第2話

 あの日も、上を見上げれば雲ひとつない真っ青な空だった。

俺はあの頃はエリーナの護衛として使えていて、あの日はエリーナから少し離れたところから異常がないかを見ていた。

鎧を身にまとってるため、熱がこもり汗ダクダクで周りを鋭く見つめ続けていた。

「真っ青だな」

俺は上をチラリと見つめながら呟くと隣にいる同じエリーナの護衛であるイトナが「まったくだよ」と返事をする。

エリーナの近くにいる護衛は十五組。少しはなれたところには二十組いる。一組二人ずつでつくられている。城の中には護衛以外にも多くの兵士がいる。

今日はエリーナの初冠式である。

我が国では初冠は十五歳と決まっている。初冠式では、当事者が産声を上げてから初めて酒を飲む。王から冠を被さられた後は民を含め皆で国歌である建国史を歌う。他の国では初冠式二十歳らしく、我が国、エルスティーナ国はどこよりも初冠が早い。

 「どうやら君はエリーナ様とよく遊ぶ仲だと聞いたのだが本当なのか?」

イトナは周りにチラチラ目配せしながら俺に聞く。

「ああ。俺はこの国に拾われた身だから。俺が初めてエリーナ、いやエリーナ様に出会ったのは八歳のときなんだが、最初は幽霊と間違えられたよ」

俺は笑いながらいう。

「拾われた・・・?」

「ああ。まあ、そんなことはどうだっていいじゃないか。しっかし、幽霊に間違えられたときは唖然としちゃったよ」

「エリーナ様も面白いな。幽霊か。もしかしてお前、本当は・・・」

「違うからな。ちゃんと誤解も解けてるぞ」

「なんだよ。誤解も解けちゃったのか。残念だな」

心の底から残念そうな顔をするイトナの足を軽く踏んづける。

「いてっ。しかし、よく誤解が解けたな」

「はは、すまんすまん。エリーナが王のところまで走って、幽霊がいる!って騒いだんだよ。そんで、王がこいつは人間でこれからエリーナの護衛だ。って言ってエリーナに俺を紹介してくれたんだ」

俺は遠くに眼をやる。

「そうだったのか。エリーナ様にもそんな幼い時期が合ったんだ。やっぱ、エリーナ様も人の子なんだな。まあ、俺達にとっては王家は神のような存在だけどな」

「ああ、あいつは人の子だ。あいつに命じられた護衛としての仕事は友達だった。俺とエリーナは年が同じだったから結構一緒にいさせてもらってたんだ。エリーナの部屋で遊んだことも何度かある。仲がよすぎて王がエリーナにあくまでも護衛だぞ。って言ったとき、エリーナが王にイーマは俺の友達だ!って言い返してくれたときはとっても嬉しかったよ」

「エリーナ様とイーマは本当仲がいいんだな」

イトナは微笑む。

「ああ。そういやさ、さっきからずっと不思議に思っていたのだがこの国の人達ってこんな太ってるやついたっけ」

俺はさっきから不思議に思っていたことを口に出す。

「ああ、それはさっきから俺も思ってたんだ。それに、なんか厚着の奴が多すぎると思うんだ。初冠式ってこういうものなのか」

そう、周りを見渡せば、チラホラと厚着してる奴がいる。

変な奴が紛れ込んでるのか。この格好では銃も剣も隠すことができそうだし・・・。

嫌な予感がする。何もなければよいのだが。

「どうなんだろうな、なんせ俺達は初冠式初めて見るからな」

「しかし、初冠式ってのは本当に盛大に執り行われるんだな。昨日の護衛の結団式の時は、雰囲気に圧倒されたよ。イトナなんて顔真っ赤だったよな」

「っ!うるさいな。何人の顔じろじろ見てるんだよ!だって熱いしなんか凄いし、言葉では表現できないくらいかっこいいって思って興奮しちゃったんだよ!」

こんな他愛もない会話ができることはどれだけ幸せなのか。そして、もっとあの怪しいと思う人達を見つめておくべきだった。考えが浅はかであった。まさか、と思っていた。なんのための護衛だろうか。

しかし、今思えば、初冠式が耳でしか聞いたことのない初経験者ばかりというのがそもそもの間違えだ。せめて、経験者をもっと護衛や兵士の中に混ぜておくべきなのだ。

「あ!エリーナ様だ!!」

誰かが叫ぶと、その声は広まり、「見えないわ!」「ほんとだ!」「優しそうな人だ」などいろんな声が上がる。

「静まれ!」

エリーナの父、カリーナ様の側近のコルジアン様が叫ぶと、盛り上がっていた声はいっぺんに静まり返る。

それからは、カリーナ様が初冠式を行えた喜びについて語った。

「この度は我が子、エリーナ・エルスティーナの初冠に来て下さったこと、まことにうれしく思います」


皆さんは、いつも朝早くから仕事し、手にはたくさんの肉刺まめをつくり、痛いのを必死に耐えてくださっている。私も一度、皆さんの仕事を一日だけ体験したことがありますが、とっても大変なことだと感じました。少し仕事をすれば沢山の汗が流れ、次の日は筋肉痛になってしまいました。

私は、王宮で何かあったときのために護身もかねて剣術をやっているため、体力などにはそれなりの自信があったのですが、それでも、筋肉痛になりました。皆さんは毎日そんな重労働を行っている。私は、皆さんを誇りに感じます。

皆さんは、いつも何か美味しいお菓子やの瑞々しい新鮮な野菜などを持ってきてくださります。私達は、皆さんが持ってきた野菜やお菓子を美味しく頂いています。私は思うのです。美味しい食べ物とは、腕のいい調理師が作ることでもなく、必要以上に高い値段のする野菜やお菓子などではないと。作られたものに、どれだけの思いが、愛が、願いが込められてるかで、本当に美味しい食べ物とは変わってくるのではないかと。改めて、いつも美味しい食べ物を持ってきてくださる皆さんに感謝をしていることを述べさせていただきます。これからも是非、私達にいろんなものを持ってきてくださるとうれしいです。

さて、本日はエリーナが十五歳になったことを祝う初冠式です。皆さんは多忙な中、わざわざ時間を作ってこの式に来てくださりました。そのことへのささやかなお礼は、後ほどの宴です。是非、老若男女関係なく参加して下されれば私達もとても嬉しく思います。そして、一緒に酒を飲み、皆さんのお話を聞かせてください。

今日から大人となったエリーナは、私の後の、この偉大なるエルスティーナ国の王となる少年です。エリーナは今日から大人になるとは言えど、まだまだ子供です。きっと、皆さんもよくご存知だと思います。体は細く、運動もあまり得意ではなく、少し内気な性格です。常にエリーナの成長には皆さんがいます。誕生日のたびにお祝い品などを持ってきてくださった。また、風呂の入れ方やご飯の食べさせかたなどいろいろなことを教えてくださりました。なんせ、私も妻も子供を育てるのは初めてだったため、何をすればいいのかわからなく戸惑ったことも多々ありましたが、その度に皆さんは子育てを助けてくださりました。心の内から、私は感謝をしています。私も私の父もその父も、この国に王となった人達は皆、皆さんに助けられてきました。そのことはこの国の温かさの象徴でしょう。エリーナが王になるのは私の死後。そのため、私はエリーナがどんな王になるかは見ることができません。もし、エリーナが何か大きな困難に立ち会ったときは皆さんがどうか支え、励ましてくれればと思います。私はこの国の王として、そして、この国の一人の父親としてエリーナがこうやって元服したことを心から嬉しく思っています。


「さて、短い挨拶でしたがこれで私からは終わりにしようと思います」

カリーナ様がそういい、頭を下げると人々は盛大に拍手し、そして沢山の歓声を上げた。

そして、エリーナは人々にお辞儀をし、カリーナ様に体を向かせる。カリーナ様は先祖代々受け継ぐ冠をそっとエリーナの頭に載せる。

「うをおおおおおおおおおおお」

人々に負けないくらい俺もイトナも叫んだ。

そして、誰がはじめたのかはわからないが「建国史」がか細く始まる。

歌の波はいっぺんにつたわり、そして大合唱となる。

「建国史」はこのエルスティーナ国ができた、五百年ほど前から歌われている、歴史の古い歌である。

「建国史」が歌い終わった後は、エリーナの挨拶となった。

再び静寂が訪れる。

人々は、エリーナが紡ぐ言葉に耳を傾け、そして一つ一つ大切に、取りこぼすことなく頭にその言葉を刻んでいく。中には泣き出す人もいた。

そんな感動的なところで、何人かのものが城とは逆方向に引き返すのが目に入った。

その時はこいつらが、合図を出しに言っているとは思わなかった。

事は楽しい時間となるはずであった宴の時におきた。

人々は宴のために、王宮へ入ろうとするとどこからか、爆発するような音がした。それは花火だった。城や外にいる人達は花火に見とれた。そういう、催しがこの初冠式に含まれているのだと思っていたため不審がらなかった。しかし、その考えは直に打ち消された。

王宮にいる、初冠式の予定を組んでいた幹部たちは人々とは裏腹に何事だともめていた。なぜなら、この花火はもともと予定されていないものだったから。

護衛軍も急遽集められ、一部の人は花火の正体を確かめに行かされた。残った俺達は何もないことを願っていると、護衛隊長が言葉を発した。

「きっと、なにも起きないはずだが、万が一何かが攻めてきたときは、死んでもエリーナ様やカリーナ様、后様を守れ。そのお方達が生きていれば、もし城が敵に奪われたりするようなことがあっても、エルスティーナ国はなくならない。絶対にその三人の誰かは、その三人は生きて逃がすんだ。わかったな」

隊長は護衛兵に言う。

「はい!」

と俺達は力強く返事をする。

 そうだ、俺はエリーナを守らなければならない。エリーナだけは絶対に守り抜いてみせる。

俺はそう心に強く誓った。

「急報です!城の近くに敵国の兵が集まっています。急報です!城の近くに敵国の兵が集まっています」

そう言って部屋に飛び込んできたのは、先程花火の正体を確かめに行ったもの達だ。

彼らの言葉に部屋は騒がしくなった。

「静まれ!」

隊長が叫ぶと、部屋は静まる。

「詳しく状況を説明しろ」

「はい。先程花火がなんなのかを確認しに行くと、そこにはアレトリスの兵が住人ほどいて、その会話を聞いてると、もう少しで本体が着くそうだ。というものでした。

ここまであっさり事が進むと悲しくなる。こいつらの命も宴までだ。もう少しで、あいつらはただの肉の塊になってしまうんだな。とも言っていました」

 その話は直に全ての兵たちに伝わり、兵たちがいきなり動き出したことに民たちも怪しがり、そして、どこからか漏れた情報で城の中は騒がしくなった。

そこからは淡々と時間が過ぎた。武装したアレトリスの兵士達が城の外から城に向かって弓を飛ばし、それを合図に券を持った兵士達が城の中に舞い込み、罪もない民たちをひたすら殺していった。

人々は成す術なく、ただ殺されていく一方であった。

エルスティーナ国の兵士はすぐさま対抗したが、人の数で倍以上あちらが上舞っていた。このことに関しては旅をしている時に、たまたま知り合ったアレトリスの人間から聞き出した情報であった。

アレトリスはもう何年も昔からこのことを計画していたそうだ。

アレトリスはまず初めにしたことは、国王と竹馬の友であり護衛隊の隊長でもあったエゼリテーンを買収すること。どうやったかは知らないが、アレトリスはエゼリテーンを甘い言葉で誘惑した。元々エゼリテーンに何かしらの下心があったためそれは可能だったわけだ。

カリーナ様は、自分の友のせいで自分を国を壊してしまった。

きっと、もしカリーナ様が生きていらっしゃったら、今でも涙を流していたことだろう。

まあ、エゼリテーンが買収されたなんて情報はやはり、旅の旅で出会ったアレトリスの人間が教えてくれたものだ。本当かどうかの真偽はいささか怪しいと思われるが、俺は意外と事実なのではないかと考えている。

俺は初めてエゼリテーンに会ったときはまだ幼かったが、幼いなりに何か嫌なものを感じ、エゼリテーンは苦手であった。恐怖から逃げるように、俺はなるべくエゼリテーンには会わないように避けていた。

もし逃げずに向き合い、見続けていればこんなことは防げたのかもしれない。

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エリーナの朝 無花果 涼子 @ichiziku121202

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