第13話 ストーキングの修行
ネットストーキングをつづけているうちに、いろいろなことがわかってきた。津森さん以外でもできるのかどうか知りたくなったので、実家から持ってきていた卒業アルバムを使い、いまクラスメイトがどこで何をしているのか、調べられるだけ調べてみることにした。興味本位であったが、意外とうまくいった。およそ七割くらいの人間が、いまどこにいて、何をしているのかがわかった。ちなみに、すでに死亡しているものも一名いた。交通事故で亡くなったらしい。悲しい話である。べつに知り合いでもないので、どうでも良いといえばどうでも良い。些細なことだ。本当は悲しくなかった。
しばらくして、蓄積された技術を誰かに知らせようか、と考えた。そこそこ有用な技術ではないかと思われたのだ。数年ぶりにHTMLタグを打って、自分でホームページをつくった。タイトルは『やさしいネットストーカー』というものにした。ホームページを開設して数日間は、アクセス数が微々たるものだった。しかし、一週間を過ぎた頃から、アクセス数が爆発的にヒットした。どこかのサイトで紹介されたらしい。
メールアドレスを公開していたので、幾つかメールが届いた。この人物の情報を教えて欲しい、みたいな依頼が多かったが、すべて無視した。そのようなことをしているほど暇ではなかった。
大体はくだらないメールなのだが、そのなかに一件、面白いメールがあった。
『サイトの情報に、深く感動いたしました。実践に裏打ちされた素晴らしい技術だと思います。細かく丁寧に書かれていて、よくわかりました。早速実践してみます』
内容はともかく、メールの文面自体は上品だった。一応、返事をすることにした。
『ありがとうございます。ただ、サイトに載せていた情報は、あくまでも想像上の行為であり、実際にしているわけではありませんから、よろしくお願いします』
『はい。そうですね。すべては妄想ですよね。実はわたしは、リアルストーカーもしています。いろいろ自分なりに考えて、技術を身につけました。他の人にも共有したいと考えています。ホームページをつくりました。よかったら見てください』
そういうメッセージと共に、URLが張ってあった。
クリックして、そのページを開いてみた。もしかしたら、ブラクラと呼ばれるタイプの悪質なサイトではないかと想像したが、違った。極々普通のシンプルなページで『やさしいリアルストーカー』と書かれていた。完全なる模倣であるが、僕の考えた『やさしいネットストーカー』というタイトル自体が、有名なプログラミング言語の書籍から模倣したものなので、なんとも言えない。
あまり期待していなかったのだが、そのページは意外と情報量があった。細かいところが載っている。ストーキングの対象のあとをつける場合、どれくらい距離を空ければ良いのか、どういう服装が良いのか、ストーキングに適した時間帯はいつか、どういう場所ならストーキングがしやすいのか、などなど。成功例だけでなく、失敗例もふんだんに載っていた。その度に警察沙汰になりかけた、みたいな情報も載っていて、ドキュメンタリーとしても楽しめる。
このようなページをつくって、本当に大丈夫なのだろうか、と思った。
まあ、人のことは言えないけれど、リアルストーカーのほうが悪質である。
サイトのトップページに、このサイトの内容はすべて妄想です。絶対に真似しないでください、という一文があった。非常に白々しいが、ないよりはマシだろう。
しばらくそのページを読んでいると、ドアの開く音がした。
足音がして、リビングへ入ってくる。
「あの、チャイムくらいは鳴らしたらどうでしょうか」
「鍵、開いてたから、まあいいかって思って」
よくないと思う。
「何見てるの?」背後から近づいてきて、画面を覗き込んでくる。
「僕のつくったページに刺激を受けて、こんなページをつくった人が現れたんです」
「へえ」どうでも良さそうだった。「面白い?」
「興味深いですよ」
「じゃ、サイトのアドレス、メールして」
命令通りに動いた。なぜか、高鳥さんには逆らえない。彼女は、そういうパワーを持っているようだ。断りたくても断れない。
彼女は、僕の隣に腰を下ろす。
高鳥さんのノートパソコンは、最近、僕の家に置きっぱなしになっている。どうも、バイトに行っていない間は、常に僕の家にいるのではないかと思われた。ふたりでいる時間は長い。この前など、着替えを持ってきていて、うちの部屋でシャワーを浴びていた。無防備である。風呂上がりの姿は色気があり、直視できなかった。
「うーん、面白いじゃん」と高鳥さん。「ここ、すごいじゃん。『ストーカー超入門、一週間でストーキング技術を手に入れる方法』だって。笑える」
そのページは、まだ見ていなかった。
クリックし、ページを開いてみた。
まず、リアルストーキングをするにあたって重要なのは、トレーニングだという。いきなり対象者をストーキングしても失敗する。その前に、きちんとした訓練を積むことが重要らしい。そうして経験値を積み重ねることで、技術力はあがり、さらに自信にもつながる、というようなことが書いてあった。
「ほうほう」なんて言いながら、高鳥さんは画面をスクロールしている。
しばらく一緒に過ごしてみてわかったが、高鳥さんは、独り言が多い人間だ。
ページ自体は、五分くらいで読み終わることができた。なぜか、僕よりも先に読みはじめた高鳥さんは、まだ読んでいる。ちょっと文字を読むスピードが遅いようだ。
読み終わってすぐに、高鳥さんはこちらを向いた。
「あのさ、これ、やってみない?」
「どういうことですか?」
「だから、ふたりでやってみようよ。修行だよ」
ストーキングの修行。なかなか胡乱な言葉だった。
「あんまり興味ないですね」
「そう? つーちゃんの家とか、知れるかもよ?」
「知って、どうするんですか?」
「いや、わからないけど」高鳥さんは言った。「本人に近づくって、そういうことじゃないの?」
どうなのだろう。家を知って、それでどうなるというのか。家の隣にでも引っ越して、偶然を装って仲良くなる、という手も考えられるけれど。引っ越す費用はないし、それに、そもそも僕が、津森さんと仲良くなりたいのかどうかもわからない。僕の津森さんに対する思いは、非常に複雑なのだ。
「あんたさ、全然外に出ないじゃない? それって、不健康だと思うわけ。そんなに引きこもってると鬱になるよ?」
「もう、なりつつありますけどね」
「太陽の光を浴びればなんとかなるんだってさ。なんかテレビで言ってたよ。太陽の光を浴びることで、オルニチンとかいうのが出るんだって」
「セロトニンですね」
オルニチンは肝臓の機能を活性化させるアミノ酸である。しじみ生活。
「そうそう、その、セロトニンとかいうやつ。朝にちゃんと起きて、太陽を浴びたほうがいいんだって。やっぱ外に出なきゃダメだよ。ということで、一緒に修行しよう」
ということで、の強引さが素晴らしいと評価できた。
「まあ、良いですけど……」
「そうと決まれば、明日からね。起こしに来るから」
「寝てたらごめんなさい」
「大丈夫」高鳥さんは微笑んだ。「起こすから」
「起きられないかもしれません」
「チャイム鳴らしまくるから大丈夫」
「チャイムの音を切っているかもしれません」
「切るな」まあ、その通りである。「あのさ、合鍵ちょうだいよ」
「どうしてですか?」
「いちいちチャイム鳴らすの面倒だし」
「あの、ここ、僕の家なんですけど」
「知ってる」
そりゃ、知っているだろう。いや、違う。そういうことが言いたいのではないのだ。
しっかりと反論したいところだったが、高鳥さんに押し切られた。やはり僕は彼女に逆らうことができない。非常に強引である。仕方なく、合鍵を渡すことになった。
「はい、これ……。なくさないでくださいね?」
「うん。そうならないよう、スペアつくっとくね」
「勝手にスペアキーをつくらないでください」
「勝手にじゃないよ。いま、つくるって言ったから」
「許可は出してません」
「じゃあ、出してよ」
やはり逆らえなかった。
なんというのか、強引だが、それでも、嫌な感じではない。不思議なものだった。
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