクは選択なんてできない。どちらも選べないまま、このゲームを中断させるのだろう。


 そして、ボクはこのゲームを捨てようと、一度は考える。そう思った時だった。

「―――知るか」有栖は、それでも言い切る。

「俺は、流を懲らしめた奴らを許せない。イジメを暗黙で許可する社会と学校を許さない。俺の世界を変えるにはこの世界の力が必要なんだ。俺は俺の信念を貫くっ!」


「究極的だね。まぁ俺はな、世界が消滅するなんてどっちでもいい。ただ、本来あるべき未来を生きようとする者の明日はどうなる?」


 有栖が磔にされた十字架に……銭形は「劫火」火をつけた。

 黒くモクモクとした煙は、天井手前でブロック状に消えていく。そのためこの教会は、煙が充満することはなく―――いらないなにかを排除するように、


「結局、あのくだらない現世せかいより、この偽で覆った幻想世界のほうがさきに滅ぶべきだ。君もそれを学ぶべきだ」


 銭形の無精髭の下の表情は、おそらく微笑んでいただろうか?

 それがやけに、他愛にも彼の更生者としての使命が誇張されているようにもみえた。

 が、燃える十字架の中、有栖は突如として姿を消した。 

「チっ! 宗派を変えやがった。手際がいいのは感心しないな……。明日、有栖を捕獲するとしてオサムくん、今からいうところに行って、流の鏡を没収してほしい」


「鏡だけなのか?」


「とにかく、あと3日ログインが続けば越谷にウイルスが蔓延するかもしれない。一日でも流が現実に居ればいい。そのあと、私から説明をさせてもらうよ」

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