第4話 始まりのあの日、揺れる蒼

 どうしよう、と、ただそれだけしか考えられなかった。


 あちこちが焼けていた。子供たちが駆け回っていた広場、仕事帰りの男たちが疲れを癒すために立ち寄った出店、母親たちが談笑しながら家事をこなしていた東屋。それが全部、炎に呑まれ、真っ黒になっていく。


 さっきまで、そこかしこで上がっていた悲鳴も、どんどん聞こえなくなっていた。それが怖い。声を上げていた彼らはどうなったのか。震える足であちこち駆け回っても人影一つ見当たらない。それでますます、体が震える。無慈悲に燃え盛る炎は近い。なのに、体はどんどん冷え切っていく。


 焼け焦げた空気。おかしい。この国の風は澄んで冷たくて、皆を癒すもののはずなのに。どうしてこんなに熱をはらんで、何もかもを奪っていくのか。

 まろぶように運んでいた足がもつれて転んだ。煤だらけの地面に崩れ落ちる。荒く呼吸を繰り返す。

 その最中で呟いた。おねがい、と。だれか、と。


 だれか、願って。助けて、と。救ってほしい、と。そうすれば、助けてあげられる。生かしてあげられる。こんな炎なんて祓って、元の、美しい国に戻してあげる。だから。


 誰か。


「……た……す、けて……」


 かすかに声が聞こえてハッとした。

 どこなの、と声を張り上げようとして、むせた。喉はとうの昔に焼け焦げて、音を紡いでくれない。どうして、こんな時に役に立たないのか。早く助けたい。助けなきゃ。見つけて、手を差し伸べて。それから、だから。


 最後の力を振り絞って立ち上がる。辺りを見回す。声の主を探す。炎しか見えない。赤しか見えない。炎の赤。流れる血の赤。破壊の紅。違う。諦めるな。たった一人でもいい。声の主を探すんだ。

 探して、助けて。この国を守るんだ。

 そう思って、強く思って、唇をかみしめた時だった。


 眼前の炎が大きく逆巻いて、はれた。その先。人影が一つ。自分と同じくらいの少年が、ぼろ布を握って立ち尽くしている。それに気づいて、走り寄ろうとして、けれど気づいてしまった。

 ぼろ布だと思ったのは剣を胸に突き立てられた子供で。

 剣を突き立てていたのは、まさにその少年だということに。




 その目は、炎で染まったかのように紅かった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る