113 食べようとしたら知り合いでした

 レイガスの領事館が差し押さえになっていました。

 俺は落ち込んでいるティオたちを連れて、竜騎士学校に移動した。

 勝手に応接室を占領する。

 

「君たち、大勢で何をしているのかね? 出て行きたまえ!」

 

 当然ながら学校の校長がやってきて、俺たちを追い出そうとした。

 頭の天辺がピカピカに禿げ上がった小太りのおっちゃんだ。

 

「学校のお金を着服してるって、フレイヤ王女に言い付けちゃうよ?」

「どうぞお好きにお使いください!」

 

 俺が軽くおどすと、校長は一気に姿勢が低くなった。

 適当に言っただけなのに、本当に横領してたのかー。

 こうして学校の部屋は俺たちの貸し切りになった。

 

「む。茶でもどうだ?」

「ゴッホさん。それお湯の入った水筒と、酒瓶じゃないですか」

 

 気をきかせたつもりのゴッホさん、イヴァンに突っ込まれて撃沈。

 

「あの、私、茶葉を持ってきました!」

「ミカは侍女の鏡だなー」

 

 ミカが紅茶の茶葉が入った袋を取り出す。

 俺が感心して眺めている間、ミカは応接室備え付けのティーポーットに茶葉をセットしてお湯を入れた。棚からティーカップをいくつか取り出し、できあがった紅茶を注ぐ。

 最後にゴッホさんが持ってきた酒を数滴、紅茶の水面に落とした。

 お酒で深みを増した茶の良い香りが部屋に満ちる。

 

「はい、殿下。温かいお茶を飲めば心が休まりますよ」

「ありがと、ミカ」

 

 俺たちは配られたティーカップに口を付けた。

 温かいお茶で喉をうるおしてから、俺はティオに聞く。

 

「それで、何があったんだ?」

「……前にゼフィが氷を売ってたじゃないか。アールフェスの一件で、氷を売るのに協力してくれた商会が無くなって、しばらく貯金で生活してたんだ。それも尽きそうで、ゼフィがいない間、僕たちで何とかできないかと思って」

「良い話じゃないか。それで何で領事館が差し押さえになるの?」

「ローリエには凍傷によく効く薬草があるのだけど、外国では珍しくて貴重な薬草だから、高く売れるんじゃないかって思ったんだ! ちょうど事業を始めるのに必要なお金を貸してくれるという人が現れて、薬草を売って稼ごうとしたんだけど……」

 

 俺はティオの話を聞きながら、こめかみに人差し指をあてた。

 今の話で結末が読めたぞ。

 

「よく分かった。薬草が売れなくて、借金を返せって、話になったんだな」

「さすがゼフィ! どうして分かったの?」

「分からいでか」

 

 王子付きの近衛騎士ロキも、商売にうといらしく、誰もどうにもできないまま、領事館が差し押さえになったらしい。

 

「あのなティオ。欲しがってる人がいないと、薬草は売れないんだよ。このクソ暑いレイガスで、誰が凍傷にかかると思う?」

「え……珍しいものは高く売れるんじゃないの」


 王子様ティオはキョトンとしている。

 商売は難しいから、無理ないか。

 

「なんと不憫な……ワシらも借金返済に協力しよう」

「ゴッホさん今の話のどこに泣くポイントがあったの?」

 

 ゴッホさんは何故かティオに同情して協力を申し出た。

 ハンカチを握りしめて目元をぬぐっている。

 

「俺も売れるものが無いか、探してみるよ。一宿一飯の恩があるしな」

 

 イヴァンも苦笑して同意する。

 バーガー市長も「ここで恩を売っておくのも悪くないな」と思案しているようだ。

 

「ゼフィは……」

「俺は真白山脈フロストランドに帰るよ」

「え?!」

 

 だってウォルト兄は領事館の庭に設置してある転移門で、先に帰ったっていうし。

 あれ? なんで皆そんなにビックリしてるの?

 

「ゼフィ……帰っちゃうの?」

「ティオは俺に頼るんじゃなくて、自分の力でお金を稼いでみたかったんだろ」

「!!」

 

 情けない顔をしているティオの頬を、むにょーんと引っ張って伸ばした。

 

「い、いひゃいよゼフィ」

「ゴッホさんたちも協力してくれるって言ってるんだ。頑張ってみろよ、王子様」

「う、うん!」

 

 ハッしたように何度も頷くティオ。

 

「そういう訳で、一旦解散だね! ゴッホさんバーガーさんイヴァン、ティオをよろしく」

 

 俺はクロス兄と一緒に、白銀山脈フロストランドに帰ることにした。

 

 

 

 

「わーい、ゼフィの故郷の雪にさわってみたかったんだ!」

 

 メープルは雪を踏みしめてはしゃいでいる。

 愛剣・天牙の精霊メープルだが、今は実体化して、綺麗な空色の髪をした女の子の姿になっていた。

 俺もコロコロの子狼の姿に戻り、雪の中に突っ込む。

 ふああ、生き返るぅ。

 仰向けに転がって青空を見上げると、粉雪が舞い落ちてきた。

 

「ゼフィ」

「ウォルト兄!」

 

 フェンリルの巨体が俺をのぞきこむ。

 片目の上に傷のある、がっしりした体格の狼。

 フェンリル三兄弟の一番上、ウォルト兄だ。

 

「ウォルト兄! いったい何を引きずっているんだ?」

 

 クロス兄が不思議そうに聞いたので、俺も気になって、体を起こしウォルト兄の後ろを見た。

 何か黒くて大きくて固そうな生き物だなー。

 竜?

 

「レイガス領事館から引き上げるついでに、山にいる竜を一匹さらってきた。今夜の飯にしよう」

 

 待て待て待て。竜騎士学校の竜を勝手に捕ってきたの?

 俺だって我慢してあそこの竜に手を出してないのに!

 

「兄たんズルイー」

「お前とクロスは、地下のニダベリルというところで、美味な肉を食ってきたんじゃないのか」

 

 そういう問題じゃないけど、まあいいか。

 竜騎士学校に通うティオにバレたら「竜を食べるなんて」と怒られてしまうが、バレなければ大丈夫だろう。

 俺は可哀想な竜の頭のところまでトテトテ歩いていった。

 あ、まだ息がある。

 

「……ていうか、この竜、見たことあるような……」

 

 その竜は傷付いてぐったりしており、見るからに死にかけの状態だった。

 漆黒の鱗のあちこちから血が流れている。

 俺が頭をペシペシ叩くと、ちょっと薄目を開けた。

 瞳の色は見たことのある紫水晶アメシストの色。

 

「ゼフィは柔らかい腹の肉を食べたらどうだ? 俺は尻尾を食べたい」

「兄たんストップ!」

 

 これ食べちゃ駄目なやつだ。

 

「アールフェスの、竜?」

 

 竜がか細い声で肯定するように鳴いた。

 あーやば。間違って食べちゃうところだったよ。

 

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