終章 続・あるタクシー運転手の話

 春平が朝帰りをした数日後。

 あるタクシー会社の朝礼数分前。

 運転手が事務所に集まり雑談に花を咲かせていた。

 日浦和義は、その輪には入らなかった。

 入れないのではない。

 今日は入る気がしないのだ。

 誰もいない応接間で新聞を読んでいた。

 すると、こんな記事が出ていた。

【□月×日午前八時頃 星ノ宮ふ頭で暴力団同士の抗争があり全員死亡。同日午前九時に星ノ宮パルテノンにあるカラーギャングのアジト、十時には暴力団事務所にて血まみれ状態で全員死亡が確認された。現場は雨などにより犯人が特定するのに時間がかかり、事件の背後には新たな新興勢力の暴力団がいるとして警察が調査に乗り出している。また、被害者は人身売買にも関与していた模様】

「何読んでいるんだい?」

 年配のベテランが湯呑片手に聞いてきた。

「いえね、皆殺しとか……物騒な世の中だなと……」

 ベテランは向かい合うように二人用ソファー座り苦笑した。

「お前さん、本気でそう思っている?」

 意味が分からず日浦は首を傾げる。

「テレビやネットを見てごらん。虐めで子供が自ら命を絶ち、大人たちは過労死、素人が暴力団さながらの狼藉を働く……これの何処が平和だい? 世の中は元から物騒なんだよ」

「神も仏もないんですね」

 溜息を吐きながら日浦は新聞を畳んだ。

「いや、いるぞ……神や仏ではないが」

「何です?」

「……昔からここは麻薬や人身売買の最前線だった。それを暗黙のうちに殺すのが『鬼』さ……最近は少し様子が違ってきたけど……」

「実在すると?」

 だが、ベテランは湯呑の中身を飲み干すことで無視をする。

「ほら、そろそろ朝礼が始まるぜ」

 疑問符だらけの日浦をよそにベテランが立ち上がった。


 その数日前。

 春平が朝帰りした翌日。

 ある病院で多数の子供が玄関前に立っていた。

 年齢の割に体は小さく痩せていて痣が複数あった。

 彼らを見つけた病院関係者が児童相談所と連絡して入院させることになった。

 この子供らがテレビのワイドショーや政治の場で『名前もないキャバ嬢の私生児』として世間の注視を集めるのは、この数か月後の事。


 その時、平野平春平は既にこの世の人ではない。





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鬼の住む町にて 隅田 天美 @sumida-amami

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