114 口先だけではないと証明します

 アールフェスは困っていた。

 師匠である青竜の騎士が、酒場で路銀を使い果たし、食堂でアールフェスを働かせようとするからだ。青竜の騎士パリスは金遣いが荒かった。有名人だけあって金を稼ぐ手段は持っているのだが、気前よくパーっと使ってしまうため、実はいつもお金に困っている。

 大国エスペランサで罪を犯して追放されたアールフェスは、手持ちの金が少ない。

 さらに、ルクス共和国から来たという少女シエナの分も金欠だった。

 

「アールフェス、私の弟子なら、分かるな……?」

「真面目な顔で弟子を売らないで下さい!」

 

 パリスは爽やかな顔で、アールフェスの抗議をスルーした。

 

「私は隣国に現れたという巨人を討伐してくる! これも英雄の仕事だ!」

 

 空色の竜に乗って、パリスは飛んでいってしまった。

 ちなみにパリスの竜はワイルドという名前で、人間の作る鎧にあこがれて、無骨な金属の板を体に取りつけている変わった性格の竜だった。ものすごい重量の金属を体にくっつけて生活しているので、本気を出して戦う時は、体に付けた金属の板を脱いで身軽になるそうな……。

 こうして英雄の弟子あらため食堂の下働きになったアールフェスは、現在の師匠である食堂のおばちゃんに仕事の教えを乞うた。

 

「僕にできる仕事はあるでしょうか……?」

「綺麗な顔をした坊ちゃんだねえ。ジャガイモむくより、夜の街に行った方がいいんじゃないかい」

「食堂で働かせてくださいお願いします」

 

 食堂のおばちゃんは、アールフェスの美青年ぶりを見て別の職を紹介してくれたが、運動だけでなく色事も苦手なアールフェスは謹んで辞退した。

 しかし……。

 

「あっ」

 

 ガシャン。

 

「また皿を割ったね! これで何回目かい?!」

 

 貴族育ちのアールフェスに、下働きは無理であった。

 

「もう見てられません! 私も働きます!」

「シエナ?!」

 

 とうとう、助けられる対象のはずのシエナが名乗りを上げた。

 彼女は自慢のアプリコットオレンジの髪を颯爽と頭上にまとめ上げ、緑色のワンピースをズボンに履き替えて、猛烈な勢いでジャガイモを次から次へむいていった。

 

「す、すごいスピードだね」

「我が国の英雄ルクスさまは料理が得意だったと伝えられています。ルクス共和国の民は、貴族だって最低限、料理や洗濯ができるんです!」

 

 おお~~、と食堂のおばちゃんが拍手する。

 

「アールフェスくんは、そこで見ていてください!」

「坊ちゃん、無理しなくていいよ」

「……」

 

 戦力外通告されたアールフェスは、食堂の隅でひたすらテーブルをふいた。

 憂いを帯びた美青年がいるという噂が立ち、食堂は妙齢の婦人でにぎわうようになったという。

 

「それにしても、師匠もどこかに行ってしまって、セイルの奴もエスペランサにいないとなると、どうしようもないな……」

 

 数日前に、パリスの使い魔の鷹が飛んできて「セイルという少年はエスペランサにいない。彼の居場所は確認中」と鳴いた。

 もしかするとセイルに会えるかもしれないと思っていたアールフェスは、密かにがっかりした。

 探し人が目的地にいないと知ったシエナも残念がっていたが、すぐに気持ちを切り替えて食堂の手伝いに励んでいる。彼女の強さは見習わなければいけないと思う。

 

「……お客さん、何をして……キャッ」

 

 そんなある日。

 食堂に招かれざる客が現れた。

 シエナを追っていた男たちが、保護者パリスのいないことを察知して、追撃をかけてきたのだ。

 

「怪我をしたくなかったら、大人しく見ていろ。俺たちの目的は、そこの嬢ちゃんだけだ」

 

 夜食の準備をしていて客がいない時間帯を狙い、凶器を持った三人の男が食堂に足を踏み入れた。

 食堂のおばちゃんや主人を刃物でおどし、真っ青になっているシエナの前に立つ。

 

「一緒に来てもらおうか」

「やめろ!」

 

 アールフェスは、シエナと男の間に割り込んだ。

 

「小僧、騎士気取りもいい加減にしろよ」

 

 男は無造作に腕を振って、アールフェスを跳ね飛ばした。

 アールフェスは食堂の机や椅子にぶつかって床を転がる。

 

「くっ……」

「アールフェス! 私のことは良いから、逃げて!」

 

 シエナは男に腕をつかまれて食堂の外に引きずられながら、叫んだ。

 

「これじゃ、僕はただの足手まといじゃないか……!」

 

 アールフェスは悔しさに唇をかみしめる。

 自分の無力さが、これほどまで嫌になったことはなかった。

 男たちはアールフェスなど眼中にないらしく、警戒せずに森に向かって歩いていく。付近の人々は、男たちの堂々とした様子に声を掛けられず見送っている。

 逃げたくなる心を叱咤しながら、アールフェスはこっそり男たちの後を付けた。

 

「あいつらは師匠と、師匠の竜を警戒しているはず……魔法で、竜の鳴き声を再現すれば」

 

 男たちは森の中の小屋にシエナを連れていった。

 小屋で待っていた仲間一人と合流する。これで合計四人になった。

 娘を始末するかどうか、などという物騒な会話が聞こえてくる。

 どうやら魔法で遠距離にいる依頼主に連絡を取って、判断を仰いでいるらしい。

 アールフェスは森の木立に潜んで、夕暮れを待った。

 見通しが悪くなる夜は、アールフェスに有利に味方してくれるはずだ。

 やがて森が夕闇に沈むころ、アールフェスは魔法の準備を始めた。

 

「……邪神ヴェルザンディ、力を貸してくれ」

 

 邪神と契約したとはいえ、アールフェスに与えられた力は補助的なものに留まっている。小屋をふっとばすような攻撃魔法は使えない。

 アールフェスは竜の鳴き声を想像しながら、魔法を練り上げた。

 夕暮れの森に、千の猛獣を束ねたような竜の吠え声が響き渡る。

 

「まさか青竜の騎士が戻ってきたのか?!」

 

 想定通り、焦った男たちは小屋の外へ出てきた。

 アールフェスは隙だらけの男の背中に、森で拾った斧を叩きつける。

 鮮血が宙を舞った。

 

「小僧?! ふざけた真似を!」

 

 ひとりは倒した。

 だが、敵はあと三人いる。

 ここから先はノープラン。

 小屋の窓から、中にいる少女の泣きそうな顔が見えた。

 今の内に、アールフェスが男たちを引き付けている間に、逃げて欲しい。


「さっきの音は偽物か? 青竜の騎士が戻ってきた訳じゃないな!」 

「あぐっ!」

 

 アールフェスは激昂した男に殴り飛ばされた。

 

「小僧……俺たちを怒らせて、ただですむと思うなよ……?」

 

 転んだアールフェスの背中を踏みつけにして、男が剣を抜く。

 

「手足を切り落としてやるよ……!」

「……ハッ」

「何がおかしい?」

「オリジナリティがない脅しだと思って」

 

 興奮して恐怖が薄れているアールフェスは、男の言葉を鼻で笑った。

 ここで死ぬのかもしれない。

 しかし最後まで抗ったのだから、自分にしては上出来だと思った。

 

「なんだ?」

 

 その時、空に竜の吠え声が響き渡った。

 

「竜の鳴き声? また偽物だろう」

 

 空を見上げて怪訝そうにする男たち。

 一方のアールフェスは、竜の声に聞き覚えがあった。

 

「まさか……?!」

 

 夕暮れの空から、漆黒の、夜の色の鱗の竜が急降下してくる。

 

「本物の、竜だと?!」

「ノワール!!」

 

 黒竜ノワール。

 アールフェスが育てた、アールフェスだけの竜。

 ノワールは驚愕する男を尻尾で薙ぎ払い、アールフェスの前に着地した。

 アールフェスは震える手で黒竜の首に手を伸ばす。

 

「よく無事で……!」

 

 アールフェスと同じ、紫紺の色をした竜の瞳がうるんでいる。

 お前もな、という竜の声なき声が聞こえた気がした。

 

「小僧、きさま……」

「先ほど僕に、騎士気取りかと聞いたな」

 

 アールフェスは竜の首にすがって立ち上がる。

 胸を張って息を吸い込み、不敵に笑ってみせた。

 

「確かに僕は騎士じゃない。だけど青竜の騎士パリスの弟子が、ただの子供の訳がないだろう。僕は――竜騎士だ」

 

 アールフェスの言葉を裏付けるように、黒竜ノワールは翼を広げ、咆哮する。

 竜の咆哮で周辺の空気が静電気を帯びたように震えた。

 男たちは、気圧されたように後ずさりした。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る