第2話 彼女と秘密
はっきり言って、火の国の女は二つに分かれる。
アンジェラはそう思う。
「だーかーらー、フェン様の方がよっぽど素敵なんだってば! お優しいでしょう!」
「分かってないわね! アッシュ様の人を寄せつけない感じがいいんでしょう!」
「はいはーい、皆さん。ここがどこだか分かってますかー?」
アンジェラは手を叩いた。
思い思いに腰かけた少女たちが、一斉にアンジェラの方を向いた。
そのほとんどが召使い達だ。ここは医務室だが、彼女達が怪我を負っている様子はない。それをもう一度確認して、アンジェラは大きく息をつく。
「あのね……あんたたち、朝早いんでしょ? 今何時だと思ってんの?」
「何時って、鐘が九つ鳴っただけでしょ?」
「だけでしょ? じゃないでしょ……毎晩ここで何やってんのよ……」
召使いの一人が頬を膨らませた。
「何って、恋バナですう」
「そうよ。私たちの日々の癒しなのよ? アンジェラも治療師なら分かるでしょ? 怪我とは違って、日々の疲れは心に溜まっていくんだから!」
「それなら勝手に他所でやりなさいよ……ほら、もう帰った帰った!」
正直、夜遅くまで医務室に居座られるこっちの身にもなってほしい。若干の苛立ちを滲ませながら、アンジェラが手を振ると、少女たちは渋々といった様子で部屋から出ていく。
ただ、最後の一人だけは違った。
くるりとアンジェラの方を振り返る。
「ところで、一つ聞きたいんだけど」
召使い達の中でも一番噂好きの少女だ。熱心なフェンの追っかけでもある。アンジェラは若干嫌な予感がしながら……さりとて無視するわけにもいかず、腕組みして少女を見下ろす。
「なによ」
「アンジェラ先生……フェン様と付き合ってる、ってホント?」
「そんなわけないでしょ。ほら、早く帰んなさい」
「あっ、ちょっと」
返事を待たずにアンジェラは扉を閉めた。
少し、わざとらしかったか。わずかばかりの後悔が浮かぶが、頭を振って追い出した。
真実ではないし、噂になったところで、困るのは自分じゃない。
そう心の中で言い切って、アンジェラは部屋の奥の戸棚に向かった。薬草の隣に置かれたティーカップを二つ、ティーポットを一つ手に取り、テーブルに向かう。
必要最低限の火がともされた暖炉。小さな炎の上では、小鍋の中でお湯が踊る。そのお湯をティーポットに注ぐ。
そうして薬草の粉末をお湯に投げ入れたところで、窓がガラリと音を立てて開いた。
「やったぞ! アンジェラ!」
「……あんたもあんたで元気ねぇ」
アンジェラは呆れながら窓の方に目を向けた。そこには、一人の青年の姿があった。
動くたびに煌めく銀髪、雪よりも白い肌。銀の騎士フェン・ヴィーズ―――はしかし、なぜか興奮したように目を輝かせていた。
普段、少女たちに見せるような貴公子の雰囲気は全くない。というより、髪も心なしかボサボサだし、きっちり着こなしている服には、あちこち土汚れがつき、ほつれも見える。
ほつれ……待った。あの服は先週、アンジェラが贈ったばかりの服ではなかったか。
前に着ていた服が随分ボロボロになって、いくら修繕しても直しようがなくて。仕方なく、今度こそ大事に服を扱ってね……というよりは、いい加減おとなしくしてね? と約束する意味でフェンに贈った服。
アンジェラは眉を吊り上げた。
そしてそれに気づいたフェンの動きが止まる。
喜びの表情から一転、おろおろと視線を這わせる。
「あ、アンジェラ……」
「フェーンー……?」
「いや、えっと、これは……」
「私、いつも言ってるわよね……? どこで誰が見てるか分かんないわよ、って……ねぇ……?」
「や、その……」
「なのにどうして、そんなにボロボロで、あちこち汚れてるのかーしーらー?」
「うわっ、ちょっと!」
つかつかと歩み寄ったアンジェラは、容赦なくフェンの服を引っぺがす。引っぺがしてやった。
「ちょ、アンジェラ! そこまで脱いだら裸に……!」
「今更なにを恥ずかしがってんの! ああもう、下の服まで破れてるじゃない……!」
フェンが顔を赤くしながら、着ていた服をかき集めようとする。だが、アンジェラの知ったことではない。恥じらいだってない。当然だ。
だって、フェン・ヴィーズは女なんだから。
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