世界で一番あなたがきらい

湊波

第一章 銀の騎士

第1話 火の国の銀の騎士

 穏やかな夕暮れを迎える稽古場に、剣撃が鳴り響いた。

 鎧をまとった一人の騎士が、剣の切っ先を相手の喉元に突きつけている。


「……参った」


 静寂は、苦々しげな男の声で終わった。どっと黄色い声が上がる。歓声に驚いて鳥たちが飛び立つ。

 騎士は静かに剣を収めた。いっそ優雅ともいえる所作で一礼をし、兜をとる。

 雪よりも白い美しい銀髪が零れ落ちる。白磁の肌に切れ長の蒼の瞳。ほんの少し憂いを帯びた退廃的な雰囲気に、フェン様……と観客が感嘆の声を漏らした。


「すまない。怪我はないか?」


 観客の視線を一身に集める青年、フェンが手を差し出すと、相手の男は苦笑いし、その手をとった。


「はっ、稽古で怪我してたら世話ねぇな」

「何事もなければいいんだが」

「お前は心配しすぎなんだ」

「君が怪我すると、夕飯の酒の代金を支払ってくれる人がいなくなるからね」


 フェンがいたずらっぽく笑うと、男はげんなりした顔をした。


「お前のそういうところがだな……」

「さあ立って。夕飯に遅れないように、僕はお嬢さん達の相手をしてくるとするよ」

「へえへえ、言ってろ色男。夕飯に遅れたら、酒はおごんねぇからな」


 男の投げやりな声を背にしながらフェンは振り返った。稽古場だというのに、あちこちに女性がつめかけている。目を上げて塔の窓の方を見やれば、貴婦人達の色とりどりのドレスが、ちらほらとのぞいていた。

 フェン様! と口々に声を上げる彼女たちに、にこりと微笑みかけた。それだけでますます歓声が上がる。


「こんにちは、お嬢さん方。忙しいのに、見に来てくれてありがとう」


 そう言いながら、フェンは彼女たちに向かって歩き始めた。


*****


 フェン・ヴィーズ。

 それは銀の騎士、と謳われる青年だった。

 美しい長い銀髪をなびかせ、剣をふるう姿は舞いでも舞っているかのよう。

 強く、優美で、なにより女性に優しい。ゆえに、彼は王宮で絶大な人気を誇っていた。

 遠征のたび、稽古のたびに貴賤を問わず女性たちが詰めかけるほど。


「—――だから、この状況も珍しくはないって感じ?」


 稽古場を見下ろすように建てられた塔。その窓の一つから様子を眺めていた影は二つ。

 おどけて言って見せたのは、巻き毛の青年だ。片眼鏡の奥で軽薄そうに目を輝かせた彼は、小さく口笛を吹いた。


「いやあ、噂には聞いていたけど、大層な人気だよね」

「ふん」

「顔だけでいったら、俺も負けてないと思うんだけどなあ」

「お前は見境なく手を出すクズだろう」

「うっわ、ひどい」


 青年をばっさりと切り捨てたのは、もう一人の男だ。

 窓辺によりかかり、フェンを見つめている。朱い短髪。腰には一振りの剣。まとう服は黒を基調とした簡素な服。

 だが、彼を見た人は、なによりもその瞳に目を奪われるだろう。

 紅い瞳。

 燃えるような。

 あるいは全てを焼き尽くすような。

 火の国の象徴たる色。


「で? どうなの、あの子は? アッシュ様?」


 そんな男に巻き毛の青年が問いかければ、男は小さく笑って体を翻した。


「使えなければ死ぬだけだな」

「……これまた、ひっどいね」


 小さくため息をついて、男の背を追うように巻き毛の青年も窓辺を離れた。


*****


 この国には、絶大な人気を誇る二人の男がいる。

 一人は銀の騎士、フェン・ヴィーズ。

 そしてもう一人の名は、アッシュ・エイデン。人々は彼のことを畏怖を込めてこう呼ぶ。

 金炎の王太子、と。

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