112 重大な問題が発覚しました
こちらゼフィです! 皆、元気にしてた?
誰に向けてアナウンスしてるんだよ(自分につっこみ)
邪神ヒルデを倒した俺は、バーガー市長たちと合流して、地上を目指すことにした。
「あのままニダベリルに閉じこもっていれば、だんだん人がいなくなって街は寂れていったじゃろう。邪神が攻めてきたのは不幸だが、街を離れる決心をする良い機会じゃった」
と、バーガーさんは清々しい顔で語った。
女子供、年配のご老人含め、ニダベリルの大地小人たちは、長年目にすることのなかった地上を一目見ようと、大移動を開始した。
そしてついに例のエレベーターに乗って、キンポウゲの咲き乱れる野原に辿り着いたのだ。
「おお、ここが地上か……まるで、おとぎ話の天国のようだ」
まぶしい地上の光に目が慣れると、緑あふれる光景に彼らは息を呑む。
野原の隅っこには、ゴッホさんが焼肉屋台をしていた痕跡が残っていた。
それを見て、思い出したようにゴッホさんが言う。
「そういえば坊主。ここは店を出しても人が来ないから、エスペランサ?で商売をすればどうかと言っていたな」
「あ」
俺も自分の言ったことをすっかり忘れていた。
そうだった、人の多い国に行って商売したらどうかと、ゴッホさんに提案したんだった。
ついでにフェンリルの本拠地である北の雪国ローリエの利益になるように、レイガスの領事館を通して商売してもらったらどうかと考えていた。
「ゴッホさん、バーガーさん、俺と一緒に来て!」
「お、おう?」
善は急げ。
近くの森で待機していた肥満竜のグスタフを呼び出し、皆でエスペランサにレッツゴー!
「ただいまー……って、何がどうなってるの?!」
レイガスに戻ってきた俺は、「差し押さえ」と書かれたテープが張り巡らされた領事館にびっくりした。
「ゼフィーっ!」
竜から降りると、ティオが泣きながら俺に飛びついてくる。
「どうしよう! 領事館が借金のカタに取られちゃった!」
「ええ?!」
俺は目を丸くする。
ティオの後ろには、げっそり目の下に隈を作った近衛騎士ロキ、ギャン泣きする赤ん坊ローズを背負った侍女のミカ、荷物を抱えてへたりこむ技師ロイドの姿があった。
いったい何があったの?
◇◇◇
その頃、アールフェスは青竜の騎士パリスと共に、助けた少女から追われている事情を聞き出しているところだった。
「君はセイルに会いたいのか。彼は今、エスペランサにいると思う」
ルクス共和国を救うため、伝説の英雄の剣を受け継いだ少年、セイルに会いに行く途中だと言った少女。
アールフェスは友人の輝くような銀髪と湖の色の瞳を思い出しながら、会話に割って入った。
少女はうなずく。
「はい。ですから、私はエスペランサを目指して」
「わざわざ長旅をする必要はない。そのセイルという少年を、呼び寄せれば良いではないか」
パリスは少女の言葉をさえぎって言った。
こちらから行くのではなく、向こうに来させる。
いかにも有名人の英雄パリスらしい、ちょっと一般人には思いつかない発想だ。
「来い、ウィズダム」
パリスが腕を上げると、何もない空間に光が生まれ、鋭いクチバシを持った鷹が現れた。
鷹は賢そうな金色の瞳でパリスを見る。
「バレンシアに、この手紙を届けてくれ」
素早く手紙をしたためると、パリスは鷹の足に手紙を結んだ。
鷹は翼を広げると、ふっと空中に消える。
「消えた……?」
「ウィズダムは普通の鷹ではないからな」
パリスは平然と言って、少女に向き直った。
「レディ、名前は?」
「シエナと言います」
アールフェスは記憶を探った。
確かマルゴー地方の古語でシエナとは……
「花という意味の名前だね。綺麗な君にぴったりだ」
そう言うと、シエナは一瞬嬉しそうにして、次の瞬間ムッとした表情になった。
「なんなんですか、あなたは! 肝心なところは師匠任せで口ばっかりの癖に、私を口説いてるつもり?」
「ひどい誤解だ」
アールフェスは苦笑して答えた。
「今の僕に、君を口説く資格なんかない。分かってるよ」
シエナは、予想外の答えを聞いたように、不思議そうな顔になる。
「ふっ……まあアールフェスは、これはこれで見所のある男だよ、レディ。大目に見てやってくれたまえ」
パリスは、大きな手で優しくシエナの肩を叩く。
「ウィズダムが戻ってくるまで、この話は保留だ。さあ、君たちは宿に戻って休むがいい。私はまだ少しここで飲んでいくよ」
やんわり酒場から追い出され、アールフェスはシエナを連れて、宿に移動することにした。
「あなたには、感謝なんかしてないからね」
「はいはい」
気障な台詞を吐いたアールフェスを警戒しているらしく、シエナは少し離れて歩く。
宿に着くと、着替えたいという少女に部屋から追い出された。
仕方なく階段を降りたアールフェスに、宿の従業員が声を掛ける。
「はい、お湯とタオルだよ。あのお嬢ちゃんにも持って行ってあげたらどうだい?」
「ありがとうございます」
宿の人が気をきかせて、体を拭くための水と布を用意してくれていた。
アールフェスは引き返して、部屋の扉をノックする。
「扉を開けていいかい?」
「……」
返事がない。
中で何か起こっているのか、不安になったアールフェスは、ゆっくり扉を開けた。
「ごめん、大丈夫……?」
「……うわっ」
振り返ったシエナは、長いアプリコットオレンジの髪をまとめている、濃緑のバンダナを解いたところだった。
軽くウェーブした髪の間から、クリーム色の兎耳が二本、細長く突き出ている。
「……!」
「み、見たわね!」
驚くアールフェスを、シエナは涙目でにらんだ。
「パリスさまに黙っててよ。そうしたら、あんたの言うこと、何でも聞いてあげるから……」
獣人は、人間の国では地位が低い。
シエナは、彼女が獣人だと知った青竜の騎士パリスが、約束を反古にすることを恐れているのだ。
だがパリスは、獣人を差別しないだろう。
彼と旅をしてきたアールフェスは、そのことを知っている。
アールフェスは、自分がかつて獣人を虐待していたことを思い出して、苦い想いを抱いた。
「僕は本当に情けない奴だったんだな……」
「?」
「何も見てない。僕は君が獣人だと知らない。それでいいね? 体を拭く用の水とタオルはここに置いていくよ」
水桶を部屋の入ってすぐのところに置くと、アールフェスはシエナの答えを待たずに扉を閉めた。
後に残されたシエナは呆然とする。
「何よ……顔だけのお坊ちゃんだと思ったのに、本当に優しいなんて反則じゃない……」
途方にくれた少女の呟きは、夕暮れの残光に溶けるように頼りなく響いた。
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