第12話 彼女と疑惑

 フェンは息をついた。

 目覚めたら、剣の切っ先が突きつけられている、だなんて笑えもしない状況だが、思っている以上に落ち着いている自分もいる。


「……えぇ、そうです。殿下」

「あの妙な力は?」

「そこの方が仰った通りですよ」

「お前の目的は、なんだ?」

「……復讐じゃあ、ありません」


 フェンはわずかに目をそらした。焚火の光の及ばない森の中は真っ暗だ。

 暗闇が自分を見つめている。真っ黒で汚い、どろどろした気持ちが声を上げそうになる。復讐心がないなんて、笑わせる。そう自分をせせら笑う声が聞こえた気がして。けれどそれを認めたくなかったフェンは、無理矢理瞬きをする。それを追い出す。

 言い聞かせるように繰り返す。


「復讐ではないです。生き残った水の国の民を少しでも助けるために、お金が必要だったので」

「……綺麗事を。お前のそういうところが俺は嫌いだ」


 アッシュの顔が歪む。吐き捨てるように言われて、フェンは彼を睨みつけた。


「綺麗事を言って、何が悪いんですか」

「信用ならん。そういう奴ほど、すぐに反乱を起こすんだ」

「そんなもの、私にはありません」

「お前にはなくとも、周囲はお前を見過ごすまい」

「……いずれ、私が反乱を指揮する立場に祭り上げられる、と?」

「理解が早くて助かるな。反乱の芽は須らく摘んでおかねばならんだろう」


 アッシュが皮肉めいた笑みを浮かべた。その目が爛々と輝く。まるで血に飢えた獣のようだ。フェンはぐっと息を詰める。そうしながら、密かに己の剣へ手を伸ばす。


「じゃあ、私を殺すと?」


 緊張と沈黙がその場を支配した。焚火の爆ぜる音でさえ、響かせるのをやめたようだった。

 それが数秒だったのか、数刻だったのか。


「――――いや」


 アッシュは、剣を引く。苛立ったように刃を収める。

 虚を突かれて、フェンは思わず首をかしげた。


「いいんですか?」

「……殺されたいのか?」

「いえ……そういう訳ではないですけど……」

「今お前を殺しても不審がられるだけだ。そういう思惑もあって、今の地位に就いたんじゃないのか? 第一騎士団殿


 当てこする様にアッシュに指摘されて、フェンは目を瞬かせた。そういう考えは、なかったのだが。だが、まさか口にも出せず、フェンは黙って身を起こす。

 いずれにせよ、とアッシュは不愉快そうに続けた。


「お前はしばらく俺が監視する」

「……してもいいですけど、何も出ないと思いますよ?」

「それは俺が決めることだ。このことを他に知っている者は?」

「アンジェラ……騎士団の医療班の子は知ってますが」

「そいつにも伝えておけ。分かっているとは思うが、このことは他言無用と」


 お前もな。アッシュが鋭い視線を別の方へ送る。それでやっと、フェンは自分たちの他にもう一人、人影があることに気づいた。

 小男だ。彼は額いっぱいに脂汗を浮かべながら、こくこくと頷いた。


「……それで?」

 アッシュは荒く息をついた。

「どうするんだ、これから」

「ええと……他に人はいないんですか?」

「あとは全部逃げたか、死んだ」

「は? ……っと」


 驚くフェンに向かって、何かが飛んできた。

 慌てて受け止める。小瓶だ。軽く揺らせば、中で何かが揺れる。焚火に透かしても尚暗い色のそれ。

 フェンは顔をしかめた。


「毒、ですか」

「ご名答。ならず者どもはご丁寧にも、全員そいつを飲んでくれやがったわけだ」

「なぜ?」

「愚問だな。聞かれたくないことでもあったんだろう」

「ただの野盗が?」

「それこそ、お前の国の民だった人間が反乱でも起こそうとしてたんじゃないか」

「あらぬ疑いをかけるのはやめてください!」

「なら、そこのゲイリーに襲撃の時の話を聞こうじゃないか」


 じろりとアッシュが小男の方を見た。ゲイリーと呼ばれた男は、おどおどと視線をさ迷わせる。


「話とは言うがね、殿下……俺にもよく分からんぜ? 荷馬車が走っている途中で爆発して、その後で野盗が来たんだ」

「この馬車はどこから来たんだ?」

「へ? そりゃあダリル村だが」


 ほらみろ、とアッシュがフェンに視線を向けた。

 フェンは息まく。


「だからって! それだけで疑うのはひどすぎます! せめて村に行って確認しないと、」

「あ、あー……銀の騎士サマ、お言葉だが、そいつぁしばらく無理だと思う、ぜ?」


 ゲイリーは控えめに声を上げた。


「俺ぁ、ダリル村に一回行ったんだがな、ありゃ駄目だ。警戒し過ぎて、誰も中に入れやしないんだ。村出身のやつも俺と一緒にいたんだが、そいつでさえ入れなかった」

「そんな……」

「騎士サマ……申し訳ねぇが、俺も殿下に同意見だ。あの馬車に乗ってた客の大半は、ダリル村出身の若けぇ奴らだった。収穫祭に間にあうように帰ってきたが、村に入れなくてトンボ返りした奴らだったんだ」

「…………」

「だが、そいつぁ裏を返せば、ダリル村の奴とは知りあいで、村から何かを受け取って馬車に乗り込んだかもしれねぇってこった。どう考えても村の奴が怪しいってもんじゃないか。それに二回目の殿下の傍でおきた爆発……あれはどう見ても妙な術か何かだろう。俺ぁ吟遊詩人だがね、この周辺の国でそういう奇妙な術を信奉してた国は水のく、」

「違う!」


 とうとうと語るゲイリーをフェンは声を上げて遮った。

 ゲイリーが頓狂な声を上げて口をつぐむ。アッシュが眉根を上げた。


「やけに確信があるようだが?」


 フェンは頷いた。力強く。


「あれは……少なくとも二回目の方は、ダリル村は関係ない。そもそも、水の国の中で、術を使えるのは私だけだったし……その術だって、水神様の水の力に由来するものなんだ。だから炎が起きるはずがない」

「じゃあ、なぜ爆発が起こった」

「それは……」


 フェンは押し黙った。

 なにか、手掛かりがないか。必死の思いで目を凝らす。だが、焚火に照らされて見える範囲はごく僅かだ。辺りに散らばった馬車の残骸を押しのけて、この野営地を作ったらしい。一度目の爆発はしかし、そこまでひどいものでもなかったようである。馬車は壊れてはいるが、幾つかの部分は原型をとどめていた。

 そのうちの一つ……荷馬車の荷台、だろうか。そこに書かれた文字が、フェンの目に留まる。


「……ルルド、商会」

「うん? あ、あぁ……そうさ。この荷馬車は商会のもんでね」

「商会の荷馬車はいつから人を運ぶようになったんだ」


 アッシュが呆れたように言えば、ゲイリーは肩をすくめた。


「最近の流行り、ってやつでさぁ。ほら、商会は商品を売りに火の国のあちこちに行くだろ? その時に荷馬車に隙間ができたら、人を乗っけるんだ。それで賃金を巻き上げる、っていう寸法さ」

「ほう……それはよく出来た商売だな」

「去年の暮れくらいだったっけか。ルア……ナントカ、っていう商会が始めたら、あっという間に広まってよ。もう今じゃどこの商会もこういう商売してるわけ」

「……それだ」


 ゲイリーの声を聴きながら思案していたフェンは、ハタと気づいて小さく声を上げる。

 アッシュとゲイリーの視線が、揃ってフェンの方に向けられた。

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