エリーナの朝

無花果 涼子

第1話

 外には沢山の民。

数は百万に達する。

晴れ渡る空。

真っ青な海のバック。

青い空を飛ぶこの国の象徴である鷹は優雅に舞っていた。

人々のざわめきは絶え間なく続き、今日訪れた人がこれから現れる王を待ち遠しく思いながら、酒を飲み城を見つめる。

雲ひとつない空。ところどころでは陽炎も確認できる。

ここら最近で一番暑い日だろう。

まあ、まだ夏は始まったばかりであって、これからがもっと汗ダクダクな夏本番なのだが。

 人々の顔は、暑さと多分酒の影響でほんのりと赤くなっている。

熱中症でさっきから何人もの人が倒れている。

救護隊はおかげで休みなく働いている。まあ、万という人がいるのだから仕方ないのだけれど。

やつらも大変だな。

ギィギィ

と扉が開く音が鳴り響く。

 扉の中からは大きな丸い形をした鐘が出てくる。

ドシャーン ドシャーン

ドシャーン ドシャーン

鐘と一緒にでてきた数人の男達が、細長く上のほうが大きくなってる短い棒、銅鑼バチを振り上げ銅鑼を響かせる。一国では銅鑼と呼ぶらしいそれは、人のざわめきをかき一瞬にしてかき消す。

静かな世界の中に緊張が溢れる。

シーンと静まり返った中で、冠を被らぬ若き王の影がゆっくりでてくると、「うをおおおおお」と言う雄叫びがあがる。

城から少し離れた場所に建てた家の自室で、その歓声を聞き、また遠目で見つめている。

ああ、なんて歓声だろう。人がこんなに集まればこんな歓声が出るのか。

そういや、あの初冠式の時もこんな感じだったな。

あの時から八年という月日が流れた。

あの日も今日ほどではないが暑い日だった。

皆汗ダクダクで、けど、初冠を待ち遠しそうにしていた。

あいつが城から出てきたときの人々の歓声は、今日に劣らないほどであった。

皆が必死になって叫んだ。腹のそこから声を張り上げ、老若男女関係なく国歌を歌う。皆の顔は必死に叫んでるせいで真っ赤で、曲の終わりのほうは声が掠れてつらそうだった。けど、それでも必死に声を上げる。

そんな人々の顔には精気があった。いきいきしていて、皆初冠式という催し物を楽しみ、元服を果たした次期王を喜んだ。

初冠式は、もちろん隔年やるわけではないため、めったにやらない。人生に三回初冠式に出られた人は運がいいと言われるほどだ。

何故か王家は、子供が生まれにくいらしいためか一人しか生まれないことも過去の王家の血筋などを見てみると珍しいことではなく、一番多いときでも三人程だ。

あの時の王家には子供は一人しかいなく、その唯一の子の初冠式というだけあって、人々は張り切って、町を飾りあげた。

あの国では、初冠は町をあげて行う。祭と呼ばれるものだ。

国の中にある十個ほどの町が、いろんなことで戦う。どの町の代表者が早くこの国を一周走ることができるかという、「走り合わせ」と町の人が勝手につけたものはとても盛り上がった。

王様方は祭を見るだけではなく、町も全ての町一つ一つも見て周るというだけあって、女達は必死に町を飾り付け、王様に食べていただくためにお菓子を焼いたりした。

他の国では王様がここまで民と一緒になるということは珍しい。

あの初冠式から八年たった。

あの時起きた出来事の全てを知っている人は一体いくらいるのだろうか。そもそもいるのだろうか。

きっと、いたとしても十の指で数えられるぐらいしかいないだろう。

八年という数字は長いようで意外と短い。しかし、俺やエリーナ、イルス、トコナ、オステさんにとっては、とっても長く厳しく、しかし、生きる喜びを感じた年月だ。きっと、俺達の過ごした八年間がとてつもなく何もなかった人、もの凄い人生の転機が訪れた人、と、きっと人それぞれであることはまず間違えない。断言できる。

俺はあの八年でいろいろと世界を知った。人を知った。それは、俺だけではなく、今から再び冠を被ろうとしている、新しき王、エリーナ・エルスティーナも同じであろう。

変わったのは人だけではなく土地も。この地はこんなに賑やかな地ではなかった。八年前もそれなりに賑やかではあったが、今ほどではなかった。こんなに商業や漁業は発達していなかった。

 さて、何故俺がこんなことをエリーナの初冠式に参加しないで書き始めたのか。自分でもあまり分からない。ただ、今現れたばかりのエリーナに思い入れをしてしまったのかもしれない。俺もエリーナと同じだったから。しかし、エリーナは俺と違った。そこに感動を覚えたのかもしれない。

しかし、何故こんなことを書いているのかは、やはり、はっきりとは分からずにいるのもまた事実である。きっとこれが書き終わる頃には理由が分かっているかもしれない。

 ふと耳を済ませると音が無くなった。

外が静かだ。きっとエリーナが建国と初冠に当たってとのおめでたい言葉でもいっているところなのだろう。少しするとまた、歓声や拍手が起きるだろう。なんてことを書いていると、ほら、始まった。

人の歓声でで、窓がわずかだがビリビリと振動している。

エリーナは今、どんな気持ちでいるのだろうか。エリーナはどんな気持ちで話していたのだろうか。エリーナはその場所にたってどんな風に思ったのか。聞きたいところだけど、それはまた後にしよう。後にしようといったって、当分は聞く機会は訪れないだろう。これからは、エリーナは忙しい。きっと、疲れも溜まることだろうから、そっとしておいてあげようと思う。これが書き終わる頃にでも聞きに行くとする。

 そういえば、イルスは今日は来たのだろうか。ニイカミへ帰ったきり一度も会っていないが、事前に伝書鳩で今日の初冠のことは伝えた。返事には、ラーテンもつれて見に行くわ。とだけ書いてあった。しかし、イルスも忙しい少女だ。本当に来れてるのかは不明だが、来ているのだろうと信じたいと思う。

さて、沢山紙とインクはある。だから、これからこれまでのことを本格的に書き始めようと思う。しかし、それまでには少しいろいろ知ってもらいたい情報もある。なので、もう少し待って欲しい。

なんて、少しずつここまで書いてきたわけだが、一体この文を誰が読むのだろうか。もしかしたら、読む人なんて誰も居ないだろう。まあ、そこはあえて気にせず、将来沢山の人が読んでくれていると信じることにしよう。

なんてことを書いていると、どこからかあいつの、エリーナの透き通った優しい声が聞こえた気がした。

「信じれば、もしかしたら何かが変わるかもしれないだろう?」

って。

これは、エリーナの口癖だ。

エリーナとはもう長い付き合いだ。初めて出会ってから十五年も経つ。改めて考えると古くからの友人である。

さて、話が数行だが、自分が書きたいものとは違う道へ行ってしまった。話を元に戻すとしよう。

まず、俺の名前はイーマだ。今までは、エリーナの友達として一緒にいてきたが、これからは、エリーナの書記役として使え、きっとこれからは敬語でエリーナと話すようになるのだろう。さっそく、エリーナ王と書いたほうがいいところなのかもしれないが、もう少しエリーナと友達としての関係でいたいから、完全に私的な理由だが、この文を書き終えるまでは、エリーナと表記させてもらおう。

次にエリーナだが、さっきもチラっと遠まわしに触れたように、エリーナは王である。エリーナは俺と同い年で今は、二十三歳である。本来の慣わしなら、初冠は十五歳であるが、十五歳には八年間間に合わなかった。いや、間に合わなかったわけではない。初冠式は八年前に一度行った。結局あの時冠を被り損ねてしまったのだが。まあ、その事情はこれから記していく。

 三人目にイルス。ニイカミといわれる俺やエリーナが今いる新・エルスティーナ国の国境を越え少ししたところにある、神が住むと言われる山に住む先住民族である。イルスは俺らより一つ下であるが、俺達よりはよっぽどしっかりしていた。イルスには何度も何度も巻き込んでしまって申し訳ないと思った。

 四人目はトコナ。トコナは十年前に亡くなった国の次期女王であった幼い少女だ。今は、十七歳だ。出合ったばかりの頃は、いろんな国から追われてるせいもあってか、暗い少女であったが、最近は前より明るくなったのではないかと思っている。とっても可愛い少女で、何度もその地で会う人、会う人に告白されているところを目撃した。懐かしいや。

最後にオステさん。オステさんは、俺達よりも四十歳も年上の六十三歳だ。出会った頃はもう少し若々しかったが、最近は少しずつ皺も増えてきていた。しかし、しっかりしている人で、数少ないあの時に無くなった国の生き残りであった。もともと商人だけ会って、人とのやり取りや金の稼ぎ方も上手い。オステさん曰く、金の流通には波があるらしく、そこを見極めると、安く買ったものが高く売れたりするらしい。俺には当時も今もさっぱり理解できないでいる。

 さて、こうやって書いているといろいろと忘れていたようなことも思い出す。今の今までトコナがいろんな人に告白されてたことなんて忘れてたくらいだ。皆が懐かしくなってきた。会おうと思えばいつでも会えるわけだが、やはりなんというか距離感を感じるのだ。なんというか、他人ぽさを感じてしまうのだ。まあ、実際会うと、全然そんな感じは抜けてしまうのだが、会うまではお互いそんな気持ちになるのだ。

人との関係ってのは不思議なものだ。

 人だけではなく年月もか。

 さて、これから八年前から今までの短い歴史を書き綴ろうとしよう。

 遠くから、国歌が聞こえる。

ああ、懐かしい。八年前に俺も必死になって歌ったあの歌。


   「建国史」

   遠き昔 神々の黄昏

幾度ともなく勝てば負け

負ければ勝つ

我らエルスティーナ様は

この地を平定し

笑顔絶えぬ

暖かき国を作り上げた

ああ 我らが王よ

ああ 我らが王は

誇り高き我ら戦士

率先し戦いに明け暮れた

我ら民は

この国に生まれた喜び

幸せを感じ

これまでのこれからの

永久が続くこと願わん

続くこと願わん

誇り高き我らがエルスティーナ国

我らはこの国に生まれたことを

永久とわに誇りに思う


なんだかな。書きながら涙が零れてきて、その涙がこの原稿用紙の上に一度水溜りとして溜まった後、すうーっと染み込んでいく。

きっと、これから書いていく中で、俺は何度も何度も自分の傷の瘡蓋を引っかき、再び血を流し、その痛みに、苦しみに、寂しさに、悲しさに何度も涙を浮かべるのだろう。そして、その度にこの原稿用紙に少し色が変わった丸のような模様が生まれ、インクは滲むのだろう。

誰にだって忘れてしまいたい記憶はいくらでもあるはずだ。しかし、俺がそう言って傷を瘡蓋で塞ぎ、いずれは何もなかったように忘れてしまうことは、きっと、今は亡き人達に許されない。

俺達を守るためにいくらの尊い命が消えてしまったか。一体、どれだけの人間が、自分の愛する者の死に涙を零し、動かない体を見つめ、その人との記憶を思い出し、寂しさに自分が守ることのできなかった悔しさに、声を上げただろうか。

俺はせめて一人でもの人間が忘れられないために何かを残すしかないのであろう。

俺も大切な人を何人も失った。たったさっきまで呼吸をし、瞬きし、温かく、一緒に話をしていた人が自分の目の前で死んでいった。

人が死ぬのはつらい。

しかし、俺は自己満足のために、一度堅固に塞いだ瘡蓋をはがし、言の葉を綴ろうと決めた。

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