第07話 わたしは、いままで失礼されてたのか?
仕方ないので、自分の分の朝食をつくることにした。それほど手間ではないが、もうちょっと早く言ってくれたら二人分を一度につくることができた。いや、そもそも二人いるのだから、最初から二人分がいることを想定しておかなかった僕のミスかもしれない。反省することにした。
料理をつくってリビングへ持っていくと、すでに高鳥さんは半分以上を食べ終えていた。
「なかなか美味しいよ。えっとね、八十点をあげてもいいかも」
「ありがとうございます」
「うん、どういたしまして」高鳥さんは笑顔を見せる。
少しだけおかしいような気がした。料理をつくったのは僕なのだから、もしかして、感謝されるのは、僕の側ではないだろうか。まあ、べつに良いけれど……。
「こういうことって、よくあるんですか?」
「朝ご飯? 毎日食べるけど」
「いえ、違います。朝ご飯は、普通、毎日食べるでしょう」
「朝を抜く人もいるでしょ?」
なるほど、正しい意見だ。どうも、朝ということで思考力が低下しているようだ。
昨晩飲んだアルコールが、まだ滞留しているのかもしれない。
「よくあるかどうかきいたのは、あんまり知らない人の部屋に入って、お酒を飲むことです」
「ああ、うん、まあね」
「危険では?」
「危険って、何? あんた、何かするつもり?」
「いえ、僕はしませんが、僕以外の人間ならば、危険なことをするかもしれません」
「ふーん。まあ、いいけど……」高鳥さんは言った。「あんたって、変わってるよね」
「ええ、まあ」普通でないことに関しては自信があった。あっても無意味だが。
「そのね、危ないかどうかは、ある程度見分ける目があるから大丈夫。あんたは、なんていうかね、そう、安全な感じがする」
「そんなことないと思いますよ」
「うわ、本当? 信じられない。あのさ、ずっと思ってたんだけど、あんたって同性愛者?」
「さあ、わかりませんけど、いまのところ、同性愛者ではないと思います」
女性が好きだ。けれど、性的なことをしたいか、と言われたら難しい。男性のことは好きでも嫌いでもない。性的なことはまったくしたくない。それがいまの僕のセクシャリティだと言える。
「いまのところって、何? 将来的に、そうなるかもしれないってこと?」
「人間には、あらゆる可能性がありますからね」
「変なの。ないよ。そんな可能性。普通は」
「普通ではありませんから」と僕は答えた。
実際のところ、性的嗜好などは、いつ変わってもおかしくない。生まれつき決まっているものとは思わない。単に後天的な学習の結果だろう。より強烈な体験によって学習が行われた場合、容易に変更されうるだろう。
「あんたさ、変わってるよね」さっきも同じことを言っていたな、と思った。
「よく言われます」
しばらく会話が止まったので、その隙に食事を摂取する。
料理だけは、自分のつくったものが美味しいかどうか、すぐに判断ができる。たとえば、自分で書いた小説なんかは、まったくもってそれが面白いのかどうかわからないに違いない。歌なんかもそうだろう。それに比べると、料理というのは、自分の好みかどうか、すぐに判断ができる。創作物としては簡単なほうだ。あるいは、僕の味覚が単純だから、そう感じるだけなのかもしれない。もっと味覚が鋭敏であれば、美味しいかどうかの判断が、難しくなるのでは、と想像した。
「あのさ、あんたってストーカーなの?」
あまりにも不意を突かれたため、ぶっと口に含んでいた味噌汁を吹きだしてしまった。
「うわ、きたなっ」高鳥さんは、すぐに後退する。
被害は、僕の白米が味噌汁味になっただけに留まった。少しだけテーブルに飛んだが、ティッシュで拭ける程度の軽い被害だった。そういえば、味噌汁味って、漢字にすると、とても変な字面だな、と思った。
しばらく無言で食事を摂った。
「いや、あの、えっと、お返事は?」と高鳥さん。
「何を返事すれば良いのですか?」
「だからさ、あんたがストーカーかどうかってこと」
「それは、ストーカーの定義によりますね」とはぐらかしておいた。
「定義って何?」
「簡単に言えば、言葉の用法を定めることです。ストーカーって、どういう状態を指しますか? それによって、僕がストーカーかどうか、変わるわけです」
「うーん」高鳥さんは言った。「よくわからんな」
「わからないのは、考えていないからです」
「あんまり考えたくない」
「そういう人もいますね」
「とにかくさ、ストーカーの定義とか、そういうことはわからんけど。昨日の夜、パソコン見たら、なんか、変なフォルダがあってさ」
「プライバシーの侵害ですね」
女神フォルダを見られていた。痛恨だ。
「女神って何?」
「それは女神の」言葉の途中で割りこんでくる。「定義によるとか言ったらぶん殴るから」
先を制された。
少し考えて答える。
「僕にとっての女神というのは、なんというか、この世界でもっとも美しい女性に与えられる称号のようなものです」
「なるほど」高鳥さんはうなずいた。「じゃあ、わたしも女神ってことになるな」
「いえ、そういうことにはなりません」
「なんでやねん」アクセントが違う。エセ関西弁だ。
「高鳥さんは、そこそこ美しい女性ではありますが、この世界でもっとも美しくはないからです」
「えっとね、あんた、もし城の鏡だったら、粉々にされてるからね」
「なぜ僕が鏡にならなければならないんですか?」とぼけてみた。
ちなみに、それはウォルトディズニーの創作で、原作にはない設定である。
「鏡や鏡や鏡さん、世界で、もっとも美しい女性は誰?」
「津森つかささんですね」即答した。僕は鏡ではないけれど。
「つーちゃんのこと、好きなの?」
「女神のことを、そんな風に気軽に呼ぶのは、関心しませんね」
「いや、だって、友だちだし」
「はぁ」思考が止まる。「はぁ?」
「バイト先同じ。一緒。フレンド。たまに遊ぶ」なぜか片言だった。
「えっと、じゃあ、高鳥さんは、女神の友人ということですね。失礼しました」
「わたしは、いままで失礼されてたのか?」
細かいところに気がつく女である。
「でさ、結局あんたって、ストーカーなの?」
「女神の情報を収集するものです」
「ストーカーじゃん」
「そういう噂もありますね」ないが。
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