第3話 彼女と決意

「そうやってると年相応の女の子に見えるんだけどねぇ……」

「うん?」


 フェンに小言という名の説教をし、体を拭いてこいと外に追い出した後である。外では深夜を告げる鐘の音が鳴り響いていた。

 アンジェラの嘆息に、毛布にくるまって薬湯をちびりちびり飲んでいたフェンは小首をかしげた。

 水に濡れ、艶やかさを増した銀髪が首筋に張りついている。薬湯のせいなのか、頬はほんのりと赤く色づいていて、あどけなさと触れたら壊れてしまいそうな儚さが同居していた。

 これじゃあ、別の意味でも男に見せられない、だなんて。そう思った自分の考えにため息をついて、アンジェラは自分のティーカップに薬湯を継ぎ足す。


「別に……で? 結局何を喜んでたのよ」


 テーブルを挟んでお茶を啜ったアンジェラはそう問う。

 それにフェンは顔を輝かせた。


「お金!」

「はあ?」

「お金が手に入りそうなんだ! これでディール村を立て直せると思う!」


 ディール村というのは、火の国の外れにある小さな村だ。火の国は他国に比べれば随分豊かな国だが、辺境の村となれば恩恵は受けにくい。

 まして、ディール村は元々火の国ではない。十年前まで存在していた水の国の領地である。

 火の国の侵略により水の国が滅ぼされて随分時間は経ったが、未だ国内では二つの国の民の対立は根強かった。

 フェンとアンジェラは水の国出身である。だからこそ、ディール村のような、元水の国の村をあの手この手で手助けしてきた。

 してきたのだが。


「お金、ねぇ……」

「なんだ、アンジェラ。その信用してません、って顔」

「だって、あんたの計画にはいつも無理があるんだもの」

「今度は無理じゃない」

「……今度は、ってことは、今までのが無理あった、ってことは認めるのね」


 アンジェラは深々とため息をつく。だが、フェンはアンジェラの様子を気にすることもなく話を続けた。


「ほら、この前の夜会で陛下からお話があっただろう? 王位継承権について」

「あぁ……あの、怪奇現象解決した奴が王になっていい、っていうトンデモ発言のこと?」


 アンジェラは鼻先で笑った。

 最近、火の国のあちこちで不審火が相次いでいた。ただの不審火ならばいいのだ。ところが最近、不審火のうちの一つが王家の宝物庫の近くで起こってしまった。

 そこで国民のことを憂えた――というよりは、自身の宝物ことを憂えた――王は、夜会の時に宣言した。

 この国の跡継ぎたるもの、国の大事の一つや二つ、解決してみせよ。それができた奴に王座をくれてやる、と。


「私は噂で聞いただけだけど、正直笑っちゃったわよ? だってバカみたいじゃない」


 フェンは少しばかり顔をしかめた。


「アンジェラ……君がどう考えるかは君の自由だけど、仮にも私たちは火の国の民になったんだ。陛下のことを馬鹿にするのはよくない」

「あんたのそういう真面目なところは評価したげるわ。それで? その継承権がなんだっていうの?」

「第一王太子が動き出してる」

「そりゃそうでしょうね。ユリアス様は人望も行動力もお持ちの方だもの」

「うん。実際、力のある貴族は皆、彼に付き従ってるしね……だから私は逆をついてやろうと思って」

「逆?」

「アッシュ様に仕えようと思う」


 アンジェラは目を見開いた。


「ちょ、ちょっと待った! アッシュ、って、」

「アッシュ様に従ってる貴族は一人もいないんだ。あ、いや、一人だけいたかな……? とにかく、そんな状況だから、アッシュ様に仕えれば多額の報奨金がでる、ってお達しが今朝、騎士団の方にきたんだよ」

「でも、」

「分かってる。アッシュ様は気難しいことで有名だから……騎士団の中でも、アッシュ様に仕えたがる奴なんかいなかったさ。でも、私はそこが狙い目だと思う。私が彼の下で功を立てれば、手柄を全部ひとり占めできるってことだからね」

「分かってない!」


 アンジェラは声を張り上げて立ち上がった。肩を上下させながらフェンを見下ろす。


「あんた……忘れたわけじゃないでしょ? あいつは、あんたの国を滅ぼした張本人なのよ?」


 フェンが言葉を止めた。まっすぐにアンジェラの目を見据える。

 蒼の瞳をきらめかせて。

 そこには年相応の幼さはない。触れたら壊れてしまいそうな儚さも。

 こんなときばっかり。


「分かってる。大丈夫だよ、アンジェラ」


 そう言って、フェンはふわりと微笑んだ。

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