第28話 さようなら。赤瀬さん
僕は、正直に、誤魔化さずに話をすることにした。
「どういう理由で、僕が高鳥さんに告白しなければならないんですか?」
「それはですね」津森さんは頭のなかで思考をまとめているようだ。「ここ二ヶ月くらい、わたしはずっと、環ちゃんから恋愛相談を受けていたのです」
「はあ」いまだに話は見えてこない。
「それがですね、つい、うっかり、なんというか……」三秒ほど黙り、言った。「奪い取ってしまったというか」
「なるほどですね」また僕は時間を稼いでいるな、と自覚した。「親友の好きな相手を、好きになってしまったわけですね」
「べつに、環ちゃんは単なる友人で、親友ではないですけどね」ドライだ。「そういうことです。環ちゃんの好きだった相手と、つきあうことになってしまいました」
つまり、津森さんが現在つきあっている相手は、千羽ということになる。
「それ、環さんは知っているんですか?」
津森さんの言葉が移って、高鳥さんというつもりで、環さんになってしまった。
「さぁ……わかりませんけど。環ちゃんが好きだったのは、バイト先の店長なんです。一応、お店では、わたしたちがつきあっていることは秘密にしています。いまのところ、何も言ってきませんし、いままで通りの態度なので、たぶん、気づいていないかと」
高鳥さん、そういうのに鈍そうだしな……。
「ここまでの話は理解でました。それで、なぜ僕が、高鳥さんに告白しなければならないんですか?」
「簡単な話です」津森さんは言った。「環ちゃんが失恋するのは明白なので、その傷を和らげるためにも、あなたに、環ちゃんの彼氏になって欲しいわけです」
「なるほどですね」口癖になっているな、と自覚。「他の手もありますよ」
「どのような?」
「僕が津森さんとつきあって、津森さんの彼氏を環さんにあげるという手です」
「あなた、バカですか?」
「ええ、そうですね。きっと」もちろん冗談である。「でも、環さんは、千羽さんのことを好きだって、ずっと言ってましたからね」
「千羽さん……いえ、智弘さんのこと、御存知なんですか?」
「たまに、高鳥さんの恋愛相談に乗っていたので」
そろそろ、高鳥さんか、環さんか、どちらかに決めようと思った。
自分のなかでこんがらがってきた。統一したほうがわかりやすい。
環さんにしよう、と決める。
「智弘さんに告白を断られて、環ちゃんはショックを受けています。その心の隙間に、赤ノ瀬さんに入って頂きたいのです」
「やさしいんですね」
「そうですか?」
「恋敵のことなんて、自分の恋愛が成就していれば、どうでも良くないですか?」
「わたし、偽善者なんです」
津森さんの意外な一面を見ることができた。というか、いままで、津森さんのどの面も知らなかったわけで、ようやく一面を知ることができた、というほうが正しいのかもしれない。
「正直に言えば、僕は環さんのことが嫌いではありません。でも、恋愛関係に至りたいとは思わない。困っていたら、助けてあげたいと思う。彼女が喜ぶようなことをしてあげたいと思う。でも、恋人にはなれない」
「どうしてですか?」津森さんは、僕をじっと睨む。「女性が好きなのでしょう?」
「好きか嫌いで言えば、いまのところは好きです」
「今後は、変わるということですか?」
「いや、単に、性というのは不確定なもので、移ろいやすいものだ、と僕が考えているだけです。もしかしたら、変わるかもしれないし、変わらないかもしれない」
「赤ノ瀬さんって、変な人ですね」
津森さんも、十二分に変な人だと思った。
「僕からも質問して良いですか?」
「答えるかどうかはわかりませんけど、どうぞ」
「じゃあ、ひとつ……」僕は言った。「どういったときに、幸福を感じますか?」
「宗教ですか?」津森さんは眉を寄せて、そう言った。
「いえ、単なるアンケートです」
「そうですか」津森さんは十秒ほど黙っていた。「まあ、そうですね。風呂に入っているときなどは、幸せを感じますね」
「風呂ですか」
「想像しないでくださいね」
想像するなと言われたら想像してしまう。人間は、そういう生き物だ。
「でも、ずっとお風呂には入れないでしょう?」僕は言った。「精々、一時間くらいじゃないですか」
「そうですね」
「もっと、こう、なんというのか、したいことはないんですか?」
「もしかして、セクハラされてます?」津森さんは自身の体を抱きしめる。
「そういうつもりは、一切ありませんけれど」津森さんは何を想像したのだろうか。
「それをきいて、どうするつもりですか?」
僕は少し迷ったが、正直に言うことにした。
「あなたを幸せにしたいと考えています」
「えっと、やっぱり、何かの宗教?」
「違います」しかし、津森さんは女神なので、津森教といえば津森教である。もしかしたら、宗教なのかもしれなかった。「宗教かもしれません」
「わたし、無宗教ですから。勧誘とか、そういうの、お断りなので……」
「この宗教は、僕ひとりしかいませんから、大丈夫ですよ」
「超カルトですね」
少し引かれたかもしれない。少しではないかもしれない。
「わたしを幸せにしたいのであれば、環ちゃんに告白して、つきあってください」
「なるほど」そう来たか。「ええ、そうですね。それが、津森さんの望みなのであれば、善処してみます」
「そうですか」津森さんは、少し驚いたような表情だった。「そんなに、あっさり引き受けるんですね」
「神が僕にそうしろと命じましたので」神はあなただけれども。
「あ、そうですか……」完全に引いているようだった。「それでは、これで……」
津森さんは立ちあがった。コーヒーには、結局、一口も手をつけていない。
僕たちは玄関先へと移動した。
「今日は、ありがとうございました」津森さんは、ぺこりと頭を下げる。「さようなら。赤瀬さん」
「ええ、さようなら」
そういって、彼女は去っていった。
ドアが閉まって十秒後に、津森さんの発した最後の言葉に驚いた。
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