111 格好悪くても目的は達成します
「待てぇーーっ!」
背後から屈強な男たちが追ってくる。
アールフェスは身を護る銃や武器を持っていない。
青竜の騎士が「まずは体を鍛えることだ!」と言って、アールフェスの武器を没収したのだ。
武器と言えば、アールフェスには、卵から育てた黒竜ノワールがいる。しかしノワールとは、エスペランサで別れさせられていた。今のアールフェスは竜騎士ですらない。
残っているのは……
自分の手首の内側にうっすら残る、邪神との契約紋を見下ろす。
邪神ヴェルザンディと契約した証だ。
ヴェルザンディが地上での依り代を失って天界に撤退している今、アールフェスとの繋がりは薄くなっている。
邪神との繋がりを完全に断ち切るのも、この旅の目的のひとつだった。
だが、襲われている少女を助けるには、少しだけ残っている邪神の力に頼るしかない。
「――はぁっ!」
アールフェスは後ろに向けて腕を振った。
紫の光の壁が、追ってくる男たちを通せんぼした。
「なんだこの魔法は?!」
男たちが慌てふためいているうちに、通りを駆け抜けて青竜の騎士パリスのいる酒場に飛び込む。
パリスは、酒場で旅人たちと乾杯しているところだった。
「師匠!」
「……なんだアールフェス。そんな鼻血をたらして」
アールフェスは鼻の下をぬぐいながら、やけくそで叫んだ。
「今そこで、暴漢におそわれている女の子を助けました!」
「おお! よくやったアールフェス。紳士にふさわしい行いだな」
「だけどまだ追われているところで」
後ろの扉がバタンと開く。
アールフェスが手を引いている少女が、肩を大きく震わせた。
「小僧。こけおどしをしやがって……」
もちろん殺傷力のない防御魔法では、時間稼ぎにしかならない訳で。
アールフェスは一縷の望みをかけてパリスに頭を下げた。
「師匠、僕と女の子を助けてくれませんか……?」
「うーむ。君は本当に弱いなアールフェス。そこは師匠の力を借りずに、女の子を根性で守れないのか」
「根性にも自信ありません! 弱いので!」
すがすがしいまでに言い切るアールフェスに、追ってきた男たちや、助けた少女も、呆れた顔になった。
追ってきた男は冷静に酒場を見渡し、状況を悟ったようだ。
強引にアールフェスから少女を取り返そうとせず、パリスに向かって声を掛けた。
「なあ、あんた。この小僧の師匠とやら」
「うん? 私に何か用か」
「ああ。この女の子はな、俺たちに借金があるんだ」
アプリコットオレンジの髪の少女は、その言葉を聞いて目を見開いて叫んだ。
「口から出まかせを! その男の言うことは嘘です! 真に受けないで!」
だが少女の言葉を証明するものは何もない。
酒場の人々も困惑した様子になっている。
「俺たちも、関係ない奴らに迷惑をかけるつもりはない。なあ、あんたから説得して、その子を俺たちに引き渡してくれないか」
下手に出て頼み込む男。
愁傷な態度に、酒場の人々はアールフェスと男たちを見比べて、迷う表情になる。どちらの言葉が本当で、どちらに味方したものか、判断が付きかねているのだ。
「謝礼なら、はずむよ」
男は最後の一押しとばかり、パリスに頼んだ。
パリスは無表情になって酒の入ったカップをテーブルに置く。
そしてゆっくりと立ち上がった。
「――断る」
パリスから染み出す威圧感に、周囲の人間がごくりと息を呑む。
「私は常に、レディの味方だ」
パリスはアールフェスには厳しい目を、少女には優しい流し目をくれた。
堂々とした歩みで男たちの前に立つ。
男たちはパリスの恵まれた体格と、歴戦の勇者を思わせる佇まいに、瞠目した。
「あ、あんた! そんな子供の言うことを信じるのか?!」
男は気圧されながら、なおもパリスを説得しようとする。
パリスが強いのは雰囲気で分かる。
男もパリスを敵に回したくないようだ。
「この私、青竜の騎士の判断に、間違いなどない」
パリスは涼やかな表情で、さらりと言ってのける。
「青竜の騎士だと……?!」
あの六英雄のひとり、青竜の騎士なのかと、周囲の人間は色めきたった。
ちょうど開いた扉の向こうから、竜の咆哮が聞こえる。
建物の外から「上空に青い竜がいる!」という街の人の声がした。
「ほ、本物かよ!」
パリスが本物の六英雄だと知った人々は興奮する。
少女を追ってきた男は苦々しい顔になって「一旦引くぞ」と部下に声を掛けた。
もはや注目は青竜の騎士に集まっている。
去っていく男や、つい先ほどまで追われていた少女、少女を助けたアールフェスを、誰も見ない。
「騒がしくしてすまないね。竜は帰らせた。私は旅の途中だ。ここで何かを為すつもりはない」
パリスは周囲を見渡して、貫禄のある雰囲気を放ち民衆を静めた。
「さあ、乾杯を再開しよう。今夜の、この酒場の飲み代は、私が持つ。皆、大いに飲んでくれたまえ」
「さすが六英雄! 懐が広い!」
飲み代がタダだと聞いた人々は沸き立った。
金払いの良い客、しかも伝説の英雄が来店したと知った酒場の店主は、ほくほく顔だ。
「……師匠。ありがとうございます」
「なに、私は小さなレディを助けただけだ」
パリスは少女に向けて、安心させるように笑んだ。
「君の面倒を見ているのも、黄金の聖女に頼まれたからに過ぎないからね」
その台詞に、アールフェスは複雑な気持ちになる。
大国エスペランサの王族であり、六英雄のひとり「黄金の聖女」が犯罪を起こしたアールフェスを助命しなければ、アールフェスは今ここにいなかっただろう。
「あの!」
少女はアールフェスの前に進み出て、パリスを見上げた。
白い頬を紅潮させて、目を潤ませている。
「助けて頂いて、ありがとうございました!」
「大した事はないよ、レディ。ところであなたは、どこへ行かれるつもりかな? 見たところ一人のようだが」
家族と一緒でも無さそうな少女の様子に、パリスは目を細める。
少女は緊張した面持ちで説明した。
「私はルクス共和国を救うために、六英雄のひとり赤眼の飢狼が使っていた剣を受け継いだという、セイルという少年に会いに行くところなのです」
パリスは「赤眼の飢狼」の下りを聞いて、にわかに興味が出て来たようだ。少女に席に座るように進め、水と食べ物の追加を注文した。
「興味深い話だ。天牙を使う剣士なら、私も会って試合をしてみたいものだな」
アールフェスは所在の無さを感じながら、こっそり隅っこに座る。
バトル好きの言うことには、付いていけない。
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