第06話 女神の情報を収拾する仕事

 津森つかさの情報を得る方法を思いついた。

 まず、彼女が所属していたサークルのページに飛ぶ。それは演劇系のサークルだった。そのサークルのTwitterに飛び、アカウントのフォロー欄を確認した。こぢんまりとしたサークルのようで、ほとんど部外者をフォローしていない。基本的には内輪で活動していたようである。講演の度に、友人たちを集めて、なんとか席を埋めている、といったようすだ。


 フォローしているなかに、津森さんのアカウントがないかを調べる。それらしきアカウントは見あたらない。


「あのさ、急にどうしたの?」と高鳥さんがテーブルの向こうで言った。

「少し黙ってろ」僕は睨んでそう言ってやった。少し、気分が良くなった。


 高鳥さんは不快そうな顔をして、僕を睨んでいた。無視することにした。人間の女に構っている暇ではない。僕は女神に近づかなければならないのだ。


 フォローしているなかから、女性のものと思われるアカウントをピックアップする。ざっと確認して、現役生であれば考慮から外す。そうしているうちに、津森さんと同期だと思われるアカウントが見つかった。名前はみょっぴーと書かれていた。おかしな名前だ。人をバカにしているのか、と言いたくなった。なぜか腹が立った。どうやら酒が回っているようである。冷静になったほうがいいぞ、と頭のなかで違う自分が囁いた。


「あの、なんか、怒ってる?」高鳥さんが言った。


 僕は無視をした。もう少しで女神に辿り着けるはずだ。黙っていて欲しかった。


 みょっぴー氏のアカウントのフォロー欄を調べる。数は多いが、彼女は同期のメンバーを集めたリストをつくっていたので、それを見るだけで事足りる。そのなかに津森さんのアカウントらしきものがあった。


 つーちゃんというアカウント名である。最初は、そうとはわからなかったのだが、アップロードされている写真などから判断できた。雷門の前で、友人たちと一緒に写真を撮っている姿があった。携帯端末のカメラで撮影したのだろう。それほど性能が良いカメラではないはずだ。それなのに、なぜ、こんなにも美しいのだろうか。不思議でならなかった。


 しばらく、僕は津森さんのアカウントにアップロードされていた画像ファイルを保存することに必死だった。女神フォルダにすべてを詰めこんでいく。いつか、個人情報のアップロードが危険だということを把握し、すべてを削除してしまうかもしれない。そうなってしまう前に、彼女が電子世界に残した痕跡をかき集めなければならない。


 そうしているうちに、頭痛がひどくなってきた。我慢ならない。

 それに、眠くなってきた。もうダメだ。僕はパソコンを閉じた。


「えっと、何? お仕事だった?」


 まあ、仕事といえば仕事だった。女神の情報を収拾する仕事だ。


「寝る」


 頭が痛い。


「えっと、寝ちゃうの?」

「うん」


 もう会話をしていられなかった。

 目が自動的に閉じていく。

 隣の部屋で、ずっと敷いたままになっている布団へ身を横たえた。


「嘘、本当に? もう寝ちゃうの?」


 そんな声がきこえてきたけれど、もう返事はできなかった。僕は眠っていたからだ。いや、眠っていたら声がきこえないはずだから、そのときまでは起きていたのかもしれない。わからない。


 それから、どれだけの時間が経ったのかはわからない。

 ただ、頭の痛みで目が覚めた。誰かが頭のなかで暴れているのではないか、と思った。もちろん、そんなことは有り得ない。その次は、僕の頭を誰かがフライパンで殴っているのではないか、と思った。そんなことは、うーん、どうだろう。有り得るかもしれない。


 目を開けてみると、いつもの天井が広がっていた。

 そう、ここは、家だ。

 そんなことを思った。

 とにかく頭が痛い。

 それしかわからない。

 少し肌寒かった。

 気がつくと、掛け布団がない。

 寝相が悪くて、どこかに跳ね飛ばしてしまっただろうか、と考えた。でも、僕はそれほど寝相が悪いわけではない。はたして、布団はどこへ消えてしまったのだろうか、と考えたかったけれど、あまりにも頭が痛いので無理だった。


 しばらくして、トイレに行きたいな、と思った。

 どうやら、膀胱は、かなり緊迫しているようすだ。

 全身がだるく、まったく起き上がる気はしなかったが、頑張って起きた。

 漏らすよりはましである。

 瞼が重く、目がしょぼしょぼする。

 もうひとつの、僕がリビングと呼んでいる部屋の電気は消えていた。

 そのままトイレへ向かう。

 さすがに四年も住んでいれば、真っ暗闇でも活動できる。

 トイレに座って小用を足すと、少しだけ目が覚めてきた。


 そう、たしか、えっと……酒を飲んだのだ。そう、そんな気がした。

 リビングに戻り、電気をつけてみると、床にひとりの女性が寝ていた。

 しかも、僕の掛け布団を使っている。

 そのとき、ようやくいろいろなことが思いだされた。

 コンビニで酒を買ったあと、出会った女だ。

 名前は、えっと、そう、高鳥だ。隣の部屋に住んでいる。


 なぜ、彼女がここに寝ているのだろう。あのまま、酒を飲んで、寝てしまったということか。隣なのだから、自分の家へ帰ったほうが安全ではないか、と思えた。もしも僕が危険な輩であれば、いまこの瞬間、高鳥さんを襲っていてもおかしくない。そういう想像ができないくらい思考力のない人間なのだろうか。


 起こすのも可哀想だったので、放っておくことにした。

 それに、起こすときに手が触れて、それで痴漢などと言われるのも嫌だ。

 なんだか、高鳥さんは、そういうことを言ってきそうな雰囲気があった。

 満員電車などで近くに立ちたくないタイプの人間である。

 空腹を覚えたので、料理をつくることにした。

 買い置きのタマゴを使って、目玉焼きをつくる。

 あとは、レトルトの味噌汁もあった。

 冷凍してあったご飯を解凍して、朝食の準備は完了である。

 そうしていると、ふらふらと揺れながら、高鳥さんがキッチンに現れた。


「おはよ……」

「おはようございます」

「美味しそう」

「食べます?」

「もちろん」

 一人分しかつくっていなかった。

「ちょっと待ってくださいね。また新しくつくりますから」

「いや、わたしがそれ食べるから、大丈夫。気にしないで」

 何が大丈夫なのか、何を気にしなくて良いのかは、さっぱりわからない。

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