115 モフモフは竜肉が食べたいのです

「小僧さえ殺せば……」

「焼き払え!」

 

 抜き身の剣を振り上げた男を指さして、アールフェスは竜に命じた。

 黒竜ノワールはくわっと顎を開き、灼熱の炎を放出する。

 

「うわわっ」

 

 咄嗟に男は剣を手放して、横っ飛びに避けた。

 竜のブレスを浴びた剣が焙られたバターのように、くにゃりと歪む。

 

「う、嘘だろ?!」

 

 焼き焦げた地面と、溶けた剣を見下ろし、男は絶句した。

 森に前日の雨が残っていたことが幸いして、竜のブレス跡から火災が発生することは無さそうだ。

 脅しとしては十分だと、アールフェスは考えた。

 

「お前たちをまとめて、ノワールの餌にしてやろうか?」

「畜生!」

 

 竜と言えば、普通の兵士なら一個中隊、戦いに慣れた者でも数人でパーティを組んで倒すモンスターだ。

 到底、勝ち目はないと悟った男たちは、すたこらさっさと逃げ出した。

 

「アールフェス!」

「シエナ!」

 

 小屋からシエナが飛び出してくる。

 勢いよく抱き着いてくるシエナを、アールフェスはよろめきながら抱き留めた。

 軟弱なアールフェスは少女の勢いを受け止めきれず、尻もちをつく。

 

「わっ」

「きゃっ」

 

 二人はもつれて地面に転んだ。

 何をしてるんだか、と言った風に、黒竜ノワールが首を伸ばして二人をのぞきこむ。

 

「ぷっ」

「あはは!」

 

 何だかおかしくなって、アールフェスとシエナは顔を見合わせて笑い出した。

 

「あ、そういえばアールフェス、あれ……」

 

 ひとしきり笑った後、シエナは腕をあげて、黒竜の背中を指さした。

 

「ん?」

 

 そこで初めて、アールフェスは黒竜の背中に白いフワフワした物体が乗っていることに気付いた。

 雪のように白い毛並みとアイスブルーの瞳を持った子犬だ。

 

「こいつ、見たことがあるぞ。確かセイルのところで……」

 

 ティオがたまに腕にかかえていたな、とアールフェスは思い出した。

 

「ノワール、なんで子犬を乗せてるんだ?」

「……」

 

 黒竜は視線を明後日に逸らした。

 何か心当たりがあるようである。

 アールフェスは立ち上がって、ノワールに近寄った。

 子犬は、手を伸ばしたアールフェスが気に入らないのか、パシパシと前足を振って抵抗する。抱え上げると、何が気に入らないのか、ムスっとした。

 

「こいつもセイルに返してやらないとな」

 

 白い子犬は、ティオかセイルが飼っているものだろう。

 シエナを送り届けるついでに返してやろうと、アールフェスは思う。

 子犬を脇に抱えると、アールフェスは竜の首を軽く叩いて合図した。

 ノワールは心得たように首を下げ、手足を折りたたんでしゃがみ、段差を作る。

 

「さ、シエナ。乗って」

「え?」

「ちょうどいいから、ノワールに乗って、師匠のところまで行こう」

 

 おっかなびっくりのシエナの手を優しく引いて、竜の背中まで引っ張り上げた。

 

「師匠にここであったことを報告した後は……シエナ、僕がセイルのところまで、君を送っていくよ」

 

 黒竜ノワールがいれば、師匠のパリスを頼る必要はない。

 アールフェスの意図を汲んだノワールは、静かに黒い翼を広げて飛び立つ。

 男たちと戦闘している間に日は沈み、昏い青に染まった空には一番星が輝き始めている。

 姿を現したばかりの月光を受けた竜の鱗は黒曜石のようにチカチカと光った。

 

 

 

◇◇◇ 

 

 

 

 良い雰囲気だなー。

 俺、なんでこんなところにいるんだろ。

 見つめ合うアールフェスと兎耳の女の子の間で、俺はこっそり遠い目をした。

 

 さかのぼること数時間前。

 兄たんがレイガスの竜騎士学校の山から、夕飯用に一匹、竜を捕まえてきた。

 それがアールフェスの竜、ノワールだと気付いた俺は、兄たんたちを止めて、竜の傷を時の魔法で元の状態に戻してあげたのだ。

 元気になったノワールは何を思ったのか、子狼の姿の俺をくわえあげて全力飛翔した。

 

「ゼフィ!」

「ふああああっ?!」

「こいつ! 俺たちのゼフィを離せ!!」

 

 ウォルト兄とクロス兄は交代でノワールに飛び掛かったが、すんでのところで牙は宙を切る。

 気が付くと黒竜は、フェンリルが跳躍しても届かない遥か高みに逃れていた。

 こうなったら翼を持たない兄たんたちにはどうしようもない。

 

「ゼフィがさらわれたー?!」

 

 絶叫する兄たんの声を聞きながら、俺はノワールの鼻先でぶらぶら揺れた。

 

「どうしよ……」

 

 自力で脱出することは可能だが、近くで見るとノワールがあまりにも必死なので、つい可哀想になってしまった。

 尻尾の先を食べさせてくれるなら、無礼を許してあげなくもない。

 

「どこへいくのかな」

 

 何かに取りつかれたように全速力で飛ぶノワール。

 黒竜がアールフェスの危機を察知して、主を護りに行こうとしていたのだと、現場についてから分かった。

 それからアールフェスとノワールの感動の再会を見届け、女の子とラブラブの良い雰囲気を邪魔できずに、今に至る。

 それにしても、お腹が空いてきたぞ。

 夕飯……竜肉。

 竜に乗ってるのに、竜肉が食べられないなんて。

 

「師匠!」

 

 アールフェスが声を上げた。

 前方に無数の金属の板を体にくっつけた、空色の鱗の竜が飛んでいる。

 竜の背にいた屈強な体格の男が振り返った。

 げっ……青竜の騎士パリス?!

 

「おお、アールフェス! それにシエナ! その竜はアールフェスの相棒か」

「はい、ノワールです」

 

 パリスは子狼の姿の俺に気付いた様子はない。

 嬉しいような、悲しいような。

 

「ちょうど良かった、アールフェス。私はこのまま竜の営巣地ネストリムへ向かおうと思う」

「竜の営巣地ネストリム?」

「噂の巨人が、野生の竜が多数集まる場所へ現れ、巣の中の卵を踏みつぶしているらしい。私は竜を守りに行くよ」

 

 卵? オムライス食べたいなあ。

 俺は卵焼きを夢想してヨダレを垂らした。

 アールフェスの腕に力がこもる。

 

「……では僕は、シエナをセイルのところへ送っていきます」

「ちょっと待ってください!」

 

 シエナが大声を出して話に割り込んだ。

 

「私もパリスさんの巨人討伐に連れていってください!」

「レディを危険な場所に連れていけないよ」

 

 パリスは眉をひそめた。

 俺はご飯が食べたい。

 

「ルクス共和国で反乱を起こそうとしている王党派は、各国で古の巨人を覚醒させ、世界を混乱と破滅の渦に陥れようとしている……私は、巨人と王党派がつながっている証拠が欲しいんです! できれば英雄の剣を受け継いだというセイルさんに、協力してほしかったけど」

 

 何やら重要な話をしているようだ。

 俺の名前が出てきたような……気のせいか?

 

「僕じゃ、頼りにならないか」

 

 アールフェスが悲しそうな声を出した。

 

「そりゃ、僕はノワールがいなきゃ、まるで役立たずだけどさ」

「役立たずなんかじゃない! 巨人の秘密を探って、王党派の不正を暴くのに、アールフェスにも協力して欲しいの!」

 

 シエナの言葉で、場の空気が変わった。

 青竜の騎士パリスが微笑んで言う。

 

「それでは我々全員で向かおうではないか。――いざ、竜の営巣地ネストリムへ!」

 

 すっかり空気になっている俺は「竜肉の山に行くのか。楽しみだなあ」と思っていた。

 俺がさらわれたと誤解した兄たんズが攻め込んで営巣地ネストリムが大混乱になると知らずに。

 


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